郡上おどりとは

郡上ぐじょうおどりとは岐阜県郡上市八幡ぐじょうしはちまん町でおこなわれる盆踊りです。

郡上おどりは7月の「おどり発祥祭」を踊り始めとし、その後毎週かならずどこかの寺社や広場で縁日祭りとともに盆踊りが開催されます。

会場の中心に設置されたやかた(郡上でのやぐらの呼び方)の上には歌い手の「音頭とり」や演奏をする「囃子方はやしかた」がおり、それを囲むように踊り手は輪になって踊ります。

これが7月中旬から9月上旬まで続けておこなわれるのですが、とくにお盆の8月13日から16日の期間は夜明けまで踊りあかして賑わいのピークをみせます。

郡上おどりの起源は定かではありません。

八幡町はちまんちょうは郡上八幡城の城下町としても知られているためか、諸説ある中でも初代城主が領民親睦のため奨励したのが始まりという説や、宝暦ほうれき4年(1754年)の農民による郡上一揆いっきで新しくついた城主が農民との融和をはかるため性別や身分を問わず踊らせたことがはじまりという説が有名のようです。

郡上おどりと盆中七大縁日

郡上おどりは長い期間おこなわれるという特徴がありますが、これは昔から定められていた盆中七大縁日という7日間のお祭りから発展したものだと考えられます。

かつては7月16日の天王祭りからはじまり、8月1日の三十三番神祭り、8月7日の弁天七夕祭り、8月14日・15日・16日のお盆期間、そして8月24日の盂蘭盆うらぼん地蔵祭りが盆中七大縁日といわれていました。

この七大縁日は現在も途絶えることなく開催され、加えてさらに縁日が増えていくと7月中旬から9月上旬の間に30日以上の縁日が開催されるようになりました。

縁日ではかならず盆踊りがおこなわれているので、郡上おどりは日本一長い盆踊りといわれるようになりました。

郡上おどりの種類

かわさき

郡上おどりの代表として有名な「かわさき」は、ゆったりと手先まで優雅に踊ります。

シンプルな振り付けは初心者にも踊りやすいものとなっています。

春駒

春駒とは馬に見立てた玩具、またはそれを使った芸を指します。

郡上は名馬の産地でもあったので郡上おどりにも取り入れられたのでしょう。

威勢の良い掛け声と手綱を引くような仕草の気持ちの良い踊りです。

三百

青山氏が新しく藩主となった際、迎えにきた藩民に300文(現在だと3,500円程度)ずつ与えると、前藩主との対立に疲弊しきった藩民があまりの感激で踊り出したことが始まりといわれています。

やっちく

片手に4本ずつ、合わせて8本の竹(=八竹・やっちく)を打ち鳴らしてお経を唱える旅芸人の曲に素朴な振り付けをつけたものといわれています。

げんげんばらばら

江戸時代の御殿女中の手まり遊びが踊り姿になったものとされています。

「げんげんばらばら」とは、キジのケンケンという鳴き声と羽をばたつかせる音からきたといわれています。

猫の子

郡上は養蚕が盛んで、農家にとってネズミから蚕を守る猫は大事で身近な動物でした。

子猫の所作をまねした踊り「猫の子」は若者が即興的に唄い踊ったものといわれています。

さわぎ

元禄時代に旅芸人などによって伝えられた騒歌さわぎうたが踊りになったものです。

歌詞には男女の情緒を唄ったものを見ることができます。

郡上甚句

江戸時代末期に流行した相撲甚句の影響を受けたもので、土俵入りの動きも取り入れられています。

地相撲の盛んな郡上で流行しました。

古調かわさき

天正年間に伊勢の河崎音頭が郡上でアレンジされたものです。

「かわさき」は時代に合わせてさらにアレンジしたものになります。

踊りや歌詞に農耕の所作を見ることができ、民俗資料としての価値が高いものです。

まつさか

その日の郡上おどりの締めとなる踊りです。

伊勢古市の木遣音頭きやりおんどが郡上に伝わったもので、しっとりとした雰囲気が漂う踊りです。

郡上節 「かわさき」

おどりの演目は先ほど紹介した10曲で構成されています。

順番は決まっておらず、そのときの踊り場の雰囲気を見て演目を組み合わせていますが、「まつさか」はその日の踊りの締めにあたるので1日1回しか踊りません。

ここで少し紹介する「かわさき」は郡上おどりを代表する演目の歌詞です。

大正時代、郡上おどりを全国に広めるために「古調かわさき」の踊り方を取り入れて新しくつくられたものです。

かわさき(一部抜粋)

郡上の八幡出て行く時は 雨も降らぬに袖しぼる。


郡上の殿様自慢のものは 金の弩標に七家老
心中したげな惣門橋で 小駄良才兵衛と酒樽と

祭り見るなら祖師野の宮よ 人を見るなら九頭の宮

見たか聞いたか阿弥陀ヶ滝の 滝の高さとあの音を

娘島田に蝶々がとまる とまるはずじゃよ花じゃもの



この「かわさき」という曲名は三重県伊勢市の「河崎」からきているといわれています。

河崎は物資の集散地や伊勢神宮参拝客の降船場であり、遊郭もあるため賑わいを見せていました。

この遊郭で踊られていたのが「かわさき」と呼ばれる伊勢音頭で、郡上おどり「かわさき」の原型になったものです。

河崎を訪れた人は河崎音頭を気に入り故郷に持ち帰ったため、全国的に広まることになりました。

そうして郡上風にアレンジしたものが現在の郡上おどりで唄われているものになります。

「郡上の八幡出て行く時は 雨も降らぬに袖しぼる」という歌詞は遊女との別れといわれており、袖で拭いきれないほどの涙が出る悲しさをあらわしています。

また「郡上の殿様自慢のものは 金の弩標に七家老」という歌詞があります。

七家老は詳しくわかっていませんが、「金の弩標どひょう」は郡上八幡城に展示しているので実際に見ることができます。

郡上一揆によって降ろされた前藩主のかわりに藩主になった青山家に伝わる家宝で、青山家の功績であり幕府における地位を証明したものです。

さらに、郡上に関わる実際のスポットも数々出てきます。

「心中したげな惣門橋で 小駄良才兵衛と酒樽と」の惣門橋そうもんばしは代官町にあり、橋のそばには歌詞に出てくる惣門橋を解説した看板が立っています。

酒好きですがひょうきんな才兵衛は小駄良才兵衛と呼ばれとても人気者でした。

しかし、ある月の明るい夜に、酒樽を抱えて千鳥足で橋を渡った才兵衛が翌朝に橋の下で倒れ伏しているのが発見されました。

才兵衛は町の人から愛を持って「酒樽と心中した」と唄い継がれたのでしょう。

「祭り見るなら祖師野の宮よ 人を見るなら九頭の宮」の祖師野の宮は下呂市金山町の「祖師野そしや八幡宮」を指しています。

江戸時代に踊りを奉納していた祭りを唄っていると考えられます。

また、「九頭くずの宮」とは郡上市和良町の戸隠とがくし神社を指しています。

明治7年(1874年)に九頭の宮から戸隠神社と改称されました。

「見たか聞いたか阿弥陀ヶ滝の 滝の高さとあの音を」とある阿弥陀ヶ滝は日本の滝100選・岐阜県名水50選にも選ばれている滝です。

唄われている通り、落差約60m東海一の名瀑といわれています。

また、「娘島田に蝶々がとまる とまるはずじゃよ花じゃもの」という一文があります。

これは筆者の推測になりますが、娘島田とは江戸時代最もポピュラーな女性の髪型である島田髷しまだまげのことで、島田髷を結った女性を花にたとえている粋な一文ではないでしょうか。

参加したくなったら

郡上おどりは誰でも自由に参加できます。

服装に決まりはありませんが、せっかくですから浴衣と下駄をそろえて踊りたいですよね。

郡上おどり期間中「郡上八幡城下町プラザ」2階では、浴衣と下駄を持ち込むと1回1,500円で着付けをしてもらうことができます。

お気に入りの浴衣をお持ちの方はぜひご持参ください。

ほかにも「石山呉服店」「きつけ処 るうてん」など浴衣レンタルを取り扱っているところもあります。

また、「郡上八幡博覧館」では実際に踊りをならうことができます。

季節問わず毎日4回ずつ郡上おどりの実演をおこなっているので完璧に踊りたい!という方にオススメです。

ほかにも郡上おどり期間中は「郡上八幡旧庁舎記念館」で毎週土曜・日曜とお盆の午後から参加できる郡上おどり教室が開催されています。

この機会にしっかり練習して、より郡上おどりを楽しみましょう。

実際に郡上踊りに参加したい方はこちらからどうぞ!↓

問い合わせ

TEL:0575-67-0002

〒501-4222  岐阜県郡上市八幡町島谷520-1

TEL:0575-67-1819 

〒501-4222 岐阜県郡上市八幡町島谷520-1 郡上八幡旧庁舎記念館

※城下町プラザでの着付け・郡上八幡博覧館・郡上おどり教室についてはこちらにお問い合わせください。

(※レンタル要予約)

〒501-4222 岐阜県郡上市八幡町島谷971

(郡上おどり期間中)〒501-4226 岐阜県郡上市八幡町新町939 下町バル玄麟げんりん2F

TEL:080-9722-6080