令和元(2019)年5月1日にそれまでの天皇陛下は明仁あきひと上皇陛下に、徳仁なるひと皇太子殿下は天皇陛下に皇位が変わりました。

新天皇陛下のご即位に伴い、皇位継承順位一位となった秋篠宮文仁親王あきしののみやふみひとしんのう殿下が「皇嗣こうし」となり、「立皇嗣の礼りっこうしのれい」が行われることになりました。

そこで、「次の皇太子は誰がなるのだろう?」「秋篠宮さまや愛子さまは皇太子にはならないの?」という疑問を持っていた方も多かったのではないでしょうか。

そして、この「立皇嗣の礼」とは一体どんな行事なのか、また、なぜ皇太子と言わないのか、今後、愛子内親王あいこないしんのう殿下は皇太子となるのか?という疑問にお答えします。

「立皇嗣の礼」とは?

令和2(2020)年11月8日に開催が決まり、「立皇嗣の礼」(2020年10/9現在)

有識者会議で詳細が決められているようですが、そもそもどのような儀式を行う予定なのでしょうか。

秋篠宮殿下が「皇嗣」になられたことを国内外に伝える国事行為

新天皇陛下がご即位したと同時に、現在の皇室典範こうしつてんぱん(皇室に関する日本の法律)で定められている皇位継承順位第一位の秋篠宮文仁親王殿下が「皇嗣」となられました。

本来であれば皇太子殿下が天皇陛下にご即位された瞬間から、皇室典範によって次の皇位継承順位第一位の人が皇太子として自動的に決まり、皇太子殿下になられた場合に行われる「立太子りったいしの礼」という儀式を行います。

今回、秋篠宮殿下はあくまで「皇嗣」であられるため「立皇嗣の礼」という形で儀式が行われるのですが、天皇陛下の第一皇子しか行うことのできない「立太子の礼」に比べると規模も小さく執り行われる予定です。

この「立皇嗣の礼」の主な意味や具体的な内容としては、国内外に「皇嗣」となられたことを広く伝えるための儀式で、秋篠宮文仁親王殿下が皇嗣となられたことを公式に宣明され、国内外の来賓が寿ことほぐ(祝いの言葉を述べて祝福する)「立皇嗣宣明の儀」、立皇嗣宣明の儀を終えた秋篠宮皇嗣殿下に初めてお目にかかることができる「朝見の儀」のみが行われます。

現時点(令和元年8末現在)では、晩餐会や祝賀パレードが行われるという予定はないようです。

皇嗣となられたことを公に宣明される「立皇嗣宣明の儀」

新天皇陛下がご即位されてからすでに「皇嗣」というお立場になられていますが、皇位継承順位が二位から一位となったことを国内外に宣明されるための「立皇嗣宣明の儀」が行われます。

この時、皇嗣となられた秋篠宮殿下から公に向けた宣明の「おことば」を賜ることができます。

改めて"皇嗣殿下"となった姿を拝見することができる「朝見の儀」

「立皇嗣の礼」として、「立皇嗣宣明の儀」と同時に行われる「朝見の儀ちょうけんのぎ」では、皇嗣と宣言された秋篠宮親王殿下を"皇嗣殿下"として改めて拝見することができます。

国事行為とのことなので立ち会えるのは来賓のみですが、天皇陛下の時の「即位の礼」のようにテレビやインターネットでの生中継が行われる予定です。

日本の歴史上初めての「立皇嗣の礼」が行われる

この「立皇嗣の礼」というのは、長きにわたる皇室の歴史的に見ても過去に例がなく、この度の天皇陛下の即位や現在の皇太子殿下の不在が考慮された異例の儀式で、「退位礼」とともに日本人が初めて目にすることとなる儀式です。

では、今までに皇嗣になられた皇族方はいなかったのかというと、そうでもありません。

一番最近の皇嗣は昭和天皇の弟君「秩父宮殿下」

近年で一番最後の皇嗣殿下と言えば、昭和天皇の弟君である秩父宮雍仁親王ちちぶのみややすひとしんのう殿下は、一時的ではありますが皇嗣だった時期があります。

四人兄弟であられた昭和天皇が天皇陛下としてご即位された直後には、男のお子様がおらず皇太子殿下が不在となったため、大正天皇の次男であられた秩父宮雍仁親王殿下が約7年間「皇嗣」となられ皇位継承順位第二位となった経緯があります。

もちろん、この時にも「立皇嗣宣明の儀」は行われず、のちに昭和天皇にとっての最初の男のお子様でもある現在の上皇陛下がお生まれになり皇太子殿下となられたため、「皇嗣」という称号ではなくなったという経緯があります。

そもそも"皇太子"ではなく"皇嗣"になられる理由とは

そもそも、皇太子という言葉のほうがなじみ深いように感じますが、なぜ秋篠宮文仁親王殿下は「皇嗣」という称号になったのでしょうか。

「皇嗣」は皇室典範で定められた皇位継承の称号

「皇太子」や「皇嗣」という称号は呼び名には違いがあるものの、一貫して皇位継承順位が第一位の皇族に与えられるというという同じ意味を持っています。

名称の違いは、

・ 天皇陛下の皇子(子供)…皇太子こうたいし
・ 天皇陛下の皇孫(孫)…皇太孫こうたいそん
・ 上記以外の皇位継承順位一位の皇族…皇嗣こうし

と言う風になっています。

また、歴史的には陛下の弟君の場合は皇太弟こうたいていと呼ばれていましたが、現在では「皇嗣」と定められています。

なぜ愛子親王殿下は皇太子にならない?

現在の天皇陛下の皇子と言えば、愛子内親王殿下を思い浮かべる人も多いはず。

ではなぜ愛子内親王殿下は皇太子になられなかったのかと言うと、この理由には「次期天皇としての皇位継承者の第一順位にあたる、皇帝の男子」と皇室典範で定められているからです。

ちなみに、よく間違われるのが「女性天皇」と「女系天皇」の違いですよね。

現在の皇室典範では、天皇陛下は男性皇族しかなることができない決まりとなっていますが、歴代には女性天皇というケースもありました。

ただ、現在の皇室典範では男系男子の伝統を重んじるという理由や、現在のご公務の数を天皇と皇后を兼任しながらこなさなければならないこと、結婚のことやプライバシーのない生活を考慮するなどのさまざまな理由から、女性より男性が適任という結論で男系継承となっています。

またもう一つ、あまり注目されていないのが、天皇陛下の女性のお子様は、代々伊勢の神宮の祭主(宮司)をされてきた歴史があります。

過去には、昭和天皇のご皇子、つまり上皇陛下のご兄弟であられた鷹司和子たかつかさかずこさんや池田厚子さん、現在祭主には、現天皇陛下のご兄弟であられる黒田清子さやこさんが神宮の祭主としてお勤めになった歴史があります。

このような理由から、愛子内親王殿下は世継ぎとなる“皇太子”とはならなかった経緯があるのです。

おわりに

現在の皇室典範の規定では、皇太子殿下が不在ではありますが、歴史的に見れば珍しいことではないと言われています。

ただ、そうは言っても今後のお世継ぎには、これからも注目が集まりそうですね。

また、来年の「立皇嗣の礼」の様子も、国民として楽しみな国事行為の一つ。

新天皇陛下や秋篠宮皇嗣殿下を含め皇族方のご様子は、これからもテレビでぜひ拝見したいですね!