石川県金沢市にある「尾山神社おやまじんじゃ」は、加賀前田家初代当主・前田利家とその正室・おまつを祀る神社です。

和漢洋の3つの建築様式からなるステンドグラスが嵌め込まれた“神門しんもん”は、国の重要文化財に指定されており、金沢の代表的な観光スポットとして大変人気があります。

今回は、尾山神社の歴史やみどころ、ご利益、授与していただける御朱印・お守りから周辺のオススメ観光スポットまでご紹介します!

金沢観光の際は、ぜひこの記事を読んで、あますことなく尾山神社を楽しんでくださいね♪

尾山神社とは?

写真提供:石川県観光連盟

尾山神社とは、加賀前田家初代当主である戦国武将・前田利家まえだとしいえとその妻・おまつを祀る神社です。

雄大で美しい社殿や国指定重要文化財の神門が有名で、金沢市民に“心のふるさと”として親しまれてきました。

春は桜、秋は紅葉が美しく、金沢屈指の観光スポットとして、世界中から観光客が尾山神社を訪れます。

田利家とおまつ(お松・芳春院)

前田利家

尾山神社の主祭神である加賀前田家初代当主「前田利家」は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将です。

14歳のころに織田信長に仕えた利家は、“槍の又左またざ”の異名を持つほどの槍の名手で、信長軍の赤母衣衆あかほろしゅう※1に在籍していました。

青年時代は喧嘩っ早く、派手な長槍を持ち歩く傾奇者※2でしたが、性格はまっ直ぐで誠実だったそうです。

そんなことから、信長からは幼名の犬千代にちなみ「犬!」と呼ばれ、とてもかわいがられていたのだとか。

本能寺の変で明智光秀により信長が非業の死を遂げた後は、豊臣秀吉に仕え多くの戦功を上げ、やがて加賀百万石を治める北陸の大名となりました。


※1赤母衣衆あかほろしゅう:織田信長の家臣から選ばれた精鋭部隊。母衣ほろと呼ばれるマントのようなものを着用し、戦場で活躍した。

※2傾奇者:異風を好み派手な身なりをした者のことで、戦国時代から江戸時代初期に流行した社会風潮。

おまつ(お松・芳春院)

利家の正室「まつ」は、利家とは従妹の関係にあたり、和歌を詠んだり、武術を嗜むなど、才色兼備な女性であったそうです。

また大変気丈で勇敢な性格で、加賀百万石の礎となった“末森城の戦い”の際には、兵の数で不利な戦に尻込む利家に「殿は財を蓄えるばかり。ならばこの金銀に槍を持たせ戦わせたらいかがか。」とわざと皮肉をいって焚き付け、利家を出陣させます。

結果、敵の背後をつく作戦で見事に末森城を防衛した利家は、豊臣秀吉から手柄として八十万石が与えられ、前田家の地位を確立していったのでした。

さらに、おまつは利家との間に2男9女の子供をもうけており、家の繁栄にも大いに貢献。

利家が亡くなった後は出家し、「芳春院ほうしゅんいん」と号しました。

今もなお金沢の街を歩くと色濃く残る城下町の面影や、古くから伝わる美術工芸品の数々は、利家とおまつが築いた栄華の痕跡と言えるでしょう。

山神社の歴史

尾山神社の歴史は、慶長4年(1599年)に前田利家が逝去したところからはじまります。

利家の逝去をうけ、2代当主・利長としながはすぐに利家を祀る神社を建てたいと考えましたが、そのころの前田家は外様大名の立場でした。

勝手なことをして徳川幕府に目をつけられてはいけないと、守護神としていた神社を移動する名目で、尾山神社の前身である「卯辰八幡宮うたつはちまんぐう」を創建。

徳川幕府が倒れ、天皇を中心とした新政府となった明治6年(1873年)、政府から神社創設の許可がおると、卯辰八幡宮から現在の場所に社殿を新築し、名称を「尾山神社」と改めます。

その後、平成10年(1998年)には、妻であるおまつも尾山神社へ合祀されたのでした。


外様大名とざまだいみょう:関ヶ原の戦い以後に徳川家に仕えた大名。徳川家から信用されず、幕末まで幕政に関わることなく差別的に扱われた。

画像提供:金沢市

尾山神社のみどころ

尾山神社の境内には、さまざまな見どころがあります。

国指定重要文化財の神門をはじめ、前田利家ゆかりの彫刻などが並び、四季折々の自然あふれる風景も楽しめますよ♪

ここからは、そんな魅力あふれる尾山神社の見どころを、5選ご紹介します。

ヤマン(ステンドグラス)の「神門」

画像提供:金沢市

尾山神社の入り口にある「神門」は、明治8年(1875年)に建築された、和・漢・洋の様式を取り入れた3層の形状がユニークな、まるで、傾奇者であった利家を象徴するような門です。

他に類を見ない貴重な歴史的建築物として、昭和25年(1950年)に国の重要文化財に指定されました。

いまでこそ兼六園と並び、金沢市のシンボルとして市民に愛されている神門ですが、その斬新すぎるデザインから、当時は反対の意見もあったという記録が残っているそうです。

画像提供:金沢市

1層目の連なる3つのアーチの骨組みは、日本建築の技法でできた木造作り。

最上階の3層目には、全面に美しいギヤマン(ステンドグラス)が施され、そのカラフルな輝きで、参拝する人の目を楽しませます。

ギヤマンの上には日本最古の避雷針がそびえ、当時の建築技術のすべてを結集した姿を神門から感じ取ることができます。

また、神門は日没から22時ごろまでライトアップされ、昼と夜で異なる趣を見せてくれます。

金沢に訪れた際は、ぜひ日中の尾山神社だけでなく、日没後の夜空に映える幻想的なギヤマンを鑑賞しに足を運んでみてください♪

器の庭「神苑」

神苑しんえん」は、尾山神社境内にある庭園です。

石川県の名勝にも指定されており、江戸時代後期につくられた池泉回遊式ちせんかいゆうしきの庭園となっています。

庭園内には、楽器の名前がついた場所が多数あることから、別名“楽器の庭”とも呼ばれています。

琴をイメージしたレンガの“琴橋”をはじめ、“琵琶島”、“しょう島”など、庭園内に浮かぶ島の名前や形まで、楽器をモチーフにしているそうです。

神苑の周囲は四季折々の植物で彩られ、とくに秋の紅葉がみどころの一つです。


※池泉回遊式庭園:日本庭園の様式の一つ。池の周りを一周して楽しむ造りの庭園のこと。

婦円満のご利益あり!?「利家公像」と「お松の方像」

尾山神社は、全国的にも珍しい夫婦2人を神様として祀る神社で、境内には利家とおまつの像が建てられています。

利家の勝負強さから勝負運・出世運、おまつと11人の子供をもうけたことから夫婦円満・子宝・安産のご利益があるそうです。

利家公像

「利家公像」は、馬に乗り、槍をかかげた勇壮な姿が模されています。

背中には流れ矢を防ぐための武具・母衣ほろをつけており、信長軍で赤母衣衆あかほろしゅうとして活躍していたときの姿を現しています。

お松の方像

「お松の方像」は、大きな岩に彫られた、たおやかな姿の彫り絵です。

今も“百万石の母”として親しまれているところを見ると、いかにお松の方の人柄や功績が偉大なものであったかが伺えますね。

田利家が被っていた!?「利家公金鯰尾兜」

利家公金鯰尾兜としいえこうきんなまずおかぶと」は、前田利家が身に着けていたとされる兜で、頭上でナマズが反り立っているかのような、とても個性的なデザインをしています。

本物の兜はその貴重さから収蔵庫におさめられているため、一般の方は目にすることができませんが、神社の境内には金色のレプリカ像が飾られています。

レプリカ像の前に立つと、まるで金ぴかの兜をかぶっているような写真が撮れると、観光客から大人気!

尾山神社に来たら、ぜひ利家公になりきって写真を撮ってみてくださいね♪


※鯰尾兜:戦国時代に流行した変わり兜の1種。ナマズは地震を引き起こす大きな力を持つ生き物として、戦いに縁起がよいとされた。

然記念物・兼六園菊桜の子孫「尾山神社菊桜」

「尾山神社菊桜」は、日本に1本しかなかった“兼六園菊桜”の子孫にあたる桜です。

桜の品種の中でも最も花びらの枚数が多く、一つの花に300枚をこえる花弁がついているといわれており、幾重にもかさなる花弁は花が落ちるまでに、深紅、薄紅、白と色が変化するという珍しい特徴があります。

兼六園にあった初代兼六園菊桜は、江戸時代に前田家が京都御所から賜った桜だと伝えられ、昭和3年(1928年)に国の天然記念物に指定されましたが、昭和46年(1971年)に枯れてなくなってしまい、指定は解除となりました。

しかし、桜保存のために行っていた接ぎ木が奇跡的に成功しており、現在兼六園には2代目が植えられています。

尾山神社菊桜はこの接ぎ木で育てられた後継樹で、昭和59年(1984年)に神社に寄進されました。

春に訪れるなら見逃せない、尾山神社のみどころの一つです♡

尾山神社のご利益

尾山神社には、さまざまなご利益があるとされています。

せっかく尾山神社に来たのなら、そのご利益にあずかりたいものですよね♪

ここからは、尾山神社の御朱印、お守り、ご祈祷についてご紹介していきます。

朱印

尾山神社では、奉書紙ほうしょしに毛筆で文字を書いた御朱印をいただけます。

左側に参拝した日の日付、真ん中に大きな朱印、右下に小さな朱印が押印されるのですが、右下の朱印は、毎月絵柄が変わるため、ついすべての絵柄を揃えたくなってしまいますよ。

梅や花火、雪の結晶と、季節ごとの御朱印集めを、ぜひ楽しんでくださいね♪


※奉書紙:和紙の1種で、大切な情報を記したり包んだりするために使われる高級な紙。

守り(勝負運・子宝)

尾山神社では、さまざまな種類のお守りも販売されています。

前田利家とおまつを合祀している神社ということもあり、利家の勝負強さにあやかった“勝守”と、利家とおまつにあやかった“良縁守”、“夫婦守”、“子授守”が人気です!

そのほかにも、石川県の希少伝統工芸である加賀水引で梅をあらわした“水引お守り”や、金沢の酒蔵とコラボレーションした“健酒ごぞう守”など、ここでしか手に入らない珍しいお守りも販売されていますよ♪

ご自分用はもちろん、大切なご家族やお友達に、旅のお土産としていかがでしょうか?

祈祷

尾山神社では、ご祈祷も行われています。

月のはじめに無病息災や商売繁盛を祈る“おついたち参り”のほか、安産祈願や七五三、厄除け祈願、交通安全などがあります。

また、個人でのご祈祷だけでなく、商売繁盛など会社のご祈祷も受け付けているそうです。

ご祈祷は予約優先で案内されるため、希望する方は事前に電話しておくのがオススメ!

尾山神社のお祭り

尾山神社では、毎年20以上もの祭事を執り行っています。

前田利家の誕生祭である“御誕辰祭ごたんしんさい”や、おまつの誕生祭である“福寿祭”など、ここ尾山神社ならではのお祭りも盛りだくさん!

万石まつり祈願祭

そんな数あるお祭りの中でも、特にオススメなのが、毎年6月に行われる“百万石まつり祈願祭“です。

前田利家が金沢城に入城したことを祝うお祭りで、期間中の尾山神社周辺は大賑わい!

金沢駅のシンボル“鼓門つづみもん”をバックに、太鼓・ほら貝の勇壮なファンファーレが鳴り響く“百万石行列”では、豪華絢爛なパレードが約4時間金沢市内を練り歩きます。

毎年、前田利家とおまつ役は有名俳優が担当し、令和6年(2024年)は仲村トオルさんと夏菜さんが抜擢されています。

またこのお祭りでは、“百万石茶会“というイベントも行われます。

茶道の7流派が集まり、兼六園とその周辺6カ所の茶室で、それぞれの流派によるお点前が披露されるというなんとも豪華な催し!

金沢で有名なお茶屋や和菓子店が協賛しており、まさに金沢でしか味わえない贅沢な体験です♡

茶道経験のない方でも参加可能で、服装の制限もないため、どなたでも気負わずに参加できますよ♪

尾山神社が保有する前田家ゆかりの宝物

尾山神社には、戦国大名であった前田家の武勲を感じられる甲冑や刀剣、弓矢のほか、掛け軸、屏風など、前田家ゆかりの宝物が約160点も納められています。

利家が着用していたとされる“鯰尾形冑なまずおなりかぶと”と“鉄製胴”が特に有名で、甲冑の胴部分には生々しい鉄砲の跡が4発確認できます。

また、利家が桶狭間の戦いで着けていたとされる、朱色の鞘に金の蒔絵が施された豪華な刀と脇差わきざしの“蒔絵朱鞘まきえしゅさや大小拵だいしょうこしらえ”は、国の重要文化財にも指定されています。

そして、そんな宝物の中には、いわくつきの能面もあるんです…。

外不出の「淡吹の面」

加賀藩の歴代藩主は、前田利家をはじめ、いずれも能楽の育成に努めていました。

そのため尾山神社には、前田家から奉納された能面が20数面保管されているのですが、その内の「淡吹あわふきめん」とよばれる悪尉あくじょうには、ちょっと怖い言い伝えが残っています。

3代・利常が藩を治めていた時代のこと。

能登の海で、漁師の網に能面がかかり引き上げられたそうです。

その能面はうたいをうたい、口から泡を吹き出すなど、不気味な現象が起きたため、恐れた漁師はこれを前田家に献上しました。

その後、前田家でも次々と不思議なことが起こり、尾山神社へ奉納されたのが、「泡吹の面」だと伝えられています。

現在も他の能面とは別の場所に納められ、門外不出とされているそうです。

ちょっと不気味な言い伝えが残る淡吹の面ですが、尾山神社の名物面として、稀に特別展等で公開されることがあるそうなので、機会があればぜひ目にしてみたいものですね。


※悪尉面:能面の種類の一つ。恐ろしい表情をした老人の面。

尾山神社の施設概要

ここからは、実際に尾山神社へ行きたい!という方のために、行き方や駐車場など、アクセス情報をご紹介します。

所・営業時間・アクセス

名称尾山神社
住所〒920-0918
石川県金沢市尾山町11-1
営業時間■お祓い時間
9:30~15:30

■授与所・御朱印受付時間
9:00~17:00
アクセス■公共交通機関
・JR「金沢駅」から車で5分
・JR「金沢駅」からバス「南町・尾山神社」下車、徒歩3分

■車
・金沢東ICから20分
・金沢西ICから30分

※情報は変更となる場合がございます。詳細は、下記のサイトをご確認ください。

車場

尾山神社には、参拝者用の駐車場があります。

ただし、駐車台数が20台と少なめなので、混雑時は近隣の駐車場を利用するのがオススメです。

近くには、“名鉄協商パーキング 金沢尾山神社前”や“金沢商工会議所 地下駐車場”などがありますので、事前にチェックしておきましょう♪

尾山神社周辺のオススメ観光スポット

尾山神社周辺には、さまざまな観光スポットがあります。

ここからは、ライター厳選のオススメスポットをいくつかご紹介します♪

沢城公園・玉泉院丸庭園

写真提供:石川県観光連盟

「金沢城公園・玉泉院丸ぎょくせんいんまる庭園」は、加賀藩前田家の居城跡につくられた公園と庭園です。

みどころは、天明8年(1788)に再建された、国の重要文化財“石川門”です。

写真提供:石川県観光連盟

敵が侵入してきたときに勢いを鈍らせる、枡形ますがたと呼ばれる複雑な構造をしているそうです。

白く輝く屋根瓦には鉛が使用され、まるで雪が降ったかのような美しい景観となっています。

鉛を使用したのは、緊急時に鉛を溶かして鉄砲弾にするための工夫だった、といわれています。

写真提供:石川県観光連盟

また、金沢城公園内には、「玉泉院丸庭園」という美しい庭園が広がります。

加賀藩三代藩主の前田利常が寛永11(1634)年に庭を作り、歴代の藩主が手を加えながら、廃藩されるまで整備されていました。

明治時代に庭園はなくなりましたが、平成27(2015)年に再現され、再開園しました。

すり鉢状に造園されているため、立体的に園内の散策を楽しめるのが特徴で、特に休憩所「玉泉庵」からの眺めがオススメですよ♪

スポット名金沢城公園・玉泉院丸庭園
住所〒920-0937
石川県金沢市丸の内1-1
アクセス・JR「金沢駅」からバス「兼六園下・金沢城」下車、徒歩約5分
・金沢ふらっとバス材木ルート「兼六園下」バス停から徒歩約5分

※情報は変更となる場合がございます。詳細は、下記のサイトをご確認ください。

六園

画像提供:金沢市

「兼六園」は、茨城県の偕楽園かいらくえん・岡山県の後楽園こうらくえんとともに、日本三名園の一つに数えられている日本庭園です。

前田家の歴代藩主により長い年月をかけてつくられた庭園は、今もなお多くの観光客に愛されています。

8,000本以上もの樹木や歴史的建造物が立ち並ぶ庭園は、数え切れないほどのみどころで溢れており、四季折々の変化を楽しむことができます。

写真提供:石川県観光連盟

どこから何を見学したらいいか分からない……という方には、“兼六園めぐりガイドツアー”がオススメ!

毎日5回開催されるガイドツアーは、2人から気軽に参加でき、園内を丁寧な解説とともに巡ることができますよ。

また、年間を通して定期的にライトアップのイベントも開催されていますので、タイミングがあえば、ぜひ幻想的な夜の兼六園にも訪れみてはいかがでしょうか♪

写真提供:石川県観光連盟

スポット名兼六園
住所〒920-0936
石川県金沢市兼六町1
アクセスJR「金沢駅」からバス「兼六園下・金沢城」下車、徒歩約3分

沢水引 平岡結納舗

「金沢水引 平岡結納舗ひらおかゆいのうほ」は、金沢の伝統工芸品である金沢水引や金封など、結納品を取り扱うお店です。

金沢水引は、通常の水引より立体的で芸術性が高いのが特徴。

平岡結納舗では、かわいらしい水引の販売のほか、オリジナルの水引作り体験も行っています♪

好きな色の水引をえらんで、水引結びの基本“あわじ結び”をアレンジし、ピアスやイヤリングなどのアクセサリー作りが楽しめます。

他にも、箸置き、オリジナルご祝儀袋、しめ縄など、金沢ならではの製作体験ができますよ♡

小さなお子様でも参加できるので、ご家族連れの方にもオススメです♪

スポット名金沢水引 平岡結納舗
住所〒920-0918
石川県金沢市尾山町10-11
アクセスJR「金沢駅」からバス「南町・尾山神社」下車、徒歩2分

※情報は変更となる場合がございます。詳細は、下記のサイトをご確認ください。

金沢・能登の最新情報を知るなら!

もっと金沢や能登について情報が知りたい!そんな方には、金沢や能登のローカル情報メディア「金沢日和」と「能登日和」がオススメです。

石川県に住む地元ライターが金沢や能登の魅力を届けるべく、金沢や能登の観光スポット・グルメ・イベント情報を配信していますので、最新情報を知りたい方はアクセスしてみてくださいね♪

おわりに

尾山神社は、戦国時代一のおしどり夫婦が祀られた、全国でも珍しい神社です。

2人の夫婦仲にあやかって、御朱印やお守りをぜひ購入してみましょう♪

尾山神社だけでなく、周辺観光も楽しんで、ぜひ素敵な金沢の思い出を作ってくださいね。