NHKの朝の連続テレビ小説『スカーレット』の舞台である滋賀県甲賀市。

主人公の神山清子は女性の陶芸家が少なかった昭和初期、失われていた古信楽こしがらきの再興に成功すると共に、白血病で倒れた息子の経験から骨髄バンクの設立にも尽力した女流作家です。

もとは美術家志望だった彼女を、当時は女人禁制であった陶芸の道に進ませた信楽焼しがらきやきとはどのような焼き物なのでしょうか?

今回はそんな信楽焼についてお話します。

信楽焼はどんな焼き物?

信楽焼しがらきやきは滋賀県甲賀市こうがしの信楽町一帯で生産されている陶器です。

信楽焼は六古窯の一つに挙げられる、大変古い歴史を持つ焼き物で、天平14年(742年)、聖武天皇が紫香楽宮しがらきのみやの建立で、建物の瓦を焼いたのがその起源とされています。

信楽町一帯は、150万年前に形成された琵琶湖層土と呼ばれる焼き物に適した堆積土が豊富に採れます。

また、奈良や京都など消費地から非常に近く、かめや壺、わん、酒器などの日用雑器が盛んに焼かれていました。

室町時代に茶の湯が流行すると、茶碗や茶葉を入れる茶入などの茶陶ちゃとうが作られるようになります。

穴窯による焼成と、燃料の薪から灰によって生じる自然釉しぜんゆうが作る、「わび」や「さび」を感じさせる焼き上がりが茶人たちを喜ばせました。

現在も信楽焼は日本屈指の陶器の産地であり、人の身長ほどもある大物ロクロの作品や、盆栽の鉢や花瓶、建築用のタイルや洗面鉢に至るまで、陶器で表現できるありとあらゆる日用品が生産されています。

常に時代に即した生活雑器を焼いているため、第二次世界大戦後に金属が不足していた頃、市場に出回った暖房用の火鉢の、実に8割は信楽焼だったというほど、一昔前の人には非常に馴染みのある焼き物です。

信楽焼はロクロや押し型による成型と、無釉焼き締めによる窯変ようへん※1によって作りあげられます。

※1 窯変:窯変とは焼き物の土やに含まれるミネラルや燃料の灰、窯の中の酸素の量、温度によって化学変化が起こり、偶然生まれる色彩や模様のこと。

灰が陶器にこびり付いてできる焦げや、灰釉が作り出すガラス質のトロンとした「ビロード釉」は、信楽焼を特徴づける景色で、深い味わいを醸し出しています。

信楽焼といえばたぬきの理由

さて、皆さんが信楽焼と言って真っ先に浮かべるのは、頭に笠をかぶり、手に徳利とっくりと通い帳(帳簿)を持ったずんぐりむっくりのたぬきの置物ではないでしょうか?

ちょっと古い和食店や居酒屋などの店先には、必ずと言っていいほど信楽焼のたぬきが置かれています。

また、実際に信楽の町を訪れると分かりますが、窯元やお土産店など街道沿いには大小様々なたぬきの置物が所狭しとずらりと並んでいます。

信楽焼のたぬきの置物は、信楽の窯元・狸庵の初代藤原銕造てつぞうが創作しました。

彼が京都の清水でロクロの修業をしていた幼少期に、月夜にたぬきが腹鼓をポンポコと打つ夢を見て、それを陶器で再現したいと考えました。

修行を終え信楽に戻ると、等身大のたぬきの像を次々に焼き始めました。

当時の作品は今の信楽たぬきと違い野生のたぬきに近く、より写実的です。

しかし、角が多く運搬中に破損しやすかったので、徐々に今のようにずんぐりむっくりとした形に変わっていきました。

昭和26年、昭和天皇が信楽訪問の際にこのたぬきの置物を沿道に並べて、手に日の丸の旗を掲げてお出迎えしたとろ大変感銘を受け、「をさなきときに あつめしからに なつかしも しからきやきの たぬきをみれば(幼い頃、狸の置物を集めていたが、今この信楽焼の狸の隊列を見て懐かしさが込み上げてきた、という意味)」歌を詠まれました。

その様子が新聞で伝えられると、全国からたぬきの置物の注文が殺到し、その愛らしい姿で一躍人気者になりました。

元々たぬきは語呂合わせで「他抜き(他人を抜く)」と言われ、ライバルに勝たなければならない飲食店関係者にとっては大変縁起が良い動物でした。

その後、様々な縁起要素が加えられ、眼、笑顔、お腹、金玉、しっぽ、笠、徳利、通い帳を「八相縁起はっそうえんぎ」とし、このスタイルが信楽焼のたぬきの定番となっています。

現在は同じく縁起が良いとされるフクロウやカエルを手に持つもの、夫婦のたぬき、風水で金運が上がる黄色いたぬきなど、多くの窯元で様々なアレンジを加えた信楽のたぬきたちが日々生み出されています。


信楽で有名な作家さんは?

信楽焼が今日まで茶陶として珍重されるのは、わび茶の概念を作り上げた室町時代の茶人、武野紹鷗じょうおうが信楽焼にわびの美を見出したことから始まります。

以後、信楽の茶人から依頼を受けた窯元の職人は茶人好みの茶器の製作に精力を注ぎ、その技術を高めていきました。

信楽焼で近代の名工として名高いのは三代高橋楽斎らくさい、四代上田直方のおがたです。

二人は同年生まれで、それまで茶人の依頼通りに忠実に制作する職人的な仕事だった作陶に異を唱え、桃山時代の信楽焼への回帰を目指します。

二人はビロード釉や灰被りといった信楽の伝統的な加飾技法を駆使して野趣に溢れる力強い茶器の制作を行い、作品を全国の展覧会に積極的に出品します。

特に三代高橋楽斎は1960年、ブリュッセル万博でグランプリを受賞するなど、二人は信楽焼の名を世に高めることに貢献しました。

その功績と高い技術力が認められ、二人とも滋賀県無形文化財信楽焼技術保持者に認定されます。

そして、没年も二人同じだったのは運命のめぐりあわせと言えるでしょう。

近年は肌理きめが細かく大物を形作っても崩れない強い塑性そせいを持つ信楽の陶土と、静かで豊かな自然環境を求め、全国から信楽の地に陶芸作家が集まってきています。

現在信楽の地で活躍している井伊昊嗣いいこうじ、大谷無限、奥田英山、加藤隆彦など、国内外で高い評価を得ている陶芸作家が多数存在しています。

また、信楽の作家の多くは信楽の伝統技法や様式を意識しつつもそれに囚われることはなく、自由な発想で伝統美を体現した作品から、近代的なフォルムのモニュメントまで様々な作品を世に送り出しています。

信楽焼で有名な窯元

信楽焼は全国的に見ても非常に大きな産地の一つであり、信楽の町には、とても一日では見て歩けないほど非常に多くの窯元さんや作家さんのギャラリーが存在しています。

今回は、その中でも有名な窯元さんを2件紹介いたします。

陶苑

信楽の町には山の傾斜を利用した登り窯がいくつも点在しています。

しかし、その多くは現在使われておらず、多くの窯元は作業効率が良い電気窯やガス窯に移行しています。

宗陶苑そうとうえんは江戸時代中期に築窯された全11室からなる日本最大級の登り窯を有し、今も焼き物を行っている数少ない窯元です。

登り窯での焼成は窯入れから窯出しまで約60日を要し、燃料に赤松の割り木を使い窯焚きの7日間は昼夜を問わず火を肉眼で見ながら調整しなければならず、熟練の技と経験を要します。

また、登り窯による制作は手間が掛かり、各作品にムラが多く出ます。

そのため、人材が確保しにくく、均一性と効率が求められる現代では敬遠されています。

しかし、一つひとつの作品の手作り感は何物にも代えがたく、炎と土によって生まれる多くの逸品が今も作られ続けています。

宗陶苑の登り窯は朝ドラの『スカーレット』のロケでも使用され、事前に予約をすれば誰でも見学することができます。

蔵窯

信楽焼は愛知の常滑焼、徳島の大谷焼と共に、大型陶器の制作を全国的にも数少ない産地の一つです。

伝統的な信楽焼では大型陶器を作る時にもロクロで成形を行いますが、現在「大物ロクロ」の認定を受けた伝統工芸士は陶芸界でも5名しかおらず、重蔵窯じゅうぞうがまはその伝統を今に受け継ぐ数少ない窯元です。

重蔵窯では大物ロクロの技術を生かし、庭で使う雨水タンクやガーデニングテーブル、水音を楽しむ水琴窟すいきんくつなど、信楽焼の陶器の焼き味や風味を活かしながら制作しています。

また、最近は住宅建材用に信楽焼の手洗い鉢を手掛けるなど、現在の生活のワンシーンに調和する製品づくりを行っています。

信楽焼きのお祭り、イベントは?

日本有数の陶芸の産地であり、四方を緑豊かな森に囲まれた信楽の地は観光地として人気があります。

毎月陶芸に関わる様々なイベントが催されていますが、その中でも大規模なのが春のゴールデンウィーク中に行われる「信楽作家市」と、10月上旬に行われる秋の「信楽陶器まつり」です。

楽作家市

信楽の「陶芸の森」を中心に開催されるイベントで、信楽はもとより全国から延べ160余名の作家がブースを並べる一大イベントです。

通常のアウトレット的な陶器市とは違い実際に展覧会や個展、ギャラリーなどで活躍される著名作家の作品や雑貨がお手頃価格で買えるため、開催期間中は5万人もの陶芸ファンが押し寄せます。

また、同期間中に信楽高原鉄道の信楽駅の駅前広場でも陶器市が開催されているので、信楽の焼き物や特産品のお買い物、グルメなどが楽しめます。

楽陶器まつり

10月上旬に開催される信楽陶器まつりは、「陶芸の森」と信楽伝統産業会館を中心に行われます。

信楽の町全体が盛り上がる最大のイベントで、陶器の即売会や地元甲賀市の物産品、飲食コーナなど各種ブースが軒を連ねます。

駐車場となる信楽小学校とそれぞれのメイン会場は徒歩でも15分程かかり、少し距離がありますが、当日は無料シャトルバスが運行されているので、お年寄りやお買い物で荷物がいっぱいになってしまった方でも心配なくお値打ちの陶器や物産品のお買い物が楽しめます。

おわりに

朝ドラの舞台、信楽の町を訪ねてみましょう。

信楽焼がテーマのNHK朝の連ドラ「スカーレット」は、日本語で「緋色ひいろ」を意味します。

緋色は炎が燃えたぎる際に生じる赤色のことで、信楽の森の豊かな木々と土による緋色の炎が生み出す信楽焼は、その素朴な風情で観る者に手作りならではの人の温もりを感じさます。

歴史と伝統が息づく信楽の町を散策しながら、ぜひお気に入りの信楽焼を見つけてみてはいかがでしょうか。

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