皆さんは、「一楽・二萩・三唐津」という言葉をご存知でしょうか。

これは、茶道の世界において、茶人が好む茶陶の順位をあらわす言葉です。

こんな言葉があるくらい、「唐津焼」は古くから愛好家の多い焼き物なのです。

こちらの記事では、唐津焼の歴史や特徴、オススメの窯元をご紹介します。

唐津焼とは?

唐津焼とは、現在の佐賀県と長崎県にまたがる肥前の国で発達した焼き物です。

有田焼のような陶石から作られる「磁器」とは違い、陶土から作られる「陶器」に分類されます。

粗い土を使用した素朴な雰囲気と多種多様な装飾技法が特徴で、昭和63年(1988年)には国の伝統的工芸品に指定されました。

唐津焼の歴史

唐津焼発祥の地といわれているのは、現在の佐賀県唐津市北波多きたはた岸岳きしたけ

安土桃山時代に、そのあたりを統治していた波多氏が朝鮮から陶工を連れてきたのがはじまりとされています。

なんと、波多氏は海賊・松浦党の一派でした。

初期の唐津焼は海賊によって守られていたのです。

波多氏は豊臣秀吉によって滅ぼされ、岸岳の陶工たちも窯を離れなければいけなくなり、唐津焼も消えかかりました。

これを、「岸岳離れ」といいます。

しかし、後に豊臣秀吉が大勢の陶工を朝鮮から連れてきて、唐津焼が再興。

唐津焼は海賊に守られ、豊臣秀吉に翻弄された歴史があるのです。

その後、唐津焼は日用雑器だけにとどまらず、茶陶や幕府への献上品も作られるようになりました。

しかし、山林を保護するために窯の数が制限され、有田で磁器が作られるようになり、唐津焼の需要が減ったことが原因で、唐津焼の窯は再び減っていったのです。

いくつかの御用窯は続いていたものの、明治に入ると藩の庇護がなくなり、衰退してしまいました。

昭和に入り、後に人間国宝となる12代中里太郎右衛門なかざとたろえもん氏が古唐津の技術を復興させ、再び注目を浴びるようになりました。

このように、唐津焼は衰退と再興を繰り返し、現在にまで至ったのです。

唐津焼の種類

唐津焼の原料となる土は、滑らかなものからゴツゴツしたものまで、さらに装飾の仕方や釉薬にもさまざまな種類があります。

そのため一口に唐津焼といっても、技法によって焼きあがった風合いが全く異なります。

いろいろな顔を持つ唐津焼ですが、中でも代表的な唐津焼の種類をご紹介しましょう。

絵唐津

明るい茶色の生地に鉄絵具を使って植物や千鳥などが描かれているものを、絵唐津えからつと呼びます。

絵は、とてものびのびと描かれているのが特徴です。

使用する鉄絵具は、鉄分の多い土や鉱石から作られるもので、黒からこげ茶に発色します。

恐らく、皆さんが唐津焼と聞いてパッと頭に浮かぶのは、この絵唐津ではないでしょうか?

朝鮮唐津

朝鮮唐津ちょうせんがらつは白と黒、二色の釉薬が使われているのが特徴です。

黒い飴釉と白い藁灰釉が掛け分けてあり、色のコントラストを楽しむことができます。

藁灰釉の耐火度や焼成温度の違いで、溶け方や流れ方が変化します。

自然の変化や侘び寂びを重んじる茶道の世界で好まれます。

無地唐津

無地で装飾のないものが無地唐津です。

石が原料の長石釉や、木の灰が原料の土灰釉などが使われています。

それらは透明や半透明の釉薬なので、焼成後に生地土の色をそのまま見ることができます。

とてもシンプルな印象で、料理が映えると人気です。

斑唐津

斑唐津藁灰釉わらばいゆうだけをかけて焼成したものをまだら唐津と呼びます。

藁灰釉は白く焼きあがるのですが、生地土の凹凸による釉薬の厚さの違いや、含まれる鉄分と反応することにより、白色が変化する箇所が出てきます。

また、高い温度で焼くことによって釉薬が半透明になる場所が生じ、生地の色が溶け出す箇所も出てきます。

それらが斑状になることからこの名が付けられました。

青唐津・黄唐津

土や釉薬に含まれる鉄分は、炎によって化学反応を起こすと色が変化します。

同じ土と釉薬を使っていても、焼成するときに酸素が少ない還元炎焼成であれば青く焼きあがり、青唐津となります。

酸素が多い酸化炎焼成にすると、黄唐津となります。

青唐津はシャープな印象、黄唐津は暖かい印象です。

黒唐津

黒色の釉薬をかけて焼いた唐津焼を総称して黒唐津といいます。

鉄釉や飴釉など、鉄分の多い釉薬をかけて酸化炎焼成したものです。

黒の度合いは様々で、飴色のものでも黒唐津に含まれます。

鉄の含有量が高くなるほど黒く発色します。

粉引・三島唐津

唐津の土は鉄分が多く、そのままでは黒っぽく焼きあがります。

その生地に白い土をかけて白化粧をし、透明の釉薬をかけて焼成したものを粉引こひきといいます。

粉引は柔らかい白さが特徴です。

三島みしま唐津は、生地が柔らかいうちに花模様などの印鑑を押して白化粧をしたり、白化粧した後に線彫りや掻き落としをしたりなど、コントラストのある模様がついたものです。

唐津焼の特徴・魅力

昔から多くの人々に愛されていた唐津焼には、どのような特徴があるのでしょうか。

食器や茶道具としての魅力や、取り扱い方などについて解説します。

日用雑器としての唐津焼の特徴・魅力

唐津焼は、日用雑器としても人気があります。

ざっくりした土の手触りや柔らかく温かみのある形が特徴。

料理を盛ってはじめて完成されるといわれており、唐津焼の器を見ると、どんな料理をどのように盛り付けようかとわくわくしてしまいます。

茶陶としての唐津焼の特徴・魅力

古くから茶人に愛され、憧れられていた唐津焼。

千利休も唐津焼の奥高麗おくごうらい茶碗を持っていたと伝えられています。

奥高麗茶碗は安土桃山時代の古唐津茶碗です。

丸いお椀形の茶碗が一般的ですが、千利休が持っていたのは筒茶碗でした。

全体的に果物のビワのような色をしており、ところどころに見える白い長石が深い味わいを出しているのが特徴です。

唐津焼の渋い色調や、荒い土の手触りなどが詫び寂びにつながり、評価されたのでしょう。

茶道の世界では、茶碗の裏側にある高台こうだいの中で、釉薬が縮緬ちりめんのようにしわしわになっているもの、石ハゼのあるもの、高台の形が三日月のように太いところと細いところがあるもの等が好まれています。

※石ハゼ:素地中の砂石が、焼成中に表面に弾けでて現れたもの

唐津焼の取り扱い方

唐津焼は、使い手が育てていく器としても有名です。

焼成の際にできる貫入というヒビは、使い込んでいくうちに茶渋などが入り、器の表情が変わってくるのです。

また、唐津焼は柔らかい陶器のため、他の金属や磁器の食器等、硬いものにぶつけると欠けてしまったり、ヒビが入ってしまうことがあるので注意しましょう。

唐津焼に使用される土の性質上、食器や花瓶から水がしみ出てくることがあります。

それを防ぐために「目止め」を行いましょう。

目止めとは、米のとぎ汁で陶器を煮ることで米のでんぷん質を陶器の凹凸にしみ込ませ、穴を塞ぐお手入れ方法です。

少し手間はかかりますが、目止めをしておけば水が漏れてくる心配もありませんし、ヒビ割れの予防にもなりますよ。

唐津焼の有名な窯元

陶磁器のことを、東では「せともの」、西では「からつもの」と呼んでいました。

そのくらい浸透していた唐津焼。

しかし、歴史の項目でもお話しましたが、一時は衰退してしまいす。

そんな時、12代中里太郎右衛門なかざとたろえもん氏が古唐津を研究し再現したことで人気が再燃。

現在では数多くの陶芸作家が唐津で活躍しています。

そんな伝統と個性が光る、有名な窯元をご紹介しましょう。

隆太窯

コンサートが実施されるなど、ステンドグラスが素敵なアートギャラリーとしても有名なりゅうた窯。

人間国宝・12代中里太郎右衛門なかざとたろえもん氏の五男である隆氏の窯です。

息子の太亀氏、孫の健太氏と親子三代で作陶しています。

唐津焼のさまざまな技法を使い、「用の美」を追求した食器を楽しむことができるのが魅力。

タイミングが合えば、作陶している様子を見学することもできますよ。

鏡山窯

唐津のシンボル的存在である鏡山の麓にあるのが鏡山きょうざん窯です。

国内のみならず、ロサンゼルスでも個展を開いたことのある井上東也いのうえとうや氏によって開かれました。

自身も茶道を嗜むこともあり、茶陶が特に有名です。

現在は息子である公之こうじ氏が引き継ぎ、古唐津の技法を活かした茶陶や食器を作っています。

手びねりや絵付けなど、陶芸体験ができるのも魅力です。

Monohanako

人間国宝・12代中里太郎右衛門なかざとたろえもん氏を祖父にもつ中里花子なかざとはなこ氏の窯です。

アメリカ・メイン州にも窯を開いており、一年の半分はアメリカで作陶活動をしているとのこと。

花子氏が作る器は、シンプルですがインターナショナルでモダンな雰囲気があり個性的。

料理がとてもよく映えると人気です。

おわりに

唐津焼は、茶人や権力者をはじめ多くの日本人から愛されてきました。

現在も茶陶はもちろん、日常使いの食器としても変わらぬ人気を誇っています。

窯元によって使う原料や技法が違いますので、ぜひいくつか巡ってみてください。

きっと、あなたにぴったりのお気に入りの唐津焼がみつかりますよ。

お気に入りの器をみつけて育て、心豊かな生活を送りましょう。