益子焼は、日本を代表する陶器のひとつとして世界的にも有名ですが、益子焼が今日のようにもてはやされるようになるまでには、多くの陶芸作家や窯元の努力がありました。

この記事では、益子焼の代表的な窯元や人気の陶芸作家、益子焼の発展に貢献した人間国宝の方たちについてご紹介します。

益子焼の人気作家たち

以下に、益子焼の人気陶芸作家たちをご紹介します。

瀬佳子

広瀬佳子氏の作品は、アンティーク調の上品な味わいを感じさせる点が特徴的で、食卓に何気なく置かれていても何か特別な雰囲気にさせてくれます。

熱烈に支持してくれるファンが多く、個展などを開くと出品作はたちまち売り切れてしまうほどです。

広瀬氏は、高校生の頃に出会った画家・山田かまちの絵からアートへの興味を抱くようになり、大学時代には学芸員を目指して数多くの美術展覧会を訪れるようになりました。

そして、ハンス・コパーなど西洋の陶芸家の展覧会などで数多くの作品に触れ、影響を受けて陶芸家を目指すようになったようです。

彼女の作品が、西洋のアンティークを思わせる艶やかで上品な味わいを感じさせるのは、若い時から触れてきた多くのアート作品からの影響が大きいのではないでしょうか。

田雅代

豊田雅代氏の作品は繊細で愛らしい模様が特徴的ですが、これは「イッチン※3」と呼ばれる技法を用いて作陶されています。

※3「イッチン」とは正確にはチューブ状の筒の入れ物ことで、作陶時にイッチンに入れた釉薬を絞りだして陶器に塗り付けますが、この装飾技法そのものもイッチンと呼ばれているようです。

描画される模様はランダムで、同じものは一つもないため、自分の好みに合う唯一無二の作品を選ぶことができます。

村和晃

志村和晃氏の作品は、女性の好みに合いそうな可愛らしいデザインが特徴的です。

洗練されていて上品な形をしていながら、可愛く愛らしい絵柄が同居しており独特の雰囲気を醸し出す作風が注目されています。

志村氏はかつて京都や久谷で焼き物の修業をした時期があり、その経験を生かして作品には染付の技法が用いられたものが多いようです。

田崇人

岡田崇人氏の作品は、益子焼の陶土を使った作品に共通している素朴な味わいとスタイリッシュでモダンな雰囲気が同居した独自の作風が特徴的です。

作品のモチーフとして草木や鳥などを取り入れ大胆な筆つきで描かれた絵柄は、和食にフィットしていて実用的だと高い評価を受けています。

岡田氏の作陶には、象嵌ぞうがんき落としと呼ばれる技法が用いられています。

象嵌は、胎土たいど(陶磁器の原材料として使われる土)と異なる色土いろつち(有色の粘土)を嵌めこむ装飾技法で、作品の中で嵌めこまれた色土の部分の模様を際立たせる手法です。

掻き落としは、文字通り陶器の表面を削り異なった色を出すことによって模様を施す技法です。

益子焼界の人間国宝

ここで、益子焼の発展に貢献した人間国宝のお2人をご紹介します。

田庄司

濱田庄司氏は、益子焼の発展の歴史を振り返ったとき、見逃すことができない陶芸家の1人です。

益子焼は、明治の末に近代化の流れに伴う庶民の生活スタイルの変化によって、金属器に取って代られそうな時期がありました。

それを救ったのが濱田氏で、彼は「用の美」という概念、つまり日常的に使われる日用雑器の中に美を見出そうという思想に基づく「民芸運動」を主導し、益子焼を見事に復活させたのです。

そして、益子焼の芸術性も高めた人物です。

岡達三

島岡達三氏は、1940年21歳のときに濱田庄司氏に師事しその門下に入りました。

34歳のときに益子町に居を構え、開窯。

35歳で初窯はつがまし焚き作陶を始めます。

以降、毎年個展を開き自作を世に問いました。

そして、43歳、1964年11月に日本民藝館新作展にて日本民藝館賞受賞。

その後、精力的に作陶を続け、日本陶芸展や各種の国際陶芸展に出品。

1980年、61歳の時、栃木県文化功労賞を受賞。

1994年、75歳の時、日本陶芸協会の金賞を受賞。

1996年5月、77歳の時、民藝陶器・縄文象嵌にて重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

2002年、83歳の時、益子町での陶芸活動の功績により栃木県名誉県民第1号を授与されました。

益子焼の代表的な窯元

益子焼発祥の地、栃木県益子町には、現在約250の窯元が存在すると言われています。

その中から、益子焼の代表的な6つの窯元についてご紹介します。

田窯

濱田窯は、著名な陶芸作家で人間国宝にもなった濱田庄司氏の窯元です。

今は浜田氏の孫の友緒さんが3代目としてこの窯元を受け継いでおり、友緒さんの陶芸作家としての力量も秀でたものがあります。

その技法は祖父の庄司氏が好んで用いた柿釉※1や赤絵※2など、益子焼に特徴的な釉薬を使ったもので祖父の技術を継承しているようです。

※1 柿釉 鉄分を含んだ釉薬ゆうやく(陶磁器に使ううわぐすり)の一種で、色調が柿の色に似ているので柿釉かきゆうと呼ばれています。

※2 赤絵 陶磁器は、釉薬の上にガラス質の色釉いろぐすりを施して色のバリエーションを持たせています。その色釉の中でも、赤を基調にしたものが赤絵です。

・住所:益子参考館 〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子3388
・電話番号:0285-72-5300

太郎窯

藤太郎窯は、益子焼の名門として有名です。

この窯元の2代目である佐久間藤太郎氏は、人間国宝・濱田庄司氏に傾倒し濱田氏と共に作陶を重ねて行きました。

現在、この窯元は4代目の藤也さんが受け継いでいますが、3代目が急死したことで作陶技術の教授を受けられず、ほぼ独学で作陶の技を修得したとのことです。

それでも技術を極め、藤太郎窯の陶芸家として周囲から認められるようになりました。

・住所:〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子644-2
・電話番号:0285-72-3161

かもと

つかもとは、創業以来150年の歴史を持つ老舗の窯元です。

栃木の窯工場には、レストランやギャラリーがあり来訪者も楽しめる場所になっています。

また、体験工房もあり、作陶を体験したい人は訪れてみるとよいでしょう。

この窯元の特徴は、焼成に電気やガスではなく薪を用いている点です。

・住所:〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子4264
・電話番号:0285-72-3223

一窯

健一窯は、現在、2代目の雅淑まさよしさんが父の大塚健一氏に師事し窯元を受け継いでいます。

この窯元の特徴は、益子の陶土、益子焼に昔から使われてきた釉薬を用いて伝統的な手法で作陶する点です。

手法は伝統的ですが、陶器のデザインはモダンで、現代の生活スタイルにもフィットする陶器を作陶しています。

・住所:〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町大字益子697
・電話番号:0285-72-5359

こやま

よこやまは、窯元としては比較的新しく、開窯(窯の稼働を開始すること)は1971年となっています。

つかもとと同じく、窯元にはギャラリーやレストラン、体験工房があり、来訪者も作陶を体験できるのでオススメです。

・住所:〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子3556-3
・電話番号:0285-72-9211

のきだ窯

えのきだ窯は、創業以来80年という歴史を持つ老舗の窯元です。

今は、5代目の榎田えのきだ若葉さんがこの窯元を受け継ぎ、夫の智さんと一緒に陶芸作家として活動されています。

若葉さんの陶芸作品は、モダンでキュートなデザインが特徴的で、使いやすく実用的な点で特に女性からの支持が多いようです。

・住所:〒321-4217栃木県芳賀郡益子町益子4240
・電話番号:0285-72-2528

おわりに

益子焼の魅力や芸術性は、「用の美」という概念で表現されるように、高尚な美しさというよりも、日常の中で使われる日用雑器の中に見出される美として感得されます。

しかし、そのような美意識は普通の人が持つことは難しく、それを一般の私たちにも感じさせてくれるまでに、益子焼の芸術性を高めてくれた濱田庄司氏、島岡達三氏の2人の人間国宝を始め、益子町の窯元、陶芸作家たちの力が大きかったことが分かりますね。