藍染の歴史

日本における藍染とは蓼藍たであい (蓼科の藍という植物)を使った染め物のことです。

蓼藍は東南アジア原産で古墳時代の終わり頃にシルクロードを通ってインド、中国、朝鮮を経て日本に伝わったのではないかといわれています。

日本の藍染は江戸時代、現在の徳島県で盛んに作られました。

江戸時代に盛んに作られた理由としては、江戸時代には庶民は華美を禁じられていたことが挙げられます。

紫や紅、梅色などの高貴とされていた色が使用不可となり、藍色が多く使われるようになったのです。

江戸の庶民たちは、制限を加えられた中でも、なんとか洒落た物を身に付けたいという願望を持ち続けていました。

そこで、政治を行う人たちには贅沢とは見えないような贅沢な物である、藍染で染めた物を作っていたのです。

明治時代、開国した日本に訪れた海外の人々は藍染の鮮やかで深みのある藍色(青)を「ジャパン・ブルー」と賞賛したといいます。

絹、麻、木綿などの天然素材によく染まり、藍染をした物には消臭効果があり汗臭くならなかったり、虫除けや蛇除けの効果があるといわれています。

木綿や麻の粗末な生地の着物などの衣類はもちろん、てぬぐい、のれん、夜着(掻巻)、教典など幅広いものが染められました。

※夜着(掻巻):袖がついており、綿を入れた厚手の着物状の寝具のこと。江戸時代頃には、綿布団はまだ高級品で、夜着(掻巻)を掛布団のように掛けて寝具としたり、寒さの厳しい地域では帯を用いて着用されていた。

藍染は液に浸ける回数が増えると濃くなります。

日本人はごく薄い藍色を「水浅葱みずあさぎ」、そこから少し濃くなった緑色を帯びた青色を「納戸なんど」、「藍」を経てもっと濃い色を「搗色かちいろ」など伝統的な名前をそれぞれに付け、大切にしてきました。

各地で藍染の専門店「紺屋こうや」ができ、藍染製品を製造していましたが、昭和初期になると人工的に藍色を染める技術が誕生。

時間と手間がかかる藍染文化は減少していきます。

インディゴ・ジーンズの藍色も今はほとんど人工的に作られた合成染料で染められた色となります。

手間ひまがかかる藍染液の作り方

藍染の液ができるまでは蓼藍を刈り取ってから4~5ヶ月かかります。

手順1

春に種を撒いた蓼藍を初夏に刈り取り、乾燥させ1.5cmくらいに刻みます。

手順2

葉に水をかけて高く積み上げ、むしろをかけて3ヶ月ほど寝床と呼ばれる建物の中で寝かせます。

その日の天気や気温を見ながら水をかけたり、撹拌するなど世話をすると高温になりながら発酵し湯気が立ちこめます。

この蓼藍が発酵した状態を「すくも」といいます。

手順3

蒅を染め液にするにはまず土中に埋められた藍甕あいがめなどに水、蒅、石灰や灰、小麦粉や糖、酒などを加え温度を30度くらいに保ちます。

微生物が働きだし更に発酵し堆肥のような匂いがしてくると1週間ほどで完成。

伝統的な紺屋の染め場では、火を入れる事ができる火壷ひつぼの周りに染め液が入った藍甕を並べ温度管理をします。

※江戸時代には、三重県の桑名市からはまぐりを焼いて粉にした貝灰を取り寄せ、石灰の代わりに使っていました。貝灰を使ったすくもは、柔らかく、蒅の中の藍も程よく染液に溶けてくれるので、蒅の寿命が長くなります。貝殻なので、人の肌にも優しいです。一方、石灰は、水に溶けず、微生物のエサにもならないため、継ぎ足すほど染液に残り、蒅の藍が染液に溶けるのを阻害します。撹拌するときも、蒅が堅くなって苦労をしますし、石灰は人体にとって良くないともいわれています。

手順4

染め頃になると上部に泡が盛り上がり、染め時を知らせてくれます。

これが「藍の花が咲く」と呼ばれる状態。

そしてこの染め液を作る一連の工程を「藍建あいだて」、「藍をてる」と呼びます。

地域や職人によって藍建ての方法は異なりますが、最後は目や手で確かめたり、匂いを嗅いだり時に口に含んでアルカリ度を調べるなど、五感を使って見極めるといいます。

まさに職人技。

出来上がった蒅はそのまま染めに使ったり、水分を飛ばして固形にし「藍玉あいだま」にしたりします。

藍玉にすることで貯蔵ができ、遠方への運搬ができるようになりました。

徳島で作られていた藍玉は高知県の野根海岸の砂を混ぜて作られており、海岸の砂に含まれる塩分が腐敗を防いでいたといわれています。

そのため、江戸時代にはこの藍玉が取引され全国各地の紺屋で利用されました。

むしろをかけて寝かせ、時に水をやり寝返りを打たせ、食べ物を与え温めて…まるで生き物を育てるように大切に大切に手間ひまをかけて藍染液を作るのです。

また、藍染液を作ることももちろん大変ですが、作った液のpHの数値が下がって酸にならないように一定に保つことも難しいそうです。

染め方

天然素材の糸や布を染め液に一気に浸けます。

その後、染めたものをよく絞って空気に触れさせるようにきれいな水に浸けます。

一般的には水に浸けますが、化学反応により染まりやすくなるという理由から、大豆汁こじるに浸けることもあるそうです。

最初は黄緑っぽく見えますが、藍染液が酸素と化学反応することでみるみるうちに青く染まっていきます。

さらに、繰り返し染めと洗い(重ね染め)をすることで薄い青から濃く深い藍色になっていきます。

染めたくない場所を糸で縫い留めてから染め液に浸けることで、縫い留めた所が白いまま残り模様が浮かび上がります。

これが絞り染めです。

天平の三纈

天平時代、日本には「天平の三纈さんけち」と呼ばれる3つの染色技法がありました。

1. 夾纈キョウケチ
「夾」は「はさむ」という意味です。
まず、2枚の版木で生地を挟みます。
版木には穴が開いていて、そこから染料を注ぎ込むことで布に染料がしみ込むのですが、版木の当たっている部分は染まらず、柄ができます。

2. 纐纈コウケチ
「纐」は「しぼる」という意味(絞り染め)です。
生地を糸で括ったり、縫ったりする事で防染をする染色です。
先ほどお話した絞り染めが、これにあたります。

3, 臈纈ロウケチ
蝋を熱で溶かしたものを生地につけて防染する技法です。
絵柄の切り抜き型を作り、布に型を合わせて蝋を塗布したり、筆に蝋をつけて水墨画の要領で柄を描いて染色する技法などがあります。
それを染め液に浸けると蝋がついた部分だけが染まらず、白いまま残り絵柄が浮かび上がります。

ほかにも染める手法がいくつもあり、藍染と一口にいってもさまざまな表情が生まれます。

不思議なことに、この複雑で非常に時間がかかる藍染液の作り方や、工夫を凝らした染め方は、現代の化学的な分析をすると理にかなっている方法であることがわかりました。

しかし、当時はそんな技術はない時代。

ここまで辿り着くまでにどれだけ研究を重ね、失敗を糧に経験を積み、伝承されてきた文化なのか想像するとロマンを感じます。

藍染の今後

藍染は無形指定文化財に指定されており、今でも全国各地で藍染職人が藍染を伝承しています。

しかし、かつて染めていた着物などのニーズは減少。

そのため、近年の藍染職人の中にはスニーカーやTシャツ、バッグなど現代にも使いやすいものを染めるなど時代の変化と共に新しい発想を加えつつ、藍染の伝統を守りながら作品作りをしている方も多く見られます。

また、現代アートとして藍染の手法を使うアーティストも出てきています。

藍染の長い歴史や染めるまでの過程を知ってから作品を見ると、藍色がもっと深い色に感じられることでしょう。

藍染の作品を見る・藍染を体験する

藍染が盛んだった徳島県などでは藍染博物館や体験をさせてくれる工房がいくつかあります。

実際に体験してみないとわからない匂いや手触り、藍色を体感しに行ってみてはいかがでしょうか?

藍の館

営業時間:9:00~17:00
     火曜は休業となりますが、祝祭日の場合は営業

住所:徳島県板野郡藍住町徳命字前須西172

料金(入館料): 
大人 300円
学生 200円
小人 150円

藍染体験:500円~

藍染工芸館

阿波藍型染伝統技術保持者・香川卓美氏の工房展示場

営業時間:9:00~18:00
     元旦を除き、年中無休

住所:徳島県徳島市応神町東貞方字西川渕81-1

料金:藍染体験 1,100円~
   藍染行程見学 300円 ※団体のみ

紺屋九代目岩吉藍染店

徳島市無形文化財筒描阿波藍染技術保持者・古庄輝亘氏の工房

住所:徳島県徳島市南佐古六番町4-1

料金:筒描阿波藍染の体験 1,000円 (要予約)
   ※工房近くの「ステーキハウスかがやき」を利用された方は体験料無料

電話番号:088-622-8397
   ※筒描阿波藍染体験をご希望の方はお電話にてお問い合わせください