東京都新宿区高田馬場に東京手描友禅のアトリエを構える小倉染芸。

格調高く、深い色合いの作品が特徴である。

地色の引染も2回以上重ねて色を入れるというこだわりを持つ。

デザインから完成まで手掛ける、オートクチュール(高級品)指向である。

取材させていただいた隆氏の師匠である父の貞右ていゆう氏は、多数の賞を受賞し、上皇后美智子妃殿下の訪問着を作った経験もある。

この度は、平成30年に伝統工芸士を取得した3代目の小倉隆氏にお話を伺った。

東京手描友禅は「手描」と名がつく通り、地色の染めつけから模様の縁取り、色付けが手描きで描かれている。

着物全体がまるでキャンパスかのように、下書きも何もない状態から美しい柄が描かれているということに驚きを隠せない。

京友禅のように分業制ではなく一人の作家がほとんどの作業をこなす。

まさに、匠の技だ。

他の京友禅や加賀友禅と比べて、派手さよりも落ち着いた渋い色合いが多くなっている。

また、「糊上げ」という、糸目の線をそのまま模様の一部に活かす技法も小倉独自の特徴だ。

現在では江戸の「粋」に加えて、現代の東京らしいモダンさが加わったデザインも作られるようになった。


写真のバックに写っている一番右の着物は、東京手描友禅のコンクールで賞を取った作品である。

デザインや柄の配置を一から行い、全てが手描き。

黒地に浮かび上がるぼかしも、刷毛をつかって手作業で描かれたものだ。

隆氏は、旅行や出張先にもスケッチブックを持ち歩き、現地で見た植物や建物の壁画を図案化し着物のデザインに落とし込む。

常にアンテナを立て、自らの感性に日々磨きをかけている。

そんな生粋の職人気質である隆氏に、職人になる前の意外な経歴やこだわり、手描友禅の技術についてお話を伺った。

小倉染芸の独自技術「写し糊糸目技法」

「糸目の色が他工房と異なります。」

糸目糊置きとは、模様の部分の染料と地色が混じるのを防ぐために、模様の輪郭に沿って糊を置いていく行為。

糊が糸を引いたような細い線に見えることから糸目糊置きと呼ばれる。

通常は染料屋で買った糊をそのままの色で使うところが多いが、小倉染芸ではそこに色を入れて仕上がりの糸目の風合いを変えている。

小倉染芸で使用する糊は黄色で、糊に混ぜる染料の分量を変え、色の薄いものから濃いものまで用意している。

糸目に濃淡をつけて、模様により使い分けており、5種類程の色を用意しているという。

「他と一緒では面白くない。」

小倉染芸の作品は量産物ではなく、一点物の最高級品だ。

細部にもこだわっていきたいという想いから、2代目の父の代からの独自技術、「写し糊糸目技法」を始めたそうだ。

平成30年 経済産業省指定 東京手描友禅の伝統工芸士に認定

経済産業省認定 伝統工芸士とは

伝統工芸品は主要工程が手作業で、かつ高度な伝統的技術だ。

その習得には長い年月が必要とされる。

12年従事してその中で6年組合に所属することで、試験を受ける権利が得られる。

伝統的工芸品産業の振興に関する法律である、伝産法の規定に基づく資格である。


試験は知識試験と実技試験、面接が行われる。

実技試験は極めて専門的な技術が問われるため、産地組合内担当者と外部審査員の複数名に委託される。

小倉氏の場合は、下絵をフリーハンドで全て描き、2週間後に完成した作品を提出するという試験内容だった。

普段、下絵はトレースすることが多いのでそこは少し苦労したそうだが、いつもやっていることなので、特別対策することはなかったのだという。

認定されて変わったこと

認定されたからといって、隆氏の心情に大きな変化はなかったそうだ。

あくまで一つの通過点であり、自分はまだ一人前になったとも思っていないという。

伝統工芸士の資格をとれば一人前になれると思っていたが、まだ出来ないことや、まだまだやりたいこともあるのだと熱く語ってくれた。

また、販売するときに伝統工芸士の盾があるとかっこいいと思っていたが、取ってしまうとそうでもないように感じるのだと笑っていた。

己の技術だけがすべての世界なので、資格を取ったからどうこうではないのだ。

早く自分が小倉染芸の顔になっていきたい、と貴重な資格を得たにも関わらず、おごらず今後の益々の技術向上への意欲を覗かせた。

アパレルブランド「divka」へのデザイン提供

2019年、小倉染芸はレディースアパレルブランド「divka」と手を組んだ。

10程の手描友禅のデザインを提出し、その中から今回使用するものが選ばれたのだという。

洋服の完成をプレスで見たときは感動し、デザイン料はタダでもいいと思ったほど喜んだそうだ。

共同制作に至った経緯

隆氏は東京都主催の研修でイタリアミラノに渡り、ハイブランドの衣服に使用される生地を作成している工房を訪ね、自らの作品をPRしていた。

その際、知り合いの伝手つてで divka を紹介されたのが始まりだった。

先方も伝統工芸との共同制作を考えていたようで、隆氏のデザインを見て、その精巧な模様に惚れ込んだ。

着物と洋服の違いへの戸惑い

着物の常識と洋服の常識の違いが、隆氏を悩ませた。

特に布の幅が異なる点には、非常に苦労したそうだ。

通常着物は反物の幅でしか表現しない。(38㎝程)

イタリアの工房へ行った際も、なぜ大きな位幅で染物を作成しないのかと言われた。
(洋服幅だと110㎝〜140㎝)

しかし、幅広の生地を作成したくても、それだけの大きさを作れる道具がないため対応できない。

引き染めをする際に使用する道具はすべて反物の幅で造られており、幅広の生地に対応できる道具がないためだ。

そのため、隆氏のデザインをdivkaのデザイナーに託し今回のコラボが実現した。

新たな「色」の発見

今回の共同制作を通して、今までの手描友禅にはなかった色が生まれた。

手描友禅では、職人によって見分けられる色が異なる。

例えば同じ赤でも、弟子で3種、隆氏で10種、師匠で100種のように、経験を重ねると多くの色が見えるようになるそうだ。

「洋服」の作成に携わり、刺激を受け、隆氏の見える「色」が増えたのだ。

小倉隆×手描き友禅

意外な前職

28歳からこの世界に入りました。

それまでは、スノーボード関係の仕事に就きたいと思いスポーツショップの販売員として働いていました。

大学時代からスポーツ関係のアルバイトをしていて、30歳くらいで独立して自分のショップを持ちたいと思っていました。

着物を着るのは女性が対象なので、自分としてはそんなに興味があるものではありませんでした。

23歳の時にオーストラリアへ留学し、ホストファミリーに「君の国の良さってなんだい?」と聞かれ、すぐには答えられなくて。

話している間に、親は着物を作っていて…と話したら「なんでそれがすごい事だって言わないの?」と言われたんです。

自分は小さい時から仕事を見ていて、工房で遊び、仕事道具を壊して怒られたりしていたので。

身近すぎて良さに気付いていなかったんですよね。

その経験がずっと頭に残っています。

で、その後、スノーボード大会でイタリア人と話している時に、彼は自分の国の自慢をめちゃくちゃしていました。(笑)

「俺の国の料理はこんなにうまいものがあるんだぞ!すごいだろ」みたいな(笑)

でも、その時に自分の家の仕事の話をしたら、

「なんでそんなにすごい仕事なのに継がないの?誰もができる仕事じゃないじゃないか。」

と言われたんです。

父の跡を継ぎ3代目になった経緯

27歳のときに祖母が亡くなって、昔のことや海外での経験を思い返しました。

ちょうどその頃、スノーボードのブームが下火になってきて、今後どうしようか考えていたタイミングもあり、着物のデザインとして見たときに面白いなと思い始めました。

年に何回か実家に帰ってきた際に、父の作品を見たり話したりしている内に「面白いかも!」と思い始めました。

修行して初めてわかった手描友禅の世界

修行を始めてからが大変でした。

まず、マニュアルがない。

元々会社員だったので、マニュアルの元こなせればよかったのですが、何をやっていいかがまず分かりませんでした。

自己表現と感覚の世界なので何が正解かも分からない。

色つくりでは師匠である父に見せてもダメ出しばかりでしたし、デザインを考えても全然上手くいかない。

ただ面白いのは自分の中では、色の濃度が変わってしまい納得のいかない作品でも、売り場でお客様に出したら意外とすごく好評だったり、逆に自信持って出したら反応がイマイチだったり。

どんなものが評価されるか分からないですね。

偉大なお父様を持ち苦労や挫折はありましたか?

(父、貞友氏の作業風景)


挫折しそうになったことは何度もあります。

例えば、パソコンでエクセルとかは習えばある程度はすぐ出来る。

でも、技術は出来るようになると簡単だけど、出来ないと本当に出来ない。

周りに同期とかもいないので、自分だけ特別出来ないように思ってしまったり、
何で自分だけできないのだろうと。

同じように手を動かし、言われた通りやっているのになんでできないのだろうと。

心が折れそうになったこともあったけど、前職は90店舗ある中で一番忙しい店で、頑張れたその経験があったから乗り越えられたのだと思います。

自分で悩んで出した答えなら、それが間違っていても納得できた。

あとは、一般的に学生を卒業したらすぐに弟子入りする世界を30歳目前で始めるわけですから、年齢的に後には引けなかったというのもありますね。

小倉隆さんが感じる手描き友禅の魅力

作り手一人一人が全然違う作品になる。

猫を描いてくださいってなったら、手で描くからこそ50通りの猫が出来る。

写実的なのもあれば、私だったら図案化した優しい感じのものにしたり。

そんな風に、お客様の要望に合わせてより好みに合わせて作ることが出来るということは、とても魅力的だと思います。

手描友禅職人として譲れないこだわり

作家ではなく職人になりたくて仕事を始めたので、技術は大切ですね。

そのために、道具を丁寧に使うこと。

良い道具をちゃんと使っていると良い技術になり、レベルが上がる気がします。

良い工房は、道具が綺麗でちゃんと整理整頓されている。

仕事柄色々な他業種の職人仲間の工房に伺う機会があるのですが、高い技術、良い作品を製作する職人さんには共通点があり、それは道具や機械の手入れが行き届いていること。

テレビで宮大工の番組を見ていて、職人さんが道具を丁寧に使うと良い技術が身につくと話していたことに非常に共感しました。

この世界に入り13年。3、4年前よりさらに技術の繊細さが上達して良いものを作れているなと思います。

糸目の太さであったりとか、線の綺麗さだったり、向上していかなきゃと常に考えています。

その一歩として、刷毛や筆の扱いや手入れをちゃんとしないと良い物は作れない。
そこを職人として肝に命じてやっています。

いい刷毛を使ったものは、いいぼかしが出来ます。

使い終わったあとに、刷毛をガシガシ洗うと毛のコシが折れて、色を塗ったときに刷毛が持っている強さが出なくなります。

しっかり水を切って乾かさないと長く使えなくなってしまう。

刷毛が痛まないように洗い方にも気を付けています。

自分の作品の特徴は?

小倉染芸の特徴は、

・白の色(白の色を付ける貝殻をすり潰した胡粉という染料を使用)の使い方

・糸目の色

・朱の使い方(深みのある赤)


私の作品の特徴は、色の掛け合わせで変わる配色です。

父と私の作品でも色が違います。

あと、デザインが図案化されているところや唐草柄を得意としています。

目の超えたお客様は、色やデザインで父との違いがわかる方もいらっしゃいますね。


薄い色と濃い色の使い方にも特徴があります。

私は背景をぼかしていく。

作品のグラデーションはアニメから参考にしたりもします。

例えばジブリは背景が遠くに行くほど濃くなり、ディズニーは背景が薄くなっていく。

そこからインスピレーションを受けて取り入れる事もあります。

これからを担う世代として今後挑戦したいことは?

着物や帯を作りたくてこの世界に入りましたが、現在は着物離れが進んでいて。

着物とは違うところで手描友禅の作品を見たときに、これって着物のデザインなの?着物ってかっこいい!って、思ってもらいたいと考えています。

そのきっかけ作りのために、着物だけではなく小物作りも行なっています。

小物から、手描友禅を知らなかった人に知ってもらえたら面白いと思いました。

お茶会で使う「数寄屋すきや袋」といわれるクラッチバックの様なものも、実は今フランスで販売しています。

海外の方が洋服に合わせて使う姿を日本人が見てかっこいいと思ってもらいたいです。

また、職人の人数を減らさないようにどんどん人を育成していかないと次の世代に伝承できない。

着物の学校に行っても、販売につく人の方や別の分野の仕事に就く方が多く、職人になれる人の方が少ないというのが現状です。

今いる小倉染芸のお弟子さんが独立するときに、こうゆう道もあるのだと見せてあげられるように、新しい道も模索しています。

自分が活躍することにより、自ずと「こうゆうやり方もあるんだ!」という指標になればいいなと思っています。

今、手描友禅に関わる道具屋さんや生地屋さんも件数が年々少なくなって行き、そこを潰さないためにも自分たち職人達一人ひとりが頑張らないといけないと思っております。

東京友禅を知り、興味を持ち購入して頂きたい。

そうして需要が増えれば作る人が増えて、学校で学んだ学生達が職に就けるようになります。

手描友禅の製作工程

1.構想、図案、下絵

デザインを考え、紙に図案を実寸サイズで描いて、実際に人の身体に当ててサイズ感や絵柄のバランスを確認する。

そうすることで着た時のイメージが湧く。

その後、柄の出方や動きの確認をし、配置を調整。

デザインが決まったら、生地に図案通り青花液あおばなえきを筆に含ませて模様を線描きしていく。

青花液の原料は露草の花汁であり、水で洗うと綺麗に消えるので下絵描きに使われる

2.糸目糊置き

友禅の時に染料が模様の他の部分に滲んでしまうのを防ぐために、生地に下絵描きされた輪郭や線に沿い、筒の先から糊を押し出しながら生地の表面に置く。

この堤防がないと、次の工程で行われる友禅さしの作業をした時に、染料がはみ出したり混ざってしてしまう。

前述したように、染め上がった時に糊の線が「糸のように細い線」という比喩からこれを「糸目」と呼ぶ。

小倉染芸の独自技法で糸目の色が白だけでなく、普通黄、薄黄のように作品によって色が変わる。

途中で色が変わってしまわぬように、糊はまとめて作られる。

修行ではこの工程から始まり、最初の1ヶ月程はひたすら線描きの練習。

作品によって太さも変わるので思い通りに綺麗に描けるようになるまで練習を繰り返し、線の太さは手の力加減だけで変えていく。

難しいのは、糸目を描いて離した後がダマになりやすく、それを継ぎ目が分からないように描くことだそう。

3.伏せ糊置

地染の時に模様が地色で染まらないように模様の部分を餅糊で防染する。

4.引染

「地染め」ともいい、刷毛に染料を含ませて、模様以外の地の部分の生地に染料液を均一に染めていく。

5.友禅さし

防染していた糊餅を取り除いた後に、輪郭を糸目糊置きした模様の内側に小さな刷毛や筆を使って染料で色付けをする。

染料の色合わせと、全体の色の調和を整える。

これが一番難しく、且つ重要な工程になる。


そのままの色を使うことはほとんどなく、染料を掛け合わせて色を作る。

例えば、グレーを作るときもブルーから作るのか、赤系から作るのかで蒸した後の風合いが変わる。

そこが色の難しさであり面白いところでもある。

この後、色を定着させるために生地を蒸す。

蒸すことによって色が若干変化するので、それを加味して考えなければいけない。

この工程で使う刷毛や筆は非常に多く、300本程あるそう。

片刃

斜めに角度がついているもの。

ぼかしの工程で使用する。

端に黒と白をつけ、少しずつ筆を動かしていくと色が綺麗に混ざっていく。

初心者がやると色がうまく混ざらず割れてしまい、技術が高くなると2色がきちんと混ざり合う。


両刃

両方の角が直角のものは「塗りきり」といって単色の色を乗せていくのに使う。

新しくおろした刷毛は最初、薄い色用に使う。

使っていくうちにだんだん色が入り染料が濁ってしまう可能性があるので、後に中間色用、濃い色用として段階を踏んで使われる。

6.蒸し・水元

地色を定着させる為に約100℃で40〜50分蒸し、水洗いで糊や余分な染料を落とす。

7.仕上げ

染め終わった生地を完成品にするために、金彩や金箔、手刺繍を必要に応じて施して完成となる。

小倉 隆×Q&A

お客さんに言われて心に残っている言葉は?

「こうゆう時に着るから、勉強を兼ねて作って」

と別注の誂え品をお任せで頼まれることですね。

お客様からの一番の評価だと感じます。

その人が喜んでくれたかどうかは、納品した時のお客様の目を見ればわかります。

一番緊張する瞬間ですがそれが自信になります。

買っていただけると本当に嬉しいです。

贔屓ひいきなってくださって、毎回買ってくれる方がいるという事はいい意味でプレッシャーを感じています。

手描友禅職人をやっていて心に残る体験は?

お客様がすごく温かくて優しいことです。

作品を作り始めた頃は「こんな雑な技術で…もっとお父さんの技術学びなさい」と叱咤されることもありました。

でも、お客様と販売以上の繋がりができて、出張先ではお弁当を差し入れしてくださるなんてことも。

2代に渡りお世話になっているので、気にかけてくださるのは本当に嬉しいです。

着物の柄の題材にする植物を、飛行機に乗りわざわざ持ってきてくださった事も。

その土地の手土産をいただいたり、お手紙をいただいたりとか。

なので、無理に売るようなことはしないですし、お客様との繋がりは信頼関係が大切だと思っています。

やりがいを感じる瞬間は?

思い通り、イメージ通りの作品が出来た時です。

蒸したりすると染料の色が変わるのですが、そこまで考えてその通りに出来た時。

作品を評価してもらってお仕事の声がかかった時。

そんな時はとてもやりがいを感じます。

目の肥えた方にも「いい技術だ」と認めてもらえるように、技術を磨いていかないといけない。

好きなことだからこの仕事しかできないし、手描友禅しかやりたくないから必死になって技術を磨いてきました。

初めの5.6年はしんどかったけど、誰かが認めてくれて、やってみたらまた声をかけてもらって。

自分の技術を認めてくれ方を裏切りたくないなと思います。

若い世代に伝えたいことは?

心の底から手描友禅の職人になりたくて、手描友禅が好きなら、いっぱい絵を描いてください。

現状、残念な事ですが手描友禅の職人を目指している人でも、ほとんどの人が募集がなく、夢を諦めなければならないのが現状です。

もしチャンスがあった時に私たちが見るのは、その方が心の底から好きで絵を描いているかです。

だから一番の勉強は絵を描くことです。

インタビューを終えて

「楽しいと言っている間は、まだまだだって言われてしまうけど今が一番幸せ」

と、終始心から楽しそうにお仕事のことを語ってくださった姿が印象的でした。


一番驚いたのは、絵が得意ではないところから始めたと仰っていたことです。

そのため、この道に入ってから今まで沢山の絵を描いてきたそうです。

そう話し、見せてくださったスケッチブックには、線が美しいとても素敵な絵がたくさん描かれていました。

思わず「とても上手ですね」と声が漏れてしまうと「この前に何冊もあるですよ」と笑って話す小倉さん。

旅行や出張で地方や海外に行く際は、いつもスケッチブックをもち歩いているそうです。

イタリアで見たオリーブの木や寺院の壁画、北海道で描いたハマナスなどを見せもらいました。

「普通のスケッチは写実的なものをイメージされるかと思いますが、私の場合は着物のデザインが図案化したものと、絵の間のようなものを良く描きます」

今は練習というより描くのが好きだから描いているそうで、得意ではなかったものでもやっているうちに熱中し好きになれるからこそ小倉さんの才能なのだと感じました。

「色の配色やデザインは昔から好きでした。小さい時は文房具を見てシャーペンの芯のパッケージのここの配色が…!と熱く語っている子供でした。だから、日常生活でも色の配色やデザインを見ているのが楽しくてしょうがないんです。」

そう目を輝かせて話す姿に、まさに天職だなと感じました。

私も着物を着るのでいつか小倉さんが作った着物を買いたい!と心に強く思い、着物を着る人が増えて欲しいなと切に思いました。

小倉 隆さんの略歴

1976年 東京都新宿区高田馬場に生まれる

2005年 父貞右に師事

2010年 第48回染芸展 青年部染芸展賞

2014年 第52回染芸展 伝統的工芸品産業復興協会長賞

2016年 第54回染芸展 新宿区長賞高島屋賞

2018年 経済産業省指定東京手描友禅の伝統工芸士に認定
     第56回染芸展 東京都産業労働局長賞、新宿区長賞