大正12(1923)年創業の清水硝子で働く中宮涼子さんは、江戸切子初の女性伝統工芸士。

今回は、職人になったきっかけや一つ一つの作品に込められた想い。

この仕事をしている上でのこだわりなどを詳しく伺った。

江戸切子とは?

江戸切子とは、そもそも硝子の表面にカットを入れる技術のこと。

始まりは天保5年で、日本では明治時代に、ヨーロッパのカットグラスの技法が伝わり、近代的な技法が確立した。

現在は震災や戦争を乗り越えて、日本の伝統的工芸品に認定されている。

伝統工芸江戸切子・カットグラスの株式会社清水硝子とは

東京は葛飾・下町に工房を構える、清水硝子。

江戸切子工房の中では歴史が深く、創業は大正12(1923)年。

職人の集まりである江戸切子協同組合の中では、3番目に古くからある会社である。

近年では、なんと東京スカイツリーの4機あるエレベーター天望シャトルのうち「夏」や4階チケットカウンターに使われている江戸切子の装飾も手掛けている。

「夏」は「隅田川の夜空」をテーマに、江戸切子で作られた色とりどりの花火が壁いっぱいにあしらわれている。


工房では、江戸切子の制作が行われているのはもちろんだが、依頼を受けての記念品・特注品などの注文も受けている。

展示スペースに設置している商品に関しては、在庫があれば購入して持ち帰ることも可能だ。

清水硝子の特徴は、「何でも屋」であること。

常に、お客様の要望に合わせて動くように心がけ、職人の技術を生かして丁寧に向かい合う「対応力」が最大の強みになっている。


仕事の主な割合は、

・メーカーなどの江戸切子の受託加工が約半分

・自社販売や記念品の依頼が3割

・企業とのコラボ作品作成などが1割

・アクセサリー、建築関係の仕事が1割

という。

清水硝子から見た、働く女性 伝統工芸士 中宮涼子について

清水硝子としてはあくまでも、女性だから男性だからという考えは持っていない。

実際、伝統工芸の世界でも女性の職人・伝統工芸士は増えてきており、江戸切子でも男女差はなくなりつつある。  
 
切子では、バブル崩壊以降どうしても力が必要な大ぶりの花瓶・お皿や灰皿といった大きくて重い仕事の需要も下がってきている部分もあるという。

現在はぐい呑みやグラスなど、小ぶり商品の需要も多くなっている。

こういった品の繊細な作業は、男女差ではない仕事といえる部分でもある。

清水硝子で働く伝統工芸士は、30代だけで数えると女性が3名で男性が1名の割合。

まだ力仕事もある業種だが、女性でも江戸切子につきたいと思う人は昔よりも増えてきていという。

女性伝統工芸士「中宮涼子×江戸切子」

中宮さんが江戸切子の伝統工芸士になったきっかけや、江戸切子に対する想いなどをインタビューさせていただいた。

江戸切子の職人になろうと思ったきっかけは?

元々、家具デザインの仕事をしたいと思っていました。

当時はフリーターをしながらデザインを考えたりもしていたんです。

でも、コンペなどに出してもなかなか箸にも棒にもかからなくて....

もの作りに関しては、幼少期から好きでした。

フリーターの頃もアクセサリー作りとかをしていて、友人に売ったりしていました。

周りの友人が就職し始めた25歳くらいの時に、今後の身の振り方を考え始めました。

その頃に職安に行って、「ものを作る仕事がしたい」と話したらこの会社を紹介してもらったことがきっかけです。

最初に見学に行った時に、当時は職人として仕事をしている女性がいなかったため、「下線を描いたり、洗ったり細かい仕事が多くなるけど大丈夫か」と確認されました。

「物を作りたい」という気持ちは強かったのですが、まずはここで仕事をすることが大事だと思い、あまり気にはしませんでした。

それから時が経って、当時一緒に働いていたパートさんがその時の上司に、私が「カットの仕事をしたいと思っているよ」という話しをしてくれたんです。

実はその当時、仕事が終わった後に道具を借りてカットの練習をしたりしていたんですよ。

それで、いざ上司の前でやって見せたら「出来るならやってみたらいいよ」と言ってもらえました。

「女性だからやったらダメだって決まりはないし、やって出来るのであれば男女の差は関係ないから」と言ってもらえたんです。

それから、少しずつカットをやらせてもらうようになりました。

やりたいことをやらせてもらうためには、何が必要か考えそれを示していくことが必要だなと思います。

修行して初めてわかった江戸切子の世界

一番に思ったのは、体力的なことでした。

思った以上に体力の必要な世界だったため、日頃から筋トレも意識してやるようにしています。

あとは、細かいカット技術の精度。

日常の仕事は、何となくでもやっていれば出来るようになるけれど、その精度を上げることの難しさを感じています。

切子の模様が整って綺麗に見えるためには、同じ幅・同じ深さで切子が彫れており、かつ段差なく滑らかに仕上がっていて、それを丁寧に研磨することで生まれます。

例えば、×の模様でも、左右の幅・深さが違えば×の交差部分が揃わずきれいな点になりません。

一周同じ模様のグラスで、左右や上下で幅が違えば綺麗な模様になりません。

その為、深さや幅の加減を覚えていくこと、道具の使い方を覚え丁寧に使えることなど、作業も道具もコントロールできることが大切です。

そのうえで、硝子ごとの個体差(色の濃い・薄い)、サイズの違い、模様の違いなどを含めて、技量を持ちつつ個別に対応可能な幅を持つのが、精度に繋がります。

一つ一つ雑な仕事をせず、細かい仕事にも対応できる経験と技量を重ねていくことが必要で、だからこそ、常に勉強し続けることが大事だと思っています。

商品がお客様の手元にいくことを考えた時に、買ってくれた人が詳しいことを分からなくても、大事にしたいと思ってもらえる物を作れるように、より精度を上げて少しでもいい商品を届けたいんです。

中宮涼子さんが感じる江戸切子の魅力

切子加工によって、切子面を透過・反射した光が綺麗なところです。

これは、カットを入れたことで起きる屈折なんです。

今までたくさんの切子を見てきて、綺麗だとは思っていても、まだまだやれることは多いので、これからも研究していきたいと思っています。
 

この作品だと、角度によって色が違って見えるんですよ。

これも、カットを入れて初めて出来ることです。

見る角度で水色と黄色が混じって、黄緑に見えたりもします。

江戸切子は、今まで食器やランプが多かったけど、最近は建築のお仕事にも関わらせて頂く機会が増えました。

今までとは、また違った角度での江戸切子の魅力を伝えていきたいですね。 

そこから、新しい仕事に繋がっていくといいなと思います。

職人としても、これが正解とか完璧がないから。

上司にもずっと「いつ一人前になるとか一生ない」って言われています。

私も15年くらい働いていますけど、「一人前だなんて一生来ないだろう。」というその思いが年々強くなる一方で、本当に日々、身に染みて感じています。

江戸切子職人として譲れないこだわり

新しい作品を作る時には、何か一つ研究結果として自分で今まで得たものを取り入れて出したいと思っています。

あとは、たくさんの人に見てもらえる時には、ガラスの面白さとか、美しさを伝えられるものを作りたいと思って作っています。

この先も興味を持ち続けてもらったり、今まで興味がなかった人たちにも「面白いな、綺麗だな」と思ってもらえないと続かない産業だと思うので。

ものを作るということは何でもそうなのかもしれないですね。

自分の作品の他の方とは違うところ

まず、ガラスの研磨の工程を、私は手磨きという作業で作るのが得意です。

合わせて、平らなものを変形させることも苦手な作業ではないので、どんどん作品に取り入れて、見た目が特徴的なものを作りたいです。

時間や手間がかかる作業ですが、まだまだ目立ったことも出来ないし、50~60代の方の技量は超えられない。

だからこそ、今はとことん手間をかけて納得したものを作っていきたいです。

江東区長賞を受賞した「水神」について

「水神」の制作にいたった経緯

毎年行われている春の新作展のコンテストのために今年制作した作品。

構想段階の時から何となくイメージができており、「水」をモチーフにしたかったそうだ。

日々の仕事の中でヒントを得ながら、仕事が終わってから毎日3時間くらい作業を続けて完成させた。

「水神」へ込めた想いや特徴

水が揺らめく様を表現したところが最大の特徴である。

龍が水の中にいるイメージで、暴れているというよりも佇んでいる感じ。

龍には頭が無く、模様を辿ると、ずっと繋がっている。

「いいことがずっと続きますように」という想いを込めた作品なのだそうだ。

模様は、七宝という吉祥文様で縁起物の要素を取り入れた。

制作期間:約3ヶ月

来場者の人気投票1位を獲得!!「Butterflies Departure」の制作秘話

「Butterflies Departure」の制作にいたった経緯

2016年の第28回江戸切子新作展に出すために制作したのだそう。

水神もそうだが、水モチーフが好きで、作品のデザインに取り入れることが多いのだという。

こちらは、蝶々が越冬のために飛んでいくイメージで作成している。

磨きで浮かび上がる繊細な蝶々

光の屈折や反射は簡単には出て来ない。

何となく光っているだけでも綺麗には見えるが、狙った効果を出すにはどこまでカットを綺麗にするかが鍵になる。

元々、中心へ吸い込まれるように3本色が入っていた。

その色の部分を削り取り、市松模様に抜くことで蝶々を表現。

蝶々の部分は色が濃いこともあり、カットしても形がなかなか出ない。

ガラスの厚みがあると、蝶々の絵柄を出すのが難しいのだ。

そのため、カットより磨きに時間がかかったのだという。

小さく細かい模様が多いため、それに合わせた道具も自分で調整し用意した。

カット前のガラス素材は、吹きガラスのガラス作家さんにお願いしてオーダーで作ってもらったものを使用している。

そのため、ガラス自体に元々の歪みがあり、それをどう調和させるかに苦労した。

縁の形を変えたり、カットを変えたりと試行錯誤して調整を行った。

日々、研究の繰り返しで新しいものを作ってみても、これが正解というものはないのでずっと考え続けているそうだ。

制作期間:約4ヶ月

江戸切子の制作工程

①割出し(割り付け)

割出しの前に素材を選定する。

色のついた江戸切子を制作する場合には、色被せガラスが必要となる。

ろくろのような機械(回転台)で作業を行う。

カットを入れる際に必要となる基本線を縦横で入れる。

②荒摺り

回転台のダイヤモンドホイールで、割り付けした線に沿って基本的なカットをしていく。

細かい模様の下絵はないので職人さんの経験が重要となる。

※粗削り後の見本

③三番摺り

先ほどの荒削りで使った回転台よりもさらに細かいダイヤモンドホイールを使用して、カットを入れていく。

カットの大きさによっては異なる種類のダイヤモンドホイールを使用する。

④石かけ

砥石で作られた円盤を回転させながら、カットを当てて滑らかにしていく作業。

※②〜④はカットの工程

⑤磨き

桐の板や樹脂の板でゴシゴシとこする。

水分を含ませた細かい磨き砂をつけながら、石かけした面を磨いていく作業。

仕上げに、汚れのついた硝子を洗い流す。

⑥洗浄と検査、そして完成!!

磨きの粉など汚れを丁寧に水洗いした後、検査を受けて、クリアをした商品が出荷される。

検査は、

・太さ、細さ、交差など切子の正確さやバランスの確認

・研磨の輝きや磨き忘れの確認

・ガラスの輝きや傷・欠けの確認

・マジックや汚れなどの取忘れ

これらを蛍光灯の前の明るい場所で目視にて丹念にチェックする。

中宮涼子×Q&A

お客さんに言われて心に残っている言葉は?

そうですね。いいことも悪いこともありますよ。

「プレゼントして喜んでもらえた。」とか

「形状の問題で倒れやすい」とか

おっしゃってもらえた事は、すべて心に残っています。

江戸切子職人をやっていて忘れられない体験は?

上司とのやりとりで、私は口頭で教わるのではなく、背中を見て育ちました。

でも、私が後輩に教える時には「見て覚えて」というのはなかなか難しいかなと思うので言葉にするんですけど、それもなかなか難しく伝わらなくて。

時間がかかることもありますけど、やりとりを繰り返す内に覚えてくれる。

出来るようになるっていうのが、自分の事よりも後輩が育つことの方が印象的ですね。

後輩たちの出来ることが増えていくことが嬉しいことです。

やりがいを感じる瞬間は?

やっぱり後輩が教えた事を覚えてくれると嬉しいです。

あとは、新作展もそうですけど、今はわかりやすくSNSとかで発信してくれる方も多いので、写真がたくさん上がったり、評価があると嬉しいなと思います。

時代の変化に合わせて工夫していることはありますか?

昔の江戸切子のイメージはこのようなグラスが多いと思います。

だけど、ただそれだけじゃ今後やっていけないので、雑誌の取材など受ける時にはこういった商品もあるということを話したりしますね。

一見すごく手が込んでいるようには見えないけど、シンプルで面白い作品を作るのも大事です。

新しいもの、面白いものを考えたり、お客さんと話したり、デザイナーさんと話したりもしています。

デザイナーさんとのお仕事では、歌舞伎の隈取をイメージした作品も作ったりしています。

そうやって、どんどん江戸切子のデザインに生かして、新しい物を作っていきたいです。

女性で職人を目指す方に伝えたいことは?

自分の人生設計を考えた時に何が大事なのかを見極めることが大事だと思います。

女性であれば子供を産むことや育児、また親の介護をどうするかを悩む方もいらっしゃると思います。

そういった未来を想定した時に、職人という仕事は技術職であるがゆえにブランクは怖いものです。

一度離職すると戻ってこられないのではないか。

という不安は当然生まれてくると思います。

しかしそれで職人の道ををあきらめるのも勿体ない。

例え休職、あるいは一旦離職しても「戻って来てほしい」と言われるような人材であれればと思っています。

日々の決められた業務だけを行うのではなくて、「こう工夫してみよう」「この技術を深く勉強しよう」と研鑽に励んでほしいです。

技術職であるからこそ日々勉強は必要。

それがやがて自信に繋がり、人生の手がかりになるはずだと思っています。

インタビューを終えて

インタビューを終えて、中宮さんはとても研究熱心で努力家な方だという印象を受けました。

今、自分に出来る事を精一杯やる事や、この先もっといいものを作ろうとするひたむきさは「ものづくり」を行う方にとって、常に忘れてはならない事だとインタビュー中に感じました。

そして、常にお客さんが商品を手に取ってくれた時のことを想像している姿勢に感銘を受けました。

印象に残っている言葉は、「一人前になれる日は、一生来ない」という言葉です。

日々、成長をしたいという意識の中で新しい作品を作る時は必ず研究結果や新しいことを取り入れるとおっしゃっていたので、常に電波を張って通常業務も行われているのだろうと思います。

江戸切子は食器やグラスなどで見ることも多いですが、建築やアクセサリーなどにも伝統工芸の技術が使われるようにもなっています。

高度な技術が必要な、江戸切子の世界。

まだまだ、江戸切子のことを詳しく知らない方にも商品を手に取った時に職人さん一人ひとりの想いが作品を通じて伝わっていくことを願って、日々作品を生み出し続けている伝統工芸士の方々。

1点ものも多いため、大切な人への贈り物にも喜ばれる江戸切子。

ぜひ一度、工房へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

中宮涼子さんの略歴

2004年 (株)清水切子入社

2014年 第26回江戸切子新作展 東京都産業労働局長賞

2015年 第6回現代ガラス展in山陽小野田 入選

2016年 第28回江戸切子新作展 江東区長賞

2018年 第30回江戸切子新作展 江戸切子親善大使 坂崎賞 

2019年 日本の伝統工芸士 認定

2019年 第31回江戸切子新作展 江東区長賞