埼玉県さいたま市岩槻区で作られる、国の伝統的工芸品「岩槻人形」。
岩槻人形は、雛人形や五月人形などの節句人形でも名高く、内閣総理大臣賞など数々の賞を受賞する工房もあります。
近年では伝統ある岩槻人形を絶やしたくないと、岩槻人形職人と大学生とのコラボで、岩槻人形の元祖ともいわれる「裃雛」を現代風に甦らせるプロジェクトが進められたりもしました。
この記事では、現代にも続く岩槻人形の歴史や魅力、特徴、制作工程など基本的な情報をはじめ、岩槻で行われる人形に関するイベントや販売店についてもご紹介していきます。
岩槻人形とは
岩槻人形とは、日本有数の人形の産地かつ“人形のまち”とも呼ばれる、埼玉県さいたま市岩槻区で作られている人形の総称です。
“人形のまち”と呼ばれるだけあって、岩槻では雛人形や五月人形などの節句品をはじめ、木目込人形や童人形、舞踏人形、浮世人形、歌舞伎人形など、さまざまな岩槻人形を製造販売しています。
また、岩槻人形は100年以上伝統的な技術、または技法により製造され続けている工芸品として、平成19年(2007年)に経済産業大臣より国の伝統的工芸品に指定されました。
日本には何十年、何百年も前から受け継がれてきた技術を用いた、伝統工芸品が数多く存在します。技術の革新により機械化が進み、安価で使いやすい商品がどんどん市場に出回っている昨今、手作業で作られる伝統工芸品は需要が少なくなり、追い詰められているのが現状です。
岩 槻人形の歴史
提供:(公社)さいたま観光国際協会
岩槻人形の歴史には、寛永11年(1634年)に江戸幕府の三代将軍・徳川家光が命じた、日光東照宮※1の造営・修築が大きく関わります。
日光御成道(日光御成街道)※2の宿場町だった岩槻に滞在していた、東照宮の作業にあたった工匠が桐塑人形※3を作ったことが、岩槻人形のはじまりといわれています。
もともと岩槻は桐の産地として桐細工が有名で、人形の頭(桐塑頭)の材料となる桐粉が入手しやすい土地でした。
加えて、発色を良くするためにと桐塑頭に塗る、胡粉(貝殻から作られる顔料)の溶解に必須となる水源として、近辺を流れる元荒川と綾瀬川にも恵まれていました。
人形づくりに不可欠な桐材と水が揃っていたこと、東照宮の造営・修繕後も腕の確かな工匠が住み着いたこと、江戸から近く商売も成り立ちしやすい立地条件であったこと、また江戸で雛人形ブームが起こったことなどにより、岩槻の人形づくりは栄えていくこととなったのです。
※1 日光東照宮:徳川幕府二代目将軍・徳川秀忠が初代将軍・徳川家康を祀るために造営した神社。
※2 日光御成道:徳川家康の霊廟を、歴代の徳川幕府将軍が参拝する際に使われた道。
※3 桐塑人形:桐のおがくずを元に作った人形。
岩 槻人形の特徴と魅力
提供:(公社)さいたま観光国際協会
岩槻人形の特徴は、やや大きな目と頭、丸くて愛らしい輪郭、大振りで彩り華やかな衣裳です。
衣裳には、西陣織などの豪華絢爛な高級織物が使用されることもあります。
胡粉が塗られた輝くような人形の肌は滑らかで、生糸でできた髪も目が惹かれるほどの美しさを放ちます。
そして、人形師によって時代とともに少しずつ新しい技法が施され、人々にかわいがられるように変化し続けてきたその革新の連続が、岩槻人形の大きな魅力といえるでしょう。
岩槻人形の制作工程
提供:(公社)さいたま観光国際協会
岩槻人形は、頭や手足、胴体、衣裳、小道具づくりなど、数百の工程を経て完成します。
基本的にそれぞれの工程は分業で、その一つひとつが全て職人の手作業で行われます。
(全行程を一人で行なう人形師さんの場合、一つの人形を出荷するまでに3年もかかるとか!)
ここでは、丁寧で繊細な職人技の光る、岩槻人形の制作工程をご紹介します。
【1.頭作り】
提供:(公社)さいたま観光国際協会
頭師による、人形の頭部の制作です。
頭のベース※となる、桐粉と正麩糊を粘土状に練った桐塑と呼ばれるものを型で抜き、乾燥させてから目をはめ込みます(「目入れ」)。
※近年では、乾燥に強い石膏頭が主流となっている。
目をはめ込んだら、何度も胡粉を塗り重ね、小刃で目と鼻を切り出しさらに上塗りします。
肌の艶を出すために磨いたら、筆で眉とまつ毛を描き、頬や唇に紅をさし、口元に舌と歯を付け、表情を付けていきます。
顔は人形の命となる部分、頭師も神経を集中させて行います。
最後に髪付師により、生糸で植毛し髪を結えば、頭の完成です。
【2.手足づくり】
頭と同様、手足のベースは型抜きを使って桐塑で作っていきます。
型抜きをした桐塑に胡粉と膠で下塗りを施す工程の地塗りを行い、小刀で指や関節といった細かな部分を削って形を作っていきます。
人形の種類によっては、ここで爪に着色をする場合もあります。
最後に、磨いて艶を出せば、手足の完成です。
【3.衣裳つけ(胴づくり)】
提供:(公社)さいたま観光国際協会
ベースとなる藁束を縛って固めたものに、和紙を貼ります(「藁胴」)。
そして手足を付け、土台を作り、衣裳つけをしていきます。
衣裳は和紙を裏貼りした西陣織などの織物を裁断し、パーツごとに仕立て上げておきます。
襟を巻いて襟元の形を整え(「襟巻」)、上着を着せ、ポーズを付けて完成です。
工房によっては、藁胴を安定させるために先に土台で固定してから、襟巻をして、手足を付け、衣裳つけをするところもあります。
【4.小道具づくり】
作る人形の種類によっても違いますが、段飾り雛の場合、小道具は20種類以上もあります。
檜扇や笏、冠、太刀といった小道具も、全て専門職人の手で作られます。
桧扇の絵付は1枚ずつ手で描くため、小道具師は非常に細かい作業が多くなります。
【5.組立】
提供:(公社)さいたま観光国際協会
胴体に頭や小道具などを取り付け(組み立て)たら、岩槻人形の完成です!
取り付けの際に髪や衣装が乱れてしまった場合は、全て整えて修復します。
そして、仕上がった人形や小道具を製造問屋がまとめて箱詰めを行い、全国の人形販売店や問屋などに出荷されていきます。
岩槻人形の代表的な4つのイベント
埼玉県さいたま市岩槻区では、代々から受け継がれてきた人形の歴史や文化を間近で感じられる、街を挙げてのイベントが毎年開催されています。
ここでは、岩槻人形の代表的な4つのイベントについて紹介いたします。
※各イベントの開催について変更や中止がある場合があります。
詳細は、事前に各公式HP等をご覧ください。
① 人形のまち・まちかど雛めぐり
人形のまち・まちかど雛めぐりでは、“商家の雛めぐり”や“特別展示会場の雛めぐり”の各会場で、現役職人の作品や商店に伝わる古い人形が数多く展示されます。
また、スタンプラリーや吊るし飾り製作体験、オリジナル絵馬奉納など、さまざまな催し物が行われるイベントです。
住所:〒339-0057
埼玉県さいたま市岩槻区本町1-1
開催場所:岩槻駅東口周辺商店街
開催日程:毎年2月下旬~3月中旬頃
※詳細は公式HPをご覧ください。
入場料:無料
アクセス:・東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」下車 徒歩1分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 5分
その他:有料駐車場あり
※料金は車種により異なるため、詳細は公式HPをご覧ください。
② 人形のまち岩槻流しびな
ひな祭りのルーツともいわれる、“流しびな”。
その歴史は長く、平安時代に書かれた源氏物語の中にも、光源氏が陰陽師のお祓いと一緒に人形を舟に乗せて海に流した話が登場するほど。
人形のまち岩槻流しびなでは、子供たちの無病息災を雛人形の原型とされる桟俵に託して池に流す、春の風物詩となっています。
住所:〒339-0052
埼玉県さいたま市岩槻区太田3-4
開催場所:岩槻城址公園 菖蒲池周辺
開催日:毎年3月3日直前の日曜日
※詳細は公式HPをご覧ください。
開催時間:10:00~14:00(流しびなは11:00から)
入場料:無料
アクセス:・東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」下車 徒歩23分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 9分
・駐車場:無料/約300台
③ 人形のまち岩槻まつり
人形のまち岩槻まつりは夏の大きなイベントで、開催は毎年7月か8月の日曜日。
人形仮装パレードでは、歴史上の人物や人形に身を装った市民が岩槻の街を練り歩きます。
また、世界一のジャンボ雛段や万燈みこし、よさこい踊りなどのイベントがあり、見どころ満載のお祭りです。
住所:〒339-0057
埼玉県さいたま市岩槻区本町1-1
開催場所:旧岩槻区役所駐車場、岩槻駅東口周辺
開催日程:毎年7月または8月の日曜日
※詳細は公式HPをご覧ください。
入場料:無料
アクセス:・東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」下車 徒歩1分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 5分
その他:有料駐車場あり
※料金は車種により異なるため、詳細は公式HPをご覧ください。
④ 岩槻人形供養祭
岩槻人形供養祭は、さまざまな事情で愛着のある人形を手放さなければならなくなった際、岩槻城址公園内の人形塚前に持ち込んで別れを告げ、供養する伝統行事です。
毎年11月3日に開催され、僧侶のお経のもと参加者が焼香し、人形の持ち主が供養札をお焚き上げして人形の冥福を祈ります。
雛人形や五月人形といった日本人形をはじめ、こけしやぬいぐるみ、西洋人形の供養もできるので、処分に悩んでいる方は、岩槻人形供養祭に赴かれてはいかがでしょうか?
住所:〒339-0052
埼玉県さいたま市岩槻区太田3-4
開催場所:岩槻城址公園内 人形塚前、黒門周辺
開催日:毎年11月3日(雨天決行)
開催時間:(受付)10:00~14:00
(式典)11:00~12:00
供養料:3,000円より
アクセス:・東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」下車 徒歩23分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 5分
岩槻人形を見に行こう
実際に岩槻人形が見られる施設をご紹介いたします。
展示されているのは、人形のルーツとされるものや希少な雛人形などさまざま。
絵馬や人形などの製作体験ができるところもありますよ♪
※本記事の内容は2020年12月時点のものです。
掲載内容は変更していることもありますので、正式な情報については、事前に各施設へお問い合わせください。
岩 槻人形博物館
日本初の人形専門公立博物館・岩槻人形博物館では、江戸時代に考案された雛人形の名品「寛永雛」や、京都の人形師・雛屋次郎左衛門の「次郎左衛門雛」人形のルーツといわれる犬筥、天児、這子も展示されています。
中でも「西澤笛畝コレクションの犬筥」は美しく、この博物館を代表する優れた名品ですので、訪れた際にはぜひご覧くださいね。
住所:〒339-0057
埼玉県さいたま市岩槻区本町6丁目1-1
営業時間:9:00~17:00
休館日:月曜日(休日の場合は開館)・年末年始(12/28~1/4まで)
観覧料:・一般 300円(200円)
・高校生、大学生、65歳以上 150円(100円)
・小中学生 100円(50円)
※( )内は20名以上の団体料金
アクセス:・東武アーバンパークライン「岩槻駅」下車 徒歩10分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 7分
人 形の東玉・人形の博物館
人形の博物館は、人形の東玉 岩槻総本店ビルの4階にあります。
館内には、雛人形や操り人形など多種多様な人形が展示されています。
中でも江戸時代に作られた“享保雛”は、一見の価値あり!
そのほか、パネルとビデオで岩槻の人形づくりや五節供の歴史を紹介しています。
また、工房では熟練された職人の人形づくりの技を近くで見学することができ、自分で人形を作る体験学習も開催されているので、ご家族みなさんで予約してみるのはいかがでしょうか?
※体験学習の詳細については、店舗へお問い合わせください。
住所:〒339-0057
埼玉県さいたま市岩槻区本町1-3-2
開館時間:10:00~17:00
休館日:月曜日(ただし11/1~5/5は無休)・夏季休暇・年末年始
入場料:・一般300円(団体割引10名以上250円)
・中高生200円
・小学生以下無料
アクセス:・東武アーバンパークライン「岩槻駅」下車 徒歩2分
・東北自動車道「岩槻I.C」下車 6分
岩槻人形が欲しくなったら
岩槻人形は全国的に知られ、特に節句飾りが有名です。
岩槻には雛人形や五月人形などの販売店が多数ありますが、お買い求めは「岩槻人形優良人形店会」の加盟店をオススメします。
その中から3店ご紹介します。
※本記事の内容は2020年12月時点のものです。
掲載内容は変更していることもありますので、正式な情報については、事前に各店舗へお問い合わせください。
曽 根人形
曽根人形は、内閣総理大臣賞と埼玉県知事賞の受賞店で、新しいセンスを取り入れ品質と価格にこだわった人形の品数と種類が豊富です。
東武野田線「岩槻駅」の前に3店舗と、静岡県富士宮市に店舗があり、それぞれで取り扱う商品が異なるので、各店舗に赴いてみるのもオススメです♪
【岩槻3店舗】
住所:〒339-0057
正栄)埼玉県さいたま市岩槻区本町1-5-1
第一店)埼玉県さいたま市岩槻区本町1-3-2
第三店)埼玉県さいたま市岩槻区本町3-11-2
アクセス:各店舗、東武野田線「岩槻駅」より徒歩数分
【富士宮店】
住所:〒418-0067
静岡県富士宮市宮町10-4
アクセス:JR東海「西富士宮駅」より徒歩6分
人 形の佳月
人形の佳月の雛人形は帯で作るのが基本で、御皇室御嘉納京雛司の平安寿峰や京を代表する雛人形作家、甲冑作家の作品が中心となります。
なお、京雛は4000以上の工程を、全て手づくりで仕上げているんですよ。
住所:〒339-0057
埼玉県さいたま市岩槻区本町1-18-10
アクセス:東武野田線「岩槻駅」より徒歩4分
人 形工房 天祥
人形工房 天祥は、昭和41年(1966年)創業の、岩槻にある雛人形と五月人形の専門店です。
内閣総理大臣賞や通商産業大臣賞などの受賞歴も多く、経済産業大臣指定伝統工芸士や埼玉県指定伝統工芸士も在籍しています。
名士揃いの天祥の中でも、会長の齊藤公司氏は、日本の勲章の一つである瑞宝単光章を受賞し、天皇陛下にもお会いになられました。
住所:〒339-0066
埼玉県さいたま市岩槻区愛宕町10−3(展示会場)
※令和2年(2020年)12月時点
コロナウイルス感染予防対策で平日の来店は予約制
詳細は、公式HPをご覧ください。
アクセス:東武野田線「岩槻駅」より徒歩8分
おわりに
江戸時代から受け継いできた技を駆使し、時代の流れに沿った新しい技術も取り込んでは、今も日々進化し続ける岩槻人形。
その練磨された技により高められた美の追求は、とどまることを知りません。
しかし、技術を結集した岩槻人形は、人形師の手を離れたら終わりではなく、それを大切に使う人がいてはじめて完成するのです。
この記事を読んで岩槻人形に興味を持たれたら、ぜひあなたも岩槻人形の伝統を受け継ぐ一人になってみませんか?
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