2018年の紅白歌合戦に、ミュージカル刀剣乱舞(とうけんらんぶ)の刀剣男士が出演することが決まり話題になりました。

刀剣乱舞はブラウザゲームで、歴史的な名刀を擬人化した刀剣男士を集めて育成、強化して戦っていく人気のゲームです。

このゲームを題材にしたミュージカルも今では大人気となっています。

刀剣男士の魅力のひとつはその独特の個性を持つキャラクター。

彼らの個性はそれぞれの名刀の歴史や個性が反映されているため、名刀の実像や歴史を知れば知るほど刀剣男士の性格や思いを深く理解することができます。

キャラクターにまつわる名刀剣

刀剣乱舞の中でも人気が高い名刀、天下五剣(室町以降より、とくに名刀と呼ばれた五振り)として有名な名刀を中心に六振りの刀剣の歴史と背景をご紹介します。

大典太光世(おおでんたみつよ) 所有:東京 前田育徳会(まえだいくとくかい)

長身痩躯(ちょうしんそうく)でワイルドな姿ながら小さな声で呟くようにしゃべるギャップが印象的。

「封印されて蔵にいるべき刀」と卑屈になることがある。

平安時代の筑後国(福岡県)三池派の祖、三池典太光世の作で、霊力を持つとされた名刀。

足利家から豊臣秀吉に渡り、加賀の前田家所蔵になりました。

前田家に贈られたのは、前田利家がこの刀を護身に肝試しに成功した褒美とも、利家の娘豪姫の病魔退散のためともいわれています。

前田家がこの霊刀を収めた倉には鳥が近寄らず「鳥とまらずの蔵」と呼ばれました。

江戸時代の試し切りでも2つの遺体を切断し、3つめの背骨まで切り裂いた斬れ味を見せています。

数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ) 所有:兵庫 本興寺(ほんこうじ)

黒く長い髪を持つ線の細いはかなげな美青年で、その眼差しは祈るように伏せられている。

上半身には数珠を掲げ、袈裟をモチーフとして衣装を身につけている。

数珠丸は、鎌倉時代前期に活躍した備中青江派の恒次が鍛えた一振で、日蓮宗の祖日蓮上人の守護刀になりました。

日蓮が身延山に総本山を開くとき、信者から護身用に寄進されたと伝えられます。

日蓮は、柄に数珠を巻きつけて武力を封じ、善の刀、破邪顕正(はじゃけんしょう)の剣と称していつも身につけていました。

その霊威で刺客も撃退したと伝えられています。

日蓮の苦難の仏道を支えたこの刀は現在、法華宗四大本山のひとつの本興寺に収蔵されています。

※ 破邪顕正:不正を破り、正義を明らかにすること。

紅白歌合戦に登場する予定の刀剣(男士)

今剣(いまのつるぎ) 所在:不明

天狗のもとで修業したり、船から船へと飛び跳ねたたりという伝説のある源義経をほうふつとさせる、明るく元気で小生意気なところもある天狗の少年。

今剣は源義経の守り刀。

三条宗近が祈願のため鞍馬寺に奉納した刀で、やがて幼くして鞍馬寺に預けられた義経に守り刀として授けられました。

元は約195cmの大太刀が約20cmの短刀に摺上(すりあげ)されていたという伝説があります。

以降、義経は今剣をつねに身につけて合戦にのぞみ、壇ノ浦の合戦の勝利も今剣の効力とも言われています。

しかし、兄の頼朝に追われた義経は、今剣で命を絶ちました。

義経と運命をともにした今剣もその後、姿を消しています。

岩融(いわとおし) 所在:不明

僧兵の姿をしている。

性格は豪胆ながら、小さくすばしっこいものが好きで、とくに元の主のためか今剣を可愛がっている。

源義経に仕えた武蔵坊弁慶がふるった薙刀、または太刀と伝えられています。

岩も貫くといわれた切れ味で、刃長が3尺5寸(約106.0cm)あったとされていますが、資料も少なくその実像はよくわかっていません。

弁慶は奥州平泉で主君の義経を守り、最後はこの岩融を杖にして仁王立ちのまま息絶えたとの伝説があります。

岩融は現存していませんが、愛媛県大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)には弁慶が寄贈したという大薙刀が伝えられています。

その他人気の高い刀剣男士

蛍丸(ほたるまる) 所在:不明

少年の姿で自由奔放の愛すべきキャラながら、その実力は「俺がいれば楽勝」と言う通り、高い能力を持つ大太刀。

蛍丸は山城国の刀工である来派の国俊(くにとし)が鍛えた刃長約101cmの大太刀。

南北朝時代、九州の阿蘇惟澄(あそこれずみ)はこの大太刀を振るって足利尊氏と戦うも敗れ、刀にも多くの刃こぼれができました。

しかし刀に無数の蛍が集まり、光を点滅させている夢を見た翌朝、実際に刃こぼれが直っていたという不思議な伝説を持つ刀です。

阿蘇家の宝刀として伝わるも、第二次世界大戦後行方不明になりました。

2015年、刀工が復元を計画しクラウドファンディングで資金を募集。

刀剣乱舞ファンの後押しもあり、5時間で目標額達成という快挙を成し遂げます。

2017年に復元され阿蘇神社に奉納されました。

山姥切国広(やまんばぎりくにひろ) 所有:個人

本家「山姥切」の写しであることがコンプレックス。

そのため綺麗と呼ばれることを嫌いわざとみずぼらしい恰好をしている。

山姥切には長義(ながよし: 長船派の名工)作とそれを写した新刀の祖堀川国広作があります。

本歌は北条氏から足利城主長尾氏の手に渡り、その長尾氏が秀吉の北条攻めの直前、国広に写しを作らせました。

山姥切の異名は、山姥にわが子を食われそうになった武士が山姥を一刀両断にしたことに由来します。

それがどちらの刀かはわかりませんが、今では両方とも重要文化財に指定されています。

山姥切国広は井伊家所蔵を経て現在個人蔵ですが、本歌は徳川美術館に所蔵されています。

天下五剣の残り

刀剣乱舞ではキャラクター化されていませんが、歴史や逸話のあるとても有名な刀剣なので紹介させていただきます!

童子切安綱(どうじき(ぎ)りやすつな) 所有:東京 東京国立博物館

童子切の名は平安時代、源頼光が、京で娘をさらう大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)の首をこの刀で切り落としたという伝説に由来します。

作刀は、京の三条宗近らと並ぶ日本三名匠の1人伯耆国刀工の国綱。

この刀は次々と天下人の手を経て越前高田藩に渡ります。

その後の藩主の乱行はこの刀の怨念ともささやかれました。

のちに津山藩(岡山県)松平家に伝来しました。試し切りでは、6つの重ねた死体を輪切りにして台座にまで刃が食い込んでいたという逸話があります。

鬼丸国綱(おにまるくにつな) 所有:宮内庁

作刀した山城国の粟田口派国綱は、幕府が置かれた鎌倉に刀工技術を伝えた人物。

反りが大きく豪壮な一振りです。

鬼丸の名は、毎夜、小鬼に苦しめられていた執権の北条時政が夢のお告げ通り刀の錆を落としたところ、この刀が倒れて火鉢もろとも小鬼を叩き割ったという逸話から名づけられました。

この刀は次々と天下人の手を流転しましたが、その霊力を恐れて江戸時代には本阿弥家に預けられ、代々の将軍も生涯に一度しか目にしなかったと伝えられています。

おわりに

古来、名刀には霊力が宿ると言われてきました。

その霊威や数々の逸話は、まさに刀剣男士を生みだしそうな不思議な雰囲気を称えています。

実際の刀剣を目にしてその姿やたどってきた歴史に思いを馳せれば、キャラクターと重なるのではないでしょうか。