東京都荒川区、南千住に工房を構える畠山七宝製作所。

ここでは東京都の伝統工芸品「東京七宝」のデザイン・製作が行われている。

畠山 弘氏は、平成17年に東京都伝統工芸士に認定された。

七宝とは、金属の地金に釉薬(ゆうやく=うわぐすり)を盛り込み、焼き上げたもの。

800度前後の熱で形成させることで、釉薬は地金の上でガラスのような美しい色合いになる。

地金の形状はさまざまで、一つひとつの区画に釉薬を盛り込むのは実に繊細な作業だ。

東京七宝は、最終の仕上げで「メッキ加工」を施す点が他の七宝と異なる。

メッキ加工をすることで、表面がツヤツヤと美しく輝くのである。

また、文字や年数のパーツを入れることができるため、記念品や車のエンブレムの作成も行われている。

今回は、そんな繊細な作業を慣れた手つきでこなす、七宝焼き職人畠山 弘氏の工房で話を伺った。

七宝業界では、徽章屋(きしょうや)から企業の社章やバッチを受注し、商品を製作するケースが多かった。

そんな中、アパレルメーカーからの依頼を受け、カフスなどの製作を行なっていた実績を聞き訪ねてきた三井商船から「船の中で販売するものが欲しい」と依頼を受け、東京七宝では初となるアクセサリーの製作・販売を畠山氏が開始した。

「三井商船から受けたアクセサリー作りの仕事をやってみたら、売れ行きが好調で。せっかく自分のところで一から全部作ることができるのなら、自分のところでオリジナルの商品を作り、販売しようということになったことが始まりでした」
と話す畠山氏。

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元々、記念品や自動車のエンブレムを作成していたものの、自動車メーカーからの注文が減り、七宝の需要が下がってしまった時期があった。

その時に、アクセサリー作りに本格的に舵を切ったそうだ。

時代の変化を捉え柔軟に対応することで、新しいものが生まれるのである。

カラフルな色味が細かく配色されており、見ているだけでワクワクする猫のピンバッチ。

アクセサリーで人気が出るのも頷ける。

畠山弘が生み出す透胎七宝

透胎七宝は金属の地金の上に釉薬を盛るのではなく、下地のない金属の枠だけのものに表面張力を使って釉薬を乗せる。

高度な技術を要するため、世界的にも製作できる職人は極わずかである。

透胎七宝で特に難しいのが、釉薬を乗せる作業と、約800度の窯に入れて焼き上げる工程。

釉薬を乗せるのは特に1回目が難しく、経験が浅いとなかなかうまくいかないそうだ。

実際に、焼き上げてから穴が空いてしまうものもある。

そのため、何度か釉薬を乗せて焼き上げる作業を繰り返し、釉薬で造った美しいガラスのような部分を強固なものにしていく。

焼き上げについては他の七宝焼きとは異なり、温度の調整や焼き具合などの見極めが非常に難しく、職人ならではの感覚が必要となる。

出すタイミングが少しでも遅いと強く焼かれすぎて、釉薬が残らなくなってしまう。

また、加減を間違えると焼く回数がどんどん増えてしまう。

これを畠山氏は時間を測ることも、窯を一度も開けることもなく焼き上げる。職人ならではの感覚がなせる業だ。

さらに、東京七宝は溝が浅く線がかなり細いので、さまざまな色を一度に入れて焼き上げると、色が混ざってぼやけてしまう。

そのため、一色入れたらその度に焼き、酸洗いし、また次の色を入れる…という工程を繰り返さなければならない。

この段取りがあってこそ東京七宝の鮮やかなカラーがあらわれるのだ。

「誰よりも色が綺麗なものを作りたい」と発色の美しさにこだわり、ひたむきに作品と向き合う、まさに色のプロフェッショナル。

中心にある六角形の部分は透胎七宝になっており、半透明の黄色が透けて美しい。

鮮やかな黄色と水色に柔らかなクリーム色が調和している。

また、平面の作品の多い透胎七宝で、畠山氏は立体の作品を作ることができる。

それを可能にするのが畠山氏の得意とする「研磨」。

製作工程で一番難しいとされているが、変則的な形のものを自由に研磨することができるのだ。

通常はこの板を用いて研磨する。

釘の部分に七宝をはめ込んで固定し、削っていく。

しかし、これにはめ込むと細部の細かい部分までは削ることができない。

畠山氏は、この板を使用せず、直接指の腹に七宝を乗せて丁寧に削っていく。

「たまに爪も一緒に削れちゃいますね」と笑顔で話す畠山氏。

研磨の時に使用する砥石は、粗さが異なる。

初めは荒い砥石で削り、その後よりきめの細かい砥石に差し替えてから丁寧に削っていく。

重たい砥石を、慣れた手つきで七宝の焼き加減に合わせて差し替える。

「若い時に七宝アクセサリーが流行って色んな形のものを砥いで経験を積みました。そのおかげでどんな形でも砥げるようになったのだと思います。」

修行時代、通常であれば釉薬を盛るところや、焼くところから入るのだが、師匠であるお父様の教えで研磨をするところから入ったのだそうだ。

「おかげで得意になりました。」と笑顔で語る姿に師匠であるお父様との絆を感じた。

宝石のような美しい彩りと輝きを持つ 指輪「トウキョウカボッション」

・Tokyo Crafts & Design

東京都美術館プロデュースの伝統工芸の職人とデザイナーがタッグを組み「未来の伝統」を作り館内のミュージアムショップにて展示販売する商品を生み出すコンペティション。

畠山氏の透胎七宝を見た学芸員に声を掛けられ、このプロジェクトに参加した。

沢山の応募から選ばれたデザイナーと共にデザインについて協議を重ね、制作された。

この作品で選ばれたデザイナーもまた、七宝の作家だった。

プロジェクト全体で2013年にグッドデザイン賞を受賞した。

ッドデザイン賞を受賞した「トウキョウカボッション」とは

東京からイメージする色を、七宝焼きで表現したカボッションリング(ドーム型に丸く研磨された形状)。

平面ではなく、球面に七宝を施すには高い技術が必要で非常に珍しい作品である。

透明、半透明、不透明からなる七宝釉薬の美しい色合いが組み合わされており、ステンドグラスのような緑色のガラス部分を大きめに配置した作品。

難を乗り越えた至極の逸品

トウキョウカボッションは、作品の形状が立体的で凹凸があるため、研磨の作業が困難を極めた。

回転している機械に作品を押し当て削る際、色々と角度を変えて削った。

力加減が非常に難しく、削りすぎてしまった事もあったのだとか。

白色の部分を削りすぎてしまう傾向があり、白いところが赤くなってしまうことも。

透胎七宝の部分が小さい方が削りやすいのですが、あえて大きいものにチャレンジをした。

コンペティションに参加した他の団体も素晴らしいデザインが多く、受賞した際は本当に嬉しかったそうだ。

畠山弘×七宝

畠山さんが七宝焼きの職人になるまでをインタビューさせていただいた。

の後を継ぎ2代目に

一人っ子で父の仕事を見ていて「色って面白いな」と手伝いながら思いました。

当時は学校のバッチや徽章や記念品の仕事が多かったです。

小学生から手伝いを始めて、仕事した分お小遣いをもらっていました。

大学卒業後、本格的に始めました。

行をして初めてわかった七宝の世界

昔は長時間労働が当たり前でしたね。

休みも日曜日くらいで、毎日23時くらいまで働いていました。

細かい作業が多いので肩凝りがあったけど、あまり辛かった記憶はないですね。

師匠である父は非常に優しくて、私がミスをしても怒られなかったんです。

でも、真剣に仕事をしている姿を見ていたので、自分もそうならなくてはと背中を見て真似をしました。

一時期七宝の需要が落ちた時は少し悩み、その時にアクセサリー作りに進路変更しました。

京七宝の「色」へのこだわり

意外と重量感があって、ガラスの光沢と色の配色の面白さが織り混ざるところが魅力ですね。

東京七宝はどちらかといえば単色で、色が混ざらずデザインに則して色を入れます。

一つの色をものすごく綺麗に出すのは、東京七宝では難しいんですよ。

気泡やゴミが入りやすいが、そうゆうものをきちんと取り除けるかが重要になってきます。

白・黄色・黄緑・青の4色が、それぞれ鮮やかに規則正しく配色されている作品。

畠山氏のこだわりで作られているからこそ、一つひとつの発色がこんなにも美しいのだ。

宝職人として譲れないこだわり

1色を綺麗に発色させるというところが東京七宝の1番肝心なところなので、誰よりも綺麗に色を出したいと思っています。

他の職人もそう思っていると思うのですが、自分の作品を選んでくださった方に喜んでもらいたいので、最後の確認まで目を光らせて確認を怠りません。

透胎七宝の製作工程

焼き

地金が銅やメタルの場合は、プレスして出来た素地の油を落とす為に炉で焼く。

素地に油が付いていると七宝釉薬の盛り込みができない。

洗い

空焼きの時に生じた酸化膜を塩酸や硫酸などで洗い素地を綺麗にする。

この時、酸洗いが汚いと発色が悪くなり綺麗に仕上がらない。

薬の盛り込み

ホセと呼ばれる竹のヘラで枠の側面から少しずつ釉薬(ガラスの粉)を表面張力で乗せていく。

800度前後の炉に入れて焼き付けていく。

時間を計ることなく、小窓から見て判断する熟練の感覚。

初めから焼きすぎてしまうと、せっかく乗せた釉薬が残らず、すべて落ちてしまう。

そのため、焼きすぎないように釉薬がしぼんだ段階で取り出す。

釉薬を乗せたばかりの時と比較すると、しぼんだ状態の釉薬は少し色がくすみ、ハリが無くなっている。

こうして焼き上げた後、隙間が空いてしまっているところに釉薬を重ね、窯に入れて焼くことを数回繰り返し、徐々に釉薬の部分の強度を上げていく。

釉薬の量、焼く時の温度・時間、その後の研磨に至るまで、すべての作業工程で的確な判断と技術が必要だ。

手の腹に乗せて七宝の表面を研磨する。

始めは荒い砥石で研磨し、その後仕上げの細かい砥石で丁寧に仕上げる。

一般的な七宝は元々の地金の溝の深さが0.8mm程だが、東京七宝は浅くたったの0.35〜0.4mmのため半分程の薄さになる。

これは溶けた釉薬が最も美しい色になる厚みとされている。

少しでも研ぎすぎてしまうと溝が無くなり、力を入れすぎると割れてしまうため、絶妙な力加減で研磨する。

この研磨によって発色の美しさが決まるので、最も難しく重要な作業だ。

上げ焼き

仕上げの焼成を行う。

洗い

焼成の時に生じた酸化膜を硫酸を温めたもので表面を綺麗に洗う。

硫酸の効果で窓の鉄の枠が錆びだらけになってしまっている。

メッキ加工をして完成したネックレスがこちら。

繊細な地金の区画に、ぴったりと釉薬が収まっている。

ステンドグラスのような透明感が非常に美しい。

同じシリーズの花紋「梅」。

透け感のある薄ピンクの花びらが本物の梅の花を連想させる繊細で可憐な作品。

作業時間は丸1日かかるそうだ。

畠山弘×Q&A

りがいを感じる瞬間は?

やっぱり、販売したのものがすごく喜ばれた時ですね。

ネットで購入した方でも色んな褒めの言葉を書いて送って来てくれる人がいるんですが、いただく声が一番やりがいです。

客さんに言われて心に残っている言葉は?

「色が美しい。写真よりも綺麗で買って良かった!」と言われたことです。

こだわりの色のところを褒められたことが嬉しかったです。

吸い込まれるようなメタリックの深いブルーが華やかな作品。

白と黄色のコントラストが美しい。

宝職人をやっていて忘れられない体験は?

お客さんからの注文品で完成させられなかったものがあるんですよ。

透胎七宝でコウモリの羽のような作品で、羽の変形しているところに色が乗せられなかったんです。

その時だけ上手く出来なかったことが心残りですね。

出来たことは忘れてしまいます。(笑)

山さんの強みは

んー?商品を見る目ですかね。

気泡やへこみ、不純物が入ってないか見極めて取り除いてちゃんとした制品を作りたいと心掛けていて目が悪いと見逃してしまうんですよ。

他の人の作品で気泡が入っているものに気付いてしまうこともあります。

自分が売るのであればお客様にちゃんとしたものを買ってもらいたいと思っています。

代の変化に合わせて工夫していることはありますか?

なるべく人がやらないことをやることですね。

しかし、七宝はすごく昔から紀元前からあるから人がやらないことはほとんどないんですよ。

なるべくみんながこんなこともできるのか!と驚かれることをやりたいです。

インタビューを終えて

終始柔らかい穏やかな口調で東京七宝の魅力や職人としてのこだわりを語ってくださった畠山さん。

誰よりも「いいものを作りたい」というひたむきな姿勢に職人としての志の高さを感じました。

その想いの源泉は、「お客様に喜んでもらいたい」と笑顔で語る姿が印象的でした。

現在、透胎七宝の技術を持つ唯一の工房ですが娘さんが跡を継がれるそうなので、この技術を伝承していただきたいですね。

繊細なデザインと細かなところにまで妥協しない高度な職人技をもってこそ生み出される美しい発色の色とりどりの七宝アクセサリー。

せっかく自分へのご褒美や大切な人への贈り物にアクセサリーを購入するなら、伝統工芸士が作る一つひとつ手作業で作られた美しい色の七宝アクセサリーはいかがでしょうか?

ぜひチェックしてみてください!

畠山さんの略歴

1953年 荒川区南千住に生まれる
    中学の頃から父に七宝焼きを学ぶ
1976年 大学卒業後稼業の七宝焼きを継承
1988年 父より経営権を譲られる
1990年 三井商船の客船に商品を入れ加工業から製造販売業へ舵を切る
2002年 東京都伝統工芸品の認定を受ける
    45回東京都伝統工芸品展にて七宝の実演を始めて行う
    全国伝統的工芸品センター東京七宝展に出展
2003年 日本橋三越にて46回東京都伝統工芸品展に出展
2004年 第一回東京七宝作品コンクールにおいて東京都産業労働局長賞受賞
2005年 東京都伝統工芸士の認定を受ける
2005年 全国伝統的工芸品センターにて第3回東京七宝展に出展
2007年 日本橋三越にて50回東京都伝統工芸品展に出展
2007年 新宿高島屋にて東京都伝統工芸士展に出展
2008年 東京七宝工業協同組合理事長に就任
2009年 荒川区無形文化財の認定を受ける
2011年 第7回チャレンジ大賞にて優秀賞をアイネ・クライネ・ナハトムジークで受賞
2013年 グッドデザイン賞を受賞

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