北陸地方最大の大伽藍※で有名な富山県南砺市井波にある“瑞泉寺”には、素晴らしい木彫刻があります。
その、繊細でありながら華麗で、立体感と躍動感に溢れる匠の技は、いつしか「井波彫刻」として全国に知られるようになりました。
この記事では、匠の技を磨き、形を変えながら現代に伝わる井波彫刻の特徴や歴史、作り方などに迫ります。
※大伽藍:寺院などの建物を伽藍といい、大伽藍は大きな伽藍や大規模な寺院を指す。
井波彫刻とは?
「井波彫刻」とは、富山県南砺市井波地区に伝わる高度な技術を用いて掘り上げる木彫刻です。
真宗大谷派井波別院瑞泉寺に端を発し、高い職人技術を持った大工たちによりさらなる発展を遂げます。
井波彫刻の技術は、江戸時代から明治時代初期までは主に寺院において使われていましたが、時代の流れとともに一般建築や小物にも活かされるようになりました。
その高い芸術性により、昭和50年(1975年)5月10日に「伝統的工芸品」として経済産業大臣から指定されています。
井波彫刻の特徴
井波彫刻の特徴は、なんといってもその立体感と躍動感にあります。
特に、200本以上のノミや彫刻刀を駆使し、材木の表と裏の両面から彫る「透かし彫り」という独自の彫刻技法を用いて完成させた動物や植物の作品は、「今にも飛び出してきそうだ」といわれるほどです。
井波彫刻の歴史
井波彫刻の歴史は、江戸時代中期の宝暦12年(1762年)に大火によって焼失した、真宗大谷派井波別院瑞泉寺の再建からはじまります。
京都の東本願寺から派遣された御用彫刻師・前川三四郎が、もともと高い技術を持っていた井波の大工たち※に芸術的な彫刻の要素を伝えたのです。
瑞泉寺の再建が進むにつれ、その技術は親方から弟子に伝えられ、職人の数が増えていきました。
※井波の大工たち:安土桃山時代に豊臣秀吉の居城である伏見城造営などに貢献したことで、井波に土地等を与えられた“井波拝領地大工”の末裔もおり、その技術が受け継がれていた。
江 戸時代~明治時代初期の井波彫刻
江戸時代から明治時代初期まで、井波彫刻の技術は主に寺社での彫刻として活躍しました。
代表的なものは瑞泉寺の太子堂に施されたいくつもの繊細な彫刻です。
また、勅使門※の両脇に施された「獅子の子落とし」と呼ばれる作品は、日本の木彫刻の中でも他に類を見ない傑作だといわれています。
※勅使門:天皇や、勅命(天皇の命令)を伝える勅使が通ることのできる格式高い門。
我が子を谷に突き落とした母獅子の威厳と迫力は、まるで生きているかのようです。
明 治時代~第二次世界大戦後すぐの井波彫刻
明治時代に入ると、井波彫刻の技術は住宅でも活かされるようになりました。
天井と鴨居の間に光や風と通すための“欄間”を設けた住宅が増え、それが透かし彫りを得意とする井波彫刻の特徴とよく合ったのです。
大正8年(1919年)には住宅用の欄間を積極的に開発するため、井波彫刻会も発足されました。
井波のある富山県は、平成30年(2018年)に総務省が行った住宅・土地統計調査でも日本で最も高い持ち家率を誇っています。
大切な家に美しい彫刻を施したいと思う町の人たちの心が、住宅建築としての井波彫刻の発展に繋がっていったのでしょう。
現 代の井波彫刻
第二次世界大戦後、高度経済成長期を経た昭和50年(1975年)、井波彫刻は経済産業大臣から伝統的工芸品に指定されました。
井波の歴史的町並みは“日本一の木彫りの町”とも呼ばれ観光地としても栄えるようになり、井波彫刻はそれを支えるお土産などの小物にも活かされるようになっていきました。
その粋なデザインは、シャンデリアなどのインテリアやギターをはじめとする楽器への装飾としても活躍の場を広げています。
なお、井波には創設60年以上の歴史を持つ日本唯一の木彫刻専門の職業訓練校があり、15歳~25歳ぐらいまでの意欲ある若者が親方から日々、井波彫刻の技術を学んでいます。
木彫り技術の伝統を守ってきたことに評価を受けた井波は、平成30年(2018年)5月に「木彫刻のまち 井波」として文化庁から日本遺産に認定されています。
井波彫刻の作り方
井波彫刻には、数ヶ月~数年ほど乾燥させたクスノキやケヤキなどの木材を使用します。
図案を作成し、最終的には200本以上のノミや彫刻刀を使い分けて繊細な透かし彫りを施すのです。
「ノミだけで仕上げ、細かい線まで際立たせる、そこまで神経を保ち続けるところが井波彫刻の大きなところ」と熟練の職人でも語るほど、高い集中力が必要とされる彫りの作業。
特に欄間彫刻は、斜め下から見上げた時に最も美しい立体感が現れるよう、微調整を繰り返して完成させていくそうです。
作 業工程
井波彫刻の作業工程は、下絵・粗あけ・粗落とし・粗彫り・仕上げ彫りの順に進んでいきます。
それぞれについて見ていきましょう。
1)下絵
図案を練り、まずは木炭を用いて和紙に下絵となる図案を描きます。
図案確定後、描いたデザインを木材に写していきます。
彫る場所と彫らない場所を明確にし、彫りはじめを決めるのもこの段階です。
2)粗あけ
「下絵」で決めた彫りはじめの部分に着手するとともに、貫通させなくてはならない部分を糸のこなどの道具を使用してくり抜きます。
3)粗落とし
貫通させた部分以外で必要のない部分を切り落とし、彫刻に奥行きをつけていきます。
この時、切り落としすぎないように細心の注意を払います。
4)粗彫り
「粗落とし」した部分に細かな彫りを入れ、全体の輪郭をしっかり決めていきます
5)仕上げ彫り
曲線部分や表面のなめらかさ、透かし彫りの重なり具合、花や動物に躍動感があるかなどに気を配りながらノミで繊細に仕上げていきます。
井波彫刻の真骨頂ともいえる最終工程です。
井波彫刻に使用する木材は、作るものに合わせ木の種類や大きさ、乾燥の進み具合や木の成長等を見極める必要があります。
原木選び、製材には経験や培ってきた勘がものをいいます。
井波彫刻の実際の作業工程は、原木選びからはじまっているといえるでしょう。
井波彫刻の製品・使われているところは?
寺社彫刻井波彫刻は、北陸地方のさまざまな寺社仏閣で目にすることができます。
瑞泉寺をはじめ、近隣にも井波彫刻の施された寺社は多くあります。
欄間彫刻や神棚への彫刻はニュースなどで取り上げられることも多くあります。
井波の古民家を改装した、観光用のお店でもよく目にすることができますよ。
はるか遠い昔から、私たちの生活の身近なものとして在り続けてきた欄間。かつては、和室の換気や採光の役割を担っていました。欄間を取り入れた建造物は、平安時代の仏堂からはじまり、神社建築や住宅建築へと広がっていきました。
井波彫刻の施されたオーダーメイドのシャンデリアや表札、ギターなども人気があります。
かつて井波地区を治めていた前田氏が菅原道真を信仰していたこともあり、天神さまの木像もよく見られます。
その他、お雛様などの小物、お土産なども井波を訪れた際、縁起物として買い求める方の多い製品です。
井波彫刻を見る・彫刻体験するには?
井波の町には、井波彫刻を実際に見ることのできる場所や、彫刻体験のできる場所がたくさんあります。
ここでは、代表的な施設・場所、催しをご紹介します♪
井 波彫刻総合会館
「井波彫刻総合会館」には、欄間や衝立、天神様などの置物が200点以上展示されており、購入も可能です。
会館は瑞泉寺の伽藍配置を元にしており、寺院の内部を思わせる光と影のコントラストを楽しむことができます。
なお、こちらの会館では、NHKの朝ドラ『半分、青い』のヒロインが持っていた笛と同じものが販売されています。
ぜひ、お土産にいかがでしょうか♪
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
い なみ 木彫りの里 創遊館
“道の駅 井波”にある「いなみ 木彫りの里 創遊館」は、職人による木彫彫刻の見学ができる“匠工房”や、プレートや小物入れの彫刻体験のできる“くりえ~と工房”、地元の特産品を味わうことのできる食事処までそろった施設です!
ここに来れば、井波の魅力を一度に味わうことが可能ですよ♪
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
八 日町通り(石畳通り)
瑞泉寺へと真っ直ぐに伸びる石畳の参道「八日町通り」には、多くの彫刻工房が立ち並び、トントン、コツコツと木彫りをする際の槌の音が響きます。
その心地よい音は、「井波の木彫りの音」と称し、環境省が選ぶ『残したい“日本の音風景100選”』にも選出されています。
木彫りの表札やバス標識など、井波ならではの作品が見られますよ♪
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
南 砺市いなみ国際木彫刻キャンプ
「南砺市いなみ国際木彫刻キャンプ」は“木彫りを通して世界をつなぐ”をテーマにした大きな公開制作のイベントです。
世界各国の彫刻家たちが原木から作品を彫り上げる様子を見学したり、交流したりすることができます。
第1回が平成3年(1991年)に開催され、4年に一度のペースで行われています。
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
おわりに
今回は井波彫刻の特徴や歴史、作り方などをご紹介しました。
江戸時代、瑞泉寺の再建からはじまった井波彫刻ですが、今ではインテリアや小物など、私たちの身近な生活の中でも活躍しています。
井波の町では、随所でその彫刻に触れることができますよ。
立体感と躍動感あふれる繊細な井波彫刻を、ぜひ一度ご覧ください。
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