能面・狂言面は、能楽の演出においてとても重要な役割を果たすもので、翁や女、鬼、福の神など人や人以外のさまざまな役に変身するために用いられます。

能・狂言で使われている面がどのような意味を持ち、どのような場面で使用されているかを知れば、より能・狂言を楽しむことができます。

今回は、能・狂言で使用される面とはどのようなものなのか、種類や意味をご紹介していきます!

写真撮影 : 石田裕


能面・狂言面をする意味とは?


古代より世界各地に仮面芸能が存在します。

仮面をつけるという行為は、神を降臨させたり、動物に化けたり、或は特定の誰かに成り代わってみたりと、何かしらの変身の行為です。

能の場合はシテ方が霊である場合が多く、これもやはり尋常ならざる者への変身という意味が込められているのでしょう。

役者は舞台に上がる前、「鏡の間」と呼ばれる精神統一のための特別な部屋で、能面を身に付けます。

人々が、面を着けるという行為や面そのものへの畏敬いけいの念を自然と抱き続けていることが、この行為に表れていると言えるでしょう。

役者は面に宿る神格に導かれ、舞台に上がっているのです。

例えば三番三さんばそうという演目では、途中狂言方が舞台上で面を着けます。

その前後で人格と神格が入れ替わっていると捉えると、大変興味深いですね!

能面の特徴

能面の面は「おもて」と読みます。

能の公演を観たことがない方でも、たとえば「般若はんにゃ」の面はすぐにイメージできるでしょう。

能面は約250種類、基本形は60種類もあるとされており、恐怖を感じさせるものからユーモラスなものまでさまざまです。

同じ面であっても、光と影の具合で表情は大きく変化します。

能楽の専門用語で「テラス」「クモラス」といい、能楽師は微妙な光や角度の調節で喜びや悲しみ、怒りなどの感情を豊かに表現、能の奥深い演出を支えています。

さらに、能の5つの流派、観世かんぜ金春こんぱる金剛こんごう宝生ほうしょう喜多流きたりゅうの各派で、同じ曲でも使われている面が違います。

能面の系統

基本形約60種類にもおよぶ能面を体系的に分類すると、次のとおりです。


  系列
  

  代表的な面
  

  翁(おきな)系
  

  天下泰平や五穀豊穣を寿ぐ面。
  白式尉、黒式尉、肉式尉等
  

  女系
  

  若い女、老婆の面。
  小面、小姫、万媚、姥等
  

  男系
  

  少年や若い貴公子、公達(きんだち)の面。
  童子、中将等
  

  尉(じょう)系
  

  男性の老人の面。
  小尉等
  

  怨霊(おんりょう)系
  

  怨霊、生霊の面。
  般若、蛇(じゃ)等
  

  神霊系
  

  神の面で、武将の亡霊や怨霊にも使用。
  怪士(あやかし)、三日月等
  

  鬼神系
  

  恐ろしい鬼、畏怖される鬼神の面。
  獅子口、飛出(とびで)等
  

  狂言面
  

  狂言で使用される面。
  恵比寿、大黒、武悪(ぶあく)、賢徳(けんとく)等
  


能面の種類

面(女)

能を代表する面の一つで、小面こおもてと読みます。

「小」には可愛らしい、若くて美しいという意味があり、16~17歳くらいのもっとも若い女の面です。

狂言では乙御前おとごぜあるいはおととして使用されています。

平安時代~鎌倉時代の高貴なお家のお姫さまがモデルとされており、眉毛を抜いて額に高眉を描き、お歯黒で歯を黒く染め、髪を中央で左右に分けていた、当時の成人女性の風習を小面に見ることができます。

小面が使用される演目…「井筒いづつ」「きぬた」「殺生石せっしょうせき」「船弁慶ふなべんけい」「松風まつかぜ」「江口えぐち」など

将(男)

平安初期の歌人・在原業平朝臣ありわらのなりひらあそんをモデルとした面で、当時の王朝の貴公子の風習であった眉墨を描いた細面の顔立ち、眉根を寄せる憂いの表情から、悲劇の主人公が登場する演目に使用されます。

中将が使用される演目…「小塩おしお」「雲林院うんりんいん」「清経きよつね」「忠度ただのり」「通盛みちもり」など

子(少年)

童子どうじは少年の面です。

ただし、能ではただの少年ではなく、永遠の若さを保つ神・仙人の化身といわれています。

童子は演者の身長ほどもある長い黒頭くろがしらをつけた出で立ちで登場する、神秘的な存在です。

童子が使用される演目…「石橋しゃっきょう」「田村」「天鼓てんこ」「大江山」など

(老人、神)

能面としては最古の面で、ボウボウ眉や切り顎など他の面には見られない意匠が特徴です。

お正月や舞台披きなどもっとも格式高い能「翁」という儀式的な演目にのみ使用され、天下泰平や五穀豊穣、子孫繁栄、長寿などを寿ぎます。

特別視される演目に使用する面であることから、「翁」は「能にして能にあらず」といわれています。

翁が使用される演目…「翁」

若(怨霊)

嫉妬に狂って怨霊となった女が般若はんにゃです。

諸説ありますが、「源氏物語」の光源氏の妻であった葵の上が、六条御息所の嫉妬心から生まれた怨霊に取り憑かれた際、般若心経を読んで怨霊を退治した話から、怨霊となった鬼女を般若と呼ぶようになったという節があります。

般若が使用される演目…「葵上あおいのうえ」「道成寺どうじょうじ」「黒塚くろづか」など

狂言面の特徴

狂言は素顔で演じられることが多いため、能に比べると面を使用する曲目は少ないですが、神や鬼、動物や植物の精霊、不美人や老女といった役柄には、狂言専用の面が用いられます。

狂言面の種類

代表的な狂言面と登場する曲をご紹介します。

悪(鬼、閻魔)

武悪ぶあくは狂言曲に登場する鬼や閻魔王を表現します。

狂言に登場する鬼類は最初こそ人間に恐れられますが、次第に滑稽で気弱、ちょっとまぬけな役どころとなってきます。

狂言の演目では、鬼や閻魔王、人が鬼に変装する、あるいはシテが山伏の場合に使用されます。

武悪が使用される演目…「朝比奈あさいな」「八尾やお」「清水」「ふくろう」「柿山伏かきやまぶし

徳(精霊、馬、犬)

あさっての方向を向くぎょろりとした眼が特徴的な賢徳けんとくの面は、狂言に登場するキノコ、カニの精霊や馬、犬の役に使用されます。

動物の役は狐なら狐面、猿なら猿面がありますが、馬と犬は決まって賢徳の面が使用される点が狂言ならではです。

賢徳の面が使用される演目…「止動方角しどうほうがく」「犬山伏いぬやまぶし」「蟹山伏かにやまぶし

能・狂言の面の価格とは

能面は刀や鎧などと同じく、日本の伝統的工芸品ということで、国内外のコレクターはもちろん、海外の観光客などの間でもお土産として人気があります。

特に、小面、般若、翁は人気で、海外のコレクターからも問い合わせがあるようです。

気になるのは、能面の価格。

インターネット通販などで確認できるところでは、1000円以下の安いものから、10万円を超える高額のものまで販売されています。

中でも極めて貴重かつ高品質な面が、能面師・堀安右衛門作ほりやすえもんの作品です。

インターネットオークション等で稀に出回る安右衛門の能面は、最低価格で20万円は下らないほど高額で取引されています。

おわりに

今回ご紹介したのは能面・狂言面のほんの一部です。

小面や般若など、能や狂言を知らない方でも見たことのある面が出てきましたが、実際に面が使用される演目を鑑賞すると、能楽師の舞やお囃子、謡いなどの演出が相まって、得も言われぬ幽玄さに引き込まれます。

ぜひ面についても知っていただき、より能・狂言をお楽しみくださいね。