入門者に実際に教えるのは師範や名取

日本舞踊には数千人のお弟子さんを抱える五大流派と呼ばれるメジャーな流派があります。

・西川流
・藤間流
・坂東流
・花柳流
・若柳流
の五流派ですが、このような大きな流派に入門し、「さあ、せっかく日本舞踊を習うのだから、宗家や家元に教えてもらおう!」と意気込んでも、家元自ら手ほどきをしてくれることはまずありません。

貴方が有力なお弟子さんのご子息等なら別ですが、通常入門者に教えてくれるのは「街のお師匠さん」つまり、家元の弟子、孫弟子、ひ孫弟子である師範や、師範の元で修行をしている先輩=名取さんです。

ではこの師範や名取とはどのような存在であり、これから日本舞踊を目指す人はどうしたら師範や名取になれるのでしょうか。

そこで今回の記事では、
・名取とはどういった資格なのか
・名取になるにはどれくらいの期間と費用がかかるのか
・師範とはどういった資格なのか
・師範になるにはどれくらいの期間と費用がかかるのか
・宗家・家元を支える「高弟こうてい」とは?
・家元になることは可能なのか
といったポイントについて詳しく解説し、日本舞踊界の出世の仕組みを解き明かしていきます。

どうぞ最後までお付き合いください。

まずは名取を目指す

「日本舞踊を習っています」といって、特技欄ではなく、資格として履歴書などに記入できるのは「○○流 名取 ○○○○」というように名取になってからです。

入門したらまずはこの名取を目指します。

取は大学院生や助手

日本舞踊の名取とは、一定期間の修行をして、基準以上の技量を習得したと認められた弟子に対し、流派特有の名前を与えるというものです。

通常は宗家や家元から一文字をいただき、例えば藤間流なら、「藤間勘○○」という名前をいただきます。

日本舞踊の修行を大学に例えると、入門が大学入学、名取は大学院生や研究助手といった感じです。

取になるためには試験がある?

流派にもよりますが、名取になるために試験を行う流派がほとんどです。

ただ入門したからといって誰でも受験できるわけではなく、入門から3年~5年経過し(流派によって様々です)、自分の師匠(師範の方)の許可が無くては受験できません。

試験内容としては、試験官の前で課題曲(基本的な踊りが多い)を踊り、習熟度を判断してもらいます。

取になるためにかかる期間

流派にもよりますが、例えば坂東流の場合、名取試験を受けるのには入門後3年が経過している必要があります。

つまり名取になるためには最低でも3年かかるわけです。

ただ習熟度合いには個人差があるので、10年経っても名取になれないということもあり得ます。

取になるためにかかる費用

名取になるためにかかる費用として「規定」があるものは、
・名取試験の受験料
・合格後の年会費
の2つです。

ただ実際にはこれ以外に諸々の出費があります。

メインとなるのは「師匠への御礼」です。

名取試験を受験するためには自分の師匠の許可が必要と説明しましたが、それに対する「謝礼」を支払うわけです。

そこには当然試験対策の「お稽古代」も含まれます。

それに加え通常は自分の師匠の師匠、つまり「親師匠」にも同様に許可をいただき、謝礼をお支払いします。

そして試験には師匠も同行していただくので「お車代(交通費)」、遠方の場合は宿泊費などもかかります。

その他受験をする時の着物や手ぬぐい、扇子が決まっている場合はそれらを購入する必要もあります。

これらをトータルすると、もちろん流派によって上下はありますが、200万円(±100万円)といったところが相場感です。

都市伝説で、「日本舞踊の名取になるためには数千万円かかる!」と言われたりしますが、それ程までにかかるものではありません。

取の上は師範

一般の、日本舞踊を「お稽古事」と考える方にとっては「名取」が最初の目標かつ最終目標となります。

しかし「いろんな人に日本舞踊を教え、その楽しさを広めていきたい」「日本舞踊教室を開きたい」となると、その上の資格である「師範」を目指すことになります。

日本舞踊を教えるためには師範になる必要がある

範は大学の教授や准教授

名取は大学院生や研究助手というお話をしましたが、師範は大学の「講師」「准教授」「教授」に相当します。

つまり入門者や名取に日本舞踊を「教える立場」になるためには師範になる必要があるのです。

範になるにも試験が必要

名取から師範になるためには「師範試験」を受け、合格する必要があります。

名取は「流派の踊りを一定基準マスターしている」ことが合格基準でしたが、師範はその名取を含めた門弟達を「家元の代わり」となって指導する立場です。

そのため試験内容も名取試験が「基本的な踊りを1曲」だったのに対し、「20分程度の曲を2曲」となるなど、レベルがグッと上がります。

また名取の時と同じように、試験を受けるためには師匠や親師匠の許可を得る必要がありますが、師範の場合は更に上位の師匠、または家元の許可が必要な場合もあります。

範になるためにかかる期間

名取になってすぐに師範試験を受けられる流派もありますが、通常名取になってから5~10年程度の修行が必要な場合が多くなっています。

範になるためにかかる費用

基本的に名取になる時と出費の内容は同じです。

ただ、より上位の師匠に受験の許可を得たり、お稽古を付けていただいたりするので、その分が余計にかかります。

また、受験費用や会費、師匠達への謝礼も名取の時より多めになることが通常です。

高弟とは「神7」

各流派の宗家・家元の周りには、忙しい宗家・家元を補佐し、代稽古(宗家・家元の代わりにお稽古をつけること)をしたりする「高弟こうてい」と呼ばれる人たちがいます。

元に匹敵する実力を持つ弟子

高弟とは数千人いる流派の弟子の中のトップに君臨する人たちです。

要するに「神7」というわけです。

多くの場合は先代家元に仕えていたベテランの弟子や、現在の家元と一緒に修行してきた「ご学友」的なポジションの人たちで固められます。

先代家元のお弟子さん達などは踊りの実力、知識といった面で現在の家元に匹敵、または上回ることも多く、流派ごとの「芸の継承」に大きな役割を果たします。

い家元の後見人となることも

先代家元の死などで、後継者が若くして家元になる場合があります。

そのような時は、高弟が家元の後見人となる場合もあります。

先代からの芸をしっかりと伝える「バックアップ」として機能するわけです。

家・家元以外で人間国宝となった方

日本舞踊の宗家・家元が人間国宝になることは珍しくありませんが、高弟から人間国宝に認定された方もいらっしゃいます。

間藤子

藤間藤子ふじまふじことは、藤間流勘右衛門派家元二代目藤間勘右衛門に入門し、三代目勘右衛門(七代目松本幸四郎)、四代目勘右衛門(二代目尾上松緑)、五代目勘右衛門(初代尾上辰之助)、六代目勘右衛門(現家元四代目尾上松緑)と、五代にわたり家元に仕えた高弟中の高弟。

1985年には女性として初めて「人間国宝」に認定され、歌舞伎の常磐津「積恋雪関扉つもるこいゆきのせきのと、通称「関の扉」)や「忍夜恋曲者しのびよるこいはくせもの」通称「将門」)は「振付 藤間藤子」として現在も上演されています。

代目花柳壽楽

二代目花柳壽楽はなやぎじゅらくとは、花柳流二世家元、二代目花柳壽輔に入門し、後に姉が壽輔と結婚したため家元の義弟となります。

二代目壽輔の娘(壽楽からすると姪にあたる)が若くして三世家元三代目花柳壽輔となったため、その後見人となり、花柳流の普及、発展に多大なる貢献をしました。

2002年には人間国宝に認定、翌年には日本芸術院会員となっています。

家元になることは可能か?

日本舞踊に入門し、一人前と認められる「名取」、日本舞踊を教える資格を持つ「師範」、弟子達の頂点に立つ「高弟」について説明してきました。

これが日本舞踊界の出世の道なのですが、では入門した人が流派の頂点「家元」になることは可能なのでしょうか。

これについては「非常に難しい」というのが現状です。

日本舞踊の「芸」については一子相伝的な部分があり、世襲制が基本となっています。

戦前くらいまでは高弟から後継者が選ばれたこともありましたが、今日ではほとんどありません。

そのため、家元を目指す人は「自分で流派を作り」、初代家元となるしか道は無い状況です。

ただ、それも自分と自分の芸を慕ってくれる多くの弟子が必要ですから、まずは上級の師範、高弟となることを目指し、周りが独立を認めてくれる環境が必要となります。

もちろんそんな道を目指さなくても日本舞踊を楽しむことは可能です。

まずは教養の一つとして、入門を考えてみてはいかがでしょうか。