庶民の娯楽である歌舞伎には観客がわかりやすいルールがあった

「難しい」と思われがちな歌舞伎ですが、実はルールを覚えてしまえば非常に分かりやすいお芝居になっています。

というのも当時の歌舞伎は庶民の娯楽。

しかも現代と異なり芝居中に食事をしたりお酒を飲むことも自由でした。

宴会をしながら観劇するようなもので、集中して観ているわけではないのです。

そのため「あ、今のシーン見逃した」といったことがしばしば起こります。

そんな時に「青と黒で隈取した人物は大悪人」といったようなルールを決めておけば、ストーリーが分からなくなっても役者が出てきた瞬間に「あ、あいつは悪い奴」と分かるわけです。

そこで今回はそんな歌舞伎の演出方法、表現方法のルールをご紹介していきます。

これさえマスターすれば江戸時代の人のように歌舞伎が理解できます。

ぜひ最後までお付き合いください。

歌舞伎には演出家が存在しない

歌舞伎には一般的な演劇のような演出家が存在しません。

では誰がそのお芝居を演出するかというと、「しんの役者(=主役)」が台本の解釈、表現方法、衣装、化粧、全てを取り仕切ります。

優れた演出は人気が出て定着し、「かた」となり、更に「家の芸」として継承されていくのです。

同じ狂言(=芝居)でも、それぞれの役者によって解釈が変わり、表現方法も異なってきます。

すると「●●という役者の義経千本桜は面白い」というように、演出も込みで人気がでます。

そういった状態が続くとその演出方法が定着し、「●●の型」と役者の名前をつけたりして呼ばれるようになるのです。

例えば「一谷嫩軍記~熊谷陣屋」では「團十郎型」と「芝翫型」が有名で、今も引き継がれて演じられています。

また江戸と上方では観客の好みが違ったので、同じ狂言でも「上方の型」として上方風の演出が取られることがよくあります。

先年無くなった十八代目中村勘三郎の父、十七代目中村勘三郎は

「きちんとした型を身に着けているから「型破り」ができるんだ。初めっから型のないやつは「型なし」っていうんだ」

と言っていたそうです。

家の芸

型や得意とする演目はその役者から子供、弟子に引き継がれていきます。

そして名跡わ(役者の名前)とともに後の世代に引き継がれていく芸はやがて定着、固定化し「家の芸」と呼ばれるようになります。

有名なところでは七代目市川團十郎が制定した「歌舞伎十八番」や五代目尾上菊五郎が制定した「新古演劇十種」があります。

顔の色で役柄がわかる

歌舞伎は庶民の娯楽だったので、わかりやすくする必要がありました。

役者が出てきた瞬間に「あ、こいつは良いやつだ、あいつは悪者だ」と判断できる必要があったのです。

そこで歌舞伎では役柄によって顔の色を変えています。

赤は熱血、正義の味方

赤は血液の流れの現れで、「怒り」や「熱血」を表現しています。

赤で隈取をした歌舞伎の主役は、悪いやつらの悪行に怒る正義の味方なのです。

青や黒は悪

青や黒は「悪」や「妖気」を表現しています。

公家悪くげあく」と呼ばれる国家転覆を企む大悪人は青と黒を使った「藍隈あいぐま」という隈取を施し、不気味な巨悪を演じます。

白は美男美女

今も昔も「色の白いは七難隠す」と言われ、色白は美男美女の代名詞です。

歌舞伎でも貴公子や色男、お姫様などは顔を真っ白に塗ります。

そしてそれ以外の脇役の人はおしろいに「砥の粉とのこ(茶色い粉)」をまぜ、少し色を落として主役をより白く見せて引き立たせます。

ストップモーション・クローズアップ・カットインを先取り

現代の映画やドラマのような映像効果を使うことのできない歌舞伎では、観客の視線を一気に集めるために、様々な工夫をこらしました。

見得

役者が特徴的なポーズをとり、一瞬静止する演技を「見得みえ」といいます。

これはまさしくストップモーションであり、「ばーったり」というツケ打ちの音とともに観客の視線を一気に集中させ、心理的なクローズアップ効果をもたらします。

振り落とし

歌舞伎でおなじみの黒、萌葱(緑)、柿色の定式幕が開いて開演しても、舞台上は水色の浅葱幕で覆われていて何も見えない事があります。

観客が「あれ?水色の幕しかみえないぞ?」と思っていると、「チョーン」という柝きの音とともに浅葱幕が落とされ、鮮やかな歌舞伎の舞台が現れます。

これは「振り落とし」と呼ばれる演出法で、観客にそのシーンを強烈に印象づけるカットインのような効果をもたらします。

スーパーマンと変身の元祖

庶民の娯楽、エンターテイメントだった歌舞伎には、観客をより一層楽しませるために「あっと驚く」ような奇抜な演出も行われました。

これらを「ケレン」といいます。

引抜

引抜とは一瞬にして衣装を変える「変身」の演出です。

衣装の上に衣装を重ね、太めの糸で仮止めしておきます。

役者が演技をしている間に後見が徐々に仮止めの糸を外していき、きっかけ(タイミング)が来たら一気に上の衣装を剥ぎ取ります。

宙乗り

妖術使いや狐などの物の怪が空中浮遊する演出です。

実際に役者が宙を舞う宙乗りは、当時の観客を驚かせる大人気の仕掛けでした。

黒衣は透明人間

歌舞伎では「黒」は見えないものとして扱うルールがあります。

そのため黒い着付けに黒のたっつけ(ズボン)、黒の頭巾をかぶった「黒衣くろご」は観客からは見えない透明人間なのです。

この黒衣は役者の後ろに潜んで小道具を手渡したり、合いびき(役者が舞台上で座る台)に腰掛けさせたりするなどの演技補助や、舞台上に不要なものを片付けるなど、芝居上不可欠な大活躍をします。

BGMと効果音

下座音楽

歌舞伎の舞台の下手には、黒く塗られた簾のかかった「黒御簾くろみす」と呼ばれるオーケストラボックスがあります。

この中では長唄と三味線、鳴物によるBGMと、波の音や雷の音といった効果音が演奏され、「下座音楽げざおんがく」といわれます。

竹本

当時人気のあった人形浄瑠璃からは、多くの芝居が歌舞伎に移植されました。

このような芝居を「義太夫狂言」といいます。

「義太夫」とは台詞のない人形浄瑠璃でストーリーを語る竹本節のことで、歌舞伎の舞台にも参加します。

ただ歌舞伎の場合は役者が台詞を言うため、主に「ト書き」部分を担当し、このト書き部分で三味線の音に合わせて役者が演技をすることを「糸にのる」といい、義太夫狂言の醍醐味となっています。

「マッチ一本火事の元」という夜回りで使われる拍子木。

あの「チョーン」という音をといいます。

歌舞伎では狂言方さんが担当し、開演15分前の「二丁」や5分前の「まわり」といったタイムキーパーの役割や、「チョンチョンチョンチョンチョン・・・・」と言った開演時、また幕切れの「チョーン」という「柝頭きがしら」といった合図に用いられます。

ツケ打ち

上手(舞台に向かって右側)の端に置かれた「ツケ板」に木をうちつけて効果音を出します。

柝と異なり大道具さんが担当。

・ 見得の時は「ばーったり」
・ 走り出す時は「パタパタパタパタ」
・ 物を投げたり、落としたりした時は小さく「パタ」

というように、観客に役者の演技を印象づける役割をします。

おわりに

歌舞伎にはさまざまなルールがあることがわかっていただけたと思います。

基本的なルールを知らないまま歌舞伎を観るよりも、理解してから見た方が何倍も楽しむことができるでしょう。

是非この記事を参考にしていただければ幸いです。

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