市川海老蔵氏や中村獅童氏など、有名な歌舞伎役者さんはTV出演などメディアの露出もあって一般的に知られていますが、歌舞伎はそういった人だけで成り立っているわけではありません。

そこには歌舞伎を支える「お弟子さん」の存在があります。

ただ十七代目、十八代目勘三郎、勘九郎・七之助という中村屋三代に仕え、TVなどでも何度も紹介された中村小山三氏のような稀有な例を除けば、その姿をメディアで見ることはほとんどありません。

そこで今回は、そんな「歌舞伎のお弟子さん」にスポットをあて、その実態に迫ります。

お弟子さんのことを理解すると、主役級の人だけに注目して歌舞伎を観ていた時とは「深み」が変わってきます。

ぜひ最後までお付き合いください。

歌舞伎のお弟子さんは何をするの?

旦那(師匠)のお手伝い

お弟子さんの仕事の中心は師匠のお手伝いです。

旦那が楽屋に入る時の出迎えから着替え。

化粧前(鏡台や化粧道具)の準備、白粉を練ったり、紅を溶いたりするのもお弟子さんの仕事です。

女形の旦那だったら首の後ろや背中など、手が届きにくい所に白粉を塗るのも手伝います。

舞台衣装の着付けを手伝うのも重要な仕事。

衣装さんが後ろ、お弟子さんは前に回り、着付けをします。

支度ができたら刀などの小道具と「おかもち」を持って旦那とともに舞台袖などに行き、旦那の出番を待ちます。

おかもちというのは道具箱のようなもので、簡単な化粧道具、飲み物、台本などを入れておくものです。

旦那の出番が終わる頃にはまた迎えに行き、楽屋まで一緒に戻り衣装を脱がせたりします。

その日の出番が終われば着替えを手伝い、楽屋口まで見送って終了です。

付き人さんとの役割分担

歌舞伎の役者さんにはお弟子さんの他に付き人さんもついています。

付き人さんはお弟子さんよりももっと細々した身の回りの仕事、襦袢などの洗濯や食事の支度、楽屋内の掃除などをします。

大旦那・旦那・若旦那

芸事の世界では一般的に自分が師事する人を「師匠」と呼びますが、歌舞伎の中では師匠とは呼びません。

普段は「旦那」と呼ぶ事が一般的です。

自分の師匠のことは「うちの旦那」、よその師匠のことは「成田屋の旦那」とか「高麗屋の旦那」と呼びます。

一般的に「止め名」になると旦那と呼ばれます。

止め名とは市川新之助→市川海老蔵→市川團十郎と襲名していくうちの最後の名前のことです。

止め名を襲名する前は年齢的にまだ若いことが多いので、「若旦那」と呼ばれることが一般的です。

結婚する前までは「坊っちゃん」と呼ばれていることもあります(もちろん未婚でもある程度の年になれば若旦那、旦那と呼ばれます)。

ちなみに九代目の松本幸四郎氏が二代目松本白鸚(まつもとはくおう)を襲名されましたが、これは「隠居名」と言われ、隠居名になると「大旦那」と呼ばれたりします。

黒子後見

お弟子さんの仕事でもう一つ重要なのが「後見」です。

後見には「黒衣後見」「裃後見」「着付け後見」があります。

上下黒の黒子と黒い頭巾をかぶり、舞台上で様々な補助をします。

歌舞伎では「黒は見えないもの」というルールがあるので、黒子は存在しないことになっています。

旦那を合いびき(椅子のようなもの)に腰掛けさせたり、後ろから手紙や刀などの小道具を手渡したりします。

手渡すきっかけ(タイミングのこと)がずれると芝居がギクシャクしてしまうので、旦那と弟子の呼吸がピッタリあっていることが重要です。

裃後見

舞踊でも道成寺などの時代がかった大掛かりなものや、勧進帳などではこの裃後見で出ます。

薄めに顔(化粧)をし、頭(かつら)をつけ、裃を着てでる最も格式の高いものとなります。

着付け後見

紋付き袴姿で行う後見です。

所作事(踊り)の場合はこの着付け後見で出ることが多くなります。

差金(黒い棒)で蝶々を飛ばしたり、扇子などの小道具の手渡し、引き抜きなどを行います。

舞台出演

もちろん舞台にも出演します。

旦那や若旦那たちのような主役級の役には付けませんが、歌舞伎はその他の「脇」がしっかりとしていないと舞台がなりたちません。

たとえセリフがなかったとしても、役の人(主だった役をやっている役者)の邪魔にならず、かつしっかりと雰囲気を出す演技が求められます。

もちろん顔は自分でしますし、衣装もほとんど自分で着ます。

旦那の用事をこなしつつ、自分も舞台に出なければならないのですから、なかなか大変な仕事です。

歌舞伎俳優の出世システム 三階→名題→幹部

歌舞伎役者は弟子入りすると、そのほとんどが「大部屋」と呼ばれる大勢が共同で使う楽屋に入ります。

この大部屋が歌舞伎座の三階にあったので、大部屋役者のことを「三階さん」といいます。

10年程度の修行を積み、名題試験という試験に合格して資格を取得、名題披露をすれば「名題役者」となります。

会社でいうと課長さんくらいのイメージです。

この名題さんになってようやく舞台でコンスタントにセリフがもらえるようになります。

また大部屋から名題部屋と呼ばれる5~8人程度で使う楽屋に移ることができます。

この名題役者で更に認められると、「幹部昇進」です。

幹部俳優になると毎月その他大勢ではない「役」が付きます。

旦那たちやその息子さんたちは初めから幹部俳優です。

国家公務員のキャリア組とノンキャリア組と似ています。

一般的に入門するノンキャリア組は、名題昇進までがほとんどです。

局長や事務次官といったトップクラスにはほとんどなれません。

「部屋子」は幹部俳優スカウトシステム

歌舞伎役者の家系に生まれる以外でキャリア組になる方法に「部屋子へやこ」になるというものがあります。

部屋子とは幹部俳優のスカウトシステムで、子役で歌舞伎の舞台に出演している子や、舞踊家の子息などに将来有望そうな子がいた場合、自分と同じ楽屋で過ごさせて英才教育をするというものです。

部屋子になると「役」がつき、台詞がもらえ、三階さんとは別待遇で舞台に出演することになります。

相撲の世界では、学生横綱などアマチュアの時代に著しく成績を収めていると、「幕下付け出しデビュー」といって一般入門の人より遙かに有利な位置からスタートできるシステムがありますが、その後幕内上位、三役、大関、横綱になれるかどうかは本人次第。

部屋子の場合もそれに似ています。

芸が優れていて人気が出れば幹部俳優となり、良い名跡を襲名して世襲制の枠に食い込んでいけますが、多くの場合は一代限りで、そのまた息子が幹部俳優にというケースはあまりありません。

この部屋子から更に養子になったケースに坂東玉三郎氏(十四代目守田勘弥氏の部屋子→養子)や片岡愛之助氏(十三代目片岡仁左衛門氏の部屋子→その息子さんの片岡秀太郎氏の養子)がいます。

しかし子供が夭折(幼いときに亡くなること)することが多かった昔はともかく、若旦那、坊ちゃんの多い現代では、かなりのレアケースとなります。

歌舞伎のお弟子さんになる方法

歌舞伎役者になるためには「直接弟子入りする方法」と「歌舞伎俳優養成所に入所する方法」の二つがあります。

直接弟子入りする

現在ではあまり数は多くありませんが、好きな役者、目標とする役者に直接弟子入りするという方法があります。

直接アポイントを取り、「弟子にしてください」と頼み込むわけです。

またお父さんやお母さんが(日本)舞踊家で、修行のために歌舞伎に入門するというケースもあります。

国立劇場の歌舞伎俳優養成所に入所する

現在弟子入りするメインコースは、独立行政法人 日本芸術文化振興会による国立劇場歌舞伎俳優養成所の研修生となるものです。

2年に一度選考試験が行われ、若干名(10名前後)が選考されます。

研修費用は無料で、2年間、歌舞伎役者になるための実技、座学をみっちりと叩き込まれます。

日本舞踊、立役・女形の演技、立ち回り、竹本、長唄、鳴物、琴、茶道・・・、およそ必要と思われることは全てカリキュラムに入っています。

この研修所で2年間学び、卒業時に自分の行きたい家(歌舞伎役者)の希望を出すのです。

そして野球のドラフト会議のようなものがあって、入門先が決まります。

お弟子さんの名前

蔵、之丞、助

お弟子さんの名前は師匠である旦那の名前の一文字をもらったものや、屋号にちなんだものが多くなっています。

團十郎氏のお弟子さんなら市川新之助の「新」をもらって、新蔵、新十郎、新七、中村雀右衛門さんのお弟子さんなら屋号が「京屋」なので、京妙、京蔵、京紫といった感じです。

他にも菊五郎氏のお弟子さんで菊之丞氏や、梅之丞氏、吉右衛門氏のお弟子さんで吉三郎氏、吉兵衛氏などがいます。

珍名・奇名

歌舞伎の中は「洒落」が好まれます。

そのためお弟子さんの名前も面白いものや珍しいものがあります。

成駒屋のお弟子さんで中村みかん氏(中村芝翫氏の翫と掛けて)、中村おもちゃ氏、現在の市村橘太郎氏は羽左衛門氏のお弟子さんなので、子役の頃は中村うさぎという芸名でした。

この橘太郎氏と名コンビだったのが坂東みのむし氏(後に坂東三津之助氏)。

師匠の坂東三津五郎氏の前名坂東簑助の簑から取った名前です。

若い頃「みのむし」さんと「うさぎ」さんで、ベロベロに酔っ払い、警察に保護された時、警官に「二人とも名前を言いなさい」と言われ、「みのむしです」「うさぎです」と答えて「ふざけるな~」と怒られたというエピソードがあります。

師匠と弟子の絆は強く、そして深い

入門すればその後数十年、公私をともにする師匠と弟子は親子以上の関係です。

師匠としてはその人間の半生を預かってしまうので親身に指導しますし、弟子も父親、兄のように接します。

また弟子は師匠の芸を見て覚え、それを師匠の息子さんたちに伝えていったりもします。

決して表には出てきませんが、こうした師匠と弟子の絆が、これまでの、そしてこれからの歌舞伎の歴史を守っていくのです。

現在ではそんな歌舞伎の歴史を守るために、さまざまな工夫がされており、その一つが「シネマ歌舞伎」です。

シネマ歌舞伎とは、映画館で映像を通して観ることができる歌舞伎です。

舞台とはまた違った雰囲気を楽しむことができますよ!