派手な衣装、大がかりな舞台装置、生で演奏される長唄や鳴物などの音楽…歌舞伎を特徴づける独特の要素はたくさんありますが、中でも歌舞伎を歌舞伎らしくしているのはその独特の「メイク(化粧)法」ではないでしょうか。
今回はそんな歌舞伎のメイクについて、詳しくお伝えしてまいります。
歌舞伎のメイクをする=「顔」をする
歌舞伎の楽屋に行って役者さんとお話をしていると、「そろそろ顔の時間なので、失礼します」と言われることがあります。
この「顔の時間」というのは、「メイク(化粧)を始める時間」という意味。
実は歌舞伎では「メイク(化粧)をする」とはいいません。
「顔をする」というのです。
子 役以外は自分で顔をする
まだ自分で顔(メイク)をするテクニックがない子役さんは別ですが(その場合は大抵その家のお弟子さんがしてあげます)、ある程度の年齢(中学生くらい)になれば、後はいくら人間国宝のように偉くなろうとも、必ず自分で顔をします。
この「自分で顔をする」ことによってその役者さんの好み(目ハリや眉の形など)が表現され、歌舞伎役者の個性へと繋がっていくのです。
歌舞伎のメイク道具
歌舞伎のメイク(化粧)道具はそんなに種類が多くありません。
白粉を塗る刷毛、牡丹刷毛、スポンジ、筆、紅皿、墨や紅を入れておくパレットくらいなものです。
歌 舞伎のメイクで使う牡丹刷毛・スポンジ
牡丹刷毛
刷毛で白粉を塗った後、ムラなく叩いてのばすために用いるのが「牡丹刷毛」と「スポンジ」です。
この二つは同じ用途で使用するのですが、昔はスポンジがなかったため、牡丹刷毛を使っていたのです。
牡丹刷毛はとっての部分に丸く毛が植えられていて、ブラシのようになっています。
これでポンポン顔を叩き、白粉をのばしていくわけです。
現在ではスポンジを使う役者さんが多数派ですが、牡丹刷毛の方が「良い感じ」にぼかせるので、こだわって牡丹刷毛を使う方もいらっしゃいます。
というのも、顔がアップになる映像とは違い、歌舞伎の舞台の場合は舞台が大きく、また客席からも距離があります。
そのため、スポンジなどであまりにきれいに伸ばしてしまうと、「綺麗すぎて」顔が目立たなくなってしまうのです。
近くでみるとスポンジで伸ばした方が綺麗なのに、舞台で見ると牡丹刷毛で多少ムラっぽく伸ばした方が綺麗に見える。
これが歌舞伎のメイク(化粧)の不思議なところです。
歌 舞伎のメイクで使う筆
筆は紅や眉墨のような油系のものにはコシの強い化粧用の筆を用います。
また女形で「めはり」(目尻を赤くしている部分)を入れるとき、水紅(水性の塗料を水で溶いたもの)を使う方もいらっしゃいますが、その場合は使いやすいという理由から水墨画用の筆を用いる方が多いようです。
歌 舞伎の最高のメイク(化粧)道具は指
顔(メイク)をするのに筆を使わない方もいらっしゃいます。
特に立ち役で隈取りをするような場合は、紅の部分、眉なども基本的に指で描いた後、指で叩いてのばします。
これも牡丹刷毛で説明したことと同じで、筆できれいに書くと「舞台上できれいに見えない」という現象が起こるからです。
指は最高のメイク(化粧)道具なのです。
歌 舞伎の隈取り用の紅の練り方
隈取り用の紅は女形のめはりに使うような紅よりも「深い色」の紅です。
これは紅の色の素となっている「本洋紅」の色になります。
本洋紅とは絵画に使う塗料の一種。
深く濃い「赤」が特長です。
元々は固体になっているのでこれをすりつぶして粉にし、そこに鬢付け油※と椿油を加え、滑らかになるまでひたすら練ります。
※付け油:蝋と菜種油などを混ぜて固めたもの。お相撲さんの髪の毛を結うのにも使われます。
滑らかになるまでよく練らないと、隈取りをするときに指先で綺麗にのびないため使い物になりません。
そのため、隈を取る役をよく演じるお家のお弟子さんは、常に紅を練っているのです。
歌舞伎の顔(メイク)の色は役によって違う
歌舞伎のメイクで面白いのは、役によって顔(メイク)の色が違うという点です。
青 い隈取り=悪
例えば隈取りでも、通常皆さんがイメージされる赤い隈取りは基本的に「正義の味方」「主人公側」です。
一方、藍隈と呼ばれる青を使った隈取りもあります。
これは、公家悪と呼ばれる、国家転覆を企む大悪人に用いられる隈取り。
つまり、顔(メイク)の色を見るだけで正義の味方か大悪人かが分ってしまうというわけです。
「 しん」の役者は白い
歌舞伎では主役を演じる役者のことを「しん」の役者といいます。
しんの役者は基本に顔を「真っ白」に塗ります。
そして、それ以外の役者は白粉に「砥の粉(粘土を焼いて作った茶色の粉末)」をまぜ、若干色を落としてしんの役者を白く目立たせるというわけです。
劇 団によって違う顔(メイク)の色
歌舞伎の世界は大きく「菊五郎劇団系」と「吉右衛門劇団系」に分かれており、家系によって基本的にどちらかに属しています。
(※ただ現在はそこまで厳密に分かれているわけではありません)
これは戦前に名人といわれた2人の役者、六代目尾上菊五郎を中心とする菊五郎劇団と、初代中村吉右衛門を中心とする吉右衛門劇団があったためで、現在でもその系統は残っています。
そして、菊五郎劇団では世話物(江戸時代の現代劇。写実的な表現が中心)、吉右衛門劇団では時代物(江戸時代の人にとっての時代劇。つまり鎌倉時代や平安時代のお話。おおらかな表現が中心)を得意としたため、顔(メイク)の仕方にも違いがあるのです。
リアルな表現を特徴とする菊五郎劇団では女形でも顔を真っ白に塗ることはあまりなく、砥の粉を多めに入れてファンデーションのような、写実的なメイクをします。
一方大昔の物語を演じる吉右衛門劇団では、しんの役者は真っ白、脇の役者もかなり白く塗るという具合です。
歌舞伎の顔(メイク)の手順~地塗りまで~
女形の顔であろうと隈取りであろうと、顔に白粉を塗る「地塗り」の部分まではほとんど同じです。
そこでここでは、地塗りの手順を解説していきます。
下 地は鬢付け油
まずはメイクのベースとなる下地を塗ります。
歌舞伎のメイクの下地は「鬢付け油」です。
固形になっているのでこれを手に取ってよく伸ばし、ムラなく顔や首(女形なら背中まで)に塗っていきます。
眉 毛はつぶす
歌舞伎では顔を大きく見せるため、またカツラをつけることでサイズ感が変わってくることから、自分の実際の眉毛よりも上に眉を引きます(眉を書くことは「引く」ということが多い)。
そのため、本来の自分の眉はつぶさなくてはなりません。
これには「石練り」と呼ばれる蝋を多めに含んだ固い鬢付け油を使います。
石練りでつぶした後はその上から肌色のドーラン(ファンデーションのようなもの)を塗り、顔の色とトーンを合わせて目立たなくさせます。
羽 二重をする
写真は丸羽二重
江戸時代は男性が成人すると頭の前の部分を剃っていました。
これを「月代」といいます。
時代劇を見るとちょんまげの下が青々しく剃られています。
あれが月代です。
しかし、現代において実際に月代を剃るわけにはいきません。
そこで羽二重という布で作った鉢巻き&帽子のようなものを頭に巻きます。
そして、月代に当たる部分に青い塗料を塗り、月代に見せるというわけです。
女形の場合は月代を作る必要はありませんが、目をつり目にして美しく見せるために「目釣り」と呼ばれる細い羽二重を巻き付け、こめかみの辺りを引上げて目をつります。
白 塗り
下地を塗って眉をつぶし、羽二重をすれば下準備は完了です。
後は刷毛で白粉を塗り、牡丹刷毛かスポンジで叩いて白塗りの完成です。(後はめはりや眉を書いていきます)
おわりに
ここまで解説してきたように、歌舞伎の「顔(メイク)」は役柄、主役か脇役かなどによっても異なりますが、なによりも役者個人によって細かなこだわりがあり、千差万別ということができます。
これからはぜひ役者ごとの「顔(メイク)の仕方」にも注目して、役者によって違う「顔」を楽しんでみてください。
さらに歌舞伎を楽しむことができるはずですよ!
歌舞伎のメイクをより間近で観たい!という方には、「シネマ歌舞伎」がオススメです。
シネマ歌舞伎とは、映画館で映像を通して観る歌舞伎です。
あらゆる角度から撮影したドアップの背景の顔を楽しむことができますよ。
日本の伝統芸能の代表と言われる歌舞伎。
そのため「一部のセレブな方々が着物やブランド物に身を包み観劇するもの」というイメージを持たれがちです。
しかし元々歌舞伎とは、武士の教養だった「能」に対する庶民たちの大衆娯楽で、時の政府である幕府や親から「歌舞伎なんか見てはいけません!」と叱られる対象だったのです。
歌舞伎芝居は、江戸時代のニュースとワイドショーを兼ねた舞台芸術。
古来、当時世間を賑わせていた事件を演劇にし、江戸の大衆に伝えていました。
芝居、という字のごとく、まさに芝の上でわいわいと観ていた時期もある歌舞伎には、今も、その名残があります。
「大向こう」と言われる独特の掛け声もその一つ。
歌舞伎の舞台装置には、演出に欠かせない驚きの仕掛けがたくさんついています。ダイナミックで迫力のある演出を見せるため、舞台装置にさまざまな工夫をこらし、新しい演出を可能にしていったのです。今回の記事ではそんな歌舞伎の舞台装置の数々を紹介していきます。
今回は歌舞伎の顔見世について、その魅力や見どころについてご紹介します!歌舞伎を見に行ってみたいけれど、最初はどの公演を選べばいいのかわからない…。そんな時、歌舞伎ファンの方に相談すると「顔見世」を勧められるかもしれません。顔見世とは、毎年11月に新しい座組や役者の顔ぶれの大々的なお披露目をする、伝統的で重要な興行です。