講談とは

講談とは、「太平記」や「真田軍記」などの日本の軍記物や、「大岡裁き」などの政談をベースにした歴史物語を読んで聞かせる芸能です。

したがって、講談では講談師の声のトーンや表情、身振り手振りなど全身を使ったパフォーマンスに観衆が引き込まれ、知的好奇心が刺激されるという楽しみ方があります。

講談でよく使われる小道具が、張り扇と釈台(机)です。講談師は張り扇で釈台をパンパンと小気味良く叩き、会場に音を響かせて調子良く語ります。小道具を巧みに使った演出も講談の見どころのひとつです。

さらに、講談を大きく分けると「東京の講談」と大阪、京都の「上方の講談」があります。

講談と落語の違い

講談を語るときによく聞かれるのが、落語との違いです。

どちらも話芸を楽しむ伝統芸能ですが、落語が登場人物や場所、年代を曖昧にした話で観客の笑いや涙を引き出すのに対し、講談は赤穂義士あこうぎしや宮本武蔵など史実をベースにした話で、観客の知的好奇心を引き出す話芸です。

また、別の視点での違いは、落語が複数の登場人物による会話劇であるのに対し、講談は古典文学や歴史物語を読んで聞かせる芸能と言えます。

東京の講談

現在、東京の講談師の協会には「講談協会」と「日本講談協会」の2つがあり、基本的に神田派・山陽一門が日本講談協会、それ以外が講談協会に所属しています。

落語会と比べても女性の進出がめざましく、1988年から2012年までの約30年間、男性の真打ちが一人も誕生しなかったほど、男性より女性の協会員のほうが多いという特徴があります。

また、一部の講談師は「落語協会」「落語芸術協会」に属し、落語の寄席にも出演しています。

上方の講談

上方では、かつて江戸時代に活躍した江戸講談の系譜に連なる旭堂一門が唯一の流派として継承されています。

しかし、度重なる分裂を経て「上方講談協会」「大阪講談協会」「なみはや講談協会」の三派に分裂しています。

現在は東西合わせて70人くらいの講談師がおり、多くが東京を拠点としているため、大阪や京都を拠点とする講談師は20名程度と、東京に比べるとかなり人数が少ないようです。

現在活動している講談の流派

現在も継承されている講談の流派を紹介します。

一龍斎派

5代目一龍斎貞丈いちちゅうさいていじょう(1889~1931)から始まる流派です。

講談協会の理事兼会長で、「四谷怪談」などの怪談で知られる6代目一龍斎貞水ていすい1939~や、その弟子で2013年に36年ぶりに男性で真打しんうち※1に昇進した一龍斎貞橘ていきつ1979~などが知られています。

※1トリを務める権利を持った最高位の講談師

田辺派

講談協会の常任理事、監事を務め、白く長いひげが特徴的な田辺一鶴たなべいっかく(1929~2009)門下の講談の流派です。

宝井派

5代目一龍斎貞丈の従兄弟にあたり、皇居内で皇族方に口演したこともある、5代目室井馬琴たからいばきん(1903~1985)門下の講談の流派です。

名跡なとり※2を継いだ6代目馬琴(1935~2015)は、文化庁芸術祭賞や紫綬褒章しじゅほうしょうなど数々の受賞歴があります。

※2代々受け継がれていく家名

神田派

神田派は6代目神田伯龍かんだはくりゅう(1926~2006)門下の「伯龍一門」と、2代目神田山陽さんよう1909~2000)の「山陽一門」の二派に分かれています。

伯龍一門

6代目の伯龍までは代々神田派の系譜にありましたが、6代目伯龍の弟子で養子の8代目一龍斎貞山ていざん(1947~)が亡くなった実父の名跡を継いだため、神田派の本流にありながら一龍斎を名乗っています。

山陽一門

2代目神田山陽さんよう(1909~2000)門下の神田派講談師の一門です。

1991年に起きた講談協会の分裂により、多くの神田派講談師が協会を退会し、日本講談協会を旗揚げします。

現在、新進気鋭の講談師として人気の神田松之丞は山陽一門の講談師です。

旭堂派

上方講談界で唯一の一門です。

上方の講談師は前述した3協会に分かれており、「上方講談協会」は旭堂南左衛門きょくどうなんざえもん(1954~)の門下、「大阪講談協会」は4代目旭堂南陵なんりょう(1877~1965)の門下、「なみはや講談協会」は旭堂南鱗なんりん(1950~)の門下がそれぞれの協会に属しています。

おわりに

講談とはどういう伝統芸能なのか、落語との違い、東京・大阪の講談師の流派を紹介しました。

現在の講談は落語ほどではないものの、テレビやラジオで人気急上昇中の神田松之丞さんを筆頭に、静かな再燃が起こっています。

この記事で講談に興味を持たれた方は、ぜひテレビやラジオ、あるいは公演で独特の「読み」の文化を味わってみてくださいね。