ユネスコ無形文化遺産とは?

ユネスコは、国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational Scientific and Cultural Organization)のことです。

その頭文字をとって「UNESCO(ユネスコ)」と名付けられ、世界平和のために教育や科学、文化などの活動を通じて広く貢献するためにつくられた国連の専門機関です。

そもそも無形文化とは、先祖から大切に受け継いできた無形、つまり、形のない慣習、表現、知識、技術とそれらに関連する文化的空間のことを指します。

無形文化遺産とはその文化を、特定の人びとが自ら継承していくことに誇りを感じ、「これは自分にとっての遺産であると認めるもの。」とされています。

ユネスコ無形文化遺産の保護条約 (無形文化遺産保護条約) は、国の枠組みを超えた地球規模で、無形文化遺産の衰退や消滅などの危機から保護するために、2003年のユネスコ総会において採択されました。

フランス共和国のパリに本部が置かれ、日本は、ユネスコ無形文化遺産保護条約の締約国のうち、3番目の2004年(平成16年)に締結しています。

2018年 (平成30年) 現在、本条約の締約国数は178国にのぼります。

ユネスコ本条約においては、全ての締約国に対し、世界レベルの保護を目的とした認定を得るために、「自国の無形文化遺産を1つまたは2以上の目録を作成し、定期的に更新すること。」など、さまざまな事柄が取り決められています。

ユネスコ無形文化遺産の保護条約は、締約国から選出された代表委員国の24ヵ国で構成され、年1回開催される総会で採択されます。

日本は、ユネスコ条約が発効した2006年から度々代表委員国に選出され、ユネスコ無形文化遺産保護条約の運用指示書の作成や、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表審査に関わるなど、重要な役割を果たしています。

日本としても緊急に行動を起こし保護すべき無形文化遺産の一覧表を作成し、その中でも、ユネスコ世界無形文化遺産への登録に最も相応しいものを積極的に推進しています。

日本で登録されているユネスコ無形文化遺産一覧

これまで、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に登録されている総件数は、399件に及びます。

そのうち、日本は歌舞伎や雅楽を始めとする21件が記載登録されています。

喜ばしいことに、2016年の「山・ほこ・屋台行事」登録に次いで、2018年には秋田県男鹿おが市のナマハゲが、甑島こしきしまのトシドンなどと同じ枠の「来訪神・仮面・仮装の神々」として登録決定しました。

それでは、日本で登録されているユネスコ無形文化遺産を、登録年代別に詳しく解説していきます。

2008年登録:能楽

能楽のうがくは、14世紀頃に大成された日本における代表的な伝統芸能で、能と狂言を総称した呼び方です。

能は基本的に、うたい囃子はやしを伴奏に、「シテ」と呼ばれる能面のうめんを付けた主役が、「ハコビ」や「すり足」と呼ばれる、かかとを床につけたままで体重移動を行い、所作を舞う歌舞劇のことです。

一方、狂言は「そろり そろり」などの狂言師のせりふで、庶民の生活に密着した喜劇を演じます。

2008年登録:人形浄瑠璃文楽

人形浄瑠璃文楽にんぎょうじょうるりぶんがくは18世紀の江戸時代に、大阪で大成された伝統芸能です。

三味線音楽と義太夫節 ぎだゆうぶし の独特な語りに合わせ、1体の人形操作を3人で展開する音楽劇です。

舞台上では、人形が義太夫節や三味線方の伴奏に合わせ、繊細な身のこなしや喜怒哀楽の心情までも写実的に演じ分け、まるで、自から動いて語っているような高度な芸術性を示します。

2008年登録:歌舞伎

歌舞伎は、安土桃山時代(1603年)に女性芸能者の阿国おくにが演じた「かぶき踊」が起源とされ、江戸時代に大衆演劇として大成されました。

伝統的な演技演出様式にもとづく歌舞伎は、女方おんながたといわれる男性が、独特な化粧や衣裳を着て、拍子木ひょうしぎやツケなどの音楽と一体となって演じます。

日本の伝統芸能である、能・人形浄瑠璃・歌舞伎は、有名な三大古典劇として知られています。

2009年登録:雅楽

雅楽ががくとは、古くから日本に伝わる歌舞と、朝鮮や中国などから伝わった音楽や舞が合わさったものです。

舞のないものが管弦、舞のあるものが舞楽に分けられ、「催馬楽さいばら」「朗詠ろうえい」などの声楽曲を総称して、雅楽と呼びます。

奈良時代には厳かな音色の雅楽に変化を遂げ、後の平安時代には宮廷音楽として栄えました。

現在は、宮中の儀式や饗宴きょうえん、園遊会などで雅楽が演奏されます。

2009年登録:小千谷縮・越後上布

新潟県の塩沢・小千谷地区では古くから麻織物の歴史があり、現在は縮織ちじみおりのものは「小千谷縮おぢやちぢみ」、平織のものは「越後上布えちごじょうふ」と区別されています。

麻織物は、イラクサ科の「苧麻ちょま」の繊維を手で紡ぎ、居坐機いざりばたで織り上げた後、雪にさらして仕上げます。

上質な夏の衣料として珍重された麻織物は、西暦749~757年の天平勝宝年間てんぴょうしょうほうねんかんに朝廷に献上され、正倉院に収められています。

2009年登録:奥能登の「あえのこと」 

石川県の奥能登おくのと地方に伝わる「あえのこと」は、耕作前の2月には田の神様が実際にいるかのように家の中に迎い入れ、風呂を奨め、食事を振る舞うなどして手あつく持てなし、その年の豊作を祈願して、田の神様を家から田に送り出します。

12月になると、ふたたび田の神様を家の中に迎え入れ、その年の豊作を感謝します。

この儀礼は、稲作に従事する家の世帯主が中心となり執り行う農耕儀礼です。

2009年登録:早池峰神楽

早池峰神楽やちねかぐらは、岩手県の大償おおつぐないたけの2地区に伝わる、神楽民俗芸能です。

早池峰神楽は、早池峰山を霊山として信仰していた修行僧により、演じられたのが起源とされています。

早池峰神楽は室町時代の能が大成する以前のおもかげを映しだし、明治以降は一般の人々により伝承されてきました。

現在は、8月1日の早池峰神社の祭礼などに、早池峰神楽の舞が演じられます。

2009年登録:秋保の田植踊 

秋保の田植踊あきうのたうえおどりは、もともとは宮城県にある秋保町の農村集落で、小正月の1月15日前後の3日間二渡り行われていました。

稲の豊作を小正月に予め祝うことで、その年の五穀豊穣ごこくほうじょうを祈願する民俗芸能です。

現代では、湯元ゆもと(旧4月15日)、馬場ばば(4月28日、29日)、長袋ながふくろ(8月14日、15日、16日)ともに、社寺の祭礼時などに踊られます。

男子が扮する道化役と口上役を兼ねた弥十郎やんじゅうろう名、「鈴振り」役に1段年下の男子2名、踊り役の早乙女10名前後が、笛や太鼓のお囃子(はやし)に合わせ、田植えの情景を模写した華やかな付けで踊ります。

2009年登録:チャッキラコ

チャッキラコとは、神奈川県の仲崎なかざき花暮はなぐれ地域に伝わる祭礼のことです。

正月の到来を祝いその年の豊作や商売繁盛を祈願する伝統行事です。

毎年、1月15日に行われ参加資格は女性のみに与えられ、晴れ着を着た浜の早乙女たちが、扇やチャッキラコと呼ばれる小さな鈴をつけた綾竹あやだけを手にして、三崎の海南神社で一踊りしたあと踊りながら町内の家々をめぐります。

2009年登録:大日堂舞楽

大日堂舞楽は秋田県の八幡平の大日堂で、毎年1月2日に演じられる民族芸能のことです。

大日堂が再建された養老二年(西暦718年)に、元正天皇の勅命により名僧の行基が遣わされ、その時の舞楽が起源とされています。

大日堂舞楽は、それからおよそ1300年もの間、4集落の、大里おおさと谷内たにない小豆沢あずきさわ長嶺ながみねの能衆と呼ばれる人々により、舞を世襲で継承してきました。

2009年登録:題目立

題目立だいもくたてとは、奈良県の上深川にある八柱やはしら神社で10月12日の秋祭に行われる民俗芸能の行事です。

題目立は、数え17歳になった青年達が中心となり、戦国時代の源氏と平家の武将を題材とした、演目の語り芸能のことです。

題目立の語り芸能を奉納することにより八柱神社の宮座みやざに座入りする慣わしで、地域の成員の一員として初めて認められることから、成人の通過儀礼と考えられています。

2009年登録:アイヌ古式舞踊

アイヌ古式舞踊あいぬこしきぶようは、北海道の全域に居住しているアイヌの人々によって伝承されてきた芸能のことです。

アイヌ独自の特に信仰に根ざした歌や舞踊は、信仰・芸能・生活が密接に結びついているという特色があり、きわめて原形をとどめていることから、芸能史的な価値が高いとみられています。

伝統的な歌と踊りは、祭祀的性格の強い儀式舞踊、即興舞踊や娯楽舞踊などがあり、総称してアイヌ古式舞踊といいます。

2010年登録:組踊

組踊は、沖縄県の伝統的な音楽とせりふや所作で展開される歌舞劇のことです。

琉球王国の時代に、国王の代が替わるたびに中国皇帝から、新王を承認するため冊封使さっぽうしが派遣されていました。

組踊は、冊封使を手厚くもてなすために披露した踊りが起源とされています。

明治以降は、舞台で歌舞劇として演じられるようになり、三線さんしんを弾きながら、抑揚をもって登場人物の心情を切々と歌いあげます。

2010年登録:結城紬

結城紬ゆうきつむぎの歴史は奈良時代にさかのぼり、茨城県の結城市周辺や栃木県の小山市(旧絹村)から下野市付近で盛んに織られていました。

江戸時代初期になると日本全国に結城紬の名が定着し、真綿から手で紡いで織り上げた無地や縞柄の絹織物は、武士の間で好んで着用されていました。

現在では、本場結城紬技術保持会により、染の工程のみ近代の技術をとり入れ、伝統的な結城紬の技法が継承されています。

2011年登録:壬生の花田植

壬生の花田植みぶのはなたうえは、広島県の壬生に伝わる伝統行事で、毎年6月の第1日曜日に、その年の稲作の成長と豊作を祈願し行われる伝統行事です。

田植えの会場に田の神様を迎い入れ、美しい鞍や艶やかな玉飾りなどをつけた飾り牛により、水田に水を入れた状態で田の土を砕きかきならす代掻しろかきや、苗取り、田植えなどを行います。

のどかな田園風景に、美しい飾り牛と、大太鼓や手打ち鉦、ささらのお囃子おはやしを背に、着物姿に菅笠すげがさを被った美しい早乙女たちが田植えを行う農耕儀礼です。

2011年登録:佐陀神能

佐陀神能さだしんのうは、島根県の佐太神社で毎年9月25日奉納される神事能のことです。

佐陀神能は、奈良時代の古書『出雲國風土記』や、平安時代の『延喜式』にも記述される歴史ある神社です。

全国各地の神楽に影響を与えたとされる佐陀神能は、芸能史的に高い価値をもつとされ、佐太神社の祭礼の中でも重要な儀式とされる「御座替祭ござがえまつり」に合わせて、神事能が執り行われます。

2012年登録:那智の田楽

那智の田楽なちのでんがくは、和歌山県の那智勝浦町の世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の1つである、熊野那智大社において那智の火祭り(毎年7月14日)で奉納される神事芸能のことです。

「那智の火祭り」は、応永年間に京都の田楽法師が伝えたものとされ、600年以上の歴史があります。

演目の1つである那智の田楽舞は、薄板を束ねて作った楽器のビンザサラを鳴らす4人、太鼓4人、田楽を補佐するシテテン2人、笛1人により演じられ、高度な芸能性を示します。

2013年登録:和食・日本人の伝統的な食文化

和食のユネスコ文化遺産登録は、特定の料理名や食材名などではなく「和食・日本人の伝統的な食文化」として登録されました。

日本の伝統的な食文化は、正月、田植、収穫祭などの年中行事と密接な関わりがあり、栄養のバランスや和食本来の季節の食材を活かした盛り付けの美しさが、特に優れているとされています。

食文化の神髄である、自然への感謝や尊重の精神が評価されています。

2014年登録:和紙・日本の手漉和紙技術 

埼玉県小川町と東秩父村のこうぞのみを用いた「細川紙」。

岐阜県美濃市の大宝2(702)年の製紙が正倉院に残る「本美濃紙」。

島根県浜田市の強靭な紙質の「石州半紙」の3件が登録されています。

楮のみを原料に用いた日本の手漉てすき和紙の製紙技術です。

現在は和本の用紙や版画用紙として使われているほか、紙面が毛羽立ちにくく強靭な性質から、重要な文化財保存修理の用紙としても使用されます。

2016年登録:山・鉾・屋台行事

青森県から大分県に至る全18府県の祭りで構成される「山・ほこ・屋台行事」は、計33件の全てが、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。

降霊の役割を持つ山車だしを依り代にして神霊を迎え、地域の安泰や厄除け、豊作などを祈願する行事です。

すでに、平成21年にユネスコ無形文化遺産に登録されていた「京都祇園祭の山鉾行事」と「日立風流物」を拡張したものとされています。

2018年登録:来訪神・仮面・仮装の神々

「ナマハゲ」といえば、秋田県の男鹿おが半島が有名ですが、実は、日本各地に広く分布しています。

ユネスコ無形文化遺産には、8県10行事で構成された、「来訪神らいほうじん仮面かめん仮装の神々かそうのかみがみ」として登録されました。

「来訪神」とは、お面をかぶり、衣服のようなわらで作られたみのをまとい、神に仮装した者が、12月31日やお正月に家々を訪れます。

怠け者を戒めてさとし、最後に幸せや福をもたらし、神のもとへと帰っていくという伝統行事です。

2009年に単独で登録されていた「甑島こしきしまのトシドン」を拡張した形となりました。

おわりに

これまでに、ユネスコ無形文化遺産に登録されている21件の、伝統芸能や伝統行事、伝統文化などを紹介してきましたがいかがでしたか。

日本には、継承が途絶えてしまい、衰退や消滅の危機に直面している無形文化遺産が多々あることから、文化庁としても、ユネスコ無形文化遺産の登録を積極的に推進しています。

休暇などで国内旅行にお出かけの際には、ユネスコ無形文化遺産にも足を伸ばし、日本が誇る伝統文化に触れてみてはいかがでしょうか。