日本の伝統工芸品の一つとして、日本人に馴染み深いものである江戸扇子は、全制作工程を一人の職人さんが受け持ちます。
そんな江戸扇子がどのようなものなのか、ご存知の方は少ないと思います。
この記事では、江戸の伝統と技法を受け継ぐ江戸扇子について、ご紹介します。
江戸扇子とは?
江戸扇子とは、字のごとく江戸(東京)で作られた扇子です。
江戸扇子は、京都で始まった扇子作りが江戸に伝わり、やがて江戸独自の特徴を取り入れ発展し、その伝統と技法が今日でも受け継がれている扇子です。
江戸扇子の特徴

京 扇子に比べて扇の骨数が少ない
江戸扇子は京扇子に比べて骨太で、骨の数も多くしっかりしています。
折り幅も広いことが特徴で、京扇子と同じように閉じた時に“パチン”とした音が響きます。
また、女性的な京扇子に対して男性的なデザインや形状のものが多いことも特徴です。
しかし、今日では色々な種類の扇子が作られており、京扇子と江戸扇子を見分けることは、非常に難しいです。
3 0工程を一人の職人でこなす“一貫生産”
江戸扇子の制作工程は絵付けと骨作りを除き、最初から完成までの30にも及ぶ制作過程を一人の職人でこなして作る「一貫生産」です。
そのため、大量生産ができず、江戸扇子の価格は高価になります。
また、制作工程を一人でこなすので、一人前になるまで長い歳月の修行が必要となります。
そのため、江戸扇子の職人さんの数は、年々減少傾向です。
落 ち着きあるシンプルなデザイン
江戸扇子の図柄は、落ち着きがありシンプルなことが特徴です。
江戸扇子の絵柄には小紋柄、縁起物、幾何学模様などが比較的多く使われ、デザインも江戸っ子の「粋」がうかがえるすっきりとしたものが多いです。
この背景には、江戸時代のおしゃれで粋な江戸っ子の間で友禅画や大胆な切り替え柄などが好まれていたことが影響しています。
また、江戸扇子は一貫生産なので、扇子職人さん一人ひとりの特徴、魅力や趣が、それぞれの扇子に現れやすいのです。
江戸扇子の制作工程は3つに大別される

江戸扇子は30にも及ぶ制作工程がありますが、それらの制作工程は大きく分けて「扇面加工」、「折り作業」、「仕上げ作業」の3つに大別されます。
どの制作工程も非常に高度な技術と経験が必要となります。
それぞれの制作工程を細かく見ていきましょう。
扇 面加工
扇面加工では最初に紙を扇に合わせて裁断して表と裏を貼り合わせ、貼り合わせた紙に色や図(絵)柄を施して、扇骨を差し込むための穴を広げます。
地 紙貼り
地紙貼りは、扇子の地紙を作る作業です。
この作業で地紙を作るために湿らせた3つの和紙を「長紙」、「芯紙」、「長紙」の順に貼り合わせます。
色 引き・乾燥
地紙に地色付けをする際、にじみ止めをするために水に少量の膠※1と明礬※2を溶かした礬水※3を地紙に引きます。
そして、地紙に色を付け時間をかけて乾燥させます。
その後、雲母※4を付けたり補強材として柿渋を引いたりして、最後に日本画家などに依頼して柄をつけてもらいます。
※1 膠: 動物の皮や骨などから作られる接着剤や溶剤
※2 明礬:和紙への絵具の滲み防止として使われる複合塩
※3 礬水:滲み防止の水溶液
※4 雲母:鉱物の一種で、きらきらしたもの
平 口開け
扇子の芯紙の真中に骨を通すための穴を作ります。
この穴は、ヘラを使って紙の繊維を分けるようにして、穴を開けていきます。
湿 し・折り
湿らせた布で地紙を包んで十分に湿らせてから、扇子の型に合わせて地紙を折っていきます。
端 きり・叩き・乾燥
地紙が折り終わったら、余分な地紙は切り落とします。
次に拍子木で地紙を叩いて形を整えて、扇子の型にいれて圧をかけます。
その後、乾燥させます。
中 差し・せきこみ・化粧裁ち
乾燥させた地紙を開き、芯紙に骨が真っ直ぐに通る穴をあけ、再び扇子の型に入れて3~4日位圧をかけます。
その後、地紙の上下の余分な部分は裁ち落とします。
そして、上の部分には、金・銀を塗ったり、金箔などを押したりします。
折 り作業
扇に貼った紙に折り目をつけて形を整え、息を吹き込みながら穴を広げ、扇の骨を差し込んでいきます。
吹 き・つけ
拍子木で地紙を叩いて扇子の形を整えてから、芯紙に開けた穴に息を吹き入れ、骨が入りやすいように穴を広げます。
次に、地紙に合わせて骨の先端を切って長さを整えてから米粉を煮て作った糊を骨につけ、一本ずつ芯紙の穴の中に差し込みます。
仕 上げ作業
折り目の癖をしっかりとつけて形を整え、扇子を閉じた時に“パチン”と音がして全ての折り目が合う扇子に仕上げます。
乾 燥・叩き
骨並びを整えたら糊付けけを乾燥させて、拍子木で叩きながら扇子の形を整えます。
この作業が終わったら、完成です。
仕上げた江戸扇子の親骨には、「セメ」と呼ばれる紙帯を使って固定されます。
工房見学で学ぶ江戸扇子
江戸扇子の工房では、工房見学や実際に自分で江戸扇子を作る体験コースがある工房もあります。
江戸扇子の工房見学や体験工房に参加し、江戸扇子が持つ伝統的な制作工程を学ぶだけでなく、江戸扇子の美しさや扇子作りの楽しさも一緒に味わってみてはいかがでしょうか?
おわりに

夏の暑さをしのぐためにクーラーや扇風機を使うことも良いですが、クーラーや扇風機が苦手という方もいらっしゃると思います。
風鈴の涼しげな音色を聞きながら日陰で江戸扇子を扇いだりすると、暑さも楽しみながら過ごせるのではないでしょうか。
今年の夏は、自分好みの江戸扇子を使って夏の暑さを風情ある趣に変えてみませんか。

扇子は、暑い夏を心地良く過ごそうとした昔の日本人の知恵が凝縮されている、伝統工芸品の一つです。今では日本人の暮らしの中に浸透している扇子ですが、中国から伝わってきたうちわから誕生したことはご存知でしたか?

京扇子は世界でも高く評価され、1200年の歴史がある日本の伝統工芸品です。この記事では、今日でも緻密なデザイン性と高度な伝統技術で作られている人気ある京扇子の魅力や歩んできた歴史などについて、迫っていきます。