はじめに

沖縄県はかつて「琉球(りゅうきゅう)」と呼ばれ1つの独立した国でした。

その頃、交流をしていた中国とは親密な関係を築いており、冊封使(さっぽうし)と呼ばれる中国からの使者を琉球で歓待するために、国王が在籍する首里城にて宴を開いていました。

宴では、華やかな琉球舞踊や組踊、琉球古典音楽が披露されていました。

これは、「中山伝信禄(ちゅうざんでんしんろく)」という記録が残っているため、明らかとなっています。

「三線」は、中国の楽器「三絃(さんげん)」が伝来し、「三線(さんしん)」として変化し、奄美では「蛇味線(じゃみせん)」、さらに日本本土では「三味線(しゃみせん)」となって今日まで広まったという経緯があります。

「三線」の仕組み

三線は、名前の通り三本の絃が張られています。

絃(げん)の材質はナイロン製の白糸が主流です。

元々皮にはニシキヘビの皮が用いられていましたが、現在はインドネシアから輸入したものを使用しています。

皮には、本皮と人工皮があり、本皮にも1枚張りと2枚張りがあります。

これらは用途によって使い分けられています。

高温多湿な沖縄で皮の質を保つことは難しく、皮のメンテナンスにも張替費用として3万~6万程度が掛かります。

本皮はメンテナンスが重要になりますが、人工皮は破れることがないため、初心者として始める方にはオススメです。

しかし、皮によって三線の鳴りも異なるので、自分の耳で好みの音を出す三線を選ぶと良いでしょう。

棹(さお)には「琉球黒檀(こくたん)」が使われるのが主流ですが、他にもユシギや桜の木を使った棹もあります。

その棹に漆を塗り、艶々した棹もあれば、マットな質感の棹もあり、好みが分かれるところだと思います。

三線は「からくい」という絃を巻く糸巻のようなものもあります。

現在では、デザイン性が豊かなものが多く、種類も豊富にあり、選ぶのも楽しいです。

三線を弾くために必要なものが「バチ」です。

三線の場合、バチは水牛や牛の角を削ったものが使われます。バチの先端をとがらせることで、三線の音色がシャープで鋭い音になりま、先端を丸くすると柔らかい音になります。

このバチを右手の人差し指にはめ、親指と中指の3点で支えて持ちます。

三線は堂の部分を右足太ももにのせ、絃を馬と呼ばれる支えを立て、左手で棹先端を持ち上げて背中を伸ばして構えます。

そして、バチを絃に押さえつけるようにつま弾くように弾きます。

奄美蛇味線では、バチが竹べらのような細いバチが使われ、三味線は固くしゃもじの形をしたバチが使われます。

また、演奏技法もバチによって少しずつ異なります。

「工工四(くんくんしー)と三線」

工工四とは、三線を演奏するときに使用する楽譜であり、いわば教本ともいえます。

工工四は、中国の「工尺譜(こうせきふ)」を参考にしたもので、楽器を演奏するときの指の使い方である運指(うんし)のポジションが記されているので、これを見ると演奏が可能になります。

工工四は漢数字で記されているため、一見すると暗号のようになっており、読み慣れるまでは時間がかかりますが、三線を演奏する者であれば誰もが読むことができます。

一度読み方を覚えてしまえば、さまざまな曲を演奏できます。

代表的な楽曲

沖縄の民謡といえば三線は欠かすことのできない楽器です。

その中で、沖縄県民の誰もが知っている三線を使った楽曲を紹介します。

てぃんさぐぬ花

てぃんさぐとは沖縄の方言で、ホウセンカを指します。

この歌は沖縄の民謡を代表する教訓歌の内容で、「ホウセンカの花はつめ先に染めて、親の言うことは心に染めなさい」という歌です。

安里屋(あさとや)ユンタ

八重山地方(沖縄本島より南に位置する)にて、労働歌として広まったユンタ。

現在では安里屋ユンタとして、沖縄を代表する民謡として知られています。

沖縄都市モノレールでもBGMとして、流れています。

三線を受け継ぐ若者たち

現在三線を演奏する人口は、戦後の頃と比べて爆発的に増えています。

毎年開催される琉球民謡や琉球古典音楽のコンクール審査の受験者も増加しています。

また、沖縄では毎年3月4日を「三線の日」と呼び、正午の時報と同時にラジオから沖縄各地で三線の演奏が流されています。

さらに、沖縄県立芸術大学では琉球芸能専攻という、世界に1つしかない専攻があります。

ここに在学する学生たちは、将来琉球芸能で活躍する実演家を目指し、日々学業や技術の向上に精一杯学んでいます。

琉球芸能専攻では古典音楽コースと舞踊コースがあり、古典音楽コースの生徒は主に三線を主科とする生徒が多いようです。

後継者を育成する歌の巨匠の先生方も多く存在しており、人間国宝を生み出している、価値ある芸能として、これからもさらなる後継者育成が期待できます。

また、国立劇場おきなわでは組踊研修生を育成しており、現在まで第5期生の研修生を排出しています。

研修期間は3年間あり、月曜から木曜日の4日間毎日琉球芸能の探求に費やしています。

時代が変わると共に、芸能を行っていた人々も減り、新しいものへと変化していきますが、変わらず残り続けるものがあっても良いのではないか。

そんな感慨を与えてくれるものが伝統芸能ではないでしょうか。

これからも、若き実演家たちと古き巨匠たちの手によって受け継がれていくことでしょう。

そして、沖縄から世界へと音楽を通して、国と国との懸け橋になることが期待できるのではないでしょうか。