宮中音楽として使われ始めた「尺八」ですが、時代が流れると虚無僧(こむそう)の修行の一環として演奏されました。

その音色は次第に一般の大衆へと広がりを見せ、現在では現代音楽とのコラボレーションも行われるほどに広がりを見せています。

その音色は宮中の崇高で華やかな場所から、一般大衆へと広く日本では親しまれてきました。

現在では、日本だけにとどまらず、日本独自の音楽として海外へと羽ばたいています。

そんな「尺八」の魅力について、尺八の歴史を紐解きながら迫っていきたいと思います。

尺八の歴史

「尺八」の起源は、奈良時代に遡ります。

現存する最古の尺八は、東大寺正倉院に納められている六孔三節のもの。

当時の中国(唐)から伝来しましたが、その後中国では廃れてしまい、日本で独自の進化を遂げました。

「尺八」は当初、宮中での「雅楽尺八」として用いられていましたが、平安時代に入ると次第に衰退していきます。

中世に入ると、尺八は宗教的な性格を帯びてきます。「尺八」を演奏することで、座禅と同じような精神修行を行う、「虚無僧(こむそう)」の登場です。

彼らは禅宗の一派として「普化宗(ふけしゅう)」をつくりました。

この「虚無僧」の用いた尺八が現在の尺八の直接的なルーツとなっています。

その謹厳な精神は武士の持つべき精神との親和性も高く、江戸時代には幕府の公認もいただくほどでした。

「普化宗」は明治に入ると1度新政府によって解体されてしまいます。

「幕府の公認」という看板が仇となってしまったのかもしれません。

江戸幕府との繋がりの強さと諸国通行の自由などの種々の特権を持っていたことが、四民平等を掲げる明治新政府にとっては邪魔な存在となってしまいました。

しかしながら、このことが逆に一般民衆への「尺八」の普及を加速させる結果となりました。

江戸時代からもわずかながらも民衆への広まりを見せていましたが、「虚無僧」の中から「尺八」の師匠へと転身するものが出てきたことを受け、その流れは強まっていきました。

一方、江戸時代から自由な文化が花開いていた関西では、より柔軟な展開を見せます。

江戸時代後期から、近藤宗悦(むねよし 1821-1867年)が箏(琴)、三弦(三味線)との三曲合奏も行う宗悦流を開くなど一般大衆の音楽として親しまれました。

その宗悦流の中から、中尾都山(とざん 1876-1956年)が現れます。

彼は独自の技法、記譜法、合奏形式、家元制度を整え、現代へと続く尺八の流れを作り出しました。

尺八の流派

このように「尺八」の流れは、「虚無僧」の影響を大きく受けたものと、明治時代に新しい発展を遂げたものと大きく2つの流派に分かれました。

前者を「琴古(きんこ)流」、後者を「都山流」と呼びます。

「琴古流」は福岡黒田藩の武士であった黒沢琴古を開祖とします。

黒沢琴古は各地にあった虚無僧寺に受け継がれてきた楽曲を再編して、現在「琴古流本曲」と言われる琴古流の大本を作り上げました。

「琴古流」の特徴は、なんといっても一音の中に込められる深い味わいです。

古くからの禅宗の流れを強く引いていることから、その楽譜は五線譜のような仕切りはなく、カタカナで表記された音(琴古流の音階はロツレチリの五音)に拍子や長さが書かれています。

そして、一音は一呼吸の中で、禅の呼吸に準じる数息観のように、時に力強く、時に味わい深く、音が変化して一音を形成するのです。

この特徴は尺八全流派にもいえることですが、琴古流ではそれが顕著に見られます。

一方、「都山流」は先述の中尾都山(とざん)を開祖とします。

明治時代の文明開化の風を受けて創始された「都山流」は、楽譜も小節で区切られているため見やすく、他の楽器との合奏もやりやすいように工夫が施されています。

用いられている尺八自体も音程が安定しやすいため、西洋楽器のと合奏にも適しています。

「尺八」の持つ独特の味わいを残しつつ進化を遂げた「都山流」は、多くの場に適応できるその多様性と、「尺八」の持つ可能性を広げたことから、現在では演奏人口の一番多い流派となりました。

尺八の種類

それでは、ここで実際の尺八をみていきましょう。

尺八は「真竹」という種類の竹を用います。

4~5年以上に成熟した硬い竹を伐採し、火で炙って油抜きをし、天日で乾燥させ、更に数年保存するという長い行程を経ます。

右の画像は「歌口(うたくち)」と呼ばれる部位です。

歌口には黒色の補強材が嵌め込まれており、象牙や水牛の角が用いられています。

尺八は、木管楽器のようにリードを持つ楽器(吹くところの材質が振るえて鳴る仕組みの楽器)ではなく、唇でリードの代わりをするエアリードのため、他の楽器と異なる独自の味わい深い音色を出すことが可能です。

また、尺八は「中継(なかつぎ)」という部分で上下に分解することができます。

これは持ち運びが便利という利点とともに、尺八内部に漆を塗ったり、息が安定して通りやすくしたり、中の構造をより精密に調整できるメリットをもたらしています。

この中継の部分は籐(とう)や貴金属によって化粧を施すとともに、強度をあげます。

尺八は構造上、内部に唾が溜まりやすいのですが、その手入れをするにも重宝します。

右の画像は尺八の「管尻(かんじり)」の部分です。

火で炙った姿をそのまま生かし、根っこの蕪(かぶ)を残すことで、尺八特有の味わい深さ、美しさを醸し出します。

また、この蕪の部分があることで、尺八の音の響きに幽玄さ、奥深さを与 えています。

根っこの部分が使われることから、尺八は一本の竹から一本しか作ることができず、職人の目利きが非常に重要となっています。

現代の尺八

宮中の「雅楽尺八」、「虚無僧」の法器であった尺八は、現在では大学のサークルや市民講座など広く一般のなかでも親しまれてきています。

人間国宝でもあった山本邦山(ほうざん 1937-2014年)は、都山流を修め伝統的な「尺八」を受け継ぎながら、「BREATH」という楽曲でジャズピアニストの山下洋輔と共演したり、映画「魔界転生」(東映、深作欣二監督)で音楽を担当するなど積極的に交流を深めました。

また、藤原道山(1972年-)や神永大輔(1985年-)といった奏者が、積極的にクラシックやジャズ、J-POP、世界音楽と共演やコラボレーションをしていくなかで、「尺八」のもつ可能性を多角的に広げていっています。

尺八の今後

「尺八」は「吹禅(すいぜん)」とも言われるように、渾身の生気で一管に息を吹き込み、その呼吸、その音色、その余韻、その音景を奏者および聴衆がともに味わうものです。

竹本来の音色を尊重したその演奏風景は、奏法というより修禅に近く、その流れは現在でも「本曲」の中になみなみと受け継がれています。

一方、卓越した奏者の出現や現代の音響技術の革新により、竹それだけでは難しかった音量などの制約から解き放たれ、現在では箏(琴)、三弦(三味線)との合奏にとどまらず、オーケストラやビッグバンド、J-POPとの表現の邂逅(かいこう)を示し始めています。

日本古来の音色を受け継ぎながら、さらなる進化を遂げる「尺八」の今後が楽しみでなりません。

みなさんもどうか一緒に「尺八」の音色をいただければと思います。