かつて中国から移入された暦が馴染むまで、日本人は太陽や月の動き、気温、草花の開花・落葉などといった自然の移り変わりによって季節と時間の経過を感じていました。

その中で、日本人は古くから季節を細かく分け、1年間にいくつもの行事を作り出し、そうして人々の生活に根づいた季節の行事は、「年中行事」として現代でもその姿を残しています。

季節の年中行事

日本では、一年を通して全国的に親しまれているものから、地域性の高いものまで、さまざまな意味をもった年中行事が行われています。

この記事では、今日行われている年中行事の中から、比較的広い地域に広まっているものをご紹介します。

春の年中行事

暦の上では、春はまだ肌寒い時期の立春(2月4日頃)から始まります。

1年の始まりである春の年中行事の多くは、豊作や人の健やかな成長を祈るものです。

節分 2月3日

冬の行事であるお正月を終えると、今度は春の行事「節分」を迎えます。

かつては季節の分かれ目には邪気が発生すると考えられていましたが、ちょうど節分はその時期にあたります。

古来、日本では疫病や災害は疫神や鬼の仕業とされてきました。

そんな鬼の邪気を払うために、節分の時期には各地の寺社で節分祭が催され、炒った大豆をまいて鬼を追い出すための厄払いが行われます。

豆まきの他に、鬼が苦手とするイワシの臭いで追い払うため、柊の枝にイワシの頭を刺したものを玄関に立てる地域もあります。

ひな祭り 3月3日

3月に入ると、すぐに「ひな祭り」があります。

もともとひな祭りの日である3月3日は、邪気に見舞われやすい忌日きにちとされていました。

ひな祭りにはひな人形を飾りますが、これは紙などで人のかたちに模してつくった“人形ひとがた”に、自身のケガレを移して川や海に流していたということに由来しています。

この人形を子どもの枕元に置いてケガレを祓うお守りとしても使用していたことから、いつしか子どもの成長を願うお祭りとしてひな祭りが形成されていきました。

春のお彼岸 3月中旬 

寒さがやわらぐ頃には“暑さ寒さも彼岸まで”という言葉があるように、「春のお彼岸」の時期になります。

お彼岸は仏教行事ですが、日本では先祖の霊は山にとどまるという考えがあるため、春のお彼岸には山に住む田の神と共に、里の豊穣を見守ってもらうための行事という意識もあるといいます。

お花見 4月

「お花見」は、日本人なら誰もが知っている、春の行事ではないでしょうか。

現在では家族や友人と桜の下で楽しく食事をする行事、という印象が強いかもしれません。

しかし、これは本来、村人全員で山に出かけて楽しく飲食をすることで、山に住む田の神に里まで降りてきてもらい、稲作の豊穣を祈るという意味を持っていました。

また、神様とともに食事をすることで霊力を授かるため、今年1年健康でいられるという考えもありました。

夏の年中行事

暦の上では、青葉が茂る立夏(5月6日頃)から夏が始まります。

スイカにプールに夏休み…、夏にはとても楽しいイメージがついていますが、実は耕作においては害虫被害や台風などの災害に悩まされる時期でもあるんです。

また、気温と湿度の高さから疫病が蔓延する時期でもあり、夏の行事では厄災を払うものが多く執り行われるようになりました。

端午の節句 5月5日

子どもの日として有名な「端午の節句」は、もともとは中国が発祥の行事でしたが、それが日本に伝わり、現在のような行事へと独自の進化を遂げました。

中国から伝来する前から、日本では田の神(豊穣の神)を迎えるための“五月忌さつきいみ”という行事がありました。

五月忌みは田植えを行う女性が菖蒲でいた家にこもり、身を清めてから田植えをする行事のことで、“害虫や災害に悩まされず無事に収穫ができますように”という願いがこめられています。

この五月忌みと中国の文化が合わさって、端午の節句には菖蒲湯に入ることで邪気を払えるという風習が生まれました。

実は男の子の節句となったのは、江戸時代に入ってからのことで、3月3日の女の子の節句と対応させ、武家を中心に男の子の成長を祝うための日としたといわれています。

祇園祭 7月

夏には多くの夏祭りが各地で行われますが、そもそも夏祭りは疫病を払うために行われていたということをご存じでしょうか?

日本では、古くは疫病が蔓延する原因は、鬼や疫神やくしんと呼ばれる非業の死をとげた人々が怨霊となったものが、恨みにより疫病や災害を発生させると思われていました。

そのため、疫神を鎮めるために各地で御霊会ごりょうえが行われるようになります。

当時、京都では外来の神である牛頭天皇ごずてんのうの祟りで疫病が蔓延していると考え、牛頭天皇を祀る八坂神社(祇園社)の御霊会を盛大に行ったことが「祇園祭」の起源だといわれています。

そうしてこの御霊会が各地で発展していき、各地の夏祭りが生まれていきました。

夏の土用 7月下旬頃

夏も終わり頃になると、「夏の土用」になります。

古くから土用は、次の季節の準備期間と考えられていました。

夏の土用の時期には”土用干し”という、本や衣類に風を通す虫干しを行います。

この風習も、今後も長く大事に使えるようにするための準備期間といえますね。

他にも、稲が強く育つために田んぼの水を抜いて田を干し、秋の収穫に備える期間でもあります。

有名な風習である“土用の丑の日にうなぎを食べる”理由はぜひ、こちらの記事で確認してみてください。

秋の年中行事

暦の上で立秋(8月7日頃)から始まるとされる秋は、豊作を願う意味を持つ行事が各地で行われます。

また、それ以外にも全国でさまざまな祭りが催される季節でもあります。

代表的なものを挙げると七夕やお盆といった行事は、夏のイメージを持つ方が多いでしょうが、暦から見ると秋の年中行事として分類されます。

七夕 7月7日

実は、現在の7月7日は旧暦では5月26日にあたり、旧暦の7月7日は現在の8月16日にあたるため、「七夕」は秋の年中行事になるのです。

この七夕という行事、何気なく過ごしているかもしれませんが、実はとても古い歴史を持ちます。

古代中国の牽牛けんぎゅう織女しょくじょの星伝説である“七夕しちせき”と、裁縫や書道の上達を願う乞巧奠きっこうでんの風習が日本に伝わった際、棚機女たなばたつめの伝説と結びつき、宮中から始まった行事とされています。

また、七夕は先祖の霊を迎えるお盆のための禊ぎの期間という考えもあり、水浴びをしたり笹舟を川に流したりする地域もあります。

お盆 8月中旬

お盆ですが、正式には「盂蘭盆会うらぼんえ」といいます。

もともとは仏教行事でしたが、時を経るにつれ先祖を祀るための期間として広まっていきました。

まず、盆の入りの日の夕方には家の前で迎え火を焚き、先祖の霊を家に迎え入れます。

そして、お盆の期間中は季節の果物や先祖の好物を供えたり、盆踊りなどで祖霊を歓待したりして祖霊とともに過ごすことで、亡くなったことへの悲しみを癒し、これからも見守ってもらえるようにと願う期間でもあります。

風祭 8~9月

農耕に関係する行事として、この時期は台風に悩まされる時期であることから、台風の被害を避けられるようにと祈願する「風祭」があります。

この日は農家の人々が耕作を休み、寺や神社に集まって宴会を開くことで、農作物の安全を祈願していました。

中でも、富山県の“おわら風の盆”は全国的に有名な風祭です。

また、8月1日には「八朔」という、田の神に豊作を願う日もあります。

田畑そのものに供え物をしたり、刈り取った稲などを知り合いに贈ったりすることで、豊かな実りを願いました。

さらに、八朔の時期は台風被害を受ける時期でもあったので、この時期を無事に過ごせるようにと願う日でもありました。

亥の子 10月

「亥の子」という行事をご存じでしょうか?

亥の子は、10月の亥の日に行われる収穫を祝う風習で、主に西日本で見られる行事です。

当初は平安時代の貴族の間で広まったものの、時期的なことから収穫の祝いに関連付けられるようになり、次第に農村部で行われるようになっていきました。

亥の子の日には、中国の「10月の亥の日の亥の刻に餅を食べると病気にならない」という言い伝えから、亥の子餅をつくって田の神に供えたあと、家族で食べてお祝いをするというのが一般的です。

ですが、地域によっては地区の子供達が家々を訪ね、地面をつきながら歌うということも行われます。

これは地面をついて邪気を鎮めることで、来年も無事に作物が収穫できるように、という願いが込められています。

冬の年中行事

暦の上では、木々が色づき寒さが増してくる立冬(11月7日頃)から冬が始まるとされています。

旧暦で見るとこの時期は収穫の季節になるため、収穫への感謝をする行事が多く執り行われます。

酉の市 11月

11月の酉の日には、各地の鷲大明神おおとりだいみょうじんを祀る神社で「酉の市」が行われ、縁起物の熊手を売る露天が並びます。

本来農具である熊手ですが、その形状から福や富をかきあつめる縁起物として、おかめや千両箱、大判小判などが装飾されて売り出されます。

そしてこの酉の市も、収穫祭を起源に始まったとされています。

事始め 12月(2月)

旧暦2月8日は「事始め」にあたります。

「事」とは、農事や行事、祭事といった地域の生活に関わる物事を意味します。

多くは中部地方から東側で見られる行事で、主に農作業の開始日とされています。

新しく物事を始める日には魔物が現れるという伝承があり、これに対しトゲのある柊や唐辛子を玄関に飾ることで魔除けを行う地域もあります。

正月 1月1日

収穫を終えると、正月を迎えるための行事を行います。

具体的には1年の汚れを祓うための「すす払い」や、神霊が宿るとされる松を山に取りに行く「松迎え」など。

さらに年が明ける直前の時期には、正月のために餅をつく風習もありますね。

たくさんの事柄を行う正月は、本来は年神様を迎える日という位置づけがなされています。

年神様とは、穀物の実りをもたらし、命を与える神様。

そのため年神様を迎えることで新たな年が豊作になるように願う正月は、特別に大事な行事とされていました。

人生儀礼

数々の年中行事を紹介しましたが、行事の中には毎年行うものではなく、人生の節目の特別な年に行うものがあります。

そのような、一人ひとりの成長の過程に伴って行われる特別な行事のことを「人生儀礼」と言います。

生育

帯祝い
たとえば、妊娠5ヶ月目に行われる人生儀礼に「帯祝い」というものがあります。

帯祝いとは、妊娠5ヶ月目の戌の日に、安産を願って腹帯を巻く風習のことです。

では、なぜ戌の日に行うという決まりがあるのでしょうか?

それは、お産も軽くたくさんの子供を産む“犬”は、安産の象徴とされているからです。

そのため、戌の日に加えてお腹を守る腹帯に「犬」という字を書く地域もあります。

七夜しちや
無事に出産を終えてから7日目の夜には「お七夜」を行います。

この日は産神うぶがみがお帰りになる日。

新生児に名前をつけ、健やかな成長を祈ります。

※妊婦や胎児を守ってくれ、出産に立ち会い見守ってくれる神。

お宮参り
生後1ヶ月が経つと、「お宮参り」を行います。

お宮参りは、子供に産着うぶぎを着せ、その土地の氏神うじがみに参拝することで、新しく生まれた子を氏子うじことして認めてもらうための風習です。

氏子として認めてもらうことで将来の加護を願うと同時に、子供の誕生を感謝するという意味があります。

七五三
毎年11月15日には、各地の神社でおめかしをした子供をよく見かけますね。

実際に行った記憶がある方も多いと思われる「七五三」。

七五三は、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の時に神社に参拝する行事です。

七五三が全国的に広まった背景には、昔は今と比べ、子供の死亡率が高かったことが関係しています。

医療が発達した今とは違い、昔の子供は病気などで簡単に命を落としてしまっていました。

そのため、七五三の節目まで子供が健康に成長できたということは大変喜ばしいことであり、神様への感謝を伝え、更なる加護を祈ったのです。

成人

成人の儀
15、16歳頃になると成人の儀を行います。

成人の儀とは文字通り成人と認められる儀式のこと。

現在では成人といえば20歳ですが、かつては15歳頃には大人の仲間入りをしました。

この際、男子は「褌祝い」、女子は「湯文字祝い」とし、成人のお祝いとして下着が贈られました。

また、各地には厳しい山登りや、ケガをともなう儀礼を行わないと成人として認めてもらえない地域もありました。

現在のような成人式は戦後まもなくの昭和21年(1946年)11月22日、埼玉県の蕨町(現在は蕨市)で催された「青年祭」が由来とされています。

青年祭には戦後の混乱の中、次の世代を生きる青年を励ますという目的があり、この「青年祭」に影響を受けた政府は、正式な日本国民の行事として昭和24年(1949年)に「成人の日」を制定します。

以降、国内のどの地域でも成人式が開催されるようになりました。

その後平成12年(2000年)からは祝日法改正の影響で、成人の日は1月第2月曜日に移動となります。

現在では成人式は成人の日当日か、その前日の日曜に各地で開催されることが多いようです。

令和4年(2022年)4月1日からは成年年齢が18歳になりますが、皆さんにとって18歳で成人になるということはどのような印象を受けますか?

実は世界的にみると、“18歳で成人”というのが主流のようです。

成年年齢の引き下げにより起こる成人式への影響ですが、成人式の時期や在り方に関しては法律による決まりがないため、今後の成人式については各自治体の判断で行われるようになります。

ディズニーランドで行われる千葉県浦安市の成人式や、市長が歌ってお祝いしてくれる熊本県阿蘇市の成人式、伝統舞踊のカチャーシーを踊ってお祝いする沖縄県石垣島の成人式などが毎年話題になりますが、今後はさらにその土地の特色ある成人式が増えていくようになるかもしれません。

婚姻

結婚
無事に成人を迎えた若者は、やがて結婚し家庭をつくります。

婚姻を結ぶと、多くの家庭では結納ゆいのうが行われていました。

結納とは婿方が嫁方の家族に対し、昔は昆布やスルメ、帯や着物などの縁起物を贈り、両家が親族となることを祝うもの。

現在では結納金、または結婚指輪などの記念品を贈ることが一般的になっています。

長寿の祝い

還暦
60歳になると還暦を祝います。

還暦には干支が一回りし、また生まれた干支に戻ることから「暦が還える」という意味があるのですが、みなさんはなぜ12年ではなく60年で一回りするのか、ご存知ですか?

実は、干支とは広く知られる十二支のほかに、十干じっかん(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)を組み合わせたものなのです。

そのため、十干(10)と十二支(12)の最小公倍数である60が干支の全種類というわけになります。

還暦のお祝いとして、赤い頭巾とちゃんちゃんこを着用しますが、これは二度目の誕生を意味し、もう一度赤ちゃんの生命力を得て長生きできるようにという願いが込められているという説があります。

また、赤という色は古くから魔除けの力を持っているため、この色を着るともいわれます。

おわりに

日本では古くから、季節の移り変わりや、人生の節目を大事に重ねて過ごしてきました。

全国的に行われている年中行事もあれば、地域という小さい範囲の中で何百年も受け継がれてきた年中行事もあります。

この記事を読んで、日本が、あるいは今あなたが住んでいる地域が、何を大切にして受け継いできたかを改めて考えるきっかけになればと思います。