現代における藁の存在

現代で藁細工を目にする機会と言えばお正月のしめ縄。

最近ではしめ縄をリースのように見立て、洋風な飾り付けをして一年中飾るなど現代的アレンジをしながら楽しまれています。

その他、猫好きな人たちの間で人気なのが藁で編まれた猫用ベッド、猫ちぐら(つぐら)。

かまくらのような形をしたその形は狭くて暗い所が大好きな猫が好み、多頭飼いしているお宅では猫たちが取り合いをするほど。

猫ちぐらから猫が顔を出す姿がかわいいということ以外に、自然素材で通気性や保温効果がある実用的なところや、職人さんによる手作りの温もりが感じられるところなどが好まれているようで予約待ちになるほど人気です。

そんな藁細工が、今の形に至るまでにどういう歴史を歩んできたのでしょうか。

藁細工の歴史

藁細工文化は稲作とともに発展してきました。稲を刈り米を取った後に残る茎の部分を乾燥させたものが藁です。

日常的に使われる生活用具から、信仰や冠婚葬祭に使われる道具、おもちゃ、工芸品などその使い道は多岐にわたっています。

藁は通気性、保温性、緩衝性に優れており天然の高機能性素材と言えます。

牛や馬の飼料になるほか、燃やして風呂焚きに使われたり、朽ちれば土へ還る地球に優しい循環型素材でもあります。

夏涼しく、冬暖かく過ごせることから日本家屋の屋根に使われたり、壁土に強度を持たせるため藁が混ぜられたり、寝具として使われたりと至る所に使用されてきた歴史があります。

藁は日本文化を形成するうえで無くてはならないものでした。

日本各地の藁細工(わら細工)

山形や秋田、新潟などの雪国では雪道を沈まないよう歩くためのかんじきや雪よけのみのなどが藁で作られ利用されてきました。

普段使いには藁草履わらぞうり、手袋、帽子。

卵が割れないように編み込んで作られる卵つとと呼ばれる容器、また納豆を包むことにも利用されてきました。

納豆にいたっては藁に自然に付いていた納豆菌によって煮た大豆が発酵し偶然、納豆が生まれたのではないかと言われています。

現在まで残る日本の食文化にも多大な影響を与えています。

そのほか鍋敷なべしき、おひつを入れてお米を保温したわらいずみ、ほうき、荷物を背負う時に背中に当てて使ったばんどりなど、生活を向上させるための道具が作られてきました。

養蚕を行っていた地域では、蚕が繭玉を作るための仕切りが並ぶ藁蔟わらまぶしと呼ばれる、言わばお蚕さんの団地のような道具も使われていました。

螺旋状の円錐に編まれた蛍籠ほたるかごはその造型の美しさもさることながら、蛍を入れて光を楽しむという目的のためだけに作られたという贅沢さに、自然と一体化し楽しんで生活をしようとする豊かさを感じます。

利便性や工夫を凝らしたデザインはもちろん素晴らしいのですが、色がついた生地を一緒に編み込んだり、編み方に変化を持たせるなどの遊び心、美術的側面も目を引く部分です。

特に興味深いのは現在でもその文化が残るしめ飾り。

玄関先に飾られるしめ飾りには「年神様としがみさま」を迎え、家内安全や無病息災を願うという意味があります。

起源は「古事記」まで遡ります。

天の岩戸に隠れてしまった太陽の神様、天照大神あまてらすおおかみを八百万の神たちがなんとか外へ連れ出し、再び天の岩戸に入らないよう「尻久米縄しりくめなわ」を張りめぐらしたという神話からと言われています。

まずしめ飾りに使われる藁の綯い方ですが、茎の方を上に見た時に左にねじれるように綯う「左綯い」で作られるのが一般的。

これは日本に昔からある左を神聖なもの、右を日常のものとする考え方からと言われています。

さらに藁で作られたしめ飾りには潔白な心を表す「裏白うらじろ」と呼ばれるシダの葉や邪気を払う「紙垂しで」という和紙、家系を譲りつつ子孫繁栄を願う「ゆずり葉」、代々の繁栄を願う「だいだい」の実などを飾りつけます。

しかし面白いのが各地で本当にさまざまなデザインのしめ飾りが存在していることです。

西日本では藁を綯い、横にしてそのまま長く飾る「ごぼう締め」と呼ばれるしめ飾りが多く見られます。

太く束ねた茎の方を右側に向けて飾ることが多いようですが、三重県内でも伊勢地方は左側に飾るなど同じ県内であっても場所によって意味や飾り方が変わります。

東日本では藁を綯い、それを輪にしてリースのようにして飾る「玉飾り」が多く見られます。

ほかに俵、鶴、亀、杓子、馬、宝珠、蛇などをモチーフにしたしめ飾りもあります。

同時発生的に生まれた藁文化でありながら、その土地に生きる人たちのさまざまな想いや願いが込められているのです。

また犬や鳥などの動物をモチーフにした藁細工も各地で見られ、その技術とデザインは今見ても洗練されており、同時にかわいらしくて思わず顔がほころびます

現在の藁細工(わら細工)

農作業が出来ない季節に現金収入を得るため冬場に藁を綯い、それをひと目ひと目編んで作られてきた藁細工。

稲という素材を余す所なく利用し日常生活を彩るその技術は子に伝えられ残されてきました。

しかし現在では稲作も機械化が進み、収穫と同時に藁が堆肥にしやすいよう細かく裁断されてしまうことから、藁細工が作れるような長い藁を入手することすら困難になっています。

そのためしめ縄や藁細工を製造、販売している数少ない企業では、藁細工用に稲を育てています。

毎年、地域の祭用に草鞋(わらじ)を作っている職人さんたちも、今や他の地域から藁を取り寄せて作っているそうです。

それでも藁の機能性や工芸品としての美しさ、手仕事の温かさが見直され、百貨店の催事やセレクトショップなどで取り扱われるなどその文化は無くなってはいません。

藁素材が見直される一方で作ることが出来る職人は減少しているのが現状。

時を経て洗練されたデザインや技術、細工に込められた願いなど藁文化の背景を知れば知るほど奥深く、決して無くなってほしくない日本の伝統文化です。

稲作が行われていた地域では民族資料館などで作品展示されていることがあるのでぜひ足を運んでみてください。

また各地で伝統的な藁細工の作り方を教えるサークルや、ワークショップも開催されています。実際に見て、触れて、匂いを感じながら一度自分の手で藁細工を作ってみてはいかがでしょうか?

どこかに置き忘れてきた懐かしい感覚を思い出すかもしれません。