写真提供:福岡市

福岡県福岡市の博多地域を中心に生産されている博多織。

国の伝統的工芸品に指定されており、京都の西陣織とともに日本を代表する絹織物として知られています。

今回は、古くからさまざまな技術の伝播を経て発展をとげてきた博多織の歴史や魅力、そして、伝統を守りながらも、今なお革新的であり続ける博多織の技法について紹介いたします。

博多織とは?

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博多織は先染めの糸を使い、たくさんの細い経糸たていとに数本の糸をまとめ合わせた太い緯糸よこいとを強く打ち込んでつくられる絹織物で、ハリとしなやかさを併せ持つ丈夫さが特徴です。

現在、反物小物などさまざまな製品が作られていますが、代表的な博多織といえば帯です。

一度締めると緩みにくいという理由から、博多織の帯は古くから重い刀を腰に差す武士の帯として重宝され、今日でもその特性に定評があります。

また、帯を締める時のキュッキュッという絹鳴りも特徴で、博多織職人の間では「鳴かせてこそ一人前」という言葉が受け継がれているそうです。

博多織の歴史

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多織の起源は鎌倉時代~室町時代

博多織の始まりは、鎌倉時代にまで遡ります。

嘉禎元年(1235年)、博多商人の満田彌三右衛門みつたやざえもんは、僧侶の勅諡聖一国師ちょくししょういちこくしとともに宋(中国)へ向けて博多の港を出港しました。

現地で織物、朱(朱焼)、箔(箔焼)、素麺、麝香丸じゃこうがん(薬)の技術を習得した彌三右衛門は仁治2年(1241年)に博多に戻り、宋の織物に独自の工夫を加えた織物を制作しました。

これが博多織の起源です。

その後、室町時代(15世紀後半)には、彌三右衛門やざえもんの子孫・彦三郎が中国へ渡航。

現地で織物の技法を学び、帰国後も研究に没頭し改良を重ね、浮線紋ふせんもん(糸を浮かせて織った紋様)や柳条りゅうじょう(細い縞模様)が浮き出た厚地の織物を生み出しました。

その織物は産地である博多の地名をとって「覇家台織はかたおり」と名づけられました。

上品となった江戸時代前期

江戸時代が始まると、福岡藩の藩主・黒田長政くろだながまさは幕府への献上品として博多織を選び、毎年帯地や生絹すずし(精練していない生糸で織った絹織物)を献上しました。

以来、博多織は「献上博多」とも呼ばれるようになります。

また、献上の際に選ばれた「独鈷華皿紋様」という柄は、これ以降「献上柄」と呼ばれるようになります。

民へと普及した江戸時代後期

江戸時代後期になり、庶民も博多織を着用することが許されるようになると、さらに博多織の需要が増していきます。

この時代の逸話として、こんな話が残っています。

文化11年(1814年)頃、博多商人の清兵衛は江戸に上り博多織の商売をしていましたが、思うようには商品が売れませんでした。

そこで清兵衛は、当時の人気歌舞伎役者であった七代目・市川團十郎に力添えを頼みます。

相談に応じた團十郎は歌舞伎の公演で博多織を着用し、「この博多織は唐織だから誠に強くて、いつまでしても切れることがねぇ」と言ったところ、これがたちまち江戸中の評判になり、博多織が大流行したといわれています。

散期を乗り越え、国の伝統的工芸品に選ばれた明治時代~現代

慶応3年(1867年)、江戸幕府が滅亡すると、献上品としての博多織の需要は無くなってしまいました。

さらに、明治時代の近代化にともない、海外の文化が流入するにつれて和装需要そのものが減少していきます。

しかしその一方で、さまざまな模様を効率よく織れるジャカード機という自動織機が導入され、それにより博多織の多様化が進み、色彩豊かな紋織もんおり博多織の生産が伸びました。

そしてさらに時が経ち、昭和14年(1939年)に第二次世界大戦が始まると、日本の生活は一変します。

戦時中には博多織の生産も縮小しますが、戦後、経済が成長するにしたがって、昭和30年代頃には業者数と生産数が増加していきました。

昭和50年(1975年)のピーク時には帯の生産数は194万本に達し、翌年の昭和51年(1976年)には博多織の帯地が国の伝統的工芸品に指定されるなど、日本を代表する織物として新たな局面を迎えました。

博多織を代表的する、「献上柄」とは?

ここで、博多織を代表する有名な柄についてご紹介します。

江戸時代に福岡藩から幕府へ献上されていた献上博多織は、仏具の「独鈷とっこ」と「華皿はなざら」を図案化した紋様に「親子縞」と「孝行縞」を合わせたものと定まっていました。

この柄はそんな経緯から江戸時代以来「献上柄」と呼ばれ、今もなお博多織ブランドの代名詞となっています。

独鈷とっこ
独鈷とは密教法具の一つで、金属製の細長い棒のような道具。
真言宗などでは、独鈷は菩薩心を表し、煩悩を打ち砕くとされる仏具・法器です。

華皿はなざら
華皿とは、仏の供養をする際に散布する花を入れるための皿です。

親子縞
太い縞が細い縞を挟むように配置された縞で、親が子を守る様子を表し、家内安全への願いも込められています。

孝行縞
細い縞が太い縞を挟むように配置された縞で、子が親を慕う様子や、親から子へと縁が広がる様子を表し、子孫繁栄への願いも込められています。

色献上とは

江戸幕府へ献上した博多織の帯は、古式染色による紫・青・赤・黄・紺の五色に彩られていたため、五色献上とも呼ばれていました。

この5色が使われている理由は、古代中国で生まれた「五行説」という思想に由来します。

万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からできている、という思想の五行説と5つの色が結びついているのです。

さらに日本では、儒教の道徳である「五常」に五色を対応させており、それぞれ、紫=徳、青(現代の概念では緑)=仁、赤=礼、黄=信、紺=智を象徴しています。

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博多織の指定七品目って何?

今もなお、伝統の技法を受け継ぎつくられる博多織。

その伝統と品質を守るために、博多織工業組合が定める厳しい基準に合格した製品には、証紙が貼付されます。

中でも、伝統的技法を用いており、かつ、博多織工業組合の検査に合格した博多織には、経済産業大臣指定の伝統的工芸品であることの証明として、上記でお話した証紙の他に「伝統マーク」も貼付されます。

この伝統的技法を用いているとされる博多織は、紋様や織り技法の違いにより七品目に分けられます。

それでは、七品目について簡単にご紹介しましょう。

※昭和51年(1976年)には博多織の帯地、平成23年(2011年)には着物地と袴地が伝統的工芸品の追加指定を受けています。

博多織ができるまで

現在、高級品など一部を除くほとんどの博多織製品は、機械織りによって製作されています。

ここでは、機械織りで博多織ができるまでの主な工程を大まかにご説明します。

意匠いしょう(デザイン)
継承されてきた博多織の定番の紋様や日本の風習、四季などをイメージした図案を組み合わせて図案を作成します。
その図案をスキャナーでパソコンに取り込み、織組織ごとに色を塗り分けていきます。

精錬せいれん・染色(糸染め)
糸染めは専門の染色工場で行うのが一般的です。
まず絹糸の不純物を取り除き丁寧に洗います。
この「精練せいれん」という作業を経て、柔らかくなった絹糸を織元が指定した色に染めていきます。
染められた糸は、糸枠に巻き取る「糸繰いとくり」という作業で綺麗に巻きなおされます。

③整経
①で作成した設計図に従って、必要な経糸の長さや本数を揃えてドラムに巻いていきます。
さらに、巻き終わった糸を千切ちきりと呼ばれる巻き軸に巻きなおすと、ようやく織機にかける準備が整います。

はた仕掛け
経糸をジャガード機(経糸を上げ下げする機械)にかけていきます。
4000本から8000本、時には1万本以上もの経糸を使用する博多織は、「仕掛け八割」ともいわれる通り、仕掛け(糸を機械に掛ける作業)に1週間以上かかることもあります。
細くて繊細な絹糸を同時にたくさん扱うため、大変な集中力を要する作業です。

製織せいしょく
ジャガード機にデザインした紋様を取り込み、その指示にしたがって織っていきます。
機械織りとはいえ、絹糸や織機は気温や湿度などの諸条件に左右されるため、職人さんは常に状態を見て織機を管理しながら織りを進めます。

⑥完成
織り上がった織物は厳重な検品が行われ、合格した製品には博多織工業組合が認める博多織として証紙が貼付されます。

博多織の現在

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博多織は帯から袴、和装小物まで多種多様な製品が作られていますが、中でもしなやかで丈夫な帯は今も昔も定評があります。

帯の中では特に、八寸なごや帯がよく知られていますが、それだけではなくフォーマル用の袋帯から男帯、半幅帯、佐賀錦まで幅広い帯が作られています。

柄も献上柄だけではなく、古典柄やモダンな創作柄などさまざまです。

また、近年では和物に限らず、ウェディングドレスや洋服ともコーディネートできる高級バッグ、暮らしに身近なネクタイ、財布、名刺入れといった小物類、さらにはテーブルウェア、インテリア用品など博多織のバリエーションが広がっています。

ほとんどの製品は機械織りで作られているものの、昔ながらの手織りも継承されており、職人さんたちの手仕事による唯一無二の作品が展示会などで販売され、多くの人を魅了しています。

おわりに

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約780年もの伝統を持ち、変わらぬ美しさと時代に応じた魅力を提供する博多織についてご紹介しました。

風格のある博多織は、見ているだけでも華やかな気持ちになりますね。

和装はもちろんですが、普段のファッションや日常生活にマッチする博多織も多くあるので、ぜひ注目してみてください。