霊峰白山の麓、石川県白山はくさん市で800年以上に渡って伝え継がれている「牛首紬うしくびつむぎ」をご存知でしょうか?

玉繭たままゆ屑繭くずまゆ)と呼ばれる特殊な繭を使い、昔ながらの手仕事で織られている伝統的な紬で、大島紬、結城紬と並んで日本の三大紬の一つにも数えられています。

紬にしては珍しく、後染めの製品もあり、幅広い着こなしを楽しめるのも魅力な織物です。

この記事では、牛首紬の歴史や伝統的な製法、独特の風合いや魅力をご紹介します。

牛首紬とは

牛首紬は、石川県白山はくさん市で作られている伝統的な織物です。

2頭のかいこが作った玉繭から糸を紡ぎ、ほとんどの工程が手作業で一貫生産されています。

その生地は気品ある光沢と強さ、身体になじむ着心地の良さをあわせ持っています。

首紬の歴史

牛首紬の歴史は長く、平安時代末期まで遡ります。

平治の乱(1159年)で敗北した源氏の落人おちゅうど(おちうど)が牛首村(現、白山市)へと逃れた際、落人の妻が機織りに優れており、その技術を村人に教えたことがはじまりとされています。

江戸時代には、牛首村は江戸幕府の直轄地となります。

幕府の保護奨励策もあり、牛首紬は広く知られるようになり、明治の末には全国で販売されるようになります。

昭和に入ると、戦争の影響も受けて牛首紬の生産は断絶の危機を迎えますが、逆境の中、職人たちは伝統の技を守り続けました。

戦後、地域の人々の熱意により牛首紬は見事に復活。

日本を代表する紬として、今なお広く愛されています。

牛首紬の指定要件

石川県白山市で生産されている紬織物が、すべて牛首紬と呼ばれているわけではありません。

玉繭を使用するなど、旧牛首村から綿々と伝え継がれた伝統的な製法を守る、白山市で作られた紬織物のみが牛首紬と呼ばれます。

首紬と呼ばれる条件

牛首紬は県指定無形文化財など各種の指定を受けており、ラベルや認定保証書で確認することができます。

各指定別に、牛首紬と呼ばれる条件を確認してみましょう。

石川県指定無形文化財の牛首紬

石川県文化財保護条例により、牛首紬は昭和54年(1979年)に石川県指定無形文化財に指定されています。

よこ糸はすべて玉繭から引いた玉糸を用いること、高機による製織であることが指定の要件となっています。

経済産業大臣指定伝統的工芸品の牛首紬

昭和63年(1988年)に経済産業大臣より、牛首紬は国の伝統的工芸品に指定されています。

指定の要件は、先練りまたは先染めの平織りで、たて糸には生糸、よこ糸には座繰ざぐりによる玉糸を使用すること、よこ糸の打ち込みには手投または引杼を用いることと定められています。

:機織りをする際に用いる道具。シャトルともいう。

石川県牛首紬生産振興協同組合の地域団体商標「牛首紬」としての牛首紬

平成19年(2007年)、石川県旧牛首村に由来する製法により白山市で作られる紬の帯・長着に対して、石川県牛首紬生産振興協同組合の「牛首紬」という地域団体商標が認められました。

石川県牛首紬生産振興協同組合の認定織物としての牛首紬

石川県牛首紬生産振興協同組合では、牛首紬を組合の認定織物としています。

先練り、または先染めの平織り、もしくはこれらの変化組織であること、たて糸には生糸、よこ糸には座繰りによる玉糸を使用し、よこ糸の打ち込みにを用いて織られていることが条件です。

首紬の証紙

石川県牛首紬生産振興協同組合では、牛首紬の品質を守るために牛首紬織物検査規則、認定織物検査規定に基づき品質検査を実施しています。

検査に合格した製品については、検査合格之証と保証書が交付されます。

牛首紬の制作工程

それでは、牛首紬の制作工程をみていきましょう。

【1. 繭選まゆより・煮繭しゃけん

牛首紬には、2頭の蚕によって作られた玉繭から引いた玉糸が用いられます。

2本の糸が絡み合った玉繭は、座繰ざぐ製糸せいしと呼ばれる伝統的な方法で糸を引き出す必要があるため、座繰り製糸ができない繭を熟練した製糸工が一つずつ選別します。

選別された玉繭は、糸がほぐれやすくなるようにお湯で煮てから次の座繰り製糸の工程に入ります。

【2.座繰ざぐ製糸せいし

座繰り繰糸そうし機(または、座繰り製糸機)を使い、小羽切れと呼ばれる小さな板を使って、溶けてきた玉繭から直接手作業で糸を紡ぎ出す伝統的な“のべ引き”という技法で玉糸を引き出します。

経験豊富な職人の技術が必要とされ、この製法で引き出された弾力性と伸縮性に優れた糸が、牛首紬の独特の風合いを作ります。

【3.八丁撚糸はっちょうねんし精錬せいれん

木製のくだに巻き取った糸を、八丁撚糸機を使って撚りをかけていきます。

八丁撚糸機を用いた撚糸はとても手間がかかりますが、糸を傷つけることなく作業を行えます。

撚りがかけ終わったら、生糸についた汚れや不要物を取り除くために、石けんと炭酸ソーダを入れたお湯で煮ていく精錬の作業に入ります。

この工程では、使用する水の質が仕上がりに大きな影響を与えるため、精錬に適した白山山系の伏流水が用いられ、絹本来の白く輝く光沢とやわらかな感触が生まれます。

【4.糸叩いとはたき】

牛首紬が持つ、独特の風合いを生み出すために欠かせない、牛首紬ならではの工程です。

精錬の終わった糸をすくいあげるようにして強くはたくことで、生糸が持つうねりを取り戻し、空気を多く含んだしなやかで生気のある糸になります。

【5.糸染め・染色】

染料を使って糸を染め上げる工程です。

紬の多くは、染色した糸を織り上げる先染めの織物です。

牛首紬では、いろいろな縞模様に織り上げられる伝承技術の“藍染め”、白山を代表する高原の花・黒百合を原料とする“くろゆり染め”のほか、織り上がった生地を染色する“後染め”の3種類の染め方があります。

牛首紬は元来、植物染料による草木染めが中心でしたが、退色を防ぐためにごく一部の特殊な染めを除いて化学染料も使用されています。

なお、色を定着させるために、染色後の糸はおよそ半年間寝かせます。

【6.糊付け】

たて糸に糊を染み込ませるための工程です。

糊が付くことで糸の毛羽立ちが抑えられ、その後の工程での作業が行いやすくなるという利点があります。

【9.整経せいけい・機掛け】

整経は織物に合わせて、必要な本数のたて糸を目的の長さ、幅に揃える工程で、ドラム式と経台式の2つの方法があります。

牛首紬ではおよそ1,100本~1,200本のたて糸が使われます。

整経が終わったら、製織の準備工程である機掛けの作業を行います。

たて糸を上下に分けて、よこ糸が通せるようにします。

よこ糸はシャトルまたはと呼ばれる道具を使い、上下に分けられたたて糸の中を通すことで織物が作られます。

【11.製織】

高機たかはたと呼ばれる機で牛首紬を織り上げる工程です。

高機を使って手織りするためには、職人の卓越した織技術と根気が求められます。

近年では、高機の特長を効率的に受け継いだ「玉糸機たまいとばた」という独自の力織機りきしょっきの導入が進められています。

牛首紬の特徴・魅力

玉繭からのべ引きされた糸を使い、昔ながらの製法で作られる牛首紬は、しなやかで強く、体になじむ着心地が特徴です。

さらに詳しく、牛首紬の特徴と魅力にふれていきましょう。

釘抜き紬」と呼ばれるほどの強さ

牛首紬の糸そのものに、優れた弾力性と伸縮性があるため、丈夫な生地に織り上がります。

牛首紬は、釘に引っかかっても破れないばかりか、釘を引き抜くほどの強さを持つことから「釘抜き紬」とも呼ばれています。

気性が良く、ふんわり軽い着心地

牛首紬ならではの座繰り、糸はたきといった作業は、生糸が本来持つ特性を引き出すための工程です。

座繰りされた糸は弾力性と伸縮性に富み、さらに糸叩きによって空気を含んだしなやかな糸に仕上がります。

こうした手間ひまかけた工程が、体にしっくりとなじむ着心地、シワになりにくい光沢のある生地、通気性の良さといった牛首紬の魅力を作ります。

礼装にも適した気品

大島紬や結城紬など、各地の紬織物は先染めが基本です。

白い糸を染めてから織る先染めの着物には、紬のほかにお召しなどがあり、一般的には普段着やおしゃれ着が中心です。

これに対して、生地を織ってから染め上げる後染めの着物は、振袖、留袖、訪問着、附下げなどフォーマルな着物が中心です。

牛首紬には先染めと後染めがあり、準礼装として着られる訪問着や袋帯なども作られています。

※お召し:織り生地の中で最高級品の着物・御召縮緬おめしちりめんの略。

禅染めとの競演も

白生地を織り上げてから染色する後染めの特徴を活かして、近年では加賀や京都の友禅染めを施した着物があることも牛首紬の魅力です。

牛首紬の着こなし

普段着、おしゃれ着からセミフォーマルまで、牛首紬は幅広い着こなしを楽しめる紬織物です。

ここでは、牛首紬の訪問着と帯についてご紹介します。

首紬の訪問着

上品な光沢としなやかな風合いを持った牛首紬は、訪問着の生地としてふさわしい素材といえます。

紬にしては珍しく後染めの着物も多く、加賀友禅や京友禅などの伝統的な染め技法で染色することで、より趣深い着物に仕立て上がります。

首紬の帯

しなやかな強さと光沢があり、シワになりにくく、さらりとした風合いを持つ牛首紬は、帯の素材にも適しています。

バリエーションも幅広く、袋帯でフォーマルに、名古屋帯でおしゃれになど、さまざまな着こなしが楽しめます。

牛首紬が欲しい、制作体験がしたいなら

しなやかで日常使いも可能な牛首紬が欲しい!作ってみたい!と思った方にオススメの施設をご紹介します。

※本記事の内容は2021年1月時点のものです。
 掲載内容は変更していることもありますので、正式な情報については、事前に施設へお問い合わせください。

首紬織の資料館 白山工房(石川県白山市)

石川県白山市の「白山工房はくさんこうぼう」では、牛首紬をはじめとする白峰地方の養蚕、染織に関する資料が常時展示されています。

館内では、繰糸、撚糸、精錬、整経、くだ巻き、製織の作業が見学できるほか、はた織り体験(500円)、まゆ人形づくり体験(400円)など子どもから大人まで楽しめる体験メニューも用意されています。

来館は「完全予約制」で、前月25日までに電話、FAX、予約フォームでの予約が必要なので要注意。

牛首紬や制作体験に興味がある方は、ぜひ足を運んでみてください。

住所:〒920−2501
   石川県白山市白峰ヌ17
開館時間:9:00~15:00
アクセス:北陸自動車道「白山IC」から約60分、「小松IC」から約60分

おわりに

古くから山村に伝わる伝統的な手法で、今なお織り上げられている牛首紬。

生糸の持つ魅力を引き出した、強く、美しく、着心地の良い紬織物は、どれほど時代が変ろうとも、着こなす人を魅了し、気品あふれる装いを約束してくれるでしょう。

あなたの生活にも、牛首紬を取り入れてみてはいかがですか?