博多祇園山笠とは

博多祇園山笠とは、福岡県福岡市で毎年7月1日から15日にかけて行われる祭りで、博多の氏神うじがみである櫛田くしだ神社に、山笠と言われる人形が乗った山鉾やまぼこを奉納する神事です。

もともとは京都の祇園祭りの影響を受けて始まったとされ、疫病にかからずに健康に過ごせるように願う目的も共通しています。

そして、このお祭りが始まったのは鎌倉時代で、当時博多に流行した疫病を鎮めるために、聖一国師しょういちこくしという禅僧が、施餓鬼棚
せがきだな
に乗って祈祷水きとうすいを撒いて町を浄めたことがはじまりだといわれています。

※ 施餓鬼棚 : 施餓鬼で使う祭壇。施餓鬼とは、無縁仏などの霊に供物を施して弔うこと。

それから750年以上も博多祇園山笠は続いてきたのですが、明治時代に伝統文化の軽視のなかで禁止されてしまいます。

その後、復活されたりもしましたが、町に電線が通るようになると、当時、背が高かった山笠は運行が困難になりました。

博多の人々は知恵を絞り、それまでの半分に満たない高さの「舁き山かきやま」という山笠を考案して祭りを存続させました。

現在、「飾り山」と呼ばれる、動かさない鑑賞目的の大きな山笠と、担ぐための高さ4~5mほどの「舁き山」と、2種類の山笠があるのは、このためです。

博多祇園山笠の見どころ

博多祇園山笠の見どころは、何と言っても「追い山笠」と呼ばれる各地区の山笠がスピードを競う行事です。

重さ1t以上の舁き山笠を「舁き手」と呼ばれる男衆、20人以上が「オイッサ、オイッサ」と担いで、全長5㎞の距離を全速で走ります。

恵比須流えびすながれ中洲流なかすながれなどと呼ばれる7地区がそれぞれ持っている山笠に、1番から7番まで番号がつけられます。

大太鼓の合図で一番山笠から約5分間隔で順にスタート。

まず櫛田神社に入って山笠が奉納され、境内を出てからゴールまでの5㎞を全速力で走ってタイムを競い、沿道からも応援で水がかけられます。

最終日の15日に行われ、祭りのクライマックスともいえる最大の見せ場ですが、始まるのはなんと早朝、午前4時59分。

しかし、舁き手が7000人以上に加え、見物客も300万人を超えるといわれ、たくさんの人が駆けつけます。

追い山笠のオススメ見学スポット

櫛田神社一帯

山笠が次々に神社に入り、夜明けの博多の街へ出ていくのを見ることができます。

熱気を一番感じることができますが、そのぶん見物客も多いです。

東町筋

博多の街に昔からある縦筋の一つ、東町筋を浜に向かっていっきに山笠が駆け下ります。

旧魚町の下り坂なので、昔の雰囲気が残る場所で山笠が見られる、味わいのあるスポットです。

大博通り

昔の呉服町筋。

歩道も広く、安心して見ることができるので、団体や親子連れ向きです。

須崎町の廻り止め一帯

最後の廻り止めに向かって山笠が一気に向かいます。

それぞれの山笠が、残ったエネルギーを爆発させる場所なので、掛け声にも力が入ります。

そして、走り終えた舁き手の達成感のある表情を見ることができます。

祭り期間中の行事

博多祇園山笠は、祭り期間中に様々な行事が行われます。

特に祭りの初日には神事が行われ、祭り期間中の無事、安全を祈るお祓い、「注連下ろししめおろし」に、山笠に神様を招きいれる「ご神入れごしんいれ」が行われます。

このご神入れをもって山笠は神様の依り代となり、一般の人が触れることができなくなります。

そして、夕方には、みそぎのために汐井しおい(砂や小さい石)を浜辺に取りに行く「お汐井取り」という重要な神事が行われ、祭りの安全を祈って夕日に柏手を打ちます。

そして、10日頃になると、「舁き山」の練り回りがはじまります。

流舁きながれかき」と呼ばれる、それぞれの地区で山笠が担がれはじめる行事を皮切りに、11日の午前5時から山笠が地域をまわる「朝山あさやま」や、自らの地域以外で山笠を担ぐ「他流舁きたながれかき」が行われます。

ちなみに「舁き」とは担ぐことで、「ながれ」とは地域を意味します。

そして、7月12日頃になると、最終日の15日に行われる「追い山笠」にむけての最終調整がはじまります。

「追い山笠」では、山笠を担いで走るタイムを競うので、7月12日の「追い山ならし」では、「追い山笠」とほぼ同じ約4㎞のコースを駆け抜けて予行演習を行います。

また、祭りの期間中は、市内各所には豪華な「飾り山笠」が置かれます。

大きなもので高さ約12mあり、博多人形師の熟練の技が光ります。

飾りのテーマは武者人形などの日本の歴史上の人物が多いですが、最近ではアニメやドラマ、西洋の童話をテーマにしたものもあります。

「飾り山笠」は基本的には動かず、街のあちこちに展示されて、豪華絢爛さで祭りを引き立てます。

山笠と博多

「山笠のあるけん博多たい」というキャッチコピーで有名なコマーシャルが、博多にはあるそうです。

博多の人は、博多に山笠を支える人あってこそ実現する祭りなので、「博多のあるけん山笠たい」が正しくて、このキャッチコピーは逆ではないのかと、異口同音に言うそうです。

もちろん、山笠にはたくさんの人が必要ですが、実際には、山笠によって町に人が集まってきてもいます。

例えば、博多のある町では住民自体が少なく、昼間に人がいないのですが、山笠の時期には他所からも人が集まってくるのだそうです。

もちろん、単なる人の集まりだけでは山笠は動かせないので、古老といわれる地域のリーダーを中心に人と人を繋いでまとめていきます。

そして、そういうリーダーを皆が「お父さん」と呼んで慕い、何の関係もなかった人たちがひとつの家族のように毎年集ってくるのだそうです。

山笠が人を魅了し、山笠のために人が集まってくる、この姿は祭りがある限り、これからも続いていくでしょう。

そう考えると、山笠は人の絆をつくり、やがて町をつくっていく可能性を秘めた偉大なお祭りだと思うのです。

おわりに

博多祇園山笠は、現在では京都祇園の山鉾行事とともに重要無形民俗文化財にも指定され、日本を代表するお祭りの一つとなりました。

博多祇園山笠に魅せられて、町おこしのために山笠を始めた地域もあります。

人と人の絆をつくるお祭りのリーダーとして、今後も博多祇園山笠の発展を願ってやみません。

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