深いツヤのある色合いと華やかな金具がついた、和風のたんす。

重厚な美しさに見とれたら、それは「岩谷堂箪笥いわやどうたんす」かもしれません。

岩谷堂箪笥は、岩手県が誇る伝統的工芸品です。

優れた収納家具として、また和モダンなインテリアとして、長く愛されています。

でも意外と岩谷堂箪笥がどういうものか、知らないかもしれませんね。

ここでは、その特徴や歴史、種類、製造工程を詳しくご紹介します。

※本記事では「たんす」・「箪笥」の表記について、一般的なたんすを「たんす」、岩谷堂箪笥を「箪笥」と表記しております。

岩谷堂箪笥とは?

岩谷堂箪笥は、岩手県奥州市江刺えさしで生まれました。

自然の恵みと技術の粋を集めた岩谷堂箪笥は一生ものといわれ、海外からも注文がくるほどです。

その確かな品質から、昭和57年(1982年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

岩谷堂箪笥を特徴づけるのは、材料・金具・塗りの3つ。

それらを順にご紹介しましょう。

谷堂箪笥の特徴①材料

岩谷堂箪笥の基本の材料は良質のけやきで、そのほかにも桐や栗、杉などが使われます。

木材は切り出した後に数年寝かし、製材してから自然な風雨にさらして十分乾燥させます。

こうすることにより、曲がったり割れたりしにくい材料となるためです。

さらに、岩谷堂箪笥の内部には桐の無垢材むくざいが使用されます。

「着物には桐のたんす」といわれるように、桐には防虫・防湿効果があり、大切な衣服を長く守ってくれます。

谷堂箪笥の特徴②飾り金具

岩谷堂箪笥で最も目を引くのが、格調高い飾り金具でしょう。

金具の柄には龍や唐獅子、唐草模様、花鳥などがあり、これらは昔から今に至るまで、大切に受け継がれているデザインです。

金具には「手打彫り」と「南部鉄器」の2種類があり、一棹ひとさおのたんすに約60~100個もの金具が飾られます。

「手打彫り」は、華麗に描かれた龍や唐獅子などの下絵を鉄板や銅板に貼り、打ち出して立体的な装飾としたものです。

「南部鉄器」は鋳型に鉄を流し込んで作ります。

代表的な文様は牡丹や桐。

これは岩屋堂箪笥のある岩手県の、もう一つの伝統工芸の技を生かしています。

まるで装飾品のような複雑な模様が立体的に刻まれた金具は、漆塗りとマッチして、岩谷堂箪笥をオンリーワンの存在に輝かせています。

谷堂箪笥の特徴③塗り

岩手県は古くから漆の一大産地で、国内出荷量の約7割を担っています。
※平成30年(2018年)調査。

岩谷堂箪笥で使用される塗り方は、木目を生かした「拭き漆塗り」と、濃い色合いで艶がある「木地蝋塗きじろぬり」の2種類。

どちらにもそれぞれの良さがあり、じっくりと手間と時間をかけることで深い色味と味わいを生み出しています。

また、漆塗りは見た目が美しくなるだけでなく、耐久性を高める効果もあるのです。

岩谷堂箪笥の歴史

岩谷堂箪笥が生まれたのは、今から200年以上も昔のことです。

そのはじまりは、独創的な領主の経営判断からでした。

谷堂箪笥のはじまりは江戸時代中期

時は江戸時代中期、天明3年(1783年)。

岩屋堂(現在の岩手県奥州市江刺)の領主・岩城村将は、米だけに頼る経済政策から抜け出したいと考えていました。

そこで家臣の三品茂左衛門に命をくだし、車付きのたんす作りや塗装の研究をさせたのがはじまりといわれています。

その後、文政年間(1820年代頃)に鍛冶職人の徳兵衛という人物が彫金金具を考案しました。

当初金具は桐の柄がメインでしたが、次第に龍や竹、花鳥など多くの模様が生まれました。

これが現在の岩谷堂箪笥の原型となります。

そうして、江戸時代には伊達藩(仙台藩)の振興政策の影響もあり、たんすの製作が盛んに行われました。

般家庭に広まったのは明治以降

明治時代に入り、次第にたんすは一般家庭にも広まってきました。

庶民の生活が豊かになって衣類が増えたこともあり、国内各地で趣向を凝らしたたんすが作られはじめました。

それにつれ、華麗で丈夫な岩谷堂箪笥は大評判に。

明治7年(1874年)には538棹が生産され、各地に出荷されたという記録が残っています。

大正時代には、重ね箪笥や上開き箪笥など、洗練されたスタイルが喜ばれるようになりました。

後の低迷から復活へ

そんな折、戦争により岩谷堂箪笥の生産は一時中断となります。

戦後ようやく再開したものの、洋風化の波が訪れ、需要低迷の苦しい時代を迎えます。

しかし、伝統技術を守り受け継いで行くことが発展の道と信じ、岩谷堂箪笥は昭和40年代はじめ(1965年前後)に東京のデパートでの展示会を開催。

それが都会への販路開拓のきっかけとなり、伝統家具の価値が再認識されるようになっていったのです。

現在は4つの事業者が岩谷堂箪笥生産協同組合を組織し、岩谷堂箪笥を生産しています。

経済産業大臣が指定する伝統的工芸品としての岩谷堂箪笥

岩谷堂箪笥は、その価値も折り紙付き。

昭和57年(1982年)には、経済産業大臣により国の伝統的工芸品に指定されています。

統的工芸品としての岩谷堂箪笥の条件

岩手県からの推薦を受け、岩谷堂箪笥の審査がはじまったのは昭和54年(1979年)のこと。

その後、厳しい3年間の調査・審査の結果、昭和57年(1982年)に経済産業大臣から国の伝統的工芸品に指定されました。

「伝統的工芸品」として認定を受けるには、以下の条件を満たしていることが必須です。

 ・主に日常生活のために供される
 ・製造過程の主な部分が手工業である
 ・伝統的技術または伝統的な技法によって作られている
 ・伝統的に使用されてきた原材料を使用
 ・一定の地域で10企業または30人以上の従事者がたずさわっている

岩谷堂箪笥は、これらすべてをクリア。

さらに伝統的意匠や材質、組立工法、手打金具の技法、漆塗装などの総合的な技術が評価され、認定に至っています。

統証紙と伝統マーク

伝統的工芸品である証として、特定製造協同組合などが認定した製品には、伝統の“伝”の字と、日本の心を表す赤丸を組み合わせた「伝統証紙」がついています。

人気の高さからコピー商品も出ている中、消費者にとっては安心して選べる目印であり、職人にとっては誇りの象徴です。

また似たマークでもう一つ、「伝統マーク」を目にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

こちらは消費者にわかりやすく伝統的工芸品であることをアピールできるよう、認可された事業者のみが使えるマークです。

ぜひ、岩谷堂箪笥を見かけた際や購入をする際には、このマークがついていることを確認してみてください。

岩谷堂箪笥の製造工程

いかにも手間暇かかっていそうな、華麗で重厚感のある岩谷堂箪笥。

いったいどのような手順で作られているのでしょうか?

製造過程は、大きく分けると製材・漆塗装・手打ち金具の3つですが、一棹の岩谷堂箪笥ができあがるまでには約200の工程を経て完成されます。

製材(木枯らし)

最初に行うのは製材です。

良質な木材と木材の間にさんを挟んで、風通しがよい状態を保ちながら何年も天然乾燥または人工乾燥させます。

この作業を「木枯らし」といい、木材にひび割れや曲がりなどがおきにくくするために行います。

その後、木材をよく見極め、専門の職人が無駄なく必要な材料を切り出す「木取り」をします。

切り出された木材に組み合わせるための加工をほどこし、仮に外枠を組み立て、確認の後に一度分解します。

そしていよいよ本組みを行い、しっかりと固定します。

引き出しを組み立てて箪笥の外枠に差し込み、出し入れがスムーズかつピタリとなるよう調整します。

漆塗装(拭き漆・木地蝋塗り)

漆塗りには、飴色の深い光沢を出す「木地蝋塗りきじろぬり」と、素材の木目を生かす「拭き漆塗り」の2種類があります。

どちらも漆を塗ってはふき、塗っては磨くという作業を丁寧に繰り返します。

ここでは「木地蝋塗り」の工程をご紹介します。

1.木目が出るよう磨き、漆と塗り下地を混ぜたもので下塗りをします。
2.乾燥後、下塗りされた漆を砥石で研ぎ落します。
3.中塗り、上塗り、摺漆と作業を進めます。
4.仕上げの磨きをかけ、深いツヤを出します。

手打ち金具

手打ち金具は、金具職人により制作されます。

平たい金属をカンカンと打ち続けると……生き生きとした龍や牡丹が生まれ出る、独特な技法を「手打彫り」といいます。

手打彫りは以下のような手順で作り上げます。

1.まず寸法を決めて龍などの下絵を描きます。
2.下絵を鉄板に貼り、カナヅチと自身で作ったたがね(=ノミ)を150本ほど使い分けながら、裏から彫っていきます。
3.表から絵の模様が立体的に浮かび上がらせるように、打ち出します。
4.再度裏返して丹念にたたき、鉄板から切り離します。
5.最後にやすりをかけます。

仕上げ
漆が塗り上がった木地に、引手や角金具、蝶番ちょうつがい、錠前金具などをつけて完成です。

岩谷堂箪笥の種類

たんすは長方形もの、と思っていませんか?

岩谷堂箪笥の形は実にさまざま。

伝統的な造形のものから、「これがたんすなの?」というようなユニークなものまでたくさんの種類があります。

ここでは、岩谷堂箪笥の特徴的な5種類をご紹介しましょう!

理箪笥・衣装箪笥

たんすの中でも基本形といえる形です。

安定した形で、いろいろなものをしまって整理したり、衣装を入れたりと使い勝手もバツグン!

主なサイズは3尺(約90㎝)や3.5尺(約106㎝)です。

また、重厚感ある見た目に反して、岩谷堂箪笥の引き出しは出し入れがとてもスムーズなんですよ。

付箪笥

岩谷堂箪笥といったらこの形を思い浮かべる人も多い、伝統的な構造。

その名の通り、下に車がついていて移動が可能なたんすです!

200年以上前、岩谷堂箪笥が生まれたときに、火事などの非常時に移動しやすいようにと考えられて作られたのが、この車付箪笥でした。

段箪笥

上面が段々になっているのがユニークな階段箪笥。

実は本当に、階段下のスペースを有効利用するために使用されました。

引き出しが小分けになっているので、収納力も抜群です!

階段にも用と美を求める、昔の人の生活の知恵が感じられますね。

屋箪笥・茶箪笥

水屋=台所で使われる戸棚
茶箪笥=茶器や食器用の戸棚、です。

ガラスをはめ込んだものもあり、小分けの引き出しが充実しています。

開き箪笥

片開き箪笥とは、片側に開く扉がついているもので、大きく開閉できます。

中に取り外しのできる板が入っている構造のものもあり、使い勝手が抜群。

整理箪笥や車付箪笥と組み合わされていることも多くあります。

実演や体験もある岩谷堂箪笥まつり

引あり!岩谷堂箪笥の職人さんに会えるイベント

毎年3月には、岩谷堂箪笥まつりが開催されます。

新作が多数展示されるほか、伝統工芸士による実演が見られたり、木工制作体験ができたりと、お楽しみが盛りだくさん!

割引価格となっているため、購入を検討している方はぜひ行ってみたいイベントです♪

日程:通常3月に開催・4日間
場所:歴史公園えさし藤原の郷
   〒023-1101
   岩手県奥州市江刺岩谷堂小名丸86−1

※情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。

おわりに

華麗で重厚な岩谷堂箪笥。

素材・飾り金具・漆塗り、どれをとっても魅力に溢れていますね。

手作業による精緻な製作工程は、国の伝統的工芸品として認定されました。

美術品のような岩谷堂箪笥の価格は、決して安くはありません。

しかし、岩谷堂箪笥を部屋に置くことで、きっと心が落ち着いたり、家具からにじみ出る品格を感じたりすることができるでしょう。

そして、その思い出や素晴らしさは、子や孫にも受け継いで行けることでしょう。

本当に良いものを、慈しみずっと使い続けること。

毎日の生活を豊かにするのは、こうした心なのかもしれません。