名古屋を代表する観光スポット「名古屋城」。

日本三名城の一つとして知られる、人気の高いお城です。

名古屋城は、名古屋の歴史や文化に触れられるだけでなく、近年は楽しいイベントスポットとしても高く評価されています。

この記事では、進化した名古屋城の歴史や魅力、周辺のオススメ観光スポットなど、名古屋城の観光に役立つ情報をまとめてご紹介します。

名古屋城とは

名古屋といえば、名古屋城と金のシャチホコを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

国の特別史跡にも指定されている名古屋城は、徳川家康が尾張徳川家の居城として築いた名古屋の名城です。

江戸時代の俗謡で“尾張名古屋は城で持つ”と謡われたように、当時からその人気の高さがうかがえます。

しかし、明治時代には、そんな名古屋城が取り壊されそうになるというピンチがありました。

結果的に、アジア文化の研究者であった当時のドイツ公使や陸軍大佐らの反対によって保存されることになりましたが、現在の名古屋城からは、ちょっと想像できないエピソードですね。

そんな、知っているようで意外と知らない名古屋城について、さらに詳しく見てみましょう!

※伊勢音頭の歌詞の一部。尾張名古屋は、新しく建てられた城で栄えるだろうという意味。

名古屋城の歴史

日本を代表する城郭の一つである名古屋城は、どのような歴史をたどってきたのでしょうか。

築城から現在に至るまでを、簡単に振り返ってみましょう。

もとは「那古野城」だった室町時代

現在の名古屋城がある場所には、鎌倉時代後期から一帯を所有している今川氏の居城・那古野なごや城がありました。

この那古野城が築城されたのは、室町時代であったとされています。

ところが、戦乱の世になると織田信秀(信長の父)が力をつけ、城主であった今川氏豊うじとよから那古野城を奪います!

その後、一時は信長の居城となった那古野城でしたが、信長が那古野城の北西(現・清須市)に位置する清洲城へと移り、のちに廃城に。

徳川家康が「名古屋城」を築城

やがて時代が移り、天下分け目の関ケ原の戦いが勃発。

この戦いに勝利したのは、ご存知の通り徳川家康です。

大坂にいた豊臣陣営への牽制も兼ね、家康は江戸との中間地点である尾張に軍事要塞として名古屋城の築城を命じます。

同時に、自身の息子を藩主とする尾張徳川家を立て、守りの要とすることにしました。

栄華を誇った江戸時代

名古屋城は、徳川家康が豊臣側の大名達に命じて築城しました。

加藤清正や福島正則などの有力大名に負担を強いて、豊臣側の大名達の力を削ぐ目的もあったといわれています。

完成した名古屋城の初代城主となったのは、当時まだ十代半ばであった家康の九男・義直よしなおでした。

先んじて清須城へと入っていた義直は、織田信長の治政下で栄えていた清須の城下町ごと大移転。

数年にわたって行われたこの大がかりな引っ越しは、規模の大きさから「清須越し」とも呼ばれました。

その際、家康は城下町の整備も考えて、道路を碁盤の目のように整備し、重要な施設を各所に配置しました。

現在の名古屋の街並みの基盤は、このときすでに出来上がっていたのです。

尾張徳川は財政難に陥ったり、若くして藩主がなくなったりと順調なときばかりではありませんでしたが、わずか8歳で初代藩主となり学問に力を入れた義直や、「尾張中興の祖」とも呼ばれる宗睦むねちからを排出。

家康の先見の明や清須から移動した住民の力などにより、名古屋の地は大いに栄えることとなります。

焼失、そして復元された名古屋城

明治時代になると、2代目名古屋藩知事は名古屋城を解体・金シャチを宮内省へ献納することを提唱します。

それにより、金シャチが天守閣から降ろされて博覧会に出展、名古屋城の所管が陸軍となり兵舎が立てられるなど、その扱いは一転二転します。

しかし、ドイツ公使などの働きかけにより最終的に保存されることが決まると、昭和5年(1930年)に宮内庁から名古屋市へとわたります。

同年に天守・本丸御殿をはじめとする24の建物が、城郭として国内初の旧国宝に指定されました。

しかし、昭和20年(1945年)の空襲によって名古屋城の主な施設は焼失してしまいます。

金シャチを避難させようとしたところ、焼夷弾しょういだんが足場に引っかかって城内全域に火の手が広まったといいます。

その後、天守閣や大天守等、数回の復元工事を経て、平成21年(2009年)には本丸御殿の復元工事が行われ、その再現度の高さで注目を浴びました。

江戸期の修理・改築を詳細に調べ上げた、名古屋城の百科事典とも呼ばれる『金城温古録きんじょうおんころく』をはじめとする貴重な史料が、忠実な復元を可能としました。

なお、復元工事にかかる費用には、寄付金も充てられています。

現在も天守閣の木造復元を目指して、「金シャチ募金」や「金シャチパートナー」といった制度があるので、気になる方はぜひ活用してみてはいかがでしょうか!

名古屋城の見どころ

名古屋城は国の特別史跡に指定されており、見どころが満載!

中でも外せないのが、次にご紹介する5つのスポットです♪

本丸御殿

10年に及ぶ復元工事が終わり、平成30年(2018年)に完成し、一般公開となった建物です。

絢爛豪華な装飾と当時の技巧の粋を極め、近世城郭御殿の最高傑作と称されていたものを、現代の匠が忠実に再現しました。

「本丸御殿」は尾張藩主の住居で、公私にわたる対面の場としての役割も備えています。

つまり、名古屋城内でもっとも格の高い場というわけです。

13棟30以上の部屋があり、使用目的に応じた6つのスペースから成り立っています。

玄関いわゆる玄関の部分と2部屋の待合室
表書院正式に藩主に謁見するための最上格の4部屋
対面所藩主が私的な対面に用いた4部屋
上洛殿3代将軍家光の宿泊に伴い増築し、表書院を超えた最上格の部屋へ
湯殿書院4部屋からなる将軍専用の浴室で、湯船のないサウナ形式がこの時代の特徴
黒木書院清須城の家康の宿を移築したともいわれ、華やかながら落ち着いた雰囲気


江戸初期に完成した建築様式「武家風書院造」の特徴がよく表れていて、格式や目的に応じて部屋の造りに違いがあります。

違いは見比べると一目瞭然で、天井や欄間、釘の頭を隠す柱の装飾「釘隠し」などを比べるとよくわかります。

また、本丸御殿には、日本絵画最大の画派といわれている「狩野派」の作品が多く用いられていることも特徴です。

傑作と名高い狩野探幽の『帝鑑図ていかんず』を筆頭に、数々の狩野派の作品が残されており、戦火を免れた作品のうち1,047面が国の重要文化財に指定されています。

名古屋市では、原画をミクロに分析して素材や技法も当時のままに用い、1,325面の復元模写を進めています。

鮮やかで豊かな表現に狩野派の作風の素晴らしさと、当時の本丸御殿の華やかな姿を伝えてくれます。

ちなみに、本丸御殿は初代藩主・義直が二之丸御殿に移ってからは将軍を迎えるための建物となったため、ほとんど使われていません。

※武家風書院造:室町時代から広まった武士の住居の建築様式を「書院造」といい、中でも格式や用途に応じて装飾などを変化させたものを「武家風書院造」としています。


天守閣と金しゃち
名古屋城のシンボル・金鯱は、口から出す水で火消しをするといわれ、火除けの神様として装飾されました。

創建当時は純度80%の金が使用され、あまりのまばゆさから“熱田の浜に魚が近寄らない”と歌われるほど有名になるなど、さまざまな逸話を残しました。

一方で価値の高さから、藩が財政難に陥ると資金源として何度も当てにされます。

明治時代には初代の金シャチがウィーンの博覧会に出品され、海外でも注目となりました。

金シャチがある天守閣も当時は檜を多く使った豪華な造りで、金シャチとともに徳川の権力と財力を世間に広く知らしめるものとなりました。

現在は、老朽化や耐震性の強度が問題となり、本丸御殿と同様に、戦後再建された2代目の天守閣に基づいた忠実な再現と、耐震性強化が計画されています。

なお、令和3年(2021年)3月からは金シャチを16年ぶりに地上へ降ろした展示会「名古屋城金鯱展」が開催され話題となりました。

石垣と清正石
名古屋城の石垣には、工事に関わった大名達が、自領が運び込んだ石である印として残したさまざまな刻印が見られます。

この工事では石垣づくりの名人・加藤清正かとうきよまさが天守台の担当に抜擢され、熊本から約2万人を動員、3ヶ月足らずで工事を終えたといいます。

ときには自ら石の上で音頭をとったようで、その様子を表した「清正公石曳きの像」も敷地内にあります。

また、本丸東二之門の正面にある「清正石」は推定10tもある巨石で、清正が運び込んだとも伝わりますが、この区分の担当は黒田長政であるため定かではありません。

3つの隅櫓すみやぐら
戦火で多くを焼失した名古屋城ですが、中には創建当時の姿をそのまま残すものもあります。

それが、重要文化財の「西南隅櫓」「東南隅櫓」「西北隅櫓」です。

隅櫓は外の見張りや武器・食料の備蓄庫を主な目的とし、その名の通り名古屋城の隅に建っています。

「西南隅櫓」「東南隅櫓」は、外から見ると2階建てなのですが、実は中は3階建てになっているという珍しい構造が特徴。

「西北隅櫓」は、清洲城の古材を転用した可能性があることから「清洲櫓」とも呼ばれ 、江戸時代から現存する三階櫓の中では、2番目の大きさを誇ります。

ちなみに、隅櫓越しの天守は人気のフォトスポットです♪

堀に生息する鹿や、初代藩主・義直が大阪の陣での勝利を祈願して膳に盛ったという西ノ丸の天然記念物「必勝カヤの木」もオススメですので探してみてください!

名勝二之丸庭園 
藩主の住居にあるものとしては日本一の規模を誇る庭園で、その面積は約3万㎡!

創建当時はもっと広かったとか。

石組みで表現した滝や地形に緩急をつけた造りは、全国でも6例しかない「玉澗流ぎょっかんりゅう」の特徴をよく備えており、これら北御庭と前庭は昭和28年(1953年)に国の名勝に指定されました。

さらに、発掘調査から地下に江戸後期の貴重大名庭園の遺構があると判明し、平成30年(2018年)にほぼ全域が追加指定となりました。

「名勝二之丸庭園」は、藩主の脱出経路としての役割もあったと推測されます。

散策する際は、藩主がどのような経路で脱出するのか想像しながら回ると面白いかもしれませんね。

※名勝:芸術、観賞において価値の高い土地につく文化財の種類の一つ。

名古屋城の伝説「金の鯱に触れた者は必ず捕まる」!?

名古屋城の金のシャチは創建当時から広く知られていましたが、その結果、何度も盗難の被害に遭っています。

江戸時代に百姓だった柿木金助かきのききんすけが、大凧に乗って鱗を3枚盗み出した……という事件は、歌舞伎の演目にもなりました。

昭和12年(1937年)には、男が天守閣によじ登って58枚もの鱗を盗み出したという事件もあり、当時は「昭和の柿木金助かきのききんすけ」として世間を驚かせました。

ただし、これらの盗難はすべて犯人が捕まっているため、「金のシャチに触れると災いが起きる」「シャチを盗むと必ず捕まる」などといわれるようになりました。

名古屋城のオススメイベント

名古屋城では、1年を通してさまざまなイベントが開催されています。

数あるイベントの中でも、とくに人気で評判のものをご紹介しましょう!

子供も大人も楽しめる!サムライ・ニンジャショー

名古屋城のシンボルとして、今や金シャチに劣らない知名度を誇るのが“名古屋おもてなし武将隊”と“徳川家康と服部半蔵忍者隊”です。

織田信長をはじめとする名古屋と縁の深い武将と、足軽・服部半蔵を中心とする忍者部隊のパフォーマンス集団で、メンバー日替わりの城門お出迎えは恒例イベントとなっています♪

そんな彼らが土・日・祝日に開催するのが「サムライ・ニンジャショー」。

太鼓の音をバックに殺陣とダンス、芝居を組み合わせた圧巻のパフォーマンスショーです!

第一線で活躍する演出家やスタントマンらが制作に携わっている本格的なもので、息の合った迫力ある立ちまわりには大人も思わず惹きこまれてしまいます。

公式サイトに武将隊と忍者隊の出陣スケジュールが公開されていますので、お出かけの際はチェックしてみてください!

四季折々の行事

名古屋城の数あるイベントの中でもとくに賑わいをみせるのが、春・夏・秋・冬の四季のお祭りです。

城内の施設や美術品などの特別公開をはじめ、演芸や音楽のステージイベント、グルメ、ゲーム、アートイベントなど盛りだくさん!

子供から大人まで終日楽しめる内容となっていますよ♪

また、「名古屋城春まつり」では夜間に約1,000本の桜をライトアップする「桜まつり」、「名古屋城秋まつり」では「名古屋城菊花大会」と、同時開催が定例となっているイベントも注目です。

火縄銃の実演や古武道大会といった希少なイベントを開催することもあるので、ぜひ一度は四季のお祭りに足を運んでみてください。

名古屋城周辺の観光スポットと名古屋グルメ

名古屋城周辺には、徳川家康の遺品や国宝・源氏物語絵巻などを展示する「徳川美術館」や名古屋の氏神様「那古野神社」など、数々の観光スポットが点在しています。

その中でも、特にオススメの観光スポットをご紹介します。

「名古屋能楽堂」で和の伝統文化の美しさを知る

名古屋城正門前にある、世界最大の能楽堂「名古屋能楽堂」。

伝統芸能である能や狂言の振興・推進を目的とした施設で、定例公演や企画展示、講座などを開催しています。

能面の無料展示など、接する機会の少ない能や狂言の世界を身近に感じられますよ。

中でも注目は、総ヒノキ造りの能舞台です。

ライトに浮かび上がる姿は、美術品に通じる美しさがあります。

舞台を間近で見学できる「舞台公開日」もありますので、併せて日程を確認しておくといいでしょう。

日本最大級!「刀剣コレクション」で刀を楽しむ

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」のオープンに先立ち、日本最大級の日本刀コレクションの一部や甲冑、火縄銃などを展示する「刀剣コレクション名古屋・丸の内」が開催されています。

東建コーポレーション株式会社の本社1階にて無料で、美術的にも価値の高い品々を見ることができますよ!

中でもずらっと壁面に並ぶ甲冑は圧巻で、島津や伊達に由来するものも。

刀剣好きの方はもちろんのこと、関心のない方でも楽しめるオススメのスポットです。

名古屋城からはやや離れていますが、ぜひ足を延ばしてみてください♪

所在地:名古屋市中区丸の内1−1 2丁目1番33号 東建本社丸の内ビル1階
料金:無料
営業日・時間:平日の9:30~17:30
休館日:土日祝日、年末年始、夏季休暇期間

※オープンは延期となり2021年3月末時点で未定です。
 営業日や時間の詳細は公式サイトをご確認ください

名古屋城からすぐ!「金シャチ横丁」で名古屋メシを味わう

名古屋ならではのグルメも堪能したい!そんな方にぴったりなのが、名古屋城に隣接する「金シャチ横丁」です。

正門のすぐ脇にある「義直ゾーン」は、伝統や歴史をテーマに、全国的にも有名な名古屋定番のグルメを。

東門を抜けた先の「宗春ゾーン」は、新風や革新をテーマに、地元食材などを使用した新たな名古屋の味を。

通りの雰囲気もよく、「金シャチ横丁」でしか味わえないメニューや、尾張徳川の歴史をAR体験できるコンテンツも注目です!

「名城公園」でのんびり気分をリフレッシュ!

天候のよい日は、名古屋城の北に位置する名城公園にも足を運んでみては?

広々とした敷地には、オランダ風車や天井から注ぐ自然光が心地よいサニールームなどがあり、季節の花々が彩り豊かに出迎えてくれます。

名城公園すぐ隣には、人気カフェなどが入る複合施設「tonarino」がオープンし、飲食メニューも充実。

フラワーアレンジなどのワークショップを開催している施設もあります。

観光の合間の一休みに喧騒から離れ、自然の中でゆったりとした時間が過ごせますよ♪

名古屋城へのアクセス

名古屋城は、名古屋市役所のすぐ近く。

電車やバスでのアクセスに便利な立地で、見学は1時間~1時間30分が目安です。

名古屋城へのアクセスや料金などの基本情報をまとめていますので、観光計画を立てる際の参考にしてください。

アクセス

所在地
〒460-0031 愛知県名古屋市中区本丸1−1

交通機関をご利用の場合
【電車】
・地下鉄名城線「市役所」駅7番出口より徒歩5分
・地下鉄鶴舞線「浅間町」駅1番出口より徒歩12分
・名鉄瀬戸線「東大手」駅より徒歩15分

【バス】
・市バス 栄13号系統(栄~安井町西)「名古屋城正門前」下車すぐ
・なごや観光ルートバス メーグル「名古屋城」下車すぐ、「名古屋城東・市役所」下車徒歩6分
・基幹2号系統「市役所」下車徒歩5分

車をご利用の場合
・名古屋高速1号楠線「黒川」出口から南へ8分
・名古屋高速都心環状線「丸の内」出口から北へ5分

駐車場は、「正門前駐車場」と「二の丸東駐車場」があり、普通車・大型車・自動二輪車・原付に対応しています(「二の丸東駐車場」は普通車用)。
料金は、普通車の場合で30分以内ごとに180円かかります。

料金と営業時間

【観覧料金】
大人:500円
中学生以下:無料

他にも、お得な団体割引や近隣施設との共通券、定期観覧券の販売などもあるので上手に活用してください。

【開園時間】
開園時間:9:00~16:30
休園日:12月29日~31日、1月1日(催事等により変更の可能性あり)

※本丸御殿の入場は16:00までのため、それまでに本丸御殿の入口へ

なお、名古屋城には正門・東門2つの入り口があり、どちらも再入場が可能です。

敷地も広いため、再入場を利用して周辺の観光スポットも一緒に効率よく楽しんでみてください。

情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。

おわりに

今川、織田、徳川と戦国を代表する武将が治めた地「那古野」は、国内屈指の大都市に成長しました。

その中心となったのが名古屋城です。

金のシャチや本丸御殿などの歴史的財産の観覧から、イベントやショーも楽しめるスポットへと進化しました。

まさに、名古屋の発展を象徴する存在といえますね。

まだ訪れたことがない方も、かなり前に行ったことがあるという方も、今の名古屋城に足を運んでみてはいかがでしょうか?