阿波おどりとは

阿波おどりは徳島県内の各地域でおこなわれる盆踊りです。

とくに徳島市の阿波おどりは県内最大のもので、全国的にも有名な盆踊りです。

「踊る阿呆に見る阿呆 おなじ阿呆なら踊らにゃ損損」というかけ声を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

この徳島市の阿波おどりは毎年8月12日から15日までの4日間おこなわれます。

「連」という企業や学生などからなる踊りグループは期間中合わせて900もの連を組み、総勢10万人もの踊り子が参加して盛大に賑わう一大イベントとなります。

阿波おどりの起源については諸説ありますが、藩政時代、江戸や大坂に藍や塩を売り出し徳島の地が繁栄した頃から盛んになったと考えられます。

藍商人と阿波おどりの関係は深く、富商層となった藍商人が屋号の入った浴衣を着て競いあったり、踊り子に衣装を買い与えたり、浄瑠璃節なども取り入れて阿波おどりや城下経済の発展の力となりました。

それから商業の衰退や藩の規制を乗り越えつないできた阿波おどりは一度戦時中に中止へ追いまれましたが、昭和16年に再度復活し、いまでは全国的に有名な盆踊りに発展しました。

連とは

ここでは踊り子と囃子方(太鼓や三味線や笛などを演奏する人達)で構成されたグループのことを連といいます。

20人から300人もの踊り子がそれぞれの連を組んで団体で出場し、協会に加盟している「有名連」、大学生グループや小学生グループなどで構成された「学生連」、企業の社員で組まれた「企業・職場連」、地域住民や踊り技術を追求するグループで構成された「一般連」に大きく分けられます。

とくに注目したいのが「有名連」という踊り手の中でもとくに技量をもつグループで、公演やイベントにも出演し、1年を通して活動しています。

徳島市新町橋の「阿波おどり会館」では毎日阿波おどり公演がおこなわれており、昼の部は会館専属の連が出演し、夜の部では有名連の中からひとつの連が毎日交代で出演します。

お盆の時期以外に観光に訪れても阿波おどりを楽しむことができます。

また観光客でも飛び入り参加できる「にわか連」もあります。

事前の申し込みや料金も不要で、服装は自由ですがハッピのレンタルもおこなっています。

阿波おどり期間中、毎日あわぎんふれあい広場(徳島市役所市民広場)や元町演舞場西側で18:30と20:30の2回実施され、有名連からのレッスンも受けることができます。

踊りの種類と衣装

阿波おどりは連によって多様なスタイルがありますが、基本的には「男踊り」と「女踊り」に分かれます。

男踊りは浴衣を着て頭には手ぬぐいを巻き、手にはうちわを持ちます。

腰を低く落として前傾姿勢をとるのが基本です。上げた両手は手のひらを向きあうようにし、リズムに合わせて左足に重心をかけた状態から右足のつま先を前に移動します。

このとき右足と同時に右手も前に出します。

これを左右繰り返し踊り、しなやかであったり豪快であったりと囃子によってさまざまな姿を見せる踊り方に思わず目を奪われます。

女踊りは浴衣に高さのある下駄を履き、鳥追い笠をかぶります。

つま先立ちのまま軽く膝を曲げ、前傾姿勢の形になります。

手のひらを向き合わせ両手を高く上げ、左足に重心をかけ、右足を後ろに蹴り上げてつま先から前に下ろします。

このとき同時に右手も前に出します。

これを左右繰り返し、囃子のテンポに合わせて踊ります。手の先足の先まで全員で美しく揃えられた踊り方は圧巻です。

唄と囃子

阿波おどりはゆったりと唄われる「阿波よしこの」と、太鼓や三味線や笛のにぎやかな囃子「ぞめき」でつくられます。

阿波よしこの

ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ

ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

阿波の殿様 蜂須賀さまが

今に残せし 阿波踊り

ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ

ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

笹山通れば 笹ばかり

猪 豆喰て ホウイ ホイ ホイ

笛や太鼓の よしこのばやし

踊りつきせぬ 阿波の夜

ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ

ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら

踊らにゃ損々

ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ

ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ 

「阿波よしこの」は茨城県の「潮来節(いたこぶし)」が変化したという説が有力とされています。

江戸後期に流行した民謡を藍商人や船乗りが覚えて徳島に持ち帰ったものが現在の阿波おどりで唄われる「よしこの」のはじまりと言われています。

一方「ぞめき」と呼ばれる囃子も、熊本県牛深(うしぶか)の「ハイヤ節」や広島の「ヤッサ節」などからきているという考えがあります。

こうして商人によってもたらされた外からの文化と、元来からの文化や伝統と結びつき、徳島の阿波おどりは形成されていきました。

やがて昭和6年に『阿波よしこの節(阿波盆踊唄)』を多田小餘綾が歌ったことがきっかけで全国に阿波おどりが広まることとなり、それにともない「徳島盆踊り」から「阿波おどり」へと名称を定着させました。

また、阿波おどりの特徴的な掛け声には「踊る阿呆に見る阿呆 おなじ阿呆なら踊らにゃ損損 エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイヨイヨイヨイ」という有名なものがありますが、エライヤッチャは「大変なことだが平気だぞ」という意味、ヨイヨイヨイヨイは「何とかなるさ」という意味が込められているそうです。

ほかにも「ヤットサー」といった掛け声には元気?という意味が込められているそうです。

徳島県以外で見ることができる場所

全国へ知名度を上げた阿波おどりは今では徳島県以外でも開催されるようになりました。

東京都杉並区高円寺では、毎年8月下旬に「高円寺阿波おどり」が開催されます。

昭和32年に商店街青年部が当時話題になっていた徳島の阿波おどりを真似てはじめたのがきっかけとなり、今では都内最大規模の阿波おどりが開催される場所になりました。

また、埼玉県越谷市南越谷(みなみこしがや)では毎年8月下旬に「南越谷阿波踊り」が開催されます。

越谷市に本社を置く事業家の中内俊三氏は徳島県出身で、地元への恩返し、そして越谷の新しい文化のため昭和60年に第1回南越谷阿波踊りを開催し、現在でも大変賑わう祭りとなっています。

ほかにも東京都豊島区南大塚「東京大塚阿波おどり」や、神奈川県川崎市「かわさき阿波おどり」、千葉県茂原(もばら)市「茂原七夕まつり」などでも阿波おどりを見ることができます。