初めて人形浄瑠璃を見る人は、その人形の美しさに驚くことでしょう。

可憐な面立ちの人形が、生身の人間のように動き、喜び、悲しむのを見ているうちに、いつのまにか3人の人形遣いが操っていることをなど忘れてしまいます。

ここではそんな人形浄瑠璃の人形について、ご紹介します。

世界にも類のない三人遣い

人形浄瑠璃では一体の人形を、主遣おもづかい、左遣い、足遣いと呼ばれる3人が、息を合わせて操ります。

もともとは一人遣いだったのですが、もっと人間の動きに近づけようと工夫を重ねた結果、今から280年ほど前の江戸時代、三人遣いの形が定着しました。

主遣い

左手で人形のかしら(人形の頭部のこと)を操り、右手で人形の右手を操作します。

客席から見ると、人形の左側に立ち、黒衣姿ではなく顔を見せている人です。

また、3人が動きやすいように高低差をつけるために「舞台下駄」という高下駄を履いているので、大きく見えます。

左遣い

客席から見て、人形の右側に立つ黒衣が左遣いです。

人形の左手を右手で操作する人です。

人形から少し離れているために、「さしがね」という棒を持って操作します。

また、刀や手紙など人形が小道具を使う場面では、主遣いのサポートをするのも左遣いの役目です。

足遣い

客席から見て、主遣いと左遣いの間で、腰を低く落としている黒衣が足遣いです。

人形の両足を両手で操作します。

舞台前面に立てた二尺八寸(約85㎝)の高さの手すりが人形にとっての地面に当たるため、足遣いはこの線から人形が浮かないように操作します。

また、男の人形には足がねを使って操作しますが、女の人形は足がないため、着物のすそさばきで女らしい足の動きを表現したり、かがむときは着物の内側から握りこぶしを入れて、見て美しい位置にひざを作ったりします。

また、人形が歩いたり走ったりするときの、「トン」という足拍子を踏むのも足遣いの役目です。

足遣い十年、左遣い十年、それからやっと主遣いへ

人形遣いのスタートは、足遣いから。

運動量も多く、常時、中腰の無理な姿勢を強いられる足遣いは、体力のある若いうちだからこそできる役割とも言えます。

また、すべての人形の動きを覚えていなくても、主遣いという浄瑠璃も芝居の進行もよく分かっているリーダーに合わせて動いていれば、ちゃんと人形全体として動けるようになるのです。

そのため、足遣いは右腕を主遣いの左の腰のあたりにつけて、主遣いの合図を感じ取りながら、人形の遣い方だけでなく、浄瑠璃のリズムを覚えていきます。

足遣いを続けて、主役の難しい足が遣えるようになってくると、だんだん脇役の左遣いをさせてもらえるようになってきます。

姿勢の低い足遣いとは異なって、人形全体を見るのが左遣いです。

左遣いといっても、左遣いの役目は人形の左手だけを動かすのではありません。

ときには主遣いを支えたり、重さを助けたり、小道具の出し入れをしたり、様々な仕事を行います。

主遣いの操る人形の肩や目線の動きに合わせて、阿吽あうんの呼吸で動かします。

浄瑠璃をきっちりと覚えるのも、この時期です。

また、主遣いが急病で舞台に立てなくなったら代役を務めるのも、左遣いの仕事です。

「足遣い十年、左遣い十年」といっても、実際には足遣いや左遣いの勉強をしながら、子役や脇役の主遣いの修行も始まります。

人形の首を操る胴串でぐしの様々な仕掛けを指先で操作して、表情や目線を作っていきます。

主遣いで最初に注意されるのが、人形の目線。

最初のうちはどうしても、ぴたりと視線を定めることが難しいのですが、足遣いや左遣いの修行をしながら、主遣いの操作を学んだことが、主遣いになって生きてきます。

人形の構造

人形は「かしら」「胴」のふたつの部分から成っています。

胴の部分に手と、男の人形であれば足がひもで吊るされる仕組みです。

「胴」は肩板と腰輪と前後ろの布だけで、中は空洞になっています。

この胴は、主遣いが自前で用意するものです。

肩板には肩の丸みを出すために、両端に干したヘチマが縫い付けてあります。

そこに衣装部さんが用意してくれた襟や着物や帯を縫い付けていきます。

この「こしらえ(人形の着付け)」も主遣いの役目です。

最初に胴に襟をつけるところから始めて、襦袢、着物、帯と留めていきます。

こうして衣装の付いた人形の肩板に、首の胴串を指して人形の完成です。

男の武将だと1m20cm、重さ30kgにもなるといいます。

かしらは中がくりぬいてあって、そこに目や口が動く仕掛けがしてあります。

主遣いの手は人形の着物の中に隠れているため、首を上下に動かす「チョイ」、目や眉、口を操作する「小ザル」の遣い方は、師匠のわずかな動きをヒントに、自分で工夫し、何十年も経験を積んでいくしかありません。

首割

人形の首は、役ごとにひとつずつあるわけではありません。

立場や年齢、性格や心理など、キャラクターが似た役には同じ首を使います。

作品に応じて首を使い分けることを「首割かしらわり」といい、演目ごとに登場人物に使用する首を「首割委員」が定めます。

現在は人間国宝・吉田和生さんが務めておられます。

首の種類

立役たちやく(男役)で有名なものとして、男性主人公に用いられる、顔から飛び出すほどの太い眉と男性的な顔立ちながら、同時に愁いを含んだ表情の「文七ぶんしち」、中年男性の役で意志の強い口元の「検非違使けんびし」、時代物の公家や家老に使われる、繊細な眉の「孔明こうめい」、若い美男子役の「源太」などがあります。

女方としては、かわいらしい未婚の女性の「娘」、既婚を表すために眉を落としている中年女性の「老女方ふけおやま」、老女役の「ばば」、美貌と教養を持つ遊女に使う「傾城けいせい」などで、男の首に比べて種類は少ないです。

そのほか妖怪や怨霊の役に使う、仕掛けのある「変化へんげ」という首もあります。

これは普通の状態の顔が、一瞬で角と牙が出て、金色の目をぎらつかせた鬼の顔になります。

しかし、この段階の首には、まだ髪の毛はありません。

年齢や身分、役柄にふさわしいヘアスタイルにするのは床山とこやまの仕事です。

髪を結ってかつらを作り、人形の頭に打ち付けます。

それから主遣いが人形ごしらえを行って、やっと一体の人形が完成します。

おわりに

人形浄瑠璃は、様々な楽しみ方がありますが、「人形を見る」というのも楽しみのひとつでしょう。

最初は可憐な顔や、美しい衣装に目を奪われているだけだったのが、次第にうつむいた人形の姿から深い悲しみを感じ取ったり、相手を思う強い気持ちに心を動かされたりして、「人形を見ている」ことを忘れてしまいます。

それが、命のない人形に、命を吹き込む人形遣いのわざです。

古来、人形は「人形ひとがた」と呼ばれ、力が宿るものと信じられており、人間の身代わりになって災厄を祓ったり、神事に用いられてきたりしました。

人形遣いによって息を吹き込まれた人形浄瑠璃を見るたびに、人形にはやはり力が宿っているのだな、と思わざるを得ません。

主遣い、左遣い、足遣いの三人に操られて巧みに動く人形の舞台を、ぜひご覧ください。