スポーツでも芸能でも、初めて観た試合や公演で心を掴まれれば、確実にファンになってしまうことは間違いありません。
能も同じように、最初に観る能が絶対に楽しいと思えるものであってほしいと思います。
今回は能の古典演目の中からとくに初心者の方にオススメで、なおかつ分かりやすく楽しい5曲を厳選しました。
写真撮影:石田裕
能・狂言を楽しむためには、何よりも実際に全国各地で催されている公演を鑑賞することが一番です。公演を鑑賞するのに、小難しい特別な知識は必要ありません。今回は、能・狂言を鑑賞する前に知っておくとより公演を堪能できる、初心者さん必見の基礎知識をご紹介します。
オススメの能の演目①『道成寺』
前シテ※1:白拍子(清姫の情念を宿す)
後ジテ:蛇(じゃ)
ワキ※2:住僧
アイ※3:能力(のうりき・下級の僧)※4
※1 能の主役、前シテ・後ジテは演目中に役が変わる場合に用いる
※2 シテの助演者
※3 演目の前半と後半の間に内容を語って聞かせる役
※4 寺で力仕事をする下級の僧。または寺男という寺で働く下男のこと。
あ らすじ
能『道成寺(どうじょうじ)』の舞台は、かつて思いを寄せた僧への嫉妬によって狂った女が蛇(じゃ)に変化し、寺の鐘もろとも僧を焼き殺した「安珍・清姫(あんちん・きよひめ)の事件」からしばらく経った寺の境内。
新しくできた鐘の供養のため、寺の能力たちが集まっているところに、白拍子の女が現れ、ぜひ一差し舞を奉納させてほしいと頼みます。
女難(じょなん)を受けた寺は女人禁制となっていましたが、供養のためなら致し方ないと、僧侶たちは白拍子を迎え入れてしまいます。
見 どころ
『道成寺』最大の見せ場は、前シテ(白拍子)が釣り上げれている鐘の作り物に飛び込み、鐘が再び釣り上げられると、そこには蛇と化した女が現れるというシーンです。
白拍子から蛇へ変身は、鐘のなかでシテが衣装替えをすることで表現されます。
上映時間は約2時間と長丁場ですが、非常にメリハリが効いているため、飽きることがありません。
オススメの能の演目②『鞍馬天狗』
前シテ:山伏
後シテ:大天狗
前子方:牛若丸
後子方:牛若丸
子方:稚児たち数人
ワキ:鞍馬山(くらまやま)の僧 ほか
あ らすじ
春の鞍馬山、僧が大勢の稚児(ちご)を連れて花見にやってきますが、見知らぬ山伏に興を削がれた一行は山を立ち去ってしまいます。
しかし、稚児の一人である牛若丸はその場に残り、山伏と共に花見を続けます。
牛若丸の不遇に同情した山伏は、自身が鞍馬山の大天狗であることを明かして姿を消します。
翌日、牛若丸と再会した大天狗は、いじらしい牛若丸に戦場での守護を約束し、再び消え去ったのでした。
『 鞍馬天狗』の見どころ
源義経の幼少期、牛若丸時代の物語を題材とした能です。
前半は大勢の稚児たちが登場する華やかさ、後半は大天狗の堂々たる立ち回りが見どころとなっています。
有名な牛若丸のエピソードですので、能初心者の方にとっても非常に分かりやすい演目と言えるでしょう。
オススメの能の演目③『安宅』
シテ:武蔵坊弁慶
ワキ:安宅の関の関守 富樫の何某(なにがし)
子方:源義経
オモアイ:義経の家臣たち
あ らすじ
平家討伐で高い功績を挙げたものの、兄の頼朝から追われる立場となった義経は、山伏に扮して家臣たちと奥州(岩手県)へ。
途中、安宅の関で関守の富樫に止められると、弁慶がいつわりの勧進帳を読み上げ、その場を逃れます。
しかし、富樫は強力(ごうりき)※に変装した義経を見咎め、再び一行を引き留めます。
弁慶はとっさの機転で義経を打擲(滅多打ち)にして、富樫に通行を認めさせることに成功します。
※荷物運びの下人
関を越えた一行。
主君への無礼を詫びる弁慶でしたが、義経はとっさの機転をたたえます。
そこへ富樫が現れ、お尋ね者の義経一行と疑った非礼を詫びるため、酒宴を開こうとします。
義経たちは酒席でも山伏を演じきり、富樫に別れを告げて奥州へと旅立つのでした。
見 どころ
歌舞伎の定番で知られる『勧進帳(かんじんちょう)』の元になった能です。
場面は「安宅(あたか)の関までの道中」「勧進帳の読み上げ」「義経打擲」「難を逃れた主従の対話」「富樫が非礼を詫びて酒宴になる」の5つに分けられます。
『勧進帳』との違いを見つけることも、『安宅』の楽しみ方のひとつとなるでしょう。
オススメの能の演目④『土蜘蛛』
前シテ:僧形の者
後ジテ:土蜘蛛の精
ツレ:源頼光(みなもとのらいこう)
ツレ:胡蝶
ワキ:独武者(ひとりむしゃ) ほか
あ らすじ
病気で弱り、寝込んでいる源頼光を侍女※の胡蝶が薬を持って見舞いにやってきます。
胡蝶が退出して夜も更けたころ、頼光のもとに僧の格好をした怪しい者が現れ、蜘蛛の巣を放ちます。
頼光が斬りかかるも僧は消えてしまいますが、騒ぎを聞きつけた独武者と従者たちが血の跡をたどっていくと、そこには土蜘蛛の精が巣を張って待ち構えていたのでした。
※貴人に使えて身の回りの世話をする女
見 どころ
独武者(ひとりむしゃ)と従者たちが土蜘蛛の精を退治するという、単純明快な能です。
最大の見せ場は、土蜘蛛(シテ)が和紙でつくられた蜘蛛の糸を投げる場面です。
放射状に放たれる蜘蛛の糸は、きわめて鮮やかで見た目にも派手さがあります。
また、演じるシテによって、土蜘蛛が潔く負けるのか、抵抗し続けて弱って負けるのかという違いも見どころと言えるでしょう。
オススメの能の演目⑤『葵上』
シテ:六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の生霊
ツレ:照日の巫女(てるひのみこ)
ワキ:横川の小聖(よこかわのこひじり)
あ らすじ
光源氏の正妻である葵上は、物の怪に取り憑かれて床に臥せっていました。
その葵上の枕元に六条御息所の生霊(シテ)が現れ、嫉妬と屈辱を晴らすべく葵上を呪い殺そうとします。
呼び出された小聖(ワキ)が加持祈祷を始めると、生霊は本性を現し、激しい抵抗の末に祈り伏せられ、ついに消え去ってしまいます。
見 どころ
『源氏物語』の「葵」の巻を題材とした能です。
実際に葵上の役は登場せず、舞台に寝かせた1枚の小袖で、無抵抗のまま物の怪に取りつかれて苦しんでいる葵上が表現されています。
六条御息所の生霊は鬼となって、祈る山伏に抵抗しますが、たとえ鬼であっても、演じるシテには元皇太子妃である御息所の品格と、叶わぬ恋に苦しむ女性の悲しみを表現することが求められます。
おわりに
初心者の方にオススメしたい能の名曲を5つご紹介しました。
古典演目ということで敷居の高さを感じている方にこそ、ぜひ先入観なしに観ていただきたい名曲ばかりです。
能を観る際に大切なことは、理解することより感じること、味わうことです。
しかし、ちょっとした知識があるとないとでは、実際に鑑賞したときの没入感も大きく異なります。
知っているともっと楽しめる、それが能です。
気になる曲があれば、ぜひ舞台を生で観賞して体感してみてください。
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