埼玉県越谷市に工房を構える柿沼人形。

1950年に東京で創業し、二代目である父の柿沼東光氏が広さを求めて埼玉に工房を移した。

東京都の伝統工芸品「江戸木目込み」の技法を使い、主に節句人形を製造している。

伝統を守りつつ、10年20年先を見据えた他にない唯一のものを作ろうと、本物志向で挑戦を続けている。

今回は、兄と共に柿沼人形を支える伝統工芸士の柿沼利光氏にお話を伺った。

「江戸木目込人形」とは、原型の土台に細い筋を掘り、その溝に衣装の布地を「きめこむ」技法で作られた人形である。

「きめこむ」とは“極めこむ”と書き、「中に入るものが、入れ物に隙間なく、うまく合うように入れる」という意味。

元々は京都で発祥した技術だが、現在は主に関東でしか作られていない。

木目込人形のルーツは、京都の上賀茂神社に仕えていた高橋忠重が作った加茂人形。

祭り道具の木端を彫刻して筋を彫り、神官の衣装の端切れを着せ付けたことから始まったと言われている。

当時はひな人形ではなく、大黒様だったり縁起の良い七福神だったりと、今とは異なるモチーフであった。

豆粒のようなサイズの人形もあったという。

木目込人形は丈夫で型崩れしにくく、造形に対する決まりがない。

自由に形作ることができるため、人形作家の個性が出るところも大きな魅力だ。

ひな人形の元の主流は華やかな十二単を着た衣装着人形で、木目込人形は立ち雛などに多く用いられていた。

しかし、現在は生産されている雛人形の3~4割程が木目込人形である。

節句人形業界では木目込みのシェアが拡大しており、認知度も上がってきている。

今まで衣装着人形を作っていた会社で、木目込人形の製作に切り替えているところもあるそうだ。

木目込人形の人気の要因は二つ。

一つは現在の住宅事情に合うコンパクト感。

衣装着人形と異なり、木目込人形は木などの胴体に衣装の端を埋め込んで作られているため小粒で狭いスペースにも飾ることができる。

40~50㎝、物によっては30㎝幅程で飾れる。

もう一つは、造形の自由度の高さだ。

衣装着人形は型紙造りが難しく、似たような形でしか作れない。

一方、木目込人形は粘土で造形するため自由度が高く、一つひとつ異なる表現ができる。

個性的なもの、人と違ったものを求める人が増えている、現代の風潮に合っているのだ。

こちらの工房では、サンリオのハローキティやチキンラーメンのひよこちゃんともコラボレーションしている。

「人形は人と人を繋ぐアイテム」

そう語ってくださったのは、利光氏。

柿沼人形は、伝統的な作品も残しつつ時代に合わせた革新的なものづくりを行っている。

海外の展覧会にも数多く出品しており、節句人形が中心だった日本人形の世界に、革新的なデザインの可能性を広げている。

ここからは、利光氏が考案した新たなデザインの人形を紹介していく。

"The Wonder 500 "に選抜!伝統をアップデートさせた招き猫

柿沼人形の招き猫は、2016年に経済産業省が推し進めるクールジャパン政策のもと"The Wonder 500 "(世界にまだ知られていない、日本が誇るべき優れた地方産品)に選ばれた。

近年、節句人形自体は少子化と共に需要が縮小傾向にある。

そんな中、柿沼人形で働く職人の仕事を確保するとともに、木目込みを広く知ってもらうため、季節を問わず売れるものを模索して生み出された招き猫。

招き猫がブレイクする前には、タヌキやフクロウなど様々な縁起物にもチャレンジしたそうだ。

招き猫のモチーフは昔からあったのだが、先代のモチーフから「目」を改良した。

元々、目はフェルトでできていたのだが、それを光が透ける素材に変えたことで目力が出た。

招き猫は雑貨屋などにも置いているので、ふらっと見て手に取り、その良さを感じてもらえるのではないかと考えたそうだ。

木目込人形は、造形が完成すれば色んな色の生地をきめこむことができる。

そこで、色に意味を持たせるために風水を取り入れた。

中でも「赤」は中国の風水で縁起が良く、中国人に人気があるそうだ。

お土産として選ぶ時でも、贈る相手のカラーを考えて購入する客もいるという。

この招き猫に限らず、新しい商品を作ろうとするときは、生地ありきで作るケースも、デザインから生地を選んでいくケースもある。

画像の招き猫はTokyoTokyoとのコラボ商品で、京友禅で生地から染めて使っている。

き猫に対する世界の反応

海外で行われた展示会の会場では色鮮やかな招き猫たちがずらりと並び、多くの外国人来場客の目を引いた。

来場客からは、「イカれている!」と言われた。

何故ならば、木目込みの作業はとても根気がいる作業のため、「こんなに細かいことを手作業で行っているなんて!」と驚かれた。

「今後やりたいことは、世界から“KIMEKOMI”と言ってもらえるようになる。

持っていると“cool”だねと受け止めてもらえるようになっていきたい」と語る利光氏。

沼人形の招き猫を作る上で難しい点

顔の印象を左右する「目」は、配置具合が大変難しいそうだ。

また、招き猫はコロンとした可愛らしい形をしているため、曲線が多い。

曲線が急なところは、生地を筋にきめこんでから布の形を整えるため、熟練の技が必要となる。

招き猫だと、特に「手」の部分。

一枚の布で出来ているので、シワがないように布を逃がすことが大変難しい。

彫られている筋にしか接着剤が塗られていないため、土台の表面に布を沿わせるのはかなりの技術がいる。

筋は0.9~1㎜で、そこに2枚の生地を入れ込む。

生地が薄ければ薄い程入れ込みやすく、厚いと押し込むのに力が必要となる。

さらに、ギフトとして使われることも多く、たくさんの方の手に渡るものなので、毛羽立ちなどがないように品質は厳しくチェックしている。

検品は利光さんが行っており、今までクレームが来たことはないという。

そうゆう地道な作業が、確かな信頼へと繋がっていくのだ。

独自技法 彩色二衣重(さいしきふたえがさね)

「彩色二衣重」とは、二つの衣装を重ねてきめこむ技法である。

一度きめこんだ生地の上に金彩加工をし、さらにその上からしゃという透け感のある生地をきめこみ、顔料で色止めをして上から叩きつけ抑える。

上の写真のように裾は箔押しで仕上げてあるので、豪華な仕上がりとなる。

大変手間が掛かる技術であることから、この技法を用いている工房は珍しいそうだ。

「昔より技術が簡素化し、最近はものづくりに対して手間暇をかけなくなっているように感じる。

便利なものも多くなってきて、あまり手の込んでいるものを作っている余裕もなくなってきているのかもしれない。」と利光氏は語った。

柿沼利光×江戸木目込人形

戸木目込み人形師となった経緯

兄がいるので、最初は継ごうとは思っていなかったです。

学生の時に家の仕事をアルバイト感覚で手伝っており、やすりがけを手伝ったりして、木目込みはとても身近にありました。

社会に出て公務員として就職したのですが、その職場が自分には合わないように感じていました。

そんな時、工場を仕切っていた人が高齢(70歳過ぎ)で一線を退くと聞きました。

職人が減ってしまうという事もあり、自分も絵を描くことや物作りが好きだったので、やってみようかと思ったことが前職をやめるきっかけになり入社しました。

行して初めてわかった江戸木目込みの世界

人形師を目指すまでは、節句人形は社内で完結する内容なのかと思っていました。

でも、節句人形は日本全国の節句行事のことを知らないと、作品に落とし込めないんですよ。

他の産地の伝統工芸品についての知識もないといけなくて、様々な事を勉強するきっかけになりました。

人形作りは通常分業制ですが、全行程を知らないとものづくりができないので、修行は外部の人形作家の先生のところに行っていました。

しかし、手取り足取り教えてくれるわけではありませんでした。

10人くらいお弟子さんがいて、順番に自分がやってきた内容を見せてアドバイスをもらう形式でした。

試行錯誤の繰り返しの日々でした。

先生の彫り方を見て盗んで学びたいのですが、なかなか彫る姿を見ることが出来ませんでした。

仕事が終わった後に残って、先生から与えられた課題の作業をする。

やっているうちに熱中していき、先生やお弟子さんたちと展示会に出す作品を作るのに夜中2、3時まで作業していることもありました。

自分の好きな題材で作ることが楽しい反面、普段の仕事と並行して行っていたので、多大な労力が必要でした。

沼利光氏が感じる江戸木目込みの魅力

一番の魅力は、造型次第で自由に表現が出来るところです。

同じ型でも、生地をきめこむ筋の彫り方によって色々な表現が出来るところが面白いと思います。

一つの生地を見せる場合と、生地同士で柄を作る場合とか。

また、様々な生地を使うためバリエーションが豊かなところも魅力です。

戸木目込み職人としてのものづくりへの想い

こだわりというよりも、お客さんの声を素直に作品へ反映させることの方が多くなってきています。

ある程度のタイミングで、衣装は一任されて自分の感性でものづくりできるようになりました。

価格に合わせた生地選びや配色の具合など、現在はどちらかと言うと全体のプロデュース業をメインにするようになりました。

木目込みの裾野を広げるために、デザイナーと協働してトレイやフォトフレーム等の日常使いできる商品の開発もして、量産ができるように落とし込んだり。

販売場の実演やアテンドもして、木目込みに関するプロデュース業は積極的に行っています。

沼人形の最大の特徴

昔から渋い色みや生地を使った作品が多く、玄人好みのひな人形が多かったんです。

でも、最近は動きを出して表現するためにポーズを工夫してみたり、他の木目込みと差別化するために十二単の裾を波打たせて表現してみたりしています。

ものづくりが変わってきていると感じます。

量産するものより、小ロットで丁寧な仕事を行うのが工芸士の強みになっていっているのではないでしょうか。

先代は旅好きで、昔から世界各国の色んな生地を仕入れては木目込人形に使っていました。

当時から新しいものに柔軟にチャレンジしていたのです。

柿沼人形は来年で創業70周年の会社です。

業界では、老舗と呼ばれる会社は他にもあります。

会社によっては配色のこだわりがあり、「これの組み合わせはやらない」と決めているところもありますが、柿沼人形では柔軟に対応しているのが特徴です。

全く同じ路線で勝ち残ることは難しいので、他とは違うもので表現し色んなものを取り入れ、新しいことへ挑戦しやすい環境だというのは特徴でもあり、最大の強みであると思います。

江戸木目込人形の製作工程

人形作りは分業制で行われている。

それぞれの工程にスペシャリストがおり、各持ち場を担当している。

型作り

人形のイメージが決まりデッサンが完成したら、それに基づき粘土で木目込人形の原型を作っていく。

リ取り

型から抜き取った土台となる素地を乾燥させ、バリと呼ばれる型からはみ出た部分を削る。

乾燥によるひび割れや凹凸を桐塑とうそで補修し、やすりで補修しながらボディを仕上げる。

相書き

人形の顔形を書いていく。

表情は木目込人形の良し悪しを左右する、「人形の命」。

この面相書きは、人形に命を吹き込む重要な作業なのだ。

面相書き専門の職人が、薄い墨を幾重にも重ね、一筆一筆丁寧に描いていく。

ほんの少しの加減で、人形の表情が変わってしまうのだとか。

利き手と反対の面相を書くのは難しく、それを左右対称に描いていくのは至難の技だ。

粉塗り

胡粉(貝殻を焼いて作った白い顔料)をにかわで溶かし、素地のボディに塗る。

この作業を行うことにより、素地を引き締め崩れやすさを防止するとともに、薄い色の生地をきめこんだ時に、素地の色が透けてしまうのを防ぐことができる。

目込み

ボディの筋にそって糊を入れ、型紙からとった衣装となる布地を目打ちやヘラを使いきめこんでいく。

生地が厚ければ厚いほど力が必要となり、技術が必要となる。

本物の衣装を着せるように、下着・上着・袴・帯の順にきめこんでいく。

付け

最後に仕上げたボディに頭や手を取り付け、木目込人形の完成となる。

柿沼 利光×Q&A

りがいを感じる瞬間は?

節句人形はお祝い事やギフトといった、めでたいことに使われるものなので、みんなの笑顔を見ることができる販売の場で、直接お客様から「ありがとうございます」と言ってもらえるとやりがいを感じます。

客さんに言われて心に残っている言葉は?

自分で初めて衣装合わせをして作った作品を気に入り、購入してくださったお客様が、
「作札をあなたの名前にしてください」と言ってくれたことがとても嬉しかったです。

※ひな人形の前面に置いてある、作成した職人の名前が書いてある木札。

あとは、フランスで実演販売を行った時に、現地の人が隣で間近にきめこんでいる様子を食い入るように見て、「素晴らしい」と言ってくれたことが心に残っています。

戸木目込み職人をやっていて忘れられない体験は?

フランスの展示会に出た際、「これなら買ってもいいわよ」と近くのブースに出品していたフランス人女性が言ってくれたのですが、その商品が売り切れてしまい…。

しかし、実は会場の陰でこっそりと同じ商品をきめこんでおり、後で「あなたのために作りました」と渡したら感激して泣いて喜んでくれました。

「モノで気持ちが繋がったのかな」と感じ、とても嬉しかったです。

れからを担う世代として今後挑戦したいことは?

現在は海外でも少しずつ認知度が上がっており、インスタグラムではフランス発信でKIMEKOMIのワードが出たり、パリに柿沼人形を置いているお店があったり、シカゴやバンクーバーの美術館でも柿沼人形の木目込人形を販売しています。

もっと「KIMEKOMI」のワードを世界に発信するために色んなものとコラボし、色んなオーダーを受けて作っていきたいです。

リアルを追い求めると、秋葉原のフィギュアのクオリティに勝つことは難しい。

しかし、木目込みならではの落とし込み方になると、かなりデフォルメして木目込みしやすくしていくのが難しくもあり、やりがいのある部分でもあります。

木目込人形の裾野を広げて、国内外問わず、まずは認知からしてもらいたいです。

直球の節句人形だけでなく、変化球で「こんなところで木目込み?」という形で発信するチャネルは全く違うものだと思うので、そんな広がり方でも面白いと思います。

「置物」は余裕がないと買えない物なので、こうゆうものが世界に普及しているということは世の中が平和だということだと思うんです。

人形を見て和んでもらえる人が、一人でも増えるといいと願っています。

インタビューを終えて

最後に、木目込人形に使用する生地の倉庫を拝見させていただきました。

日本各地はもちろん、ヨーロッパや中国など様々な地域から集められた、美しく珍しい生地が所狭しと棚に並んでいました。

柿沼人形の作品は、節句人形も招き猫も色鮮やかな見た目が美しく、心が惹かれました。

皮や刺繍の生地など、一見扱いが難しそうな生地でも作品に落とし込めるのが利光氏の技術が光るところです。

「職人」というと、固くこだわりの強いイメージがありますが、いい意味で真逆の印象を受けました。

終始、謙虚で柔らかい語り口でお話ししてくださいました。

その柔らかさが時代の変化に柔軟に対応し、お客様の声を聞き、世界でも選ばれる作品を生み出すことができた要因なのではないかと感じました。

「人形は人と人を繋ぐアイテム」だと優しい表情で語る利光氏。

節句人形は子供の成長を願って送られるものですが、招き猫もギフトでの需要が大きいそうです。

一つひとつ妥協することなく丁寧に作られた愛らしい人形に、送られた方も思わず笑顔になってしまうのではないでしょうか。

毎日忙しい日々を送るあなた。

普段頑張っている自分へのプレゼントに、ぜひ柿沼人形の招き猫をお迎えしてみるのはいかがでしょうか?

きっと癒しと笑顔、そして幸運を運んでくれるはずです。

柿沼 利光さんの略歴

2005年  人形師芹川英子氏に師事、柿沼東光氏と共に工房を支えている。

2016年  フランス「メゾン・エ・オブジェ」、ドイツ「アンビエンテ」に招き猫を出品。   アンビエンテでは、トレンドセレクションに選出された。

1979年  東京都荒川区生まれ

2002年  東洋大学卒業

2019年  経済産業大臣指定江戸木目込人形の伝統工芸士に認定

26歳より家業である人形師の道へ入り、人形師芹川英子に師事。

2代目で父である東光からも伝統的技術を学ぶ。

芹川英子主宰の桐彩会展に出展するなど、人形製作に励む。

節句人形の啓蒙活動を進める一方、常に新しい感性を持って喜ばれる商品を創造している。

近の取り組み

東京都中小企業振興公社プロジェクト、東京手仕事では江戸木目込技法を用いた商品開発に積極的に取り組むなど、時代のニーズに合わせた江戸木目込の普及活動に邁進している。