出典:神奈川県
「小田原漆器」は、漆器の中でも木目の美しさを生かした伝統的工芸品として知られています。
木地製品に漆を何度も摺りこませて木目を浮かび上がらせるため、木の色味や木目の模様はそれぞれ異なり、オンリーワンの小田原漆器に出会うことができます。
日本の自然と、優れた技術から生まれた美を実感できる工芸品といえるでしょう。
今回は、小田原漆器とはどのような漆器なのか、その歴史から特徴や魅力、作り方、主な工房までご紹介します。
小田原漆器とは
小田原漆器とは、神奈川県小田原市で室町時代から作られている漆器です。
優れたロクロ技術と漆塗の技法が融合した工芸品で、盆や器、皿など毎日の暮らしに使う堅牢な実用漆器を中心に作られてきました。
主な素材はケヤキ、セン、クワ、トチといった、堅く曲げにも強いものが用いられます。
その中でも代表的なのがケヤキで、“けや”は、“際立って目立つ”・“美しい”という意味の“けやけし”から『けやけき木』を略してケヤキと呼ばれるようになったとの説もあり、その木目の美しさが小田原漆器の魅力の一つに繋がっています。
小田原漆器は、昭和59年(1984年)に通商産業大臣(現在の経済産業大臣)による伝統的工芸品に指定されました。
経済産業大臣が指定した「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて認められた伝統工芸品のことを指す。
要件は、
・技術や技法、原材料がおよそ100年以上継承されていること
・日常生活で使用されていること
・主要部分が手作業で作られていること
・一定の地域で産業が成り立っていること
日本には何十年、何百年も前から受け継がれてきた技術を用いた、伝統工芸品が数多く存在します。技術の革新により機械化が進み、安価で使いやすい商品がどんどん市場に出回っている昨今、手作業で作られる伝統工芸品は需要が少なくなり、追い詰められているのが現状です。
令和4年(2022年)の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台である神奈川県。そんな神奈川県では、何百年も前から受け継がれてきた技術で作り上げた、20品目以上の伝統工芸品が存在します。この記事では、経済産業大臣によって神奈川県の「伝統的工芸品」として指定されている鎌倉彫、箱根寄木細工、小田原漆器、江戸押絵をご紹介します。
小田原漆器の歴史
小田原では古くからロクロを用いて木工製品を作る木地師が住み着いて器を作っていました。
のちにその器に漆を塗るようになったことから、小田原漆器の歴史が始まります。
氏 族の庇護で発展した室町時代
平安時代、文徳天皇の第一皇子・惟喬親王と木地師集団が今の小田原市早川にたどり着き、箱根の豊富な木材を利用して木の器づくりを始めたという伝説が残っています。
やがて室町時代中期に、小田原城建設のために城下に集められた漆職人が、木地師の作った器に漆を塗ったのが小田原漆器の始まりとされています。
室町時代後期(戦国時代)には、北条早雲を祖とする後北条氏※第3代当主・北条氏康が、塗師を城下に呼び寄せ、生漆に朱や黒などの色を入れて作る彩漆塗の技法を取り入れたことで、小田原漆器は発展しました。
※後北条氏:戦国時代に関東で勢力をもった大名の氏族。鎌倉幕府執権の北条氏とは異なる家系で区別するため、“後北条氏”のほか“小田原北条氏”、“相模北条氏”とも呼ばれる。
実 用漆器として広まった江戸時代
江戸時代にはお盆やお椀、皿などの庶民が使う食器のほか、鎧や兜など武具にも漆を塗るようになり、小田原漆器は城下ではもちろんのこと、地の利を生かして江戸にも多く流通するようになります。
また、小田原の町周辺が宿場町、温泉地として賑わったため、小田原漆器は小田原土産として人気を博し、今日まで伝統が伝えられることとなりました。
小田原漆器の特徴と魅力
小田原漆器は、優れた挽物※技術と漆塗りの技法が融合して世界で一つの作品を生み出します。
ここでは、小田原漆器の特徴と魅力をご紹介します。
※挽物:ロクロなどを使って木材をひき、お椀やお盆などの製品を作る技術や製品のこと。
木 地の木目の美しさを見せる技法
小田原漆器の魅力は、滑らかな木肌と木地本来の持つ木目の美しさにあります。
艶やかに浮かび上がる木目の美しさは、「摺漆塗」「木地呂塗」「彩漆塗」などの技法によって引き出されているのが特徴です。
いずれの技法も、漆の下から木目が透けるように浮かび上がります。
また、木目の美しさの理由は木の切り取り方にもありました。
小田原漆器は、木を輪切り方向に切り出すことの多い他の産地と異なり、木が生える向きと垂直に切り取ることで、山や渦のような曲線を描く、個性的な木目を作り出しているのです。
この“板目”と呼ばれる技法は1本の丸太を広く切り取り、無駄なく使うための工夫でもあり、お盆づくりが盛んな小田原ならではのもの。
年輪を縦に割ると木材に狂いと呼ばれる反りが生じやすいのですが、長年培ってきた伝統技術により、優れた木工製品を生み出してきました。
天然素材が生み出す木目模様を生かした小田原漆器は、一つとして同じものがないオンリーワンに出会える喜びを与えてくれます。
堅 牢でシンプルモダン
小田原漆器は手にやさしく馴染み、丈夫で使いやすいのも魅力です。
丈夫で歪みの少ないケヤキを使い、優れた挽物技術で作り上げられた小田原漆器は堅牢で耐久性があり、手に持った時も軽いため日常の食器として使うのに適しています。
また、小田原漆器は木地の色味と木目の美しさを生かしたシンプルモダンな製品が多く造られてきました。
ナチュラルな風合いが食卓によく溶け込むことに加えて、使いこむほど漆が透けて木目が美しく浮き上がる変化を楽しむことができます。
小田原漆器の作り方
小田原漆器の作り方を木地工程、漆塗工程に分けてご紹介します。
木 地工程
1.原木の切断と取り
原木から製品に合わせて必要な木材を切り出し、丸のこ盤などで製品に応じて挽き割りをします。
2.荒挽き
鉋を使って、おおよその器の形を作ります。
3.木材の乾燥
おがくずを燃やし、燻煙で木材の水分を乾燥させます。
その後、燻煙乾燥室、さらに自然乾燥を行います。
4.成形
木をロクロで回しながら削って形を作っていきます
漆 塗工程
小田原漆器における漆塗工程では、木材の自然な木目の美しさを生かす「摺漆塗」や「木地呂塗」、2つの代表的な技法をご紹介します。
摺漆塗(すりうるしぬり)
1.漆の木から採取した精製前の漆である“生漆”をヘラや刷毛で塗布し、1~2日ほど乾燥させた後に水研ぎします。
2.生漆を摺りこんで拭きあげ、乾燥させるという工程を6~8回繰り返します。
摺り込みと拭き上げの間合いがポイントです。
※摺漆は、別名「拭き漆」ともいいます。
木地呂塗(きじろぬり)
1.砥石の粉末に生漆を加えた錆漆を木地全体に摺りこみ、生漆で錆固めをして乾燥させます。
2.半透明の木地呂漆を3回塗り重ねて(下塗り・中塗り・上塗り)、水研ぎで磨き上げます。
3.生漆を何回か摺りこんで、角粉で化粧磨きします。
なお、2回目の塗の際、黒色の漆を塗り、その上に朱色、黒色の漆を塗る「溜塗」は、色が透けて見え、格別な美しさです。
小田原漆器の工房
小田原漆器の主な工房をご紹介します。
大 川木工所
昭和元年(1926年)創業の「大川木工所」は、お椀やお盆からどんぶりまで、普段使いの漆器を作り続けています。
3代目の大川肇さんは小田原漆器の木地師部門の伝統工芸士で、木目の美しさを生かした作品で国内外から高い評価を受けています。
平成22年(2010年)に催された第61回全国植樹祭では、当時の天皇・皇后両陛下のお食事にも使われた器を手掛けられたとも。
なお、工房では“漆の研ぎ出し体験”(体験料3,000円~、要予約)も行なっていますので、小田原にお立ち寄りの際はスケジュールに組み込んでみてはいかがでしょうか?
大川木工所
〒250-0035 神奈川県小田原市南坂橋2-226-2
JR東日本「早川駅」より徒歩9分
0465-22-4630
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
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漆 ISHIKAWA(石川漆器)
「漆 ISHIKAWA(石川漆器)」は、江戸時代に小田原藩大久保家の槍塗師をつとめてきた家柄で、明治20年(1887年)に小田原漆器の製造販売店として設立されました。
原木から製品まで一貫して製作し、伝統を守りながらも麻を塗りこめたお椀など新しい意匠にも挑戦しています。
色漆を工房で作っているため、相談しながらお好みの色合いを決めることもできますよ。
4代目の石川満さんは、小田原漆器の塗り部門の伝統工芸士です。
漆 ISHIKAWA(石川漆器株式会社)
〒250-0011 神奈川県小田原市栄町1-19-16
JR東日本/東海・小田急線「小田原駅」東口より徒歩10分
0465-22-5414
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
薗 部産業
「薗部産業」は、昭和24年(1949年)に小田原漆器の製材から仕上げまでを行う工房として開業しました。
お皿やお椀などの食器を製造しており、今では漆器にこだわらずウレタン塗装で仕上げた“銘木椀”なども生み出しています。
平成8年(1996年)にグッドデザイン賞を受賞した銘木椀は、6種の木材を組み合わせてウレタン塗装で仕上げた器で、手に吸い付くようなコロンとした形の曲線が魅力です。
平成11年(1999年)からは、小田原市内の小学校に給食で使用するため木製品椀を製造するなど、地域とのかかわりにも積極的に参加しています。
小田原木製品・薗部産業 ソノベ
〒250-0861神奈川県小田原市桑原867-8
0465-37-5535
情報は変更となる場合がございます。詳細は、公式サイトをご確認ください。
おわりに
小田原漆器の歴史、特徴や魅力、作り方、工房についてご紹介しました。
小田原漆器は実用的で使いやすいうえに、天然素材を生かした工芸品のため、オンリーワンで自分の好みに合った器を選ぶ楽しさもありますよ。
使えば使うほど手に馴染み、美しさを増す経年変化も魅力的です。
ぜひお気に入りの小田原漆器を手に取って、日本の自然や技術をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。
「漆器(しっき)」とは、木や紙の表面に漆を塗り重ねて仕上げる工芸品です。丈夫で耐久性があり、加飾技法も多種多様で、日常の漆器から代表的な建築、仏像、芸術品までさまざまな用途に用いられてきました。この記事では、漆器の歴史や特徴、全国の有名な漆器の種類や技法などをご紹介します。
漆器というと、「手入れが大変そう…」や「敷居が高そう…」といったイメージを持ってはいませんか!?
しかし、実は漆器のお手入れはそれほど難しくなく、いくつかのポイントを押さえておけば、他の食器同様に使えるんですよ♪
普段、どんな食器をお使いですか。ずっと触れていたい手触りや口当たりを、食器に感じたことはありますか。食器を変えれば、食卓が変化します。手になじむ優しい漆器は、食器を手にとって食べる日本食のスタイルに非常に適しています。
漆器は日本だけでなく、アジアの広い地域でみられます。中国の浙江省河姆渡遺跡から発見された、約7500~7400年前に作られた木製の弓矢に漆が塗られていたことから、これが最古の漆器とされています。
漆器は大きく分けると「木地」、「下地塗り」、「中塗り・上塗り」、「加飾」の4つの工程で作られます。その工程の中でも、素材や品質によってさらに種類があり、高価なものから安価なものまで分かれています。
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