日本には漆器の産地が30近くありますが、中でも「山中漆器」は生産額が産地全体の70%を占め、日本一を誇ります。

古くから木地挽物ひきもの技術(ロクロを使って原木を回転させながら椀や盆などの製品に彫り出す技術)に優れ、高齢化が進む全国の産地から木地の注文がくることもあり、山中は木地の生産規模でも日本一です。

山中漆器とは?

山中漆器は、加賀百万石ひゃくまんごくで有名な石川県加賀市の山中温泉地区で古くから作られている木工製品で、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づき、経済産業大臣により日本の「伝統的工芸品」に指定されています。

優れた木地挽物技術によって作られた木地は美しく、堅牢けんろうです。

木地挽物とは、木材をロクロや旋盤せんばんで回転させながら刃をあて、削り出して器物を作ったり装飾を施したりする技術やその製品のことをいいます。

木地には丈夫で狂いのないケヤキやトチ、ミズメサクラなどの木材を使います。

山中漆器の歴史

山中漆器の歴史は安土・桃山時代にさかのぼります。

天正年間(1573~1592年)、織田信長や豊臣秀吉が覇権を争っていた頃、越前の国(福井県北部)から木地師の集団がやってきて、山中温泉上流の真砂まさごという山間の集落に移り住みました。

この集団は、越前の領主であった朝倉氏から「諸国山林伐採許可状」という、原木伐採の自由を認めたお墨付きを与えられ、良質の材料を求めて山から山へと移動してきたのでした。


当初は白木地のお椀やしゃもじなどを湯治とうじ客相手に売っていました。

江戸時代に入ると、会津や京都、金沢から塗りや蒔絵の技術を取り入れ、木地の表面に装飾的な模様を刻みつける加飾挽かしょくひきなど様々な技法も開発され、茶道具を中心とした漆器の産地として発展してきました。

現在は、天然木に漆を塗って仕上げる伝統的な木製の漆器のほか、ウレタン塗装したプラスチック製の漆器も開発・大量生産しています。

山中漆器の特徴

木地の山中」~多様な木目のアート~

石川県には有名な漆器の産地が3つあります。「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」、そして「木地の山中」。

山中漆器がそう呼ばれるのは、古くから木地師が多く、挽物木地では質も生産量も日本一だからです。

シンプルに木地に生漆きうるしと呼ばれる琥珀色の漆を塗っては拭き、塗っては拭き、を繰り返す「うるし」は、木目を生かして仕上げる技法です。

拭き漆によって磨き上げられた漆器は、凛とした美しさと艶をまとい、手にしっとりとなじみます。

自然が生み出す多様な木目模様はオンリーワンの喜び、楽しみをわたしたちに与えてくれます。

美な蒔絵技術

山中漆器に蒔絵技術が持ち込まれたのは江戸中期のことです。

会津や京都、金沢から漆職人や蒔絵職人を招いてその技術を取り入れました。

蒔絵とは、漆を塗った器物に、金や銀などの金属の粉や色粉を使って様々な文様を描く技法です。

蒔絵の技法は大きく平蒔絵・研ぎ出し蒔絵・高蒔絵に分けられます。

平蒔絵は、下地となる漆を塗った木地に漆で絵を描いてから、そこに金や銀などの粉を蒔き、乾燥後、蒔絵だけに透明な漆を塗って固定させます。

研ぎ出し蒔絵では、粉を蒔いた後、全体に色漆を塗り、木炭や砥石などで蒔絵が現れるまで研磨します。

山中漆器で特に有名な「高蒔絵」では、漆下地の上に蒔絵をする部分だけを高く盛り上げ、立体感を出します。

山中漆器では茶道具、特になつめの蒔絵が有名です。

深い黒色や朱色の漆器に繊細な文様が描かれた蒔絵は格調高く優美で、多くの人の心を魅了してきました。

最近では、アクセサリーや文具などにも漆蒔絵が施されるなど、新たな魅力が表現されています。

統漆器からモダンまで

山中漆器は、伝統的な木製の器物だけでなく、戦後はプラスチック樹脂の器にウレタン塗装という合成漆器の生産を開始し、大量生産による低コスト化、生産のスピードアップを実現してきました。

合成樹脂の利点を生かし、伝統にとらわれない形状や色彩を取り入れ、時代の変化に柔軟に対応してきました。

デザインも、高度な挽物技術を駆使して現代のライフスタイルに合うようなスタイリッシュなフォルムを作り出しています。

山中漆器ができるまで

中漆器ができるまで

① 木取り
山中には「縦木取り」という独特の方法があり、木を輪切りにして年輪に沿って木取りします。
他の産地に多くみられる横木取り(木を繊維に沿って切り取る)よりも強度ははるかに強くなり、木目が透けるほどの薄挽きも可能です。

② 荒挽き
ロクロ挽きで大まかに仕上がりの形状・寸法に加工します。

③ 乾燥
木地にゆがみが生じないように、木地を約40~60日かけて乾燥させます。

④ 中荒挽き
木は乾燥や湿気により膨張したり収縮したりするので、仕上がり寸法より3mmほど余裕をもたせて中荒挽きを行い、再度乾燥させます。

⑤ 仕上げ挽き
十分に乾燥した木地を目的の形状にロクロ挽きします。

⑥ 木地固め
乾燥した木地の木目に漆を染み込ませて木地をしっかりと固め、変形を防ぎます。

⑦ 拭き漆
木地に生漆をすり込み、余分な漆を拭き取る作業を繰り返します。

漆は性質上、水分がないと乾かないため、塗ったものは温度10℃以上、湿度70%前後になるように調整した風呂棚と呼ばれる棚で乾燥させます。

⇒拭き漆で仕上げた漆器は、木目を生かした素朴な風合いに。

⑧ 下地
木地の損傷しやすいところに糊漆で布を張り補強します。木地の表面を平らにするため、砥石やサンドペーパーで研ぎます。

⑨ 上塗り
薄く下塗りし、研いだ後、ほこりや塗りむら・刷毛むらに気を付けながら刷毛で上塗漆を全面に薄く塗り、乾燥させます。

⑩ 蒔絵
漆器の表面に、漆で文様や文字などを描き、乾かないうちに金銀などの金属粉や色粉をいて、表面に定着させます。

平蒔絵、研ぎ出し蒔絵、高蒔絵といった様々な技法があります。

飾~その多彩な装飾技術

ロクロを回しながら木地に刃物をあて模様を付けることを加飾といいます。

模様によって使う刃物(小刀やカンナ)や木地への刃のあて方、ロクロのスピードも異なります。

木地職人は、この木を削るための刃物も、用途に応じて自分で鋼材から作るほどこだわって作っています。

山中漆器の加飾で特徴的なのは、木地の表面に平行に細かな筋目を入れる「筋挽すじびき」と呼ばれる装飾法です。

1本ずつ等幅に細い筋を引く「千筋ちすじ」、荒々しくランダムに筋を入れる「荒筋」、針状のもので細く繊細な筋を入れる「毛筋」や「糸目」、カンナの刃先が跳ねながら削る「トビ筋」、稲穂の模様に削る「稲穂挽きいなほびき」など、その技法は20種類以上に及びます。

山中漆器の祭り~行ってみよう、触れてみよう~

中漆器祭り

山中漆器祭りは、毎年ゴールデンウィーク中の5月3日~4日の2日間にわたり、山中温泉中心部の特設会場で開催されます。

山中漆器の産地直売はもちろんのこと、加賀・山中の特産品販売、絵付け体験や拭き漆体験、野外特設ステージでの漆器わんこそばバトル、わくわく子どもランド…と、盛りだくさん。

ファミリーで楽しめるイベントとなっています。

当日は、茶道具や汁椀など、伝統的な山中木製漆器から、インテリアやアクセサリーなど近代漆器まで、産地直売の価格で購入することができます。

J APAN漆YAMANAKA

毎年秋に開催されます。もともとは木地、蒔絵、上塗りの各部門の展示会だったものが平成8年に合併され、各部門が力を結集して産地職人からの情報発信を目指して始められました。

それぞれの展示会の歴史はさらに古く、蒔絵展は戦前からの歴史をもちます。

木地、蒔絵、上塗りのいずれの展示会も、作り手の立場からの企画・提案・モノづくりをして情報発信をしているのが特徴です。

おわりに

漆器はけっして格式ばったものではなく、軽くて丈夫で抗菌性や断熱性もある、機能的で使い勝手の良い器です。

機会があれば、ぜひ山中漆器を手にとって、そのぬくもりを感じ、日本の自然と日本人の技術から生まれた美を味わっていただきたいと思います。