はるか遠い昔から、私たちの生活の身近なものとして在り続けてきた欄間。

かつては、和室の換気や採光の役割を担っていました。

欄間を取り入れた建造物は、平安時代の仏堂からはじまり、神社建築や住宅建築へと広がっていきました。

現代の住宅ではめっきり見る機会が少なくなった欄間ですが、現存する歴史的な建造物などに見ることができます。

今も生き続ける欄間の姿を探す旅に出かけましょう!

欄間彫刻が生きる建造物

瑞泉寺ー富山県南砺市井波地区

まずご紹介したいのが富山県南砺市の井波地区にある瑞泉寺ずいせんじ

華麗で繊細かつ豪壮で大胆な井波いなみ彫刻が施され、欄間だけでなく寺の至る所に素晴らしい彫刻を見ることができます。

瑞泉寺は1390年(明徳1年)に建立され、北陸の真宗信仰の中心となり、一向一揆の拠点ともなりました。

その後1762年(宝暦12年)、宝暦の火災により焼けてしまいます。

その時に再建のために京都の本山(東本願寺)から彫刻の技術を持った大工が派遣されることになりました。

この時に地元の大工が彫刻の技法を学び、井波彫刻の始まりとなったことが伝えられています。

本堂はもちろん、波に龍の立派な彫り物がある山門や宝物殿、庭園や茶室など見るべきポイントはたくさんあるのですが、ハイライトは太子堂の彫刻です。

井波彫刻の粋を結集した素晴らしい彫刻の数々に思わず目を奪われてしまいます。

名古屋城本丸御殿―愛知県名古屋市中区

次にご紹介するのは、昨年リニューアルされたばかりの名古屋城本丸御殿。

徳川家康ゆかりのお城で、徳川御三家の1つ、尾張徳川家17代が明治時代まで住んでいたといわれています。

1945年(昭和20年)の名古屋大空襲で焼けてしまいましたが、戦後復元。

さらに整備され、2018年に本丸御殿が蘇ったのです。

名古屋城に復刻された欄間は、豪華絢爛。特に豪華なのが1634年(寛永11年)、3代将軍家光のが都に上る(上洛)ために増築された上洛じょうらく殿の彫刻欄間です。

当時は都であり、朝廷のある京都に入ることを上洛といいました。上洛は将軍の力を誇示するための一大イベントでした。

格式の高いこの場所にのみ、彫刻欄間が施されています。

きめ細かく彫られた花鳥風月が色鮮やかに輝き、なんともゴージャスな雰囲気を醸し出しています。

狩野派の絵師、狩野探幽の壁画も配されています。

日本各地の欄間の産地と職人

井波欄間

欄間の代表的な産地は、富山県南砺なんと市の井波地区です。

最初にご紹介した瑞泉寺の門前町です。

寺院再建のため、京都から職人を招いたことがきっかけとなり、井波彫刻として受け継がれるようになりました。

明治時代から寺社彫刻以外に住宅用の井波欄間も広まっていき、和室の欄間の欠かせない存在として、担い手になったのが井波の職人たちです。

昭和時代には東本願寺や東京築地本願寺、日光東照宮など全国各地の寺社や仏閣の彫刻を手がけています。

木材の上質な産地、飛騨高山に近かったことも、欄間の生産が盛んになった理由の一つでしょう。

1947年には、日本で唯一木工専門の職業訓練校「井波彫刻工芸高等職業訓練校」をつくり、若い職人を育成しています。

大阪欄間

大阪府内の聖神社(和泉市)や四天王寺にその原型が見られ、17世紀初頭に始まったとされているのが大阪欄間です。

元は寺院や貴族など特別な身分の人たちが、自分たちの力を誇示するものとして取り入れられた欄間。

江戸時代中期ともなると、広く庶民の住まいにも用いられるようになります。

そこで、多くの高貴な人たちが住んでいた京都から大阪へと拠点を移すことになります。

当時の大阪といえば商人の街でもあり、「天下の台所」と呼ばれ、欄間の材料である木材問屋も集まっていたと言われています。

そのため欄間の生産も盛んになり、欄間の生産量に比例して多くの職人が集まるようになりました。

隆盛を極めた大阪商人の住まいを手がける形で、たくさんの欄間が制作されました。

デザインの美しさはもちろん、採光や通風など実用面も重視したのが大阪人。

1975年には井波欄間と並び、通商産業大臣(現在の経済産業大臣)から伝統的工芸品の指定を受けています。

この2大産地のほか、香川県観音寺市でも欄間が作られています。

水戸藩初代、徳川頼房よりふさの長男、松平頼重が高松藩万石の藩主となったとき、頼重公に尊敬してついてきた飛騨の木工職人によって伝わったという説があります。

欄間の作り方と技術

それでは、和の建具である欄間はどのようにして作られるのでしょうか。

代表的な欄間である彫刻欄間を例にとってご紹介します(産地によって多少製法や素材は異なります)。

1.材料の木を選ぶ

欄間の原木は楠、けやき、桐、杉やひのきなどです。


  材木
  

  特徴
  

  産地
  

  用途
  

杉(スギ)

日本を代表する木材。軽くて柔らかく、加工に適する

秋田、吉野など本州北部から屋久島まで分布。地域で特徴の異なる杉もある

建具など建築用材、割り箸や家具、造船など幅広く用いられる

檜(ヒノキ)

スギに次いで造林面積が広い木材。木目が細かく、香りもいい

本州中部から、四国、九州

古くから高級建築材として寺社建築に使用

楠(クスノキ)

虫除けの効果がある香りを持つ

本州(関東以南)、四国、九州

寺社建築に使用される他、楽器や彫刻にも使用

欅(ケヤキ)

やや重く硬め。耐湿・耐久性に優れる

本州、四国、九州

建築材や家具、建具など

桐(キリ)

軽く、強い吸湿性、防虫効果も

北海道から九州

桐ダンス、桐箱などの家具、下駄など

2.製材する

材料となる木から、欄間になる部分を切り出します。

欄間のサイズに合わせて厚みや幅、長さを決める作業です。

3.自然乾燥させる

製材した木材を、湿気の少ない場所で乾燥させます。

きちんと乾燥させないと、木にヒビが入ってしまうことも。

最低でも3ヶ月以上、半年から1年乾燥させるのが理想的です。

4.木取り

さらにきちんとした欄間になるよう、寸法を合わせて切ります。

5.下絵を描く

木材の寸法内に図柄のデザインを考え、炭で和紙に描きます(井波欄間)。

木取りした木の表面そのものに、筆と墨ダイレクトに下絵を描きます(大阪欄間)。

6.挽き作業

下絵を材料に写し(井波欄間)、おおよそのデザインにそって不要な部分を切り出します。

7.荒おとし(繰り仕事)する

切り出した部分を、さらに小刀で丁寧に削る作業をします。

約16種類のノミを使って、荒削りしていくのです。

頭の両端がとがっていない金槌であるゲンノウでたたき彫りをし、欄間のおおよそのアウトラインを作っていきます。

8.乾燥(井波欄間)

自然に約1カ月乾燥させます。

9.荒彫り

さらに下絵の図柄に合わせ、70種ものノミを用いて掘り下げていきます。

立体感が出てきます。

10.小彫り

より立体感を出し、図柄を浮き上がらせるため、細い荒彫りノミ200数本を用いて丁寧に彫っていきます。

表面の作業が終わったら、裏面も同様に、ここまでの作業をします。

11.仕上げ

さらに細かい部分を彫っていきます。

さまざまな種類のノミだけを用い、ヤスリを使うことはありません。

大阪欄間は、彫刻を施した部分と周りとの差を出す作業(面取り、つくり出し)を行った後、磨き加工をします。

浮造うづくりを使って、木蝋もくろうやイボタ蝋で磨きます。磨くことでツヤを出すことができるのです。

浮造りとは、刈萱かるかや※1の草の根を水にさらし、干して束ねた道具のことで、木蝋はウルシの実から作ったロウ、イボタ蝋はイボタロウムシの分泌物から作ったロウのことです。

※1 イネ科の多年草、オガルカヤとメガルカヤの総称。ススキに似る。

モダンなデザイン欄間をご紹介

歴史や伝統の重みを感じる欄間ですが、日本人の生活様式の変化とともに、見かける機会が減ってきています。

しかしその一方で、欄間のデザインを活かしつつ、現代的な感覚を取り入れ、モダンなデザインの建具としてインテリアに再活用する例もあります。

古い民家をリノベーションする際、前の住人が使っていた透かし彫り欄間や彫刻欄間にガラスを入れてリメークしたり、欄間を取り外してオブジェにしたり……。

古民家カフェなどに行くと、そういったデザインを見ることができます。

なかなか見る機会はありませんが、天井を見上げるとモダンな欄間を見つけることができるかもしれません。

また、欄間に用いられる技術でもある、組子を生かしたシェードランプなども販売されています。

気軽に欄間の「和」の雰囲気を取り入れることができそうです。

欄間の産地である井波では、彫刻技術を生かした「獅子ギター」を製作しています。

ライフスタイルが欧米化し、畳文化や和室が減ってしまっている昨今。

欄間の伝統を継承すべく、新しいチャレンジも行われています。

おわりに

決して目だつことなく、和室の天井と鴨居の間にたたずんでいた欄間。

通風や採光といった実用面ではもちろん、職人の仕事が映える美しいデザインからも「和」の心を感じさせます。

生活様式や時代の変化に伴い、和の要素を取り入れた和室が少なくなってしまった昨今。

もう一度欄間に注目し、その魅力を再確認してみませんか。