伝統芸能の世界は、血筋が全てのイメージが強いですよね。
その中でも、能楽の世界は特に格式が高いといわれています。
しかし、そんな中でも活躍している一般家庭出身のスターたちがいるのをご存知ですか?
今回は、能楽の世界の血縁についての考え方や、実際に活躍する能楽師たちをご紹介します!
世襲の世界について~血縁が全て?~
伝統といえば、「家」「血筋」「長男」のような、封建的で閉鎖的なイメージが浮かびます。
では、実際の能楽の世界は、一体どんな様子なのでしょうか?
案 外そうでもない!能楽の世界の仕組み
能楽師には、狂言を演じる役者の「狂言方」の他に、シテ方、ワキ方、囃子方がおり、それぞれの役割を担っています。
家ごとに流派があり、観世流や宝生流などが有名です。
たとえば観世流シテ方では、それぞれ職位として、上から、宗家※1・分家・職分・準職分・師範・・・のような階層構造になっています。
完全な世襲制を取っているのが宗家と分家、自分の流儀の家元とは直接血縁がなくても、代々観世流の能楽を生業にしている家が、職分家に当たります。
そして、それ以外で能を家業とする家は準職分家と呼ばれます。
役や流儀によって詳細は異なりますが、このように、能楽の世界の骨組みは家制度によって維持されているのです。
では、やはり一般家庭の出身で能楽師になることは不可能なのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。
弟子入りして書生※2として長年の修行を耐えた後、家元からの免状をもらえば、晴れて“玄人※3”となることができます。
自身が家として認められる訳ではなく、個人的に認められるという仕組みなので、自分の師匠の家の人間という扱いになります。
玄人になった後に子どもができた場合、幼少期から能楽に触れ合うことになるため、この世界に足を踏み入れるときには随分と有利にはなるでしょうが、子供が自動的に能楽師になるということはありません。
しかし、数世代続けば家として認められる場合もあり、過去には、八世・茂山久蔵で途絶えた大蔵流の茂山家を、久蔵の弟子の佐々木忠三郎(千五郎正虎)と弟弟子の小林卯之助(初代忠三郎)が芸養子として再興した例もあります。
※1 宗家:流儀の家元のこと。流儀内での絶対権力者である。
※2 書生:修行中の弟子。師の家に住み込みで修業する場合が多い。
※3 玄人:素人ではなく、能楽を生業にしている人。
歌 舞伎や文楽は?他の伝統芸能と比較
能楽に比べると歴史は浅いですが、同じく伝統芸能である歌舞伎や文楽はどうなのでしょう?
歌舞伎は世襲の色が濃く、観客側からの家ブランド信仰が強い芸能ですが、必ずしも世襲制というわけではありません。
歌舞伎界のスターである六代目・片岡愛之助は、芸養子ではありますが、一般家庭の出身です。
では、文楽はどうでしょう?
実は、人形浄瑠璃は、世襲制は取らず完全実力主義の世界なのです。
結果的に親子で襲名する場合もありえますが、主に一般から募る研修生制度で成り立っています。
ちなみに、落語もあまり血統にこだわらない世界と言えるでしょう。
これらの比較からも、血統主義の必然性は見当たらない訳ですが、特に文楽が家制度でないことによって後継者不足に悩ませられていることは、伝統芸能が世襲色の強い理由の一つを示している、ともいえるかもしれませんね。
血筋じゃない人、結構沢山いるんです!
では、ここからは一般家庭出身で、現在活躍中のスター能楽師たちをご紹介します!
藤 田流笛方・竹市学(たけいちまなぶ)
国立能楽堂の3期研修生で、一般家庭出身です。
11歳から藤田流宗家11世・藤田六郎兵衛に入門し、笛を習ったのち、玄人を目指し上京して、研修所に入所しました。
現在では、藤田流笛方として各地を飛び回って活躍しています。
徳仁天皇即位の礼や首相主催晩餐会にも出演するなど、間違いなく一般家庭出身者のスターといえるでしょう。
観 世流シテ方・樹下千慧(じゅげちさと)
6歳で河村晴久に入門し、大学卒業後は内弟子として13世・林喜右衛門に師事。
平成31年(2019年)には、観世流宗家より流儀準職分に認定されました。
海外公演に参加したり、京都にて社中の会「千響会」を主宰するなど多くの舞台に出演しています。
実家は寺院のため、完全な一般家庭出身ではありませんが、能楽の外の世界から素人として入門し、その後玄人として活躍している能楽師の一人です。
金 春流シテ方・村岡聖美(むらおかきよみ)
能楽サークル「國學院大學金春会」への入会をきっかけに能楽の世界に飛び込んだ能楽師です。
卒業後は、一旦社会人経験を経てから玄人になることを決意し、80世・金春安明と山井綱雄に師事。
現在は、女性能楽師による演能会「み絲之會」を立ち上げ、活動しています。
一般家庭出身で、幼少期からはじめた訳ではなく、さらに能楽の世界には珍しい女性※。
能楽の世界に対してさまざまなハードルがあった中でも能楽師の道を切り開き活躍している、注目の能楽師です!
※女性能楽師は全体の1割といわれている。
下 掛宝生流ワキ方・安田登(やすだのぼる)
高校教師をしていた25歳の時に能楽と出会い、27歳で鏑木岑男に師事。
能やその身体技法を教えるワークショップ、能の技法を用いた朗読の指導等も行い、著書も多数あります。
能楽の枠組みに囚われずに、幅広く活躍している能楽師です。
外から入門した能楽師は、能楽以外のことにも専門的な知識を持っていることが多く、さまざまな方法で能楽を広める活動を行っている能楽師の一人です。
大 蔵流狂言方・山本善之(やまもとよしゆき)
一般家庭出身で、6歳の時に狂言がしたいという本人の意思から、四世・茂山忠三郎に師事。
現在は五世・茂山忠三郎に師事しています。
役者としても幅広く活躍中で、演劇ユニット「花色もめん」を主宰しています。
能楽若手研究会「京都若手能」や、同じく京都の大蔵流狂言・茂山千三郎一門の若手会「草咲会」にも出演するなど、能楽・演劇問わず、若手活躍のため尽力しています。
大 蔵流狂言方「五笑会」
昭和59年(1984年)に茂山千五郎家の網谷正美・丸石やすし・松本薫の3人で発足した「三笑会」を引き継ぐ形で、平成23年(2011年)に発足しました。
島田洋海・増田浩紀・井口竜也・鈴木実・山下守之の5人によって構成された「五笑会」。
年4回の定例公演を行っており、メンバー各々が狂言方としても活躍中です。
血縁でない弟子だけで定期公演を開催できるのは、さすが名門・千五郎家といえます。
同門として活動している狂言師は兼業している場合も多いですが、千五郎家の狂言師は、ほとんどが狂言一本で生活しています!
血縁でない能楽師の、顕著な成功例でしょう。
【 番外編】海外で活躍!ヒーブル・オンジェイ
正式な能楽師ではありませんが、京都でしっかりと修行をし、母国で狂言の普及活動に尽力しているチェコ人をご紹介します。
昭和64年(1989年)の革命により、チェコスロバキア共産党体制の崩壊で触れることができるようになった日本文化。
狂言には15歳で出会い、その後、縁あって人間国宝の茂山七五三の元で修行しました。
日本とチェコの文化交流の橋渡し役として活躍しており、なんと現在チェコでは、チェコ語で定期的に狂言が演じられているようです。
おわりに
今回紹介できたのは、ほんの一部の能楽師だけ。
能楽の世界には、他にもまだまだ活躍中の能楽師がたくさんいます!
名家の当主の舞台は勿論素晴らしいものですが、家の名前がなくても頑張っている能楽師や、修行中の内弟子の中から、新しい「推し」をみつけに能楽堂へ行ってみるのも一つの楽しみ方ですよ♪
次の休日は、ぜひ能楽堂へ足を運んでみては?!
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