博多人形は福岡県福岡市博多地区を中心に生産されている伝統工芸品です。

2018年現在、37名の人形師が伝統工芸士に認定されており、伝統的な題材から現在の世相を反映したものまで様々な作品が作られています。

福岡県福岡市は、菅原道真流刑の地として知られ、古くは海外との交流の窓口であった大宰府があり、飛鳥時代から平安時代にかけては第二の都として栄えました。

現在も九州地区の中心都市であり、市内に中華街が存在するなど、日本文化と異文化が混然一体となり、活気に満ちた独特の文化を育んでいます。

博多人形とはどんな人形?

福岡市内のお土産屋を見渡すと、思わず買ってしまう手ごろでかわいい小物から、数十万円もする立派な作品まで大小様々な博多人形が販売されています。

これらの人形は、博多地区やその周辺の地域で、人形師たちが一つひとつ手作りしています。

博多人形は、粘土を成型し高温で素焼きした人形に、岩絵の具などで絵付けを施した福岡県を代表する伝統工芸品です。

絵付け後、陶磁器人形のように釉薬ゆうやくを施して再び焼くことはありません。

そのため、粘土を低温焼成した郷土玩具の土人形とは異なり複雑で繊細な造形が可能でありながら、一方で陶磁器人形のような冷たさはありません。

マットな質感で絵付けされた博多人形は素朴な温かみがあり、見る人の心を和ませる力があります。

それが、現在も博多人形が人々に愛され続ける理由と言えるでしょう。

400年の歴史を誇る博多人形

博多人形の歴史は古く、通説では黒田長政が1600年に筑紫ちくしに入国した頃に諸国から集められた職人の中に、お土産ものとして土人形を販売する者が現れたのが博多人形の原型と言われています。

※現在の福岡県筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・那珂川市と福岡市の一部の地域に相当。

記録が定かなところでは、長政入国の際に招かれた陶器職人である陶師すえしが中ノ子家初代から数えて八代目の時に、幕命により陶師の家督を長男に継がせ、次男には生活のため土人形の制作させたのが博多地区での人形制作の起源とされています。

ちょうど同地区に京都の人形細工の流れを汲む白水家が住んでおり、この両者の協力により現代まで博多人形が引き継がれと考えられています。

現在までに中ノ子家と白水家から100名を超える博多人形師が輩出されています。

博多人形は明治政府が外貨獲得の産業を興すために1890年に開催した第三回内国勧業博覧会に出品し一躍世に名前が知れ渡ることになりました。

その時まで博多地区で作られる人形時特別な名前はなかったのですが、この時初めて「博多人形」として紹介され大変な評判を呼びます。

また1900年のパリ万博に出品すると、欧米の人たちの間で大きな話題となります。

さらに、1925年にパリ万国現代装飾美術展で小島与一が出品した博多人形が銀賞を受賞、「ハカタ・ドール」として博多人形の名を世界に広めました。

現在、中州の「出会い橋」にある「三人舞妓」のブロンズ像は、小島与一がパリに出品した博多人形をモチーフにしています。

博多人形ってどうやって作られるの?

ところで、博多人形はどのように制作されているのでしょうか?

博多人形の制作は、人形の原型と彩色を行う人形師の仕事と、人形師の原型を元に素焼きを行う「素地きじ屋」の仕事に大別されます。

原型制作(人形師)

粘土を用いて、人形の原型を作ります。

展示会や個展などに出品する1点ものは、次の工程の「型取り」をせず、この段階で素焼きされます。

当然、量産ができない分値段が高くなり、作品によっては100万円を超えるものも珍しくありません。

型取り(人形師)

原型を元に、石膏型を制作します。これにより量産が可能になります。

この原型から自ら量産用の素地を作る作家もいますが、全体としては少数派です。

素地作り(素地屋)

人形師が持ち込んだ石膏型を元に、人形の素焼きを行います。

粘土を液体状にした泥漿でいしょうを型に流し込むタイプと、石膏型に粘土をはめ込んでいくタイプの2通りが存在します。

一般に泥漿が用いられるのは、安価なお土産物を作る場合が多く、粘土を嵌めこむ作り方はいくつかのパーツを組み合わせて複雑な造形を作る際に用いられます。

ただし、どちらを選ぶかは、実際は各人形師の好みです。

粘土が乾くと型から外され、バリ(材料を加工する際に発生する突起)を取った後に800~1000℃の高温で焼成されます。

絵付け(人形師)

素焼きされた人形の上に、胡粉こふん(貝殻を粉状に砕いたもの)などで下地となる肌色の絵付けを施し、さらにその上から細やかな彩色を施していきます。

伝統的な技法では和絵の具である岩絵の具や、泥絵の具などが用いられますが、この彩色だと手に取った時に指先の脂が人形に染み込み、汚れて取れなくなります。

最近では、アクリル絵の具など手で触っても汚れが付着しない顔料を用いるなど、人形師も時代に合わせ柔軟な対応をしています。

面相(人形師)

最後に人形の命ともいうべき表情(面相)を描き込みます。

人形師の巧拙は面相に端的に表れるので、まさに腕の見せ所です。

ここまでの過程で簡単なもので20日間、緻密な彩色を施すものでは60日以上も掛かります。

簡単に見えても、博多人形はとても手間暇かけて制作されているのです。

博多人形にはどんなジャンルがあるの?

博多人形は様々なジャンルをモチーフとしていますが、伝統的な題材とされるのは伝統舞踊の名場面を写した能物や歌舞伎物、勇ましい戦国武将象った武者物、そして女性の美しさを表現した美人物です。

また、七福神や福助などの縁起物や、かわいらしい子供のしぐさを表現した童物などはお土産物として人気があります。

博多人形は現在「博多人形作家協会」と、「白彫会」の2大グループに分かれ、それぞれ10月下旬から11月初旬に福岡市内で新作展を行います。

その中には現代の世相を反映し、斬新なテーマの人形も数多く出品されます。

伝統に固執せず、昔から異文化を採り入れ、自らの文化として消化していった博多っ子の粋が、今日の博多人形にも息づいています。

博多人形師は博多祇園山笠祭りの人形も制作

博多っ子の1年は山笠にはじまり山笠で終わるといって良いほど、博多の人々の祇園山笠祭りにかける情熱は半端ではなく、普段仕事をしているのも山笠をするためと答える人も少なくありません。

博多祇園山笠祭りは700年以上の歴史を誇る国の無形文化財で、2016年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

博多の祇園山笠の山車は特に絢爛豪華で知られ、大小さまざまな人形が飾り付けられています。

この山笠の人形も、博多人形師の手で作られています。

毎年5月になると多くの博多人形師たちが自らの人形制作の仕事を休め、2ヶ月もの間山笠人形の制作に専念します。

山笠で作られる人形は素焼きではなく、木組みや竹組みに和紙や布を張った細工人形です。

山笠の山車は毎年変わり、地区ごとに山車の出来を争うため、ここでも博多人形師たちの表現力の見せ所となります。

博多の人々にとって、博多人形の人形師たちは自分たちの伝統文化を支えてくれる重要な担い手なのです。

おわりに

博多人形は安いものであれば、数百円程度で購入できる伝統工芸品です。

素焼きに色付けした素朴な博多人形からは人形師たちの人形に注ぐ優しい温もりが感じられ、見るたびにあなたの心を和ませてくれます。

博多を訪れたら、ぜひ一度博多人形の世界に触れてみてください。