東京彫金とは

彫金とは、鏨を使って金属に彫刻することであり、東京彫金とは、昭和48年に設立された「日本彫金会」の会員により制作される、彫金技法を用いて作られた作品のことです。

彫金とは、糸鋸いとのこや金槌、タガネなどの工具を使って、金属に加工や装飾を施す技術のことです。

金属の板に図柄を彫ってレリーフなどを作ったり、鍛金たんきん鋳金ちゅうきんなど他の技法で作られた作品の表面に施されることもあります。

そんな彫り作業の中でも、特に欠かせない道具なのが「タガネ」です。

タガネとは棒状の鋼鉄材の先端を様々な形に加工して作られた工具で、毛のように細い線を彫るための毛彫けぼりタガネや、彫り跡が筆で書いたような形になる片切かたきりタガネなど様々な種類があります。

使用するタガネの形状により、彫り、透かし、打ち出し、象嵌ぞうがんなどの技法があり、簡単に説明すると以下のようになります。

東京彫金の技法

彫り

タガネと金槌を用いて、金属の表面に図柄や模様、文字などを彫る技法です。

使用するタガネにより彫った線の形状は異なり、図柄によってタガネを使い分けます。

透かし

地金を図案に沿って糸鋸やタガネで切り取る技法です。

糸鋸を使う場合は、切り取る部分にドリルで穴を開け、その穴に鋸刄を通して図案通りに切っていきます。

タガネを使う場合は、切り取るラインにタガネの刃を合わせ、金槌で叩いて叩き切ります。

打ち出し

なまして柔らかくした地金を木槌などで裏側からたたき出し、盛り上がった表面をタガネで叩いて形を作りこみ、成形する技法です。

象嵌

本体の地金に溝を彫り、別の金属をはめ込む技法です。

制作方法により、さらに平象嵌ひらぞうがんめ、布目象嵌ぬのめぞうがんなど複数の技法に分かれます。

東京彫金の歴史

日本の彫金技術の起源は古墳時代後期(西暦500〜700年頃)、大陸より渡ってきた工人こうじん(制作を職とする人のこと)により伝えられたと言われています。

初期にはかんざしなどの装身具や馬具類に精巧な装飾が施され、やがて武士が力を持つ時代になってくると、刀剣や甲冑の装飾としてその技術が用いられました。

室町時代中期(西暦1500年頃)の装剣金工氏・後藤祐乗ごとうゆうじょう(1440〜1512)を祖とする装剣金工の宗家・後藤家によって生み出された作品は、京都を本拠として、江戸・金沢にも分派がありました。

伝統と格式を重んじた京都風の作風は「家彫いえぼり」と呼ばれ、彫金の主流を占めるようになります。

江戸元禄期(西暦1688〜1704年)には、後藤家の下地職として働いていた横谷宗珉よこやそうみんが独立し、自由な題材や構図を取り入れた「町彫 まちぼり」を創立しました。

この「町彫」は京都風の「家彫」に対して名付けられたものです。

町彫りは横谷宗珉よこやそうみんが片切彫りで絵画風の意匠を表現した作品を発表したのに始まり、煙管きせる根付ねつけなどの生活用品にも用いられるようになり広まっていきました。

1885年にはドイツで開かれたニュールンベルグ金工万国博覧会に町彫の作品が出品され、日本独自の片切彫りの技法は高い評価を得ました。


東京彫金は、この「町彫」の技法を今に伝えるものです。

タガネを駆使して金属の表面に緻密な模様を描き出し、様々な表情を与えます。

生活様式の変化に伴い、その作品はかつての額や置物などから、現在では装身具が主流となっています。

作るものは変わっても、伝統工芸として長い年月をかけて築き上げられた確かな技術と表現力は、それらの作品の中に変わらず見て取ることができます。

おわりに

東京彫金に用いられる片切彫刻は、金属に刃を斜めに打ち込むので、彫った際に深い部分と浅い部分ができます。

その深浅の差が、彫りに影を生み出し、日本画の筆のかすれを再現することができるのです。

東京彫金により描かれる動物や植物は、その毛の1本1本、繊維の1つ1つが彫りで描かれており、立体感を醸し出し躍動感が伝わってきます。

また、年数を重ねるごとに金属は変化し、さらなる味わいを引き出します。

最近では日本画以外にもモダンなデザインも取り入れられるようになり、作品の幅を広げています。

ぜひ一度、その技術をご覧になってみてください。