日本の金箔のほとんどが伝統工芸都市の顔を持つ金沢で生産されています。

江戸時代に歴代の加賀藩主の文化推奨策によって職人の技が研ぎ澄まされたことにより、独特の美意識を持つ伝統文化の1つとして金沢の金箔製造技術の基礎が育まれました。

そして、現在でも金沢の金箔製造の技術は途切れることなく、受け継がれているのです。

金沢の東茶屋街周辺は、金箔を扱っている商店は国内外問わず多くの観光客で賑わっています。

普段使いの商品の中にさりげなく散りばめられた金箔の優美さに魅了される人も多いようです。

また、日本を代表する文化的な建造物(金閣寺など)や美術品の多くも、金沢の繊細な金箔が彩っています。

そんな日本の金箔を支えるのは金沢の箔職人たちの高度な技術力と、箔の製造に適した金沢の気候と風土です。

日本の金箔は気の遠くなるような製造工程があります。

その1つ1つを金沢の箔職人の丁寧な技術と、湿度に恵まれた金沢の気候によって作り上げ、今の時代でも日本の伝統工芸として受け継がれてきました。

金箔製造の歴史

金箔製造の技術が日本に伝わった年代は未だに解明されていません。

しかし、歴史を遡ると古墳時代(西暦300年~)は金箔が使われた宝飾品が発掘されており、飛鳥時代(西暦700年~)に建立された法隆寺の仏像などにも金箔が使われています。

仏教文化の伝播と共に、金箔製造の技術も日本に伝わったと考えられています。

そして、平安から安土桃山時代にかけて少しずつ日本独自の製金箔製造技術が発展しました。

江戸時代(西暦1600年~)は幕府が箔座※1を置き、金・銀箔の製造と販売を管理する時代が続きました。

※1 箔座:江戸時代、1696年に幕府が設けた金銀箔類の統制機関で、全国の金銀箔類の製造・販売を管理していた。

しかし、明治時代になると江戸箔(江戸で製造される金箔)が途絶えます。

その代わりに台頭してきたのが金沢で製造された金沢箔です。

歴史は遡り安土桃山時代(西暦1573年~)の文禄2年に前田利家まえだとしいえが金銀箔の製造を支持したのが金沢の金箔製造の歴史の始まりです。

金沢には伝統工芸を重んじる文化があり、金箔製造を育む土壌がありました。

江戸時代に入ると金沢では金箔製造が制限される厳しい時代もありました。

東京の日本橋では現在も箔座が受け継がれています。

しかし、江戸箔が途絶えた後も、金沢には金箔製造の文化が受け継がれました。

戦時中は金箔製造が難しい時代もありましたが、そんな時代も乗り越えて現在では日本の約99%の金箔が金沢で製造されています。

そして金箔は、伝統工芸から日用品にまで幅広く普及し親しまれています。

職人の気質と金沢の湿度から厚さ10,000分の1mmの日本の金箔が生まれる

江戸時代では金沢での金箔製造が制限され、金沢の箔職人にとって不遇の時代でした。

しかし、そんな厳しい時代の幕府統制下で限られた材料で金箔を密造せざるを得ない状況の中、金沢の箔職人は技術と工夫を積み重ねていきました。

厳しい統制の中、箔製造を諦めずに続けてきた金沢の箔職人の粘り強さが高度な製箔技術を育てたのです。

金沢は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨の降る町です。

そんな金沢の湿気の多い気候は金箔製造で箔打紙※2を仕込むのに適した環境でした。

※2 箔打紙:「澄」と呼ばれる0.003mmまで薄く延ばされた金をさらに薄く叩き延ばし、最終的に0.0001~0.0002mmの金箔に仕上げるために用いられる紙

箔職人の高度な技術と金沢の湿り気のある風土が、日本の美しく質の高い金箔を支えているのです。

10円玉の半分(約2g)の金を、畳1枚分にまで引き延ばす金沢の金箔製造技術は世界にも誇ることができるでしょう。

金箔製造の17工程

金箔の製造工程は大きく分けて2つ。

澄み工程が8工程、箔工程が9工程の合計17工程です。

17工程を具体的に、ご紹介します。

上澄み職人のしごと8工程(澄み工程)

1. 金合わせ:金箔は純粋に金だけで作られているわけではありません。

金と微量の銀・銅を1300度に熱したるつぼに入れます。

そして、溶かして型に流し込み冷却して金箔の元になる「金合金」をつくります。

2. 延金:金合わで作られた合金をローラーで薄く帯状に伸ばしていきます。

この段階で金の薄さは(1/50mm)になります。

3~8. 澄み打ち:

3.「小兵」
4.「荒金」
5.「小重」
6.「大重」
7.「化粧打ち」
8.「上澄み」

の工程を「澄み打ち」と言います。

延金を「箔打紙」の間に挟んで入れ、機械で何度も叩きつけることで延金を引きのばしていきます。

金箔作りに欠かせないものが、この箔をたたく際に箔の間に挟む和紙(箔打紙)です。

この和紙の仕上がりが金箔の質を決めるというくらい重要になります。

和紙を卵や柿渋・灰を燃やした汁に浸し、たたいても破れにくく仕上げます。

澄み打ちの1工程で延びた金を4分の1に切り、それを機械で叩きつけ引き延ばし、その延びた金をさらに4分の1に切り、機械で叩きつけるという工程を繰り返します。

この工程で厚さ1/1000mmの上澄みが出来上がります。

薄いアルミホイル程度の薄さで厚さも均一ではありません。

金箔職人のしごと9工程(箔工程)

1. 澄切り:厚さが均一ではない上澄みを9片〜12片に切り分ける工程。

場所により上澄みの厚さは異なるため、大きさを厚さが均一に近い部分ごとに大きさを分けて切り分けます。

2. 仕切れ:箔打紙の間に澄み切りした上澄みを挟んでいきます。

3. 小間打ち:革で包んだ仕入れした箔打紙の束を、箔打機で打ち続けます。

紙を打つと熱を持つので打つ・冷ますを繰り返していきます。

この工程で約10cm角に引き延ばした上澄みを「小間こま」といいます。

4. 渡し仕事:箔打紙に「小間」を移し変えます。

5. 火の間作業:箔打紙の束を暖めることで湿気を除去します。

6. 打ち前:箔打紙の束を解いて、箔の伸び具合を確認します。

そして「打つ、冷ます」を繰り返して「小間」をうちのばします。

7. 抜き仕事:打ち上がった金箔を箔打紙から抜きます。

そして広物帳ひろものちょうに1枚ずつ移し替えます。

8. 箔移し:金箔を革板の上に、移し替え、正方形に切ります。

そして、箔合紙と交互に重ねます。
     
9. 金箔:この手間のかかる工程を経て金箔が出来上がります。

この段階で厚さ1/10000mmの薄さの金箔がになります。

金箔に適した金沢の気候

また、その職人の業を支えているのが金沢の湿度の高い気候。

金箔は静電気が起こりやすく、乾燥していると静電気がさらに発生しやすくなるため、湿度が高い必要があります。

そんな金を引き延ばすための紙は絶妙な湿り具合が必要であり、金沢の気候がそのほど良い湿り具合を生み出します。

箔職人の繊細な仕事は、金沢の湿り気のあるしっとりとした気候の後押しもあるのです。

ちなみに金を叩く際に使われる紙も、金と同じように機械で何万回も延々と打たれることで表面の繊維が細かく砕かれます。

実はこの紙は脂の吸収力に優れ芸者の化粧直しに重宝される脂とり紙として今でも愛用されています。

受け継がれていく日本の金箔

日本の金箔は限られた装飾品にだけではなく、身近な日常品や伝統工芸品、歴史的な建造物にも使われています。

金沢の東茶屋街に行くと金箔が使われている普段使いの品物が数多く売られています。

箸、茶碗、扇子から化粧品、ネックレス、スマートフォンのケースまで金箔をあしらった様々な商品が人気になっています。

中には金箔1枚まるごと乗せた、SNSで写真映えするソフトクリームまで売られています。

おわりに

金箔には

・肌のバリア機能を修復する
・殺菌作用がある
・血行促進を促す
・代謝を促進する

といった効能もあり、料理にまぶして食べることもできます。

日本の金箔は決して選ばれた人のものではなく、多くの人の生活を彩っています。

そんな金箔を支えているのは粘り強く繊細な日本の職人の精神と業、そして日本の豊かな歴史と風土なのです。