人類の文化史と密接な関係がある七宝焼き。
多彩で華やかな七宝焼きの技法は、紀元前からの長い歴史の中で洗練されてきました。
鮮やかな色彩が印象的な壺のほか、独特の立体感や風合いで表現されるブローチやペンダントなどのアクセサリー等、現代においても七宝焼きは多くの人々に愛好されています。
知れば知るほど奥深く、意外と身近な七宝焼きの世界。
この記事では、伝統工芸として日本をはじめ、世界で今もなお進化する七宝焼きの歴史や特徴とその魅力、七宝焼きを体験できるオススメの工房をご紹介します。
七宝焼きとは
七宝焼きは、紀元前の古代エジプトを起源とする世界的な伝統工芸で、日本には奈良時代頃に近代的な技術が伝わってきたと考えられています。
金や銀、銅、鉄などの金属を素地とし、釉薬を塗って750~950℃で焼成します。
琺瑯(ホーロー)※製のキッチン用バットや鍋などと基本的には同質のものですが、七宝焼きは鮮やかな絵付けが施されているのが特徴です。
※琺瑯:金属板などにガラス質の釉薬を焼き付けたもの。鍋やバットといった調理器具や食器の他、看板や道路標識などにも利用されている。
七 宝とは
七宝焼きの「七宝」の意味は、七宝焼きが日本に伝来して以降、時代とともに変遷してきたと考えられています。
古くは仏教の経典に登場する七種の宝 に由来し、金、銀、瑪瑙(美しい模様を持つ鉱石)、珊瑚、瑠璃(青い宝石)、玻璃(水晶)、硨磲(シャコガイの殻)の七つの宝物を表しています。
この七つの宝物と同じくらいの美しさを持つ焼き物ということで、七宝焼きという呼称が定着しました。
七 宝焼きの魅力
七宝焼きの魅力はその鮮やかな模様と、釉薬を焼成することで生まれる煌びやかな風合いでしょう。
さまざまな技法があるのが特徴で、熟練のテクニックだけでなく初心者でも簡単にオリジナル作品を作れてしまう親しみやすさも、七宝焼きの大きな魅力です。
古代エジプトでは、ツタンカーメンの黄金のマスクの冠部分 に七宝焼きの技法が用いられていたといわれていますが、現代では壺をはじめブローチやペンダント、ピアス、イヤリングなどのアクセサリーとしても人気です。
また、七宝焼きはいわゆるエナメル質といわれるガラス質で表面が覆われているため、保存性が高いのも特徴の一つでしょう。
素焼きの陶器や鉄器などは、表面に傷がついたりカビが繁殖したりと、保存面での問題がありますが、七宝焼きはこうしたトラブルに強く、いつまでも風合いが変わらない安定感があります。
ただし、ガラス質なので、衝撃などによるヒビ割れには気をつけなければなりません。
七宝焼きの歴史
七 宝焼きの世界史
【七宝焼きとは】でも触れましたが、七宝焼きは紀元前の古代エジプトを起源とし、中近東で製造技法が生まれたといわれています。
その後、技法はシルクロードを経て中国に伝わりました。
中国では七宝焼きを「琺瑯」と書き「ファーラン」と読みます。
まさにホーローそのものを表していますが、1450年代以降の中国で作られた七宝焼きは景泰藍 といわれ、中国工芸として特に高く評価されています。
西洋でも七宝焼きは紀元前から存在していることがわかっており、中国や日本同様に発展してきました。
西洋、中国、日本の技法の呼称はそれぞれ異なりますが、いずれも同様の技法が受け継がれているのがおもしろいところです。
日 本における七宝焼きの歴史
日本における七宝焼きには、奈良県生駒郡斑鳩町の藤ノ木古墳から出土した金銅製鞍金具の副葬品があります。
これは古墳時代のものと見られることから、日本に七宝焼きの技術が伝来する以前にも、原始的な七宝焼きが作られていたことを示しています。
しかし、日本における七宝焼きの技法が洗練されたのは意外にも近代のこと。
天保4年(1833年)に愛知県名古屋市の陶芸家である梶常吉が七宝焼きの技法を発見して以降、愛知県を中心に七宝焼きの技法が急速に広がったといわれています。
さらに、日本の七宝焼きが世界にはじめて知られたのは慶応3年(1867年)のパリ万博へ出品された時で、多数の日本人作家が受賞することで日本の七宝焼きが世界から注目されるようになりました。
平成7年(1995年)には経済産業省により尾張七宝が日本の伝統的工芸品として指定され、平成14年(2002年)には東京都が指定する東京の伝統工芸品41品目の一つに東京七宝が選ばれています。
東京都荒川区、南千住に工房を構える畠山七宝製作所。ここでは東京都の伝統工芸品「東京七宝」のデザイン・製作が行われている。今回は七宝焼き職人畠山 弘氏の工房で話を伺った。
七宝焼きの技法と特徴
七 宝焼きと釉薬
ガラス質の光沢が美しい七宝焼きに、釉薬(うわぐすり)は欠かせません。
釉薬にはいくつかの種類がありますが、いずれも素地の金属を錆などから守り耐水性を高めるほか、美しい模様をつけるために用いられます。
草木の灰に長石や珪石をブレンドしたものや、石灰釉と呼ばれる長石を主原料としたもの、これに酸化銅を添加した緑釉。
さらに、鉄分を呈色※剤とする鉄釉 (てつぐすり)などがあります。
※呈色:化学反応による変色などを利用して行う色彩表現。
日 本の七宝焼き技法
七宝焼きには高度な技術が求められるものから、初心者が気軽に楽しめるものまで、さまざまな技法があります。
ここでは、日本における七宝焼きの技法をいくつかご紹介します。
象嵌(ぞうがん)七宝
金属の素地を彫るなどし、あらかじめ造った型に釉薬を流し込む要領で各パーツと同じ胎※を作り、それに七宝を施して素地にはめ込んだりする技法です。
※胎:土台になる素地のこと。
有線(ゆうせん)七宝
薄い帯状の金属線 で模様を作り、釉薬を流し込む技法です。
繊細な描写が可能な反面、非常に手間がかかります。
無線(むせん)七宝
焼成後に金属帯が表面に露出しないように模様を作る技法です。
有線技法と違い、境界がぼけた優しい表情に仕上がるのが特徴です。
盛上(もりあげ)技法
釉薬を高く盛りつけて焼成し、作品に立体感を与える技法です。
鎚起(ついき)技法
素地である金属板を叩いて立体感を出す金属加工技術です。
同一色の釉薬を使っても、金属板の凹凸により濃淡を表現することができます。
その他、素地に金属やガラスを用いた金属胎七宝にガラス胎七宝、金箔や銀箔を用いた箔七宝など、釉薬や器胎の違い、線付けの有無などでいろいろな技法が存在します。
西 洋の七宝焼き技法
七宝は、英語で「enamel:エナメル」、フランス語では「émail:エマイユ」と呼ばれています。
ここでは、ヨーロッパの骨董品のジュエリーでよく見られる、西洋の七宝焼き技法(エナメル技法)をご紹介します。
champlevé:シャンルヴェ
彫ってできた金属のくぼみにエナメルなどの釉薬を流し込む技法です。
日本の象嵌七宝の技法に似ています。
cloisonné:クロワゾネ
日本の有線技法と似ており、金属板の上に金属線を貼り付けて、その中に釉薬を流し込む技法です。
painted enamel:ペイントエナメル
あらかじめ焼成したエナメル地を素地とし、筆を使って釉薬を塗りつける技法です。
モチーフを描くなど多彩な描写ができるのが特徴です。
plique à jour:プリカジュール
薄い金属箔の素地に金属線を貼り付けて釉薬を流し、最後に金属箔を取り除いて透過仕上げにする技法です。
ステンドグラスのような美しさが特徴です。
他にも、立体物の全体に釉薬をかけるronde bosse:ロンドボス、土台となる金属に彫金した模様をみせるbasse taille:バスタイユといった技法もあります。
七宝焼きが体験できる工房
オリジナルのブローチやペンダントトップなど、伝統工芸品でもある七宝焼きを自分でも作ってみたい!
そんな方に向けて、七宝焼きを手軽に楽しめる東京都内の工房をご紹介します。
畠 山七宝制作所(東京都荒川区)
平成17年(2005年)に東京都伝統工芸士に認定された、日本有数の技術を持つ七宝職人・畠山弘氏が運営する畠山七宝製作所。
平成25年(2013年)には「未来の伝統」をコンセプトとしたコンペティションにおいて、グッドデザイン賞を受賞しています。
先進的なデザインから妖怪ピンズといったユニークな作品まで、変幻自在な作風が魅力的。
親子二代で受け継いだ七宝技術を学び、オリジナル工芸品を気軽に楽しく体験しませんか?
坂 森七宝工芸店(東京都台東区)
東京都台東区にある坂森七宝工芸店では、初心者から上級者向けの七宝焼き体験コースをそれぞれ用意しています。
はじめて七宝焼きに挑戦するという方から、自由自在にデザインしてオリジナル作品を作りたいという上級者まで、気軽に利用できるのが特徴。
初心者体験コースでは小さなお子さんと一緒に七宝焼きを体験できますよ♪
東京都台東区で親子2代に渡り営まれている「坂森七宝工芸店」さんでの“七宝焼”体験レポートです!
おわりに
古代から現代にまで伝わる七宝焼き。
長い歴史の中で洗練された七宝焼き技法は、現代においてまだまだ発展の過程にあります。
そんな伝統ある工芸品であるにも関わらず、気軽に挑戦できて簡単に楽しめるのが七宝焼きの魅力です。
七宝焼きの鮮やかな色どりを暮らしに加えて、いつもよりほんの少し華やかな気分になってみませんか?
今回ご紹介する「慈宝」は、現代の名工である七宝工芸家・吉田武氏と、東京仏壇を制作している有限会社岩田仏壇制作所がコラボして制作した小型七宝飾りの仏壇です。
「慈宝」の魅力だけでなく、七宝焼きはどのような工程を経て出来上がるのか、東京仏壇とはどういった仏壇なのか、それぞれの魅力をご紹介いたします。
日本には何十年、何百年も前から受け継がれてきた技術を用いた、伝統工芸品が数多く存在します。技術の革新により機械化が進み、安価で使いやすい商品がどんどん市場に出回っている昨今、手作業で作られる伝統工芸品は需要が少なくなり、追い詰められているのが現状です。
金工とは金属に細工をする工芸、あるいはその職人のことを指し、金属を加工して作られる工芸品のことを金工品と言います。日本に金属とその加工技術がもたらされたのは、弥生時代初期、紀元前200年頃のこと。中国大陸・朝鮮半島から伝わった金工技術によって剣や銅鐸、装身具などが作られ、材料として青銅や鉄が使われていました。
金工品として世に出ている製品はその製造工程のほとんどが人の手によるもので、熟練の職人により1つ1つ丁寧に作られています。
伝統工芸品でもある様々な金工品の魅力は、その熟練の技を細部にまで見ることで、職人の手の温かみが感じられることでしょう。
金工とは金属に細工をする工芸、あるいはその職人のことを指し、金属を加工して作られる工芸品のことを金工品と言います。
日本に金属とその加工技術がもたらされたのは、弥生時代初期、紀元前200年頃のこと。
中国大陸・朝鮮半島から伝わった金工技術によって剣や銅鐸、装身具などが作られ、材料として青銅や鉄が使われていました。
肥後象がん(ひごぞうがん)とは、およそ400年の歴史を持つ金工品、熊本が誇る伝統的工芸品です。“布目象眼”等の象嵌技法で武家文化を反映した上品で奥ゆかしい美や重厚感を感じさせる装飾品の特徴や歴史、肥後象がんのアクセサリー等を作れる体験工房をご紹介します。
岩手県の伝統的工芸品である南部鉄器は、主に「盛岡市」と「奥州市水沢」で作られています。最近ではモダンなデザインも増え、海外でも人気となっている南部鉄器について、その魅力や正しい使い方、老舗の工房をご紹介します。