燕鎚起銅器は新潟県の燕三条で作られている伝統的工芸品です。
鍛金の技法を駆使して、湯沸しや鍋、茶筒など、様々な製品が作られています。
金属といえば「固いもの」という印象が強いと思いますが、針金が手の力でいとも簡単にぐにゃりと曲がるように、実は柔らかく粘りがあります。
鍛金は金属のその性質を利用し、叩いて加工・成形する技法です。
何度も叩くことにより金属の組織の密度が高くなるため、出来上がった製品は非常に固く丈夫なものとなります。
ただ叩くだけでなく、1枚の銅板から注文通りの形に仕上げるには特別な技術を要します。
燕鎚起銅器の湯沸しを1人で一通り作れるようになるまでに10年はかかると言われている、まさに職人の世界。
その職人たちの手仕事の過程をご紹介します。
地金取り
まずはじめに製品の寸法に合わせた大きさの円形に銅板を切り取ります。
具体的な方法としては、罫書きコンパスで必要な寸法の円を銅板に書き、押切機で円の周りを大まかにカットし角を落とします。
1mmを超える厚みのある銅板を切るのには大変な力が要るため、木板に片方の持ち手を固定した大きな金鋏を使い、片手で銅板を回しながら切って円形に整えていきます。
焼きなまし
次に銅板を柔らかくするための「焼きなまし」という作業を行います。
材料の状態である銅板は硬いため、火炉に入れて熱を加え加工ができる柔らかさにします。
熱した銅板を冷水につけると「ジュゥッ」という大きな音とともに大量の水蒸気が上がり、すぐに手で触れるほどの温度まで下がります。
一度なました銅板は冷えても柔らかいままなので、手で支えながら加工することができます。
銅板は熱した際に表面に酸化膜ができて真っ黒になりますが、冷水につけた際の衝撃でほとんどの膜は剥がれ落ちてしまいます。
残った酸化膜は、10%ほどの濃度の希硫酸につけて酸洗いをして取り除きます。
ほとんどの金属には加工すると硬くなる性質があり、そのまま無理に力を加え続けると金属疲労で亀裂が入ってしまいます。
それを防ぐために、加工して硬くなったらその都度焼きなましをします。
焼きなましをすることにより素材が柔らかくなり粘り気が増すので、再び叩いたり曲げたりといった加工ができるようになります。
打ちおこし
焼きなました銅板に罫書きコンパスで底面になる部分の印をつけたら、木台の凹みや砂袋、土の上などで底以外の部分を木槌で叩き、側面を打ち起こしていきます。
木槌を持つのと反対の手で銅板を回しながら、波打ったひだを潰すようにして叩きます。
ひだが重なった状態で叩いてしまうと亀裂が入り、銅板が切れてしまいます。
打ち絞り
打ち絞って銅の組織が硬くなると、金槌で叩いた時の音が高くなります。
そうなったら焼きなましをして、組織を柔らかく戻します。
なました銅は打つ音からして鈍く柔らかいものになります。
打ち絞りと焼きなましを繰り返し、製品の形状に整えていきます。
いよいよ打ち絞りの工程に入ります。
鎚起銅器の「鎚起」とはまさにこの工程のことであり、槌で打ち起こすことにより製品を形作っていきます。
打ち絞りには「鳥口」という当て金を使います。
人が1人座れるほどの大きさの木台に空けられた穴に鳥口を差し込んで固定し、先端に打ち起こして器状になった銅板を当てて金槌で叩いていきます。
片方の手で製品を回しながら、リズムよく一定の力で叩きます。
叩く力が弱いとなかなか絞られていきません。
また、製品がしっかりと支えられていないと正しい位置に金槌が入らないので、金槌で叩く方と製品を支える方の両方の手に力が必要です。
鎚起銅器の工房で職人が一斉に銅を叩くと、カンカンという高い音が響き渡ります。
鳥口には、への字の曲がり具合や先端の丸み・形状により何百という種類があり、製品に合わせて使い分けます。
理想の形がない場合はヤスリなどで削って必要な形に加工し直すこともあります。
金槌も叩く面の片側が細くなっているカラカミ槌や(下記画像参照)、細長い芋のような形のいも槌など数種類を用い、叩く面を使い分けます。
特にカラカミ槌は広範囲に使うので、大きさ違いで数種類使うこともあります。
成形・荒均し
仕上げ用の金槌で表面のムラを整え成形していきます。
仕上げ用の金槌は、製品に傷がつかずきれいな槌目が出るように頭の部分を磨いて光らせてあります。
槌目をきれいに均すためのものなので、均し槌と呼ばれています。
打ち絞りの時とは違い、金槌を近い位置からコンコンと軽く叩くようにして、槌目がなめらかになるようにします。
金肌は叩くほどに光沢が生まれるので、一定の力で根気よく丁寧に叩く必要があります。
彫金
表面に細工をする場合は、タガネという道具で細かな模様を彫ったり打ち出したりします。
さまざまな種類のタガネを用い、おたふくと呼ばれる鍛金(上記画像参照)で使う金槌よりも頭の部分が小さい彫金用の金槌で、タガネを軽く叩いて装飾を施していきます。
これにより銅の槌目の落ち着いた面に、彫金の華やかさが加わることになります。
着色・みがき
仕上げの着色に入る前に、表面を磨き粉と綿の布を使って磨き、十分に脱脂させます。
脂分が残っていると着色にムラができてしまい、きれいに仕上がりません。
根気良く丁寧に磨いていくと、表面に艶が出てきます。
下準備のできた製品を、緑青※1と硫酸銅を混ぜ合わせた煮色液で30分以上煮込みます。
※1 緑青:銅が酸化することでできる青緑色のサビ。いわゆる青サビといわれるものです。
この方法では、宣徳色という鮮やかな朱色に仕上がります。
磨きの前に金属元素1つである錫を焼き付け硫化カリウムで着色し、磨き後に煮色液で軽く煮ると、紫金色という艶のある墨のような黒色に仕上がります。
着色後は、蜜蝋やラッカーなどでコーティングし色留めをします。
銅の着色とは表面に酸化皮膜を作ること、つまり人工的に錆びさせることで行います。
あらかじめ着色しておくことで、工芸品としての美しさを保つとともに、使用に伴う予期せぬ酸化や腐食を防ぐことができます。
着色は皮膜なので、剥がれることはあっても溶け出すことはありません。
仕上げにコーティングもしているので、通常の使用で簡単に剥がれてしまうこともないです。
ただ、硬いもので強くこすったりして傷がつけば当然その部分の皮膜はなくなり内部の色が出てきます。
鎚起銅器を使う醍醐味といえば、その色の変化でしょう。
着色により皮膜をつけた銅の表面は、柔らかい綿の布で磨いて手入れをしながら使い続けると、より深く、しっとりと落ち着いた味わい深い色に変化していきます。
非常にゆっくりとした変化ですが、10年、20年と使い続けるごとに深みは増していきます。
また、銅には殺菌作用があり、水を浄化してまろやかにし旨みを引き出してくれます。
熱伝導率が良いので、湯沸しならお湯が早く沸き、鍋なら熱が鍋全体に均一に素早く伝わるというメリットがあります。
手仕事の伝統と、道具としての使いやすさを併せ持った燕鎚起銅器を、ぜひ暮らしに取り入れてみてください。
おわりに
手仕事の伝統と、道具としてのつかいやすさを併せもった燕鎚起銅器を、ぜひ暮らしに取り入れてみてください。
伝統工芸品とは、その地域で長年受け継がれてきた技術や匠の技を使って作られた伝統の工芸品のことを指します。その中でも今回は、北陸や東海といった中部地方の新潟県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、富山県、石川県、福井県の伝統的工芸品73品目を紹介します。
日本には何十年、何百年も前から受け継がれてきた技術を用いた、伝統工芸品が数多く存在します。技術の革新により機械化が進み、安価で使いやすい商品がどんどん市場に出回っている昨今、手作業で作られる伝統工芸品は需要が少なくなり、追い詰められているのが現状です。
伝統工芸士とは、経済産業大臣指定の伝統的工芸品の製造に従事する技術者かつ高度な技術・技法を保持する職人のことであり、国家資格です。この記事では、なるにはどうしたらよいのか、伝統的工芸品の種類や伝統工芸士の資格・認定について、女性工芸士の活躍のほか、もっと伝統的工芸品に触れるために活用したい施設などをご紹介します。
金工とは金属に細工をする工芸、あるいはその職人のことを指し、金属を加工して作られる工芸品のことを金工品と言います。日本に金属とその加工技術がもたらされたのは、弥生時代初期、紀元前200年頃のこと。中国大陸・朝鮮半島から伝わった金工技術によって剣や銅鐸、装身具などが作られ、材料として青銅や鉄が使われていました。
金工品として世に出ている製品はその製造工程のほとんどが人の手によるもので、熟練の職人により1つ1つ丁寧に作られています。
伝統工芸品でもある様々な金工品の魅力は、その熟練の技を細部にまで見ることで、職人の手の温かみが感じられることでしょう。
金工とは金属に細工をする工芸、あるいはその職人のことを指し、金属を加工して作られる工芸品のことを金工品と言います。
日本に金属とその加工技術がもたらされたのは、弥生時代初期、紀元前200年頃のこと。
中国大陸・朝鮮半島から伝わった金工技術によって剣や銅鐸、装身具などが作られ、材料として青銅や鉄が使われていました。
刀には刀身以外にも多くの金具があります。その1つ、ハバキは主に白銀師が製作します。もう1つ重要な金具が刀の柄と刀身の間にはめているわっか状の金属です。これが鍔です。敵を突いた時に自分の手が刃の方にすべらないように防ぐストッパーです。この鍔で刀の重さを調整して切れ味を良くすることもあったようです。
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