現代の日本では、蒸し暑さを乗り越えるため扇風機やクーラーが必需品となっていますが、実は昔からの道具である「うちわ」が見直されているのをご存じでしょうか?
今回は、京都・丸亀と並んでうちわの三大生産地として名を成す、熊本県の「来民うちわ」をご紹介します。
来民うちわとは
来民うちわは熊本県山鹿市鹿本町の来民という地で生産されています。
うちわの和紙部分に柿の渋を塗って作成されることから、「渋うちわ」とも呼ばれます。
手に馴染む真竹の柄と、使い込むほどに扇部の渋が味わい深い姿に変化していくのが魅力です。
来民でしか作られないこのうちわは、まさにうちわを求めて“民が来る”という意味で、商売が繁盛するといわれているそうです。
後世に継ぎたい伝統工芸品である来民うちわ。
昔は町を上げての一大産業としてうちわ作りが行われており、最盛期には16軒の店で年間500万本もの来民うちわが生産されていました。
しかし、現在は時代の流れからうちわ作りが困難となり、貴重な伝統工芸品となっています。
そんな来民うちわの伝統を唯一受け継ぐ、「栗川商店」にお邪魔させていただきました。
来民うちわの歴史
来民うちわは、慶長5年(1600年)頃、来民の地に訪れた香川県丸亀の旅僧が、一泊のお礼にうちわの製法を伝授したところからはじまったといわれています。
その約40年後の寛永16年(1639年)には参勤交代を終えて江戸から帰ってきた家臣がうちわの製法を覚えていたことにより、個人で使用する程度の品質から、売り物として出せるほどの品質のものが作成できるようになりました。
来民の地はもともと和紙の原料である楮や竹の栽培など原材料に恵まれていたこともあって、熊本藩初代播主・細川忠利のすすめにより、来民うちわが盛んに作られるようになりました。
文化文政(1804-1830年)から天保の頃(1831-1845年)にうちわ作りは町ぐるみで発展していき、500軒もの町家が渋うちわを製作するようになりました。
やがて渋うちわはこの地の名産となって、台所で調理する際に活躍したり、商家の宣伝用や夏の贈り物としたりとその名を広めました。
明治になり、岩佐正武氏が来民町長に就任したことによって、来民うちわ産業はさらに成長します。
来民うちわに注目した岩佐正武氏は、振興策として来民うちわを起業化させて町の一大産業にまで発展させました。
改めて他のうちわ生産地を視察したり、技術者を派遣したりと、来民うちわのさらなる質の向上を求めました。
さらに、明治33年(1900年)に来民工業徒弟学校の設立や模範職工養成所を設立し、若者への技術の継承にも意識を向け、資金の援助や指導援助を行うなど尽力しました。
そうした町をあげての取り組みによって、来民うちわは一大事業として軌道に乗っていきます。
大正11年(1922年)頃になると九州のみならず、中国や韓国、台湾、さらにハワイまで販路を伸ばし、注文に生産が追いつかないほどの盛況となりました。
しかし、戦後の急激な家電製品の普及によって、日本人の生活はがらりと一変。
手で扇ぐうちわよりも、スイッチを押すだけで涼しくなる扇風機やクーラーが使用されるようになり、昭和40年(1965年)にはとうとう来民うちわの生産を中止せざるを得なくなってしまいました。
それ以降は一部の同好者の要望によりかろうじて繋がれてきた来民うちわの製作でしたが、昨今の「丁寧な暮らし」や「自然素材」、「スローライフ」などのブームが起こったことで、来民うちわの価値が再認識され、生産が再開されたと考えられます。
さらに、令和2年(2020年)に開催される東京オリンピックに向けて、改めて日本の伝統や文化を見直されていることもあり、全国的にも伝統文化に対する意識が高まっています。
来民うちわの魅力・特徴
来民うちわの骨組みは熊本県の阿蘇外輪山の真竹で作られています。
持ち手と扇面を別々に作って差し込んで骨組みをつくる「京うちわ」に対し、来民うちわの骨組みは一本の竹のまま骨組みを作ります。
扇面は高知県の和紙を貼って作られています。
仕上げに柿渋を塗ることで和紙を丈夫にし、柿渋に含まれるタンニンに防虫効果がある為、うちわを長持ちさせることができます。
柿渋を塗ったうちわは年月と共に深みのある色合いを増していくため、使えば使うほど自分だけの「育てる」うちわになります。
来民うちわの制作風景
うちわ本体の製作は、一本の真竹をうちわのサイズに切っていくことからはじまります。
竹の節の部分をとって、さらに薄く割いていきます。
薄く割いた竹を縦に均等に素早く割いていきます。
この部分がうちわの扇面になります。
こちらが骨組みとして形を整え、成形したものです。
この後に和紙を貼っていきます。
来民うちわの基本は、柿渋を使っての「渋うちわ」です。
昔から使用する柿渋は、近所の人から渋柿を集めて作られる、うちわ業者お手製の柿渋でした。
現在は柿の木を植えるところも少なくなってしまい、敷地内の渋柿だけでは生産が追いつかず、渋柿の木を切ってしまいそうな家にお願いして残してもらっているということでした。
うちわの形は3種類あり、仏扇、小丸、仙扇に分けられます。
上の写真は、四角い形が特徴的な仙扇です。
面が大きく扇ぐ際の負担が少ないため、酢飯や焼き鳥などの料理に使われることもあります。
仏扇は全長約30cm程度の小さく可愛らしいサイズのため、手にとりやすく子どもにもぴったりの大きさです。
小丸は一般的な形のうちわですが、柄がスッと長く美しい佇まいをしており、スマートに扇げる形をしています。
来民うちわに使われる製作道具一式は、市指定有形民俗文化財を受けています。
写真の道具はうちわの形を仙扇に揃えるためのものです。
現在の来民うちわ
い ぐさを編み込んだうちわ
最近では熊本県八代市の特産である「いぐさ」を一本一本職人の手で編み込んだうちわが製作されています。
いぐさとは、日本人には馴染み深い畳を作るための植物として知られていますが、その斬新なアイデアと涼しげで伝統的なデザイン性が評価され、平成15年度熊本県優良新商品コンクールで金賞を受賞しました。
1日に1〜2個ほどしか作ることができない、大変貴重なうちわです!
U RBAN RESEARCH アーバンリサーチ とのコラボレーション
日本各地の企業やクリエイターによって土地の魅力を発信する「JAPAN MADE PROJECT」において、来民うちわとデイリーウェアーからドレス・ライフスタイル雑貨まで幅広く取り扱うセレクトショップ「URBAN RESEARCH (アーバンリサーチ)」がコラボし、平成31年(2018年)から販売がはじまりました。
こちらは7月頃から販売されるようです。
伝統的な柄から日常使いしやすい現代風のデザインまで取りそろえているので好みの柄が見つかるはずです。
手軽に購入できるお値段なので、ちょっとしたプレゼントにもオススメです。
【販売店舗】
アーバンリサーチ KYOTO、COCOSA熊本店
(年度により異なるようですので、HPで詳細をご確認ください。)
付 加価値をつけたインテリアとしての人気
現在では来民うちわは実用品として日常使いされるよりも、インテリアとしての需要が高まっています。
句歌やイラストをつけたものの他に、祭りの際に使用されたり、スポーツ大会などの応援うちわとしてデザインされたりすることも多いそうです。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
うちわにしか出せない優しい風は、お年寄りや赤ちゃんのために良いと改めて注目されています。
伝統工芸品というと、どこか手に取りにくいイメージがありますが、今回紹介した来民うちわは1,000円程度から購入できるため、気軽に手に入れることができのではないでしょうか。
お家にインテリアとして飾ったり、家族が1本ずつそれぞれのうちわを持ったりと、古き良き日本の伝統工芸品を生活に取り入れるのも良いですね。
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