提供:(一社)唐津観光協会

北はリアス式海岸が続く玄界灘げんかいなだ、南は穏やかで波も静かな有明海、異なる表情を持つ2つの海に面した佐賀県。

“佐賀3大美食グルメ”といわれているイカの活造り、竹崎カニ、佐賀牛をはじめ、自然豊かな土地ならではの美味しい食材が豊富です。

唐津くんちや伊万里トンテントン、呼子大綱引、小友祇園祭など、独特で勇壮なお祭りがあることでも知られており、開催時期には多くの観光客で町が賑わいます。

そんな佐賀県では、何百年も前から受け継がれてきた技術で作り上げた15品目以上の伝統工芸品が存在します。

この記事では、その中でも経済産業大臣によって「伝統工芸品」として指定されている2品目をご紹介します。

伝統的工芸品とは?
経済産業大臣が指定した「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて認められた伝統工芸品のことを指す。
要件は、
・技術や技法、原材料がおよそ100年以上継承されていること
・日常生活で使用されていること
・主要部分が手作業で作られていること
・一定の地域で産業が成り立っていること

本記事の内容は、令和4年(2022年)3月時点のものです。
掲載内容は変更していることもありますので、ご留意ください。

伊万里・有田焼

伊万里いまり有田焼ありたやき」は佐賀県有田町周辺で作られ続けている、日本初の磁器です。

豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した際、派兵された佐賀藩主・鍋島氏が、朝鮮人陶工の李参平りさんぺいを日本へ連れ帰りました。

李参平は有田の地で磁器の原料となる陶石とうせきを発見し、日本における磁器生産が始まります。

磁器はそれまでの陶器に比べて丈夫で耐久性が高く、滑らかな質感と白い磁器に映える鮮やかな絵付けで人気となりました。

有田焼には赤や金色を贅沢に使った装飾がある“古伊万里様式”や余白を残しながら花や鳥などの絵付けを控えめに施した“柿右衛門かきえもん様式”、青みを帯びた地肌やくし高台が特徴の“鍋島藩窯なべしまはんよう様式”などがあります。

なお、有田焼と伊万里焼は同じ物で、江戸時代に伊万里の港から出港されたためどちらも伊万里焼(肥前焼)と呼ばれましたが、今では産地で有田焼と伊万里焼に区別されています。


※くし高台:くしのような模様が施された高台のこと。

品名伊万里・有田焼
よみいまり・ありたやき
工芸品の分類陶磁器
指定年月日昭和52年(1977年)10月14日


伊万里・有田焼についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。

唐津焼

唐津焼からつやき」とは、佐賀県唐津市周辺で作られてきた陶器です。

安土桃山時代にはじまったとされる唐津焼は、当時この辺りを統治していた波多氏が、朝鮮人陶工の技術を受け入れ発展したと伝えられています。

唐津で作られた焼き物は、唐津港から京都や大阪に出荷され、西日本では焼き物のことを総称して“からつもの”と呼ぶようになるほど広まり、茶人にも愛用されました。

明治時代に一時は衰退したものの、人間国宝の中里無庵なかざとむあん(十二代中里太郎右衛門)が古唐津の技術を復活させ、再び脚光を浴びることとなりました。

唐津焼は鉄分の多い土で作られた素朴な味わい深さ、装飾の種類が多いことが特徴です。

また、茶色の肌に草木や鳥などを描いた“絵唐津えがらつ”は、日本で初めて筆による絵付けが施された焼き物であると考えられています。

他にも白と黒の2色の釉薬が使われた“朝鮮唐津”、無地で装飾がない“無地唐津”や、白く焼きあがる藁灰釉わらばいゆうを用いてまだら状の変化を起こす“斑唐津”など、バリエーションに富んでいます。

品名唐津焼
よみからつやき
工芸品の分類陶磁器
指定年月日昭和63年(1988年) 6月9日


唐津焼についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。