京都の夏の風物詩でもある「お盆の大献灯~和傘灯り~」は、今年2018年は「大山大開山1300年」を記念して、10日間に延長されました。

山陰の風景をイメージして作られた、120本もの和傘が明かりで灯され、大山寺から大神大神社奥宮までの参道を照らした灯は、何とも雅な雰囲気を醸し出しました。

また、10月13日~14日の大分県中津で開かれる国民文化祭などのイベントで、直径8m・高さ5mもある朱色のジャンボ和傘がお披露目されました。

現在、日本でも和傘の技術を受け継ぐ職人は数少ないので、ジャンボ和傘の活躍は、その伝統技術を広めるためのイベントの1つでもあるそうです。

日本の伝統文化として名高い和傘であるにもかかわらず、今や茶会やこのようなイベントの他、日舞や歌舞伎の小道具等でしか目にすることがない、特別なものとなってしまいました。

また、和傘を持ったことがないという日本人が増え始めているのが現状です。

そこで、この記事では多くの人に和傘を知ってもらうために、和傘の歴史やその種類、使い方等の基本的なことを紹介していきます。

和傘の歴史

代表的な日本の伝統工芸品である「和傘」ですが、日本で誕生したものではありません。

中国の高貴な方が日除けや魔除けに使う「天蓋てんがい※1が日本に伝わって、それが便宜上開閉できる雨具へと進化していったものです。

※1 天蓋:開閉式ではない、地面に立てて使う覆い状の物

天蓋の歴史は古く、仏教のお釈迦様の日よけとして、使われていたという説もあります。

日本では、平安時代の頃から貴族などの間で、設置された天蓋や、お付きの人が持つ大き目の日傘として少しずつ広まっていったといわれています。

室町時代に入ってから、和紙に油を塗ることで防水加工を施し、開閉可能で持ち運びができる、自分で持つ雨具としても広がり始めました。

庶民の間で使われるようになったのは江戸時代になってからです。

さて、明治時代になり西洋文化が日本に入ってくると、上流階級の人々の間では洋装が広まるとともに、洋傘も普及し始めました。

それから、洋装がだんだんと庶民の間にも下りてきました。とくに、戦後急速に和装から洋装へと、庶民の服装が大きく移り変わっていきました。

そんな時代の移り変わりとともに、せっかく庶民の日用品として広く使われるようになった和傘も、だんだんと日舞や茶道の小道具としてしか使われることのない、特別なものになっていきました。

昨今では、日本の伝統文化や工芸品が注目され始め、茶店や懐石料理の料亭の軒先・玄関先の天蓋として利用される特別なインテリアとしても扱われるようになりました。

そして、江戸時代には全国にたくさんいた和傘職人も、明治時代から少しずつ減少していき、今や岐阜県をはじめ、京都・金沢、鳥取、徳島、大分に少数の和傘職人がいるに過ぎません。

和傘の種類

和傘には番傘・蛇の目傘・日傘・舞傘の4種類があります。

番傘・蛇の目傘は、和紙の上から油を塗って防水加工を施しています。

和日傘は防水加工を施していませんので、和紙本来の色が楽しめます。

舞傘は、和紙だけではなく、高価なものになると布(絹)が貼られています。

番傘

和傘の一種で、江戸時代に生まれ、時代劇に出てくる庶民が持っている雨傘です。

竹で作られたに、無地の和紙を貼るだけの、非常にシンプルでがっしりとした丈夫な傘です。

男性向けの大きさですが、男女兼用で使われていました。

その作成過程は、長屋住まいの浪人ろうにん※2の手習い(内職)として、時代劇のワンカットとして、テレビや映画で見たことのある人も多いと思います。

※2 浪人:戸籍に登録された地を離れて流浪している人のこと。

蛇の目傘(じゃのめ)

蛇の目傘じゃのめ和傘の一種で、柄は木棒で細く、エレガントで華やかな作りになっています。

持ち手部分には藤が巻かれていたり、工夫が凝らされているものもあります。

和傘の外側の和紙の色柄が番傘に比べて美しいのが特徴です。

また、名前の由来は、描かれた丸い模様が蛇の目に見えるところからきているようです。

傘の内側の骨をつなぐ中央の開閉部分を轆轤ろくろというのですが、この轆轤部分に飾り糸を施し、傘を差したとき、内側からの見栄えを美しくカラフルにしています。

歌舞伎の小道具としても使われています。

現在では、和紙の絵柄や轆轤の飾り糸の美しさが目を惹き、インテリアとしても使われています。

日傘

和日傘は、雨具ではないので防水加工が施されていません。

当然、雨の日に雨傘として利用することはできませんが、防水加工用の油を塗っていないため、和紙本来の色や模様(型押し)を施し、見た目にも美しい傘が多いのが特徴です。

障子を通す日差しが和らぐように、和日傘も夏の暑い日差しを和紙が和らげてくれます。

轆轤の飾り糸の美しさも一興です。

日傘を差した人が楽しめるよう、飾り糸もデザインのひとつとなっています。

舞傘

主に舞踏用に使用されます。

和紙のものもあれば、高価なものは本絹を使用しているものもあります。

本絹を使用した舞傘は、和紙よりも透明度が高く非常に美しいです。

舞傘ですから派手なデザインではなく、着物の柄を邪魔せず、舞の小道具として引き立つように作られています。

傘の内側の轆轤の飾り糸も非常に凝ったものからシンプルなものまでありますが、比較的地味な色合いが多いようです。

日傘としては利用できますが、防水加工が施されていませんので、雨傘としては使用できません。

現在では、その上品なたたずまいから、インテリアとして利用されることも多くなりました。

和傘の正しい使い方

和紙は非常に強い紙ですが、いかんせん紙には違いないので、雨具として使用される番傘や蛇の目傘には、油を塗って防水加工をしています。

和紙を長持ちさせるためにも、梅雨の時期などのお天気の悪いときは、長めに乾かすことをお勧めします。

和傘は、洋傘のように柄を持つのではなく、和傘を畳んで柄を下側にした和傘の頭頂の「カッパ」と呼ばれるカバーが掛かった部分を持ちます。

通常、このカッパ部分を持つと傘が広がらないようにできています。

傘がびしょ濡れの時、カッパ部分を持つと手が濡れてしまいますが、雨水が防水加工されていない内部に入るのを防ぐ持ち方なのです。

傘を立てかけるときも同様に、柄を下、カッパを上にして立てかけるのが正しい和傘の置き方です。

洋傘とは反対ですので、注意が必要です。

和傘が日本人の日常から消えていった理由

明治時代のモダニズムから始まった着物離れを機に、今や和傘を日常の雨具として使用する機会は減少の一途を辿っています。

大正モダニズムで、着物に洋傘という和洋折衷が流行となっていきました。

しかも、安価な番傘は重く、洋傘に比べてお洒落でもありません。

カラフルな舞傘や和日傘は、非常に高価ですから、庶民には手が届かないものでもありました。

さらに、和紙は丈夫だと言っても虫食いもありますし、耐久性もビニール傘に比べて弱いので、庶民の和傘はワンシーズンもてば良い方だといわれています。

時代が進むにつれて、洋装が日常の普段着になっていくと、もはや和傘は洋服には合いません。

時代が進むにつれて、手ごろで扱いやすく、安価なビニール傘や洋傘の需要も増していきました。

日常生活で着物を着る機会も減り、着物と相性の良い和傘が廃れていくのも仕方ないのかもしれません。

また、和傘は、カッパ部分を持つと、雨が降った後は手が濡れてしまいます。

立てかけるときも柄が下です。

もはや利便性よりも和傘を守る方法が優先されています。

洋傘が広まったのは、モダニズムのお洒落さだけでなく、このような利便性の理由も大きかったでしょう。

そして、当然のことながら、日常の着物需要が減っていく中、和傘を身にまとう機会が減少していきます。

こうして、時代とともに和傘の需要が世の中から減っていき、和傘職人もそれに比例して、どんどん減っていきました。

そんな中、日本の和傘職人たちは、伝統や後継者を残そうとあらゆる工夫や挑戦をしています。

和傘の技術を使ったインテリアとしてのミニ和傘や、ジャンボ傘、その技術を生かして使った灯籠やランプづくりを行っています。

和傘の文化を残すということももちろんですが、インテリアとしても和傘の技術は、さまざまなところで改めて注目を集め始めているようです。

おわりに

最近は、海外の方向けに大量生産ができる機械作りの安価な和傘も販売されています。

しかし、職人の手でないと再現できない細かい部分は、機械には真似ができないのが現状です。

機械作りと和傘職人の手仕事では、雲泥の違いです。

手の込んだ高価なインテリアとして和傘を活用するなら、まだまだ職人の手仕事にかかっているのです。

和紙のカラフルな模様もさることながら、傘の内側の轆轤の飾り糸の模様も、手の込んだものは、それは美しいものです。

和室のインテリアとして、ランプとして、日本の伝統芸能は、形を変えて、その良さを残していきたいものです。