「伊勢型紙(伊勢形紙)」は、三重県鈴鹿市で作られている、着物の生地に柄や文様を染めるための型紙です。

昭和58年(1983年)に経済産業大臣から国の伝統的工芸品に指定されました。

今回は、そんな伊勢型紙の世界に魅せられて会社員から伊勢型紙職人になった、伊勢形紙協同組合の大平峰子おおひらみねこさんにオンラインで独占取材をさせていただきました!

大平さんが職人になるまでの経緯や、その想いを伺いました。

伝統的工芸品とは?
経済産業大臣が指定した「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて認められた伝統工芸品のことを指す。
要件は、
・技術や技法、原材料がおよそ100年以上継承されていること
・日常生活で使用されていること
・主要部分が手作業で作られていること
・一定の地域で産業が成り立っていること

「伊勢型紙」とは?

伊勢型紙は、三重県鈴鹿市の白子・寺家・江島地区で作られている、着物の生地に柄や文様を染めるための型紙です。

手彫りでさまざまな文様を彫り入れ、完成した型紙の上から着物を染めることで、繊細な柄を着物に写すことができます。

伊勢型紙の発祥についてはいくつかの説がありますが、一説では江戸時代に紀州藩の保護を受けたことで急激に発展し、全国各地に広まっていったといわれています。

しかし、昭和時代に起こった太平洋戦争により日本は大きな損害を受け、型紙業者もほとんどいなくなってしまいました。

戦後は一時的に業者の数も増えましたが、現在では着物を着る機会も減ってしまったことや、新しい技術の発展により、型紙を使用する業者が減り続けているのが現実です。

そんな状況を受けて、“伊勢型紙技術保存会”や“伊勢形紙協同組合”が発足され、現在は後継者育成など、伊勢型紙の技術を後世に伝えていく活動を行っています。

また、着物用の染型という立ち位置のみならず、型紙そのものを観賞したり、洋服への染めや照明などのインテリア、鏡など、時代に合わせたさまざまな商品への展開も行われています。

「伊勢形紙協同組合」とは?

今回取材させていただいた、大平峰子さんの所属する「伊勢形紙協同組合」は、それまでの複数の組合を統合し、昭和57年(1982年)1月12日に発足しました。

伊勢型紙の販売業者が主に集まってできた組合で、現在14組の業者が所属しています。

伝統工芸品産業の活性化を目指し、イベント運営や学校での体験授業などの活動も行っています。

伊勢型紙の製作工程


では、そんな繊細で美しい伊勢型紙は、どのようにして作られているのでしょうか?

ここからは、伊勢型紙の製作工程についてご紹介します!

造り(ほづくり)

柄を彫る前に、まずは型紙の素材となる和紙を用意します。

200枚~500枚の和紙を重ね、大きさを合わせて裁断します。

付け

次に、3枚の和紙を柿渋かきしぶで貼り合わせていきます。

柿渋とは、青い渋柿の果汁を発酵・熟成させたもので、成分に含まれる“タンニン”が膜を作り、塗ったものを硬く頑丈にしてくれます。

また、縦・横を交互に重ね合わせることで、彫った後も破れない、強い土台を作ることができるのだそうです。

和紙を貼り合わせたら、柿渋の粘着力を強めるため、1~2日ほど紙を寝かせます。

その後、ヒノキで出来た板に貼って天日干しをします。

干し(むろがらし)

紙が十分に乾燥できたら、紙を燻製室に入れていぶしていきます。

この工程は、伸縮しにくく、より頑丈な紙を作るために大事な作業です。

約1週間いぶし続けたら、取り出してもう一度柿渋に浸し、乾燥・室干しの作業を繰り返します。

すべての作業が終わったら、1年ほど紙を寝かせて、やっと伊勢型紙の土台が完成します。

法造りから室干しまでの工程かかる日数は45日ほど。

丈夫で繰り返し使える型紙を作ることは、容易ではありませんね。

土台の紙が完成したら、やっと彫刻の作業が始まります。

使用する彫刻刀は、彫師が自ら砥いで作っています。

“研ぎに3年”とも言われ、良い小刀を作ることは職人の腕の見せ所なのだとか。

彫刻の技法には、均一な縞模様を彫る「縞彫り」、曲線表現で使用される「突彫り」、花や扇型の刀を使って彫る「道具彫り」、丸い形をくり抜くように彫る「錐彫り」の4種類があります。

図案を合わせ、刀で文様を慎重に彫るのは至難の業。

高い集中力と技術が必要不可欠な作業です。

張り(しゃばり)

型紙が彫り終わったら、絹糸でできたしゃを縦横全体に貼り付けて型紙を補強します。

漆で貼り付けた絹糸が十分に乾いたら、いよいよ伊勢型紙の完成です。

大平峰子×Q&A

ここまで、伊勢型紙について歴史や作り方を紹介しました。

ここからは、そんな伊勢型紙の職人をされている大平峰子さんに、伊勢型紙への想いを伺った様子をお届けします!

勢型紙職人になるまでの道のりを教えてください。

子供の頃から職人仕事への憧れがあり、漠然とした職人への夢を持っていました。

産地以外の一般家庭出身なので、そう簡単なものではないだろうとどこか諦めていて、大学を卒業してからはじめは会社に就職し、普通の会社員として働いていたんです。

ですがある日、会社で思わず挫けてしまうことがあり、その時会社のとある方に、「仕事以外で何か好きなことをやりなさい」とアドバイスをもらったんです。

そこで、子供の頃に買ってもらっていた伊勢型紙の道具の存在を思い出して、久しぶりにやってみました。

もともとシステムエンジニアの仕事をしていて、出来上がるものって画面の中のものが多かったので、“自分の作ったものが形になる”ということにすごく感動してしまって。

そこでもう一度「職人になりたい!」と思うようになり、7年前の平成28年(2016年)に幸い修行に入るご縁をいただけました。

そこから5年間、親方のところに通って修行を重ね、伊勢形紙協同組合の一員に加えていただきましたが、職人の道は“一生修行”だと思っているので、現在も少しでも腕をあげることを目指し、日々作品を作り続けています。

りがいを感じるのはどういう瞬間ですか?

職人の世界に入ったからこそ知ることができる、職人の方の知識や姿勢を学べた時は、すごく嬉しく感じます。

この世界に入ってさまざまな職人さんとお話をするようになったことで、職人という世界だけでなく色んな専門職の方に尊敬の気持ちが生まれて、自身も成長を感じています。

また、そういう職人の想いを、イベントや会館でお客様に伝えることができたり、考えた製品がだれかのツボにハマって褒めてもらえる瞬間は、やっていて良かったなと実感できます。

代の変化に合わせて工夫していることはありますか?

伊勢型紙のことを知らない方に興味を持っていただくには、新しいモチーフや形を考えることも必要だと思っています。

例えば、私はオーケストラを趣味でやっているのですが、自分の演奏する楽器に関連したグッズを持ちたい!と思う方が多いんです。

なので、楽器モチーフの伊勢型紙をオーナメントにしたり、メッセージカードを作ったり。

「工芸品を持つ」ことが最初の目的でなくても、まずは知ってもらえるきっかけとなる製品を作れるように考えています。

勢型紙職人としての想いを教えてください

現代では、どの工芸品においてもより便利で代わりになるものがたくさん存在しています。

その中で、「なぜ伊勢型紙なのか」「なぜ職人がいるのか」を知ってもらうことが大事だと思うんです。

学校で、電卓を使わずに計算の原理を知る勉強をするように、過程やその理由を知ってもらいたいと思いながら作品を考えています。

インタビューを終えて

今回のインタビューを受け、特に印象に残った大平さんの言葉は、「伝統工芸品を知ってもらうことは“職人を知ること”である」という言葉です。

昔から続く伝統文化というものには、マニュアルなどなく、人それぞれのこだわりや作り方があって、決してそこにひとつだけの正解はないとのこと。

大平さんが伝統工芸の世界でさまざまな人と出会い、自分の成長の糧にしたように、私自身も、職人さんの想いや生き方を多くの方に知ってもらい、誰かの人生の学びのお手伝いができるような記事を書こう!と、改めて決心することができました。

伊勢型紙は、個性豊かな柄でさまざまなモチーフを表現できる伝統的工芸品です。

つくる職人さんにより、さまざまな特徴が作品の中に反映されます。

皆さんも、自分の好みの工芸品を探して、作者である職人さんの人となりを作品から感じ取ってみてください。

きっと、工芸品の新しい楽しみ方を見つけることができるはずですよ♪

大平峰子氏の略歴

2017年6月 伊勢形紙伝統工芸士(突彫り部門) 木村正明氏に師事
2022年4月 「伊勢型紙 峰屋mine-ya」として活動開始
      伊勢形紙協同組合に加入

現在 伊勢形紙協同組合 組合員
   鈴鹿市伝統産業会館 勤務