今回は、文京学院大学の経営学部マーケティング・デザイン学科の川越ゼミと、武蔵野大学のデータサイエンス学部の共同研究の記者発表に参加。
生成AI関連技術によって江戸小紋の新作図案を作ることができないか、という考えからはじまったという研究のこれまでと、生み出された新商品の発表が行われました。
江戸小紋とは?
今回の研究のテーマとなった「江戸小紋」は、江戸時代に発展した型染めのことです。
遠目から見るとまるで無地のように見えるほど細かく小さな点で現した柄が特徴で、三重県の伝統的工芸品である伊勢型紙を用いて染められます。
もともと武家から発展したといわれる江戸小紋は、当時、徳川家が“松葉”、大名家が“鮫”など、武家が特定の文様を独占して使用していました。
中には庶民が使用を禁じられている柄もあったことから、庶民でも使える独自の模様が生み出されるようになり、現在では、自然を表す花や雪、包丁などの日用品まで、個性豊かな柄の江戸小紋が存在しています。
何枚もの型紙を用いて自由な創作柄で染めあげる「東京しゃれ小紋」とともに「東京染小紋」の一種として国の伝統的工芸品に指定されています。
江戸小紋の現状~生成AIに着目した理由~
伊勢型紙技術保存会によれば、江戸小紋は「けれんもの」と「割りもの」の大きく2種類に分かれるといいます。
「割りもの」が同じ柄を繰り返す整列した文様なのに対し、「けれんもの」はモチーフをランダムに配置する、整列していない文様であることが特徴です。
江戸小紋は型染めという技法で染色されます。
使用される型紙は、図案家が柄の意匠を凝らし、型彫師が伊勢型紙にその柄を彫ることで完成します。
しかし現在、小紋を専業としている図案家は全国でたった1人。
ほとんどの方は、兼業で図案開発を行っているのだそうです。
その中でも、ランダムな「けれんもの」は図案を作ることが大変難しく、時間もかかることから、完全な新作はほとんど生まれていないのです。
そこで、今回のプロジェクトを担う川越仁恵准教授は、生成AIという分野に着目し、「けれんもの」のジャンルで、本業の傍ら図案製作をする型屋・染め屋の負担を低減できないか、と考えたといいます。
伝統工芸産業という世界は、手仕事が重要なために、人が一から作ることに価値があるという風に考えられがちです。
しかし、分業制を取っていた昔の流れが近年では途切れ、人不足や道具不足によって、製造そのものができなくなり、廃れていく伝統工芸品が数多く存在しています。
すべて生成AIに任せるのではなく、人の独創性をサポートするという立ち位置で参入することができれば、伝統産業を継承していく手助けになるのではないか、と考え、研究がはじまりました。
生成AI関連技術で江戸小紋ができるまで
では、実際に生成AI関連技術を使って「けれんもの」ができるまで、どのような流れで開発が進んでいったのでしょうか。
① 江戸小紋の理論研究
生成AI関連技術で図案開発をするにあたり、まずは江戸小紋のデザインに関する概念を、言語化するところからはじまったそうです。
技法は基本的に、親方から弟子に口頭で伝えられるため、マニュアルなどは存在せず、デザイン理論を改めて調べる必要がありました。
ゼミの学生たちは、博物館や染物屋へ出かけ、書物などを駆使し、けれんもののデザインルールを研究。
錐彫りによって点々で表されるモチーフの穴の大きさや、モチーフ自体の大きさを比較。
穴の大きさは0.7mm~1.0mm、モチーフの大きさは9mm~12mmが多いことを発見しました。
② 点々化に適したモチーフの研究
次に、点々で表すのに適した物体を仮定し、点々にする、という実験を繰り返しました。
独自性のあるシルエットで、中の模様が細かすぎないものを探し、次々に点々化。
その結果、シルエットがバラエティに富んでおり、ランダムに配置することに適しているスイーツ文様が適していることがわかり、「スイーツ尽くし」という名前で製品化をすることに決まりました。
③ 職人によるデザインの確認
今回のデザイン製作の過程で欠かせないのが、実際にその世界を担う職人による確認です。
いくら理論を並べても、やはり専門家の知見を借りないことには作品の良し悪しは判断できません。
作った製品のどれが実際に売れるものなのかは、その業界に長年いる職人の知識や感覚が必要不可欠になるのだといいます。
そこで、東京染小紋の伝統工芸士である五月女利光さんの力を借り、どの文様が実際に販売できそうか、消費者のニーズに合うものなのか、確認を行ったそうです。
今回決まった「スイーツ尽くし」以外にも、春夏秋冬をモチーフにしたものなど、いくつか案はあったのですが、話し合いの結果、最終的にスイーツの文様が人気も出そうだということでモチーフが決定しました。
④ 生成AI関連技術でモチーフの自動配置
ここから、生成AI関連技術を使っていよいよけれんものの図案製作がスタート。
人がやると時間がかかって苦労する「モチーフ並べ」の工程を、生成AI関連技術を用いて行うことになりました。
そこで作ったのが、「落下運動シミュレーション」を用いたシステムです。
点々化したモチーフを、コンピューターによって枠の中に自動で降らせ、ランダムに配置するというもので、これにより、時間と手間の短縮を実現しました。
しかし、ただこのシステムを使用して並べただけでは、限界もあったのだそうです。
完成した図案を見ると、問題がよくわかります。
主な問題としては、
・ランダムに配置したつもりでも、モチーフの向きによってなぜか密集して見えたり、空白があるように見える
・遠目で見るとラインのようなものが浮かび上がる
というものでした。
そこで、この問題を人の手で修正するための「配置修正システム」を作り、モチーフの移動・回転・追加・削除ができるようにしました。
これにより、「機械が行うのはあくまでも面倒な部分の手助けで、最後は人間の技術やセンスでデザインを調整する」という、伝統工芸の概念を崩さない生成AI関連技術の立ち位置を実現しました。
今後の研究目標
今後も、本件に関する研究はまだまだ続いていくとのこと。
下絵の作成や変換、美しい生地の配色考案も、生成AI関連技術で手助けができないか調査をするとともに、図案家だけでなく、兼業する染屋や彫師に向けた補助ツールとして、「江戸小紋図案製作支援システム」を確立したい、といいます。
また、今回作った「スイーツ尽くし」については、販売も検討しているのだとか。
五月女さんは、「実際に最新の技術で作った商品が世間に通用するのかどうか、色違いも作った上で挑戦してみたい」と語りました。
本研究に期待すること~伝統工芸士・五月女利光~
今回の研究に協力するにあたり、私自身もはじめてのことでしたので、頭を悩ませながら研究チームの方たちと共に歩んできました。
最初にスイーツ柄を提案された時は、今よりデザインも良くなくて(笑)
当初は「大丈夫かな?」と思いましたが、この技術をうまく活用できれば、けれんものを長く継承して着物業界を助けることに繋がるのではないか、という期待も生まれました。
今回、学生の方や教授と関わったことで、自分では到底使いこなせないコンピューターの新しい技術を目の当たりにしました。
本当に、新しい冒険をさせていただいている気持ちです。
業界のために、この活動をもっと広めていきながら、ゆくゆくは染め屋が今よりももっと楽しく作品を作っていけるような環境ができていくことを、期待しています。
取材を終えて
伝統的な技法を守る職人の方に対する取材が多かった私にとって、今回の研究内容はとても新鮮で、今までにない新しい工芸品への考え方に、驚くことばかりでした。
伝統工芸=手仕事という考えを強く持っていたため、機械化することに少し抵抗を覚えていた部分もありました。
しかし、それにこだわりすぎるあまり、人の手が足りずこのような素晴らしい技術が廃れていくのでは、意味がないのだと、改めて気が付くことができました。
「あくまでも人間の手助け」という立ち位置で現代技術を利用していくことは、後継者問題に悩まされる伝統工芸の業界で、とても重要な観点であると感じるとともに、こういった現代技術を敬遠せず積極的に、適切に取り入れていくことで、伝統工芸を長く守ることができるのではないかと、希望を見出すことができました。
文京学院大学 川越ゼミ
文京学院大学の川越ゼミは、デザイン・歴史・グローバルを軸に、歴史を活かした商品開発や老舗企業のブランディングを行うゼミです。
ものづくりの企業や行政と連携しながら、歴史の深い産業を支えることを目的としています。
武蔵野大学 データサイエンス学部
武蔵野大学のデータサイエンス学部は、最先端の人工知能に関する知識やスキルを身に付け、さまざまな場面で収集される膨大なデータを分析するゼミです。
新たなビジネスを創出する次世代データサイエンティスト※を育成することを目的としています。
※データサイエンティスト:“物事の本質を見抜こうとする力”と、“豊かで持続可能な社会を実現するアイディア”によって、価値のある知を創造しようとする人財のこと。